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研究のインターフェースとして機能しだしたFB Grzegorz Gorczyński氏のアンケートからサイト出典そして出版へと展開する。     実現するなら私の記念すべき1ページに成りそうだ。 長年に渡って無欲で研究した甲斐があった。  研究者そして写真家として物(炭素物)としての本になるのは大変栄光だ。  是非実現して欲しい。    また、多くの教授や学者、写真家、芸術家からのコメントも実に有意義だ。 洗練された情報さえくれる。  ヴロツワフのエウゲニウシュ・ゲッペルト記念ヴロツワフ美術大学で美術史および視覚芸術の教授の Emilla Oktawia Łagiewskaさんがユニークな動画を添えてくれた。 György Ligeti: Poème symphonique for 100 metronomes   Emilla Oktawia Łagiewska  Professorより György Ligeti(ジェルジ・リゲティ)の「100台のメトロノームのためのポエーム・サンフォニック(Poème Symphonique for 100 Metronomes)」を添付します。 私は、伝統的な和声や旋律を欠いたこのエントロピーが好きです。8分間にわたる「音のポリリズミックなジャングル」と、その最後の和音。そこでは、私たちが投げ込まれた混沌から、今度は空虚へと投げ込まれ、そこから絶対的な静寂が現れます。そして音は、まるで時間そのものが死んでいくかのように、最後のフレーズで消えていきます。 「ポエーム」の初演(1963年、オランダ・ヒルフェルスムで開催されたGaudeamus Musiekweek)では、スキャンダルが引き起こされました(叫び声、ブーイング、口笛、作曲家に向けられた公然たる脅迫など)。 ……それが60年後に、St. Mark’s Episcopal Church on Capitol Hillで(添付された動画のように)演奏されたときには、集中と熟考の中で聴かれています。 間違いなく、観客/聴衆の成熟度や、作者の意図に対する社会的な認識が、作品の受け取られ方に影響します。また、作品がどこで、どのような環境・雰囲気...

寝るる

ぼく様相当疲れていたようです。 魔界からのがれ、寝る。少し起きる。すぐ寝る。 1日4回も寝ました。 バグる手前の脳細胞が修復できるまで。 今からまた寝るる。。

第12章 鳴く虫の館 620話

屋敷へ入ると虫の音が響き渡る。 よしろうはんの家に入ると鈴虫やらコオロギやらなんともまあようさん虫が鳴いとる。 草もようけ生えとるけど、それで居るんやろか。 今どきは鈴虫がよう聞こえる。 雨の中でもようさん鳴らしとるわ。 あ、それか? なんもせんといたらこうなったんや。 親父の時は除草剤ばかりやったから草も生えんかった。 見かけはええけどぼく様からみたら砂漠やったな。 これでええんよ。 風雅やで。  へー うちもこのほうがよろしいでぇ。 

ポーランドの写真家Grzegorz Gorczyński氏が私を紹介

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Od piktorializmu do postfotografii.   września 02, 2026    https://grzegorzgorczynski.blogspot.com/2026/09/photography-as-material-state.html     https://grzegorzgorczynski.blogspot.com/2026/09/fotografia-jako-stan-materii.html     Grzegorz Gorczyński氏                 写真は物質の状態である 新川芳朗と歴史的写真技法の新たな可能性 現代における歴史的な写真技法への関心は、しばしば「過去への回帰」として語られる。サイアノタイプ、銀塩によるさまざまな技法、リスプリント、その他のオルタナティブ・プロセスが再び注目されるとき、それはデジタル以前の写真への郷愁、あるいは手作業による写真制作の復権として理解されやすい。 しかし、日本の写真家・写真研究者である**新川芳朗(Yoshiro Shinkawa)**の実践は、そうした単純な解釈では捉えきれない。 新川にとって歴史的な写真技法は、過去を再現するための目的ではない。それはむしろ、 画像、物質、プロセス、時間、写真オブジェクトの関係そのものを問い直すための方法 として機能している。 新川は「新川写真研究所」を拠点として、オルタナティブ・フォトプロセス、高耐久写真プロセス、そして自身が展開する「双構図」と「微小位相差論」について研究し、実験の記録や理論的考察を公開している。[1] そこでは作品制作、技術研究、材料研究、理論形成が明確に切り離されていない。 この点こそが、新川の実践を考えるうえで重要である。 歴史的な技法は、保存されるべき「過去の技術」ではない。それは現在において新たな問いを生み出すための出発点となっている。 再構成から実験へ 新川は、歴史的・オルタナティブな写真技法への関心を形成するうえで、Mark Ostermanから大きな影響を受けたと語っている。[2] Osterm...

脳を使いすぎた

なんだか頭痛い。 寝るしかない。。

第12章 神丹穂 619話

かんにほ 今年も咲いたなよしろうはん。 そやな。手ーかかったわ。  今頃はな。水3回あげんと吸い上げてしまうねん。 ご苦労さんどす。 へへ でもこれみて何も思わんか? へー。綺麗な稲や事。 他には? へー りっぱな事。 他は? そうどすな。なにかありますやろか? そや!美味しそう。 そうやな。それはそうやけど、このバケツの直径と同じくらい実ってるやろ? はー。そう言えばそうどすなぁ。 せやねん。 直播き密植でも慣行農法以上に実るんや。 でかしたで。 へー ほんまや。でかしたでかした(笑)   

微小位相差論への一試論 ― 光・時空・知覚・写真における「現在」の非同一性 ―

  微小位相差論への一試論 ― 光・時空・知覚・写真における「現在」の非同一性 ― 要旨 私たちは通常、同一の時刻に存在するものを「同じ現在」にあると考える。しかし、光が有限の速度しか持たないという事実から出発すると、この認識は根本的に問い直される。人間が視覚によって世界を認識するためには、対象から発せられ、あるいは反射された光が観測者に到達しなければならない。したがって、私たちが見る対象は、その対象の「現在」ではなく、光の伝播時間だけ遡った状態である。 さらに、地球は自転し、太陽の周囲を公転し、太陽系は銀河系の中を運動し、銀河系もまたより大きな宇宙構造の中で運動している。宇宙における物質とエネルギーの分布、運動、重力場は時空の幾何と関係している。したがって、「現在」を単一の平面として捉えることは困難である。 本稿では、このような物理的時間差と、知覚・記憶・経験における時間差を総合して、「現在」を単一の時点ではなく、無数の微小な位相差を含む状態として捉えることを試みる。そして、この視点を写真に適用することで、写真を単なる現実の複製ではなく、異なる時間的位相が共存する知覚装置として位置づける。 1.「現在」は本当に一つなのか 日常的な認識において、「現在」は一つである。 二人が同じ日に生まれれば、同じ時間の中に生まれたと考える。同じ時刻に同じ出来事を経験すれば、「同じ瞬間を共有した」と表現する。 しかし、この「同じ」という認識は、時間を抽象化することによって成立している。 実際には、人間はそれぞれ異なる場所に存在し、異なる速度で運動し、異なる環境の中にいる。そして、それぞれが異なる光を受け取り、異なる記憶を持ち、異なる過去を現在の知覚へ持ち込んでいる。 したがって、時計によって同一とされた「現在」と、存在や知覚における「現在」は、必ずしも同一ではない。 ここに、本稿が問題とする微小位相差が生じる。 2.光には速度がある 人間の視覚認識において、光の有限速度は決定的な意味を持つ。 光は瞬間的に空間を横断するわけではない。真空中を約30万km/sで伝播する。そのため、対象までの距離が存在する限り、観測者が受け取る情報には必ず伝播時間が含まれる。 1メートル先の対象であっても、光が到達するまでには約3.3ナノ秒を要する。 月であれば約1.3秒、太陽であれば約8分20...

人は、同じ「現在」に生きているのだろうか

  人は、同じ「現在」に生きているのだろうか ふと、こんなことを考えた。 二人の人間が、まったく同じ年月日、同じ時刻に生まれることはあるだろうか。 記録上は「1970年1月1日、午前10時00分」と同じになることはある。しかし、現実には二人の出生が完全に同じ瞬間になることはない。秒、さらに細かく見れば、その間には必ず微小な時間差がある。 つまり、人間は誰一人として、完全に同じ時間から生まれてはいない。 では、その二人が現在、同じ「今」を生きていると言うとき、その「今」は本当に同じなのだろうか。 時計は同じ時刻を示している。 しかし、一人はほんのわずかに早く世界に入り、もう一人はほんのわずかに遅れて世界に入った。 二人の時間は、最初から完全には一致していない。 これは単なる出生時刻の問題ではない。 人はそれぞれ異なる場所にいて、異なる光を受け、異なる経験を積み、異なる記憶を持っている。 だから、「現在」という一点を全員が共有していると考えるよりも、無数の異なる時間的位置が、ある領域で重なっていると考えたほうが自然なのではないか。 Aにとっての「今」と、Bにとっての「今」は、時計の上では同じでも、存在としては完全に同じではない。 過去も同じだ。 同じ年月日に生まれたとしても、出生した瞬間が違えば、その人が生きてきた時間の長さも厳密には違う。 そして未来も違う。 それぞれが異なる時間的位置から、異なる未来へ向かっている。 そう考えると、 人は「今」に居ながら、同じ位置には居ない。 ということになる。 そして、もしそうなら、「現在」は一点ではない。 現在とは、無数の異なる時間的位置にいる存在が、一時的に重なっている領域なのかもしれない。 私はこれを、時間の「位相差」として考えてみたい。 ほんのわずかな差。 通常なら無視してしまうほどの差。 しかし、その微小な差こそが、それぞれの人間の経験、記憶、知覚、そして世界の見え方を分けているのではないか。 写真について考えてきた「微小位相差」という問題も、もしかすると、写真だけの問題ではない。 一枚の写真ともう一枚の写真の間に時間差があるように、人間と人間の間にも、世界と世界の間にも、微小な時間差がある。 そして私たちは、その差を抱えたまま「現在」という場所で出会っている。 同じ現在に生きているように見えて、誰も同じ時間的位置...

比較にならない

フェイスブックのコメントには、研究者や教授、美術館の学芸員、芸術家、文学者など、さまざまな専門職の人たちが参加してくれる。 しかも、その切り口が鋭い。大学院での議論などとは比較にならないほど高度だ。 これは面白くなってきた。 やっとだよ。 本気で話せる仲間が、少しずつできてきた。

On the Core of the Theory of Micro-Phase Differences

On the Core of the Theory of Micro-Phase Differences While looking at photographs, I have been thinking about the way time exists in layers. As I looked back over several comments sent by readers overseas, I realized that they were not merely impressions or reactions. Some of them seemed to touch upon the very nature of photography as a medium. One reader wrote that the strong connection between photographic images, writing, language, and even thought itself was an area worthy of research. Implicit in this observation was a way of understanding photography not simply as a record of visual information, but as a medium of perception connected with language and thought. Another short comment on an old photograph—“They look like ancestors”—also carries a surprisingly deep meaning. The people in the photograph belong to the past. The person looking at it lives in the present. Photography does not merely preserve the past; it brings the existence of the past back into present perceptio...

Thinking Notes

Thinking Notes Looking at Photographs, Layering Time — Reflections on the Theory of Micro-Phase Differences through Responses from Overseas Looking back at the responses I have received from overseas on social media, I find that they go beyond simple reactions to the history of Japanese photography. Several comments have, in fact, pointed directly to the nature of photography as a medium itself. One particularly important observation was that the strong connection between photographic images and writing, language, and even thought is a field worthy of study and research. This comment independently points toward an approach that understands photography not simply as a record of visual information, but as a medium of perception closely connected with language and thought. I have previously written that photography reflects how human beings have looked at and understood the world. A photograph does not simply reproduce reality. It inevitably incorporates what the photographer saw, what th...

Back to Summer ’88 🍸 Retro Funk & 80s Romantic Soul | Miami Memories

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第12章 くつわむし 618話

ちょっとうるさいくつわむし。 それでも夏の終わりを告げてるようや。 そう感じた不二子はん。 お月さんは今日見えへんな。 気温も湿度も高い朝方、お天道様の出る前にお散歩しとった。 よしろうはん、、、最近えろう調子がええ。 なんかおましたのかしら。 女子なら許しまへんで。。 時折涼しげな風が吹く。 きりぎりすも盛んに鳴いている。 こおろぎもようさん鳴いている。   

Lauryn Hill 🎧 Smooth Hip Hop Soul & Neo Soul Mix

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2026年の夏 この夏はいい年であった。 かけがえのない一年なのかもしれない。 しかし、それさえ不安定。 でもいいね。  ドキドキする。 

Hikoma Ueno — The Founder of Japanese Photography

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  日本の写真の開祖・上野彦馬 日本の写真史を語るとき、避けて通ることのできない人物が上野彦馬(1838–1904)である。 彦馬は長崎に生まれ、オランダ医学・化学を学ぶなかで写真術に出会った。ポンペから化学を学び、さらに写真術を研究し、1859年頃には湿板写真の撮影に成功したとされる。1862年(文久2年)には長崎に「上野撮影局」を開業した。これは日本最初期の本格的な商業写真館である。 そこから日本の写真は、大きく動き始める。 坂本龍馬、高杉晋作、勝海舟、桂小五郎、後藤象二郎――幕末という激動の時代を生きた人物たちの肖像を、彦馬は写真として後世に残した。 しかし、上野彦馬の重要性は、単に「有名人を撮影した写真家」というところにはない。 彼は写真を、 西洋から伝わった珍しい機械技術から、日本で継続的に実践される職業と文化へと移行させた人物 だった。 しかも彦馬は写真家であると同時に化学者でもあった。 『舎密局必携』を著し、写真薬品の調製や撮影技術を研究し、多くの門人を育てた。その門人たちが各地で写真館を開き、日本全国へ写真術を広げていった。つまり彦馬個人の仕事だけでなく、 「写真を学び、写真を職業として次の世代へ伝える」という日本の写真文化の基礎を築いた のである。 さらに興味深いのは、彦馬の写真が肖像だけにとどまらないことだ。 長崎の街、港、外国人居留地、そこに暮らす人々――幕末から明治へと移り変わる日本の風景そのものが、写真として記録されている。 2026年には、1864~1867年頃に上野撮影局で撮影された写真187枚を収めた「上野撮影局写真帖」が国指定重要文化財となる方向が示された。そこには武士、民衆、外国人、長崎の風景などが記録されている。これは彦馬の仕事が、単なる「古い写真」ではなく、日本の写真史・科学技術史を考えるうえで重要な文化資料であることを改めて示している。 写真とは、単に「過去を写す」ものではない。 上野彦馬が残した写真を見ると、そこには日本が近代へ移行していく瞬間そのものが写っている。 一枚の写真の中に、人物だけではなく、時代、技術、社会、そして「見る」という行為の変化まで刻まれている。 日本写真の出発点を考えることは、写真とは何なのかを考えることでもある。 上野彦馬は、その問いを日本で最初に本格的に引き受けた写真家の一人だったのだと...

Eugène Atget: How Does a Photograph Become History?

  アッジェ論――写真はいかにして「歴史」になるのか ――ベレ・エポックのパリを「写してしまった」写真家 ウジェーヌ・アッジェ(Eugène Atget, 1857–1927)は、今日では近代写真史を代表する写真家として位置づけられている。しかし、その評価を自明のものとして受け入れることには、いささか慎重であるべきだろう。 なぜなら、アッジェの生涯と、死後に形成された「アッジェ」という写真家像との間には、大きな隔たりがあるからである。 アッジェは生前、現在のような意味での「芸術写真家」として成功していたわけではない。彼の写真は、画家、舞台美術家、歴史家、収集家などにとっての資料として機能していた。彼は自らを「芸術家」として確立するよりも、変貌するパリの街路、建築、庭園、店舗、装飾などを撮影し、それを必要とする人々に提供していた。 ここで重要なのは、アッジェの写真を「芸術作品」という概念だけから評価しないことである。 彼の写真の決定的な価値は、むしろ彼自身の芸術的意図を超えたところで成立している。 1.アッジェはパリを「撮影した」のではなく、パリを保存してしまった アッジェが撮影したのは、特別な出来事ではなかった。 そこにあった建物、路地、樹木、看板、店舗、広場、階段、街角。 それらは撮影された時点では、必ずしも歴史的価値を持っていなかった。 しかし、時間が経過すると意味が逆転する。 都市は改造され、建築物は取り壊され、店舗は消え、人々の生活様式も変化する。 その結果、かつて「現在」であった写真が、「失われた過去」の証拠になる。 ここに写真という媒体の特殊性がある。 写真は未来のために撮影されたものでなくても、未来から見ることによって歴史資料になる。 アッジェの重要性は、まさにこの時間的反転によって説明できる。 彼は「歴史的なパリ」を撮影したのではない。 彼が撮影した時点では、それはまだ歴史ではなかった。 彼は、現在進行形のパリを大量に撮影した。 そして時間がそれを歴史に変えたのである。 2.ベレ・エポックから近代都市への移行 アッジェの写真を考える上で、パリという都市の歴史的状況を無視することはできない。 19世紀後半から20世紀初頭にかけてのパリは、近代都市への巨大な転換期にあった。 都市空間は更新され、古い建築や街路は失われていった。 アッジェは、この変...

微小位相差論は成立する可能性があるか。

はい。**「理論として成立する可能性はある」**と私は考えます。 ただし、現段階では「すでに科学的に証明された理論」という意味ではありません。 私がこれまで聞いてきたあなたの考えを踏まえると、核心はかなり面白いです。 私が特に重要だと思うところ あなたは「現在」を一点の瞬間として扱っていない。 たとえば写真を見るとき、そこには 撮影された瞬間 + 光が届くまでの時間 + 観察者の記憶 + 観察する現在 + 比較対象となる別の像 が重なっている。 さらに「双構図」によって二つの像を並置すると、単なるAとBの比較ではなく、 AとBの間に知覚上の差異=位相差が発生する 。 ここには、現象学の時間意識、知覚心理学、写真論、記憶論を接続できる余地があります。 特に面白いのは、 写真は過去を記録するものではなく、異なる時間位相を現在に出現させる装置ではないか という方向です。 これは博士研究のテーマとして十分成立し得ます。 ただし、一番大事なこと 「微小位相差」という言葉を使うだけでは理論にはなりません。 博士論文にするなら、 何が「位相」なのか 何が「微小」なのか 何と何の位相差なのか その差はどう知覚されるのか 写真でなければ成立しないのか 既存の理論と何が違うのか を定義する必要があります。 ここをクリアできれば、かなり面白い研究になります。 そして私は、あなたの理論について一つ重要な助言があります。 「物理学の新理論」として無理に証明しようとしない方がいい。 むしろ、 写真実践を起点として、時間・知覚・記憶・認識の関係を説明する理論 として構築した方が、はるかに強い。 そうすれば京都芸大にも、京都大学にも、そして欧州のArtistic Researchにも接続できます。 率直に言えば、 私は「微小位相差論は荒唐無稽な思いつき」とは考えていません。 むしろ「まだ理論として粗いが、博士研究に育てる価値のある核がある」という評価です。 そしてこれは、あなたが今後2年間でやるべきことがかなり明確だということでもあります。  

門出橋で月を眺めながら

満月 川 葦 冷たい空気 冷たい風 僕はよくここにきては物思いに耽る。 結局ここは思考するにはいいんだ。 あらためて自分の故郷をいいと感じた。 五百年前に未開の地であった所へ大阪から定着した初代のご先祖様。 17代目になる僕はどのような方かいつも想像していた。 具体像はわからないが、梵字六地蔵を建立したことだけが今でも伝わる。 石碑には新川と幾人かの衆が騒乱の戦を静めるために建てたと記してある。