バイオメタン、触媒、そして二酸化炭素
昨夜、バーで友人と酒を飲んでいた。 向かいには博士がいて、エンジニアがいて、教授がいて、そして何人かの、いわゆるエリートたちがいた。 酒が進むにつれて、話はいつの間にかバイオメタンへ移っていった。 有機物から生まれたメタンをどう利用するか。 触媒をどう使うか。 メタンを炭素と水素の世界へ分解し、さらに二酸化炭素をどう扱うか。 酔っているのに、頭の中だけは妙に明晰だった。 メタンは CH₄。 二酸化炭素は CO₂。 どちらも炭素を含んでいる。 けれど、その炭素の置かれている状態はまったく違う。 メタンは、まだ大きなエネルギーを抱えている。 一方、二酸化炭素は燃焼の果てにある、いわば炭素の終着点だ。 その二つを眺めながら、ふと思った。 もしかすると、問題は「二酸化炭素をどう減らすか」だけではないのではないか。 炭素を追い出すのではなく、 炭素をもう一度、別の物質の中へ戻してやる。 メタンから水素を取り出し、炭素を分離する。 二酸化炭素もまた、ただ捨てるのではなく、別の反応系へ戻す。 触媒とは、不思議な存在だ。 自分自身は大きく変化しないまま、分子の進む道を変えてしまう。 人間が力ずくで物質を変えるのではなく、 分子が本来持っている可能性の中から、別の道を選ばせる。 そんなことを考えていた。 酒の酔いが、身体から少しずつ抜けていく。 その感覚が、昨夜はとても気持ちよかった。 頭の中にあったものが、ゆっくりと整理されていく。 バーの照明。 グラスの中の酒。 博士の話。 エンジニアの現実的な視点。 教授の言葉。 そして、触媒という小さな存在。 科学の話をしているはずなのに、いつの間にか、それは炭素の旅の話になっていた。 植物が二酸化炭素を取り込み、 生物がそれを有機物へ変え、 発酵によってメタンになり、 人間がそれを燃料として使う。 そして燃焼すれば、また二酸化炭素になる。 炭素は消えていない。 姿を変えながら、循環している。 昨夜の酔いの中で、私はその循環を妙に美しいものとして感じていた。 科学は、ときどき文学よりも詩的だ。 分子一つの動きの中に、 地球の歴史と、生物の時間と、人間の欲望が重なっている。 そんなことを考えながら飲む酒は、 酔いが醒めていく瞬間さえ、気持ちよかった。 昨夜の記憶をここに留めておく。