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Svartpilen 125 - Upgraded and enhanced | Husqvarna Motorcycles
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Above & Beyond: Group Therapy 350 Deep Warm-up Set, Prague (Full 4K Live...
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中休み
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このところ?いや、ずっと忙しい。 夏撒きかぼちゃは6月終わりから7月頭に播種したが、成長がすこぶる早く既に1m程伸びたので整枝作業と雑草管理を行う。 初の栗カボチャ無農薬栽培と無動物性肥料、無化学肥料達成のため、緑肥+塩を施肥して土壌電気伝導度を改善し根から養分の吸収効率を高めようとする実証実験を行っている。 <一般的には塩を与えると生理障害もしくは枯れるので真似しない様に。> 甲佐の米は雑草対策に追われるが、耕作放棄地初年度にしてはいい調子に成長している。 来季3haの圃場追加のプランも検討。 いよいよ麦の作付面積を拡大する時期に来た。 という訳で深夜零時から夜9時まで起きて、全く休む暇なしの日々だったので、今日は思いっきり休むことにした。 釣り三昧の一日。 少しは気分転換出来ました。
ウナギ夜間水中映像【特盛り】 2013年9月 The largest Anguilla japonica we have ever seen
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墨子の名言10選
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倉庫に武器の蓄えが無ければ、仮にこちらに正義があったとしても、不義を討つことはできない。城郭の備えが万全でなければ、守り切ることはできない。心に警戒を怠ったのでは、急場の事態に対処することはできない。 人は自分の長所によって身を滅ぼすことが多い。 強弓は引き絞るのが難しい。しかし、一旦矢を放てば、高い所まで届いて深く突き刺さる。駿馬は乗りこなすのが難しい。だが、一旦乗りこなせば、重い荷物を載せて遠くまで駆けていく。すぐれた人材は使いこなすのが難しい。しかし、一旦使いこなせば、君主を導いて輝かしい栄光をもたらす みなが相愛し、互いに相利する。自分のことのように相手を考えよ。 道義を行うのは名誉を得るためではない。人として当然のことである。 不足している者からさらにものをとり、その分を有り余る者に重ねるようなやりかたをすれば国は亡びる。 源が濁ればその流れは清くならない。行いの根本に信義がなければ必ず亡びる。 乱はそれが起こる理由の根本を知ってはじめてよく治めることができる。 役人には賢才を高位につけるのがよいが、同じ人間が永久に貴い位置にあるのはよくない。民は努力する人間が栄えるべきで、同じ人間がいつまでも賤しい地位にあるのはよくない。 弓を張ったままゆるめることをしないと弓は役に立たなくなる。人にも適当なくつろぎが必要だ。 引用 https://live-the-way.com/great-man/history/bokushi/#google_vignette
Korolova - Live @ Farsha, Sharm El Sheikh, Egypt / Melodic Techno & Prog...
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The best Ropai in Nepal with singing local Asare song II Ropai at Ghirin...
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演出や脚色の少ないわかりやすい映像 私は判断や比較としてどちらが良いという前に色々偏見を持っていたようだ。 この映像は私の幼少期の風景にも似ている。 皆の歌う歌は昭和期の日本のものと変わらない。 麦を主食とする穀倉地帯では他国への侵略が多く、米を主食とする稲作文化圏では侵略が少ないという本を読んだ事がある。 しかしそれはこのような文化を保っている地域での話だろう。 日本は機械化や農薬が開発され一人でも田んぼを管理できる。 それは一見楽になった様で、実は一人に負担がかかるだけでなく、地域や家族間の連携や歌などの文化も失い、農薬や肥料の弊害さえ起っている。 映像からは水を使うという稲作独自の潤う環境は水分補給や体温調整、衛生管理が出来る。 土と水に体が直接触れている事も見逃せない。 子供も大人を真似、お手伝いではなく当たり前に仕事をしている。 嫌だという様子もない。 大人も仕事を苦にしている訳でもなく、笑みを浮かべて楽しんでいる様でもある。 そして牛レースや歌の様な文化さえ同時に行われている。
Rice Farming: Complete Guide from Seeds to Harvest with Recent Technique...
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市民農園 田んぼの状況
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市民農園の田んぼは楽しいことになっている。 コナギが大発生したり、ばら撒きによる栽培をしたりと、、 2枚ある内、上の田んぼはマンゲツモチの田んぼ。 コナギが大発生している。 さて、、どうするかと皆で考えた。 そうこうするうちに藻が大発生。 コナギを完全に覆って光合成が出来ないので藻が優勢となっている。 恐らくコナギは死滅するだろう。 中干の時には藻は乾いて死滅する。 大丈夫だろうと皆で笑い、除草作業をやりたがらない現代っ子達は高を括った。 大丈夫かいな。 まあそれでいい。 こんないい加減な楽しい農も大切だ。 下の田んぼはイセヒカリ+にこまるの混植栽培の田んぼ。 仲間が機械操作を間違え、深く代掻きしたので機械が入らなくなった。 水を抜いて乾燥させ、 急遽手でのばら撒きとなる。 しかし、ばら撒きでも発芽して、いい具合の間隔で稲が育つ。 コナギが怖いので最初は水を張らず陸稲栽培していた。 先週から水を入れ水稲栽培に移行中。 しかし、コナギも発生してきた。 ばら撒きは間隔がバラバラで田車などの農機も使えず除草が出来ない。 仲間はみんな自然志向。 当然無農薬。 そこで昨日ジャンボタニシを私の田んぼから持ち込み投入。 タニシはコナギが好物なので彼らの働きに期待したい。 いい加減の様で、私はそれでいいと思っている。 積極的に人が手を出さない田んぼの状況を観察したい。 過度な責任やノルマのない自由な田んぼになっている事も本当に穏やかでいい。 自らの食料を作るという事はこれほど楽しい事なのだと、参加する全員が感じて頂けたら幸いだ。
夏まきかぼちゃ
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明日の甲佐での田植えを終わると、その後は春まきかぼちゃの収穫の最中であるが、夏まきかぼちゃの栽培が始まる。 なかなか忙しい。 夏まきかぼちゃの計画は総数2000粒だが、先行して500粒今日種を浸漬。 残りは7月11日に予定。 私のデータでは7月中旬播種がベストだが梅雨が明けが早い予想が多い。 かぼちゃは初期育成では多くの水を好むので梅雨の終わりを利用したい考えであった。 一般的にかぼちゃは高温時には雌花が咲きにくくなるので九州での冬至かぼちゃの播種は8月中旬となっている。 何度か試したがこの地では8月中旬は発芽時に雨が降らず潅水しても成長が鈍い。 今年の判断は如何に。 くり系かぼちゃの親蔓1本仕立ての栽培は本当に美味しいかぼちゃが出来る。 特にこの品種は皆が喜ぶので私としても作っていてやりがいがある。 今年の夏まき栽培では動物性肥料を使わず、緑肥を基肥とする。 まだまだかぼちゃは私の求める農業には程遠いが、やっと一歩前進する事となった。
田植えの有機的デザイン
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古来から伝わる田んぼは曲線や直線で構成され、集合体は複雑な有機的デザインとなっている。 田植えの仕方もその曲線を利用した植え方もあり、決して直線ばかりの植え方ではない。 私はこの構成に着目。 昨年まで実践していた田植えは直線で植え、スリットを入れて風通しを良くする実験をしていた。 20列植えたら1m開ける方法だ。 私がなぜそのような方法にしたのかの着目点は、田んぼは内側の育成より、外周が良く育つ事にヒントを得た。 外周は内側の稲よりブンケツ数が多い。 スリットを入れる事でその外周の面積を多くすれば収量も増えるのではないかと考えた。 植えていない面積があるので苗の数も減る。 一般的には収量は減ると考えるだろうが結果は植えていない面積があるにも関わらず収量は減らないという事だった。 稲の補完作用によるもので、稲はスペースが開けばその分大きく育つ。 捕植をしなくても収量は変わらないのと同じ理屈だ。 しかし私は昨年までの私の実験の結果に疑問を感じていた。 それは強風に弱くはないかという事と風通しは本当にいいのかという思いだった。 稲は細く背が高いので密生することによって風への抵抗性を保っている。 1mのスリットを入れると倒れる面積も増える傾向があるなと観察していた。 私の田んぼは曲線と直線で構成される昔ながらの田んぼの形を持っているが、これまでは直線で植えていた。 今年は外周の曲線に合わせて田植えを行う。 そうすると田んぼの内側にも外周の曲線が生まれる。 しかし、田植え機の内輪差があるので曲線で植えるポイントは条間を広くしなければいけない。 つまり、スペースが開く。 これば部分的のようだが、実際の面積は相当な空きスペースになる。 その証拠に、通常は1反に20枚程の苗箱を使うが、スリットを開けるやり方では18枚程に減り、今回の有機的デザインの田植えでは16枚程になった。 坪45株の田植え機ながら16枚は数値的には30cm四方で植えた疎植植えの理想的な数値に一歩近づいた。 1mも間隔をとる事はないので稲は支えあう事が出来、強風への抵抗性も強くなる可能性が生まれる。 今期の収穫量や強風への抵抗性、育つ環境での病害虫への抵抗力などを見極めたい。 私は田植えでの直線構成のデザインよりも可能性を感じている。 ...
やっぱり強い 多品種混合
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今年は 熊本県内では苗いもち病が猛威を振るっている。 私は早期に発芽したこぼれ種が、いもちにかかる様子を見て察知していたので、木酢液による消毒を繰り返し行い対応していた。 それでも私のヒノヒカリの単品種栽培の苗には少数のいもちが発生。 数としては苗箱50枚の内、総数20本程ではあった。 城南方面や慣行栽培の苗はいもち病が蔓延している。 苗床全面に感染している所もあるようだ。 無農薬栽培できっちとした管理を徹底するほうが農薬を使う慣行栽培以上に良い結果が出た。 これは、 農薬を撒けば大丈夫という姿勢ではなく、農薬を使わないからこそ常に気にかける対応の差 が出たと捉えて頂きたい。 さて同じ条件でのヒノヒカリ+にこまる+イセヒカリの多品種混合栽培の苗はどうか? 結果は全く感染の症状がない。 私のヒノヒカリ苗床とは隣接していて30cmしか離れていない。 多品種であることが何らかの作用で病気に強い抵抗性を示した実例となった。 今日は多品種混合の苗の田植えだ。 健やかに育ってほしい。
憤り
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怒りをまだ内包している状態とでも言おうか、 私は見え過ぎるので憤りを常に抱えている。 これがどうしても我慢ならない時に爆発する怒りは誰も止められない様になる。 おそらく立法国家の日本であったからこそ今も生きていられるのだろう。 思えば幼少期に父母に対してその感情が初めて湧いた時から現在まで、自身の中で苛なむ日々だった。 結論が出るまでは決して怒る事はないし、結論が出ればそれに囚われる事もないが、その過程で相手がアクションを起こした時には容赦出来なくなる。 しかし、もう半世紀以上も生きて来たので然程でもない様にはなった。 だが、 今再び憤りを感じている。 中略 どうするかの前に言える事は、私は植物や自然には何もその様な感情は生まれない。 しかし人と接すると生まれるという条件に気づいた。 それ以降なるべく人と会う事を避けている。 もちろんモバイルフォンもタブレットも使わない。 ノートパソコンも今では家に置きっぱなしだ。 そうするとだいぶ楽になった。 しかし、憤りそのものを解決しなければ何の意味もない。 過去の偉人や宗教家の様に、煩悩を捨てる事も有りだろう。 平凡な私個人では解決出来そうもないが、憤りを無くすと言うよりそれに囚われない自分で有りたい。 現在はそう願っている。
恋慕
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恋愛ものは恋慕から始まりハッピーエンドがいい。 まあ、映像の世界の話だが。 だから観る傾向は映画ではなくドラマを好む。 辛気臭い物は面倒なのだ。 ロミオとジュリエットならともかく現代は扇動や誘導が感じられ正直楽しめない。 私は違う世界に興味がある。 本来、現実は悲壮でもなんでもない。 物質は質量さえ消える虚無という方向性に向かって進むとされているが私もそういう考え方だ。 その過程である現実で嬉しがったり悲しんだりするのは人間の勝手な思いに映る。 静止画の写真は感情も記録出来ない事はないが、むしろ無音の脚色のない世界を記録できる。 それが写真の大きな特性の一つ。 だから私は写真を選ぶ。 限りなく冷静に観察し、自分を消して初めて見えるリアルな世界を探している。 深夜につらつらとそんな事を考える。 恋慕ね。 人間の勝手な思いなど恋しくも面倒でもあるが、しかしそれが生きているという事だろう。
Riccardo Cocchi - Yulia Zagoruychenko (USA) - Disney 2018 - Pro Latin | ...
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零時
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零時以降起きているという生活が続く。 早い話が眠れないのだ。 ネットは飽きるし、テレビはつまらない。 深夜に街ブラしたいな。 大阪は楽しかった。 夜な夜な、 田舎はマムシが居るし、街灯も暗い。 田舎の風景は好きだが、夜の田舎の生活は正直楽しくない。 夜は人恋しく、バーでもいいし小料理屋でもいい。 屋台でもかまわないし、すし屋なら尚いい。 ざわざわとした中で店主や他人の話を小耳にしながら、その喧噪な音を聞いてまどろむ。 コロナ禍でなければ今頃ストリートミュージシャンの音がどこかで鳴り響き、男も女も皆酔っぱらい、高笑い、電子音、車の音が響くが、やがて朝を迎える静寂さもある。 ここは蛙と虫の鳴き声しか聞こえんやないかい。
Riccardo Cocchi - Yulia Zagoruychenko | Disney 2016 | Showdance Paso Doble
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ファッロとオリエンタル小麦の収穫
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今日から数日の雨 これ以上濡らすと小麦にカビが生えそうだと思い、少し早いがコンバインで収穫。 ファッロの中の4品種のうちスペルト小麦は熟れるのが遅いので青かったが刈り取る。 別の圃場のオリエンタル小麦は少しだったので手で刈り取った。 毎年6月10日頃に収穫するが、本当は15日過ぎだろう。 雨の多い九州はこの辺りが難しい所だ。 ファッロは多く収穫できたので、この冬には3反の畑に拡大。 もともと商標登録されたカムット小麦であったオリエンタル小麦は交配しないように別の畑を用意する必要がある。 こちらはファッロの中のエンマー小麦と並ぶ元祖的なデュアル小麦なので将来のパスタにはなくてなならない貴重な種だ。
アカハラとドンカッチョ
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田んぼのアカハライモリが昨年までの確認では3匹であったが今年は9匹確認。 個体数が増えている。 田んぼの石垣から水が漏れるので波板を敷いていたが、石垣との隙間10cmに群れで生活している。 外敵から身を守れる環境の様で安全に個体数を増やせているようだ。 いずれ数百の群での生態系が出来る様見守ろう。 水利の取り入れ口に砂が溜まるので、用水路の少し上流に石やブロックで堰を作り小さな砂防ダムを作っていた。 1.3m幅の3面コンクリートの用水路だが、底に砂や石が数メートル溜まるようになった。 淡水魚のドンコであるが、熊本ではドンカッチョと呼ぶ。 本流の川の底を重機でさらう工事で見かけなくなったが用水路で今日1体確認。 石垣の用水路の頃は多くの種類の魚やカワニナが居た。 特にここはホタルの名所であったが、3面コンクリートの用水路化で全滅した。 私はところどころに砂が溜まるように石を置いたり、草をそのままにしている。 やっとシジミやカワニナなども復活してきている。 ドンカッチョをはじめ、シマドジョウやサワガニなどが多く住めるようにしたい。 50m程ある私有地の用水路をいずれ土と石の用水路に変更する。 多くの生き物が生息できるだろう。
Salvatore Sinardi - Viktoria Kharchenko | Disney 2015 | WDC World Amateu...
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すもも
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家のすももがよく実る。 今時申し訳ないが田舎は豊かだ。 しかしそれは常に生産しているからだ。 調べる時間より生産的に動く。 動いて初めて次の豊かさを手にできる。 人間は食えればいいとか、うまけりゃいいというものではない。 情緒や文化こそ人間が生み出した、 そうね、 風情をたしなむ潤いのある幸せだろう。 動くから始まり生産し豊かになり、文化が生まれ楽しみ、幸せを得る事ができる。 考えてみれば、 人間の食料は縄文後期から弥生時代以降、なったものを食べるから、ならせたものを食べるへと変化する。 それは人が手をかけたものであり、人との関連性が全くない自然とは違う事にもう一度気付くべきだ。 また逆に自然志向の考えに、人が手をかけたものよりも本来の全くの自然のものがいいという理知的でない風潮さえあるのも問題と言える。 とかく現代の自然という定義はあやふやすぎるというか、0か1かで判断して本質をわかっていない。 もしくは加減をおざなりにしている。 このすももは父が思いを込めて植えたものだ。 きっと父は木を植えた時に家族が喜んで 食べる姿を願っていただろう。 さて、私の思いは、 無施肥や自然農法などどうでもいいと思っている。 私は農法などの為に動いているのではない。 むしろそういう言葉の観念で縛られる人が多いという弊害の方が目につく。 大切な事はそういう事ではないのだ。
今夜のおかず
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梅雨なので、カリッとしたものを食べたいし、気分はトロッと中華 冷蔵庫には鶏胸肉とエビ さて? 胸肉をさっと湯がき、エビの下ごしらえ ニンニクを摩り下ろし、塩胡椒 自前の小麦粉登場!でまぶす 中心に火を通さない寸前まで高温でカリッと揚げる その後、余熱で火を通すとエビはぷりぷり 中華味は基本出来ないので中華の素を使う。 大学時代、中国人の留学生が教えるには、ネギと生姜と醤油と胡麻油で大丈夫あるよ!と教えてくれた。 当時は感激したが、今はそれだけでは物足りない。 適当な野菜を胡麻油を使い生姜とネギを加え炒めたら今日は八宝菜の素を代用 あんかけでもいいし、カリッとした食感を楽しみたいなら揚げたての具を上に乗っけてもいい。
緑肥と塩類で施肥量を確保する計画
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畑の電気伝導率に着目 塩類が程よく多いほど電気伝導率は高いので植物は養分を容易に吸収できる。 少ない施肥で十分な養分を与えられるかの実験。 目的は緑肥と塩類でカボチャを育てる事。 ひとつの方法で塩をまく。 麦類は海水などを撒いた方が根張がよく、よく育つことが知られている。 海水なのでNaClである塩化ナトリウムが多い。 亜鉛・鉄・カルシウム・カリウム・マグネシウム・リン・銅・マンガンなどのミネラルも塩類だ。 NaClに弱い植物はそれ以外の塩類を使う事も出来るだろう。 さて簡単な方法は並塩などのミネラルの多い塩を撒けばいい。 もちろんNaClに耐性のある植物の場合だ。 そうすれば僅かな施肥でも効率よく植物が養分を吸収出来はしないか。 もし、これが成功するなら、肥料食いのカボチャが緑肥のみで慣行農法並みに育ちはしないか。 かぼちゃは多少塩類のNaClに耐性があるらしいが、多量は禁物。 7月播種のカボチャで実験したい。 https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/pdf/kana_34.pdf https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/pdf/08450305sakumotu1.pdf
Potatoes on salad, meat on potatoes.
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サラダの上にポテト、ポテトの上にお肉。 三段がさねですね。 お肉に切れ目を両面入れ、お酢、酒、みりん、塩胡椒、にんにくに漬け込む30分。 小さなシャドークイーン一つのジャガイモをすりおろす。 水と塩を足し、おろしたジャガイモを入れ煮詰める。 色はさめますが、のり状になります。 必要数のシャドークィーンを小切して塩水でゆがく。 たまねぎをピーラーで極薄スライス。 水に少しさらす セロリスライス。 オリーブオイルを少し混ぜて胡椒たっぷり。 塩分は入れません。 冷蔵庫へ。 お肉をバターでソテー。 肉汁を足し余り火を入れず余熱で柔らかく仕上げる。 後は冷えた玉ねぎをお皿に置き、煮たシャドークィーンを乗せ、のり状のスープをほんの少し垂らす。 上にお肉を置いて更に煮詰めた熱々のグレイビーソースをかけたら出来上がり。
ダーウィンの名言
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1時間の浪費をしてしまう人は、人生の価値を発見していない。 生き残ることができるのは最も強い種でも、最も知的な種でもない。 それは、変化に最もよく適用できる種である。 無知というものは、しばしば知識よりも確信を生じさせてしまう。 科学によって決して解決できないと主張する人は、きまってよく物事を知らない人たちである。 もし人生を繰り返すことができるなら、私は少なくとも一週間に一回は詩を読み、音楽を聴く習慣を作るであろう。 私は他人にやみくもに従うことはない。 知性とは、種が生き残るために欠かすことのできないことをどれだけ効率よくこなせるかに基づいている。 人の友人関係は、その人の価値を測るためにもっとも適するものの一つである。 馬鹿者がやりがちな実験が大好きです。私はいつもそれをやっています。 科学者は希望や愛情を捨て、石の心を持つべきである。 原因を探求し続ける力が、人を発見者にする。 ブランデーで酔ったアメリカ猿は、決して再びそれに口に付けることはない。 それは、人間よりもはるかに賢いということを意味している。 死は全く怖くない。 私には他人の指揮に盲目的に従う傾向はない。 自然淘汰とは、有用でさえあれば、いかに小さな事であろうとも、 保存されていくという原理である。 この理論が受け入れられるのには種の進化と同じだけの時間がかかりそうだ。 有利な個々の変異を保存し、不利な変異を絶滅すること。これが自然淘汰である。
麦
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ファッロの中のスペルト小麦(ファッロはイタリア語で殻付き小麦を総じて指す語で、FRANCHI社のファッロ種子にはエンマー小麦が一番多く含まれ、およそ4種類ほど混在しています。古代から受け継がれて来た多品種混合栽培と見ています。日本の米も明治始めまでは多くの品種が混じった状態で栽培され続けたという文献がありました。自家採種を繰り返すとそうなっていくのかもしれませんが、品種の多様性が今日まで種を継続できたとも言えるでしょう。一般的に単一品種の初期の形質を残すのは50年程だと言われています。) ファッロの中のエンマー小麦と虫 ファッロ全景(複数の品種が混じっているので背丈も出穂の時期も様々です。) 多品種混合栽培小麦 多品種混合栽培小麦の中の南部小麦
日本式教育
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寺子屋の時代かもしれないし、私の小学校時代もそう言う名残があったかもしれない。 日本式教育は師の真似を徹底する。 一方西洋式教育は結論から理論を導く教えだそうだ。 一般的に日本式教育は学歴格差がなく、西洋式教育は格差が生まれるという。 日本式教育を学んだ後西洋式教育を受けると学力がすこぶる上がると言う。 師の真似は一つの答えであり、最短の答えを導く。 その繰り返しはいい経験を積むのだろう。 しかし割り切れない時に理論を学ぶと応用が生まれる。 そういう見方もある。 こう言う導きも同じだ。 応用は経験と理論が必要になる。 今少し悩む事がある。 日本式教育が情報化社会には必要かもしれない。 結論に導く方法論を情報で見れる現在ではあるが多くが間違いとも言える。 何故なら方法は状況によって変わり一つではないからだ。 更に実体験がないので通用しない方が多い。 つまり概要を見ているだけに過ぎない。 日本式教育の師の真似は現場に適応している。 能力に問わず誰もが事を成す事が出来る。 そう言う事を考えていた。 私は理論的に教える方だが改めようと思う。
代掻き終わる
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私有地の田んぼは畔塗と代掻きを終えた。 田植え用の代掻きでもあるが通年水を溜めて置くことで多様性や無施肥栽培を可能にする。 田んぼはただ水を溜めておけばいい。 なんとも簡単な方法だ。 今年は春に水を抜いてひと月乾燥させ代掻きに至ったが、今年からは収穫が終わり次第田起こしし、水を溜め代掻きを年内に来春を迎える方が両生類の多様性や環境に負荷がかからない様だ。 飛来してくる鳥類による捕食でオタマジャクシが全滅する事はどう受け止めていいか思案中だが、基本的には自然の事で致し方ない。 トラップや保護策を考えるより冬季湛水の田んぼを増やして面積を広める方法が最適だろう。 住民はなぜ水を溜めているのか理解していない様だが、肥料を買う必要がないと伝えれば広まるかもしれない。 そろそろ益を伝えて理を得る時期に来たようだ。 理を伝えても人は動かない。
雑草
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畑に牛糞堆肥を1反に600kg入れた所で撒けば数ミリの層。 雑草は分厚い層を作る。 その総量は軽くtを超える。 枯れてしまえば軽くなるがそれでも層の厚さは数センチある。 これを漉き込まないで刈るだけか、そのままにしておくと糸状菌が表土に繁殖し、ゆっくりと分解して栄養素を生産する。 数年で有機物の層は厚くなる。 畑の耕起は植えるところだけ行い毎回場所を変える。 今耕起していない畑は理想的な草丈の雑草が生えるようになった畑。 耕起している畑は外来種や背の高い草、つる系の草が多い畑。 借りている畑ですでに雑草さえ生えない畑はマメ科の緑肥の種を撒いている。 背の高い外来種しか生えない畑は花が咲く手前まで待ち、大きくしてから漉き込み土壌の炭素率を上げている。
無農薬無施肥
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現代の通念で言うなら、無農薬無施肥を実現しているのは米と麦。 無農薬はそのまま農薬を使わない。 無施肥の言い方は個人的にそれは的確な表現ではないと考える。 施肥をせずとも地力のある環境設定をしなけれ育つはずがないと考えるべきだ。 米は冬期湛水の水と環境。 麦は前作や雑草などの堆積が重要。 それらは人為的な施肥として捉えた方が無理がない。 野菜などに関しては土壌の電気電動率の関係で米の2倍の肥料分が必要。 施肥をしないなら古い品種や在来種などの自家採種した種を使わない限り現代の交配種では不可能だろう。 無施肥と言いつつ枯葉や緑肥、ぼかしなどの安全な施肥をしているのが現実。 無施肥とは誤解を招きやすいので使わない方がいい。