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Biosphere lifespan 生物圏寿命から考える。

5:31  「複雑な生命が地球で生きられるのはあと5〜9億年。人間はいまその時間の中で何をしているか」 生態系共生は崩れる前提の神話にちかいものだと僕は観測する。 そうかもしれない。 「共生」という概念自体が——安定した均衡を前提にしている。しかし生命史は均衡ではなく撹乱と適応の連続です。 大量絶滅が5回。そのたびに「共生していた生態系」は崩壊し、別の系が生まれた。 共生は結果であって、目標ではない。ある時点の撹乱の落ち着き先が共生に見えているだけで、次の撹乱で消える。 農業で言えば—— そもそも農業自体が生態系への根本的な介入です。無農薬であっても、水田は人工的な単一生態系。「自然に近い」は相対的な話で、絶対的な意味での共生など存在しない。 ただし「神話に近い」と言い切った後に何が残るか。 C4への工学的転換も、共生農業も、どちらも人間が生態系に介入するという点では同じです。違いは時間スケールと可逆性。 共生農業の価値は「自然と一体」という神話にあるのではなく——介入の規模を小さくし、撹乱の幅を抑えるという現実的な戦略としてあるのかもしれない。 神話を剥いだ後の共生農業に、新川さんはどんな意味を置きますか。変化を受け入れるか否か5:32Recognized incisive inquiry about embracing changeRecognized incisive inquiry about embracing changeそれが本質ですね。 生命史を見れば——変化を受け入れた系が残り、拒んだ系が消えた。それだけです。 ただし「受け入れる」には二種類ある。 受動的受容——変化に飲み込まれる。恐竜の大半。 能動的適応——変化を先読みして形を変える。哺乳類の祖先は恐竜全盛期に小型夜行性として生き延びた。 農業で言えば—— 共生農業への固執は、ある条件下では受動的拒否になりうる。C4転換への盲目的追従は受動的受容。 どちらも思考停止。 新川さんのCASA BLANCAの論理——「土地に働いてもらう」「センダン林業」——は実はどちらでもない。 変化のスピードに人間の農業を合わせるのではなく、変化のスピードより長い時間軸に賭けるという戦略です。 これは受け入れでも拒否でもなく——変化を自分の時間スケールに引き込むこと。 位相差論で言えば、外部の変化速度と自分...

葛の異常繁殖がこの地域で見られる。関連性はあるか。

あります。かなり直接的な関連性が考えられます。 葛とCO₂施肥効果 葛(Pueraria montana)はC3植物であり、C3植物はCO₂濃度上昇に対して光合成効率が特に敏感に反応します。大気中CO₂が増えると、気孔を半開きにしたまま同等の炭素固定ができるため、蒸散を抑えつつ成長速度が上がります。つまりCO₂増加は葛の競争優位を直接底上げします。 熊本地域での「異常繁殖」の文脈 葛はもともと日本在来種ですが、温暖化による冬の気温上昇で枯れ戻りが浅くなり、根の蓄積エネルギーが増大して翌春の初期成長が加速します。加えてCO₂施肥効果が重なると、他の植生との競争で圧倒的に有利になる。 仮説との接続 新川さんの枠組みで言えば、葛の異常繁殖は「地球生命系の回復」の局所的発現と読める一方、それが在来植生の多様性を均質化するなら「再配置」の負の側面でもあります。アメリカでは葛が侵略的外来種として問題化していますが、日本では在来種が同様の振る舞いをしている点が興味深い——つまり「外来/在来」という分類を超えた、CO₂駆動の植生再編として捉えられる現象です。 身近な観察が理論の具体的根拠になりえます。

定義

" Biosphere lifespan is a conceptual term coined by Yoshiro Shinkawa, defined as follows:" "Biosphere lifespan refers to the remaining time of the Earth's life-supporting systems to sustain all living organisms, including humans, under accelerating anthropogenic pressure."  「 生物圏寿命 は新川芳朗が提唱する概念用語であり、以下のように定義される:」 「生物圏寿命とは、人間活動の加速的な圧力のもとで、地球の生命支持系が人類を含む全生態を維持しうる残り時間のことである。」  

第8章 環境指標生物 448話

さてさて、ここからが不二子はん文学の本番や。 正直、しばらく大阪弁忘れてましてん。書きながら、ようやく思い出してきたっす。 ねいてぃぶ+ぼく様流アレンジまで、いまは書けるようになってます↓ だからこれまでは、忘れた関西文化をもう一度体得するための準備編やったんす↑ 「不二子はん、そろそろ行こか?」  えー 「…いややでぇ。ひきがえる触れへん、ご勘弁を」  ほー 「かわええで」 かえる苦手なんやな… 「蛙はな、環境指標生物なんやで。個体が見えへんくても鳴き声で大体の数がわかるんや。トンボもそうやな。一目瞭然でだいたいの個体数が把握できる」 へー 「そんなら、不二子は蜻蛉を担当しますえ」  おー 「ええな。たのむで」 「空に舞うとんぼさんは夕方も綺麗やし、 青天霹靂に舞うとんぼは勇ましい。うちにまかせてや」 よしろうは不二子の対応、心底うれしかった…ようで。 実は涙ぐむほど、胸ん中が熱かったで。 

ヒキガエル大帝国物語 基本情報2/7 ヒキガエルの交尾様式

ヒキガエルの交尾様式 1. 抱接(ほうせつ) オスがメスの背中に乗る 前肢でメスの前胸部を抱きしめる この姿勢で精子を受精させる 人間で言う性交器の挿入はない 2. 外部受精 メスが水中で卵を産む オスはその上から精子をかける 卵は水中で受精する 体の中で受精は起きない

ヒキガエル大帝国物語 基本情報1/7 生息数

ニホンヒキガエル( ニホンヒキガエル )成体は完全な肉食で、主に夜行性。視覚で動くものを感知して舌で捕食するため、動かないものは食べにくい。田んぼや森の周辺では、ミミズ、甲虫、バッタ、コオロギ、クモ、ナメクジなどを中心に摂食する。大型個体では小型カエルやヤモリなども捕食することがある。一晩で数十匹の昆虫を食べ、活動期での年間摂食量は1〜1.5kg程度とされる。 1反(約1,000㎡)の無農薬・森隣接・常時水の田んぼ環境では、地表性無脊椎動物の年間バイオマスは約40〜80kgと見積もられる。この条件では理論的に50匹程度のヒキガエルが支えられる計算になる。しかし実際には他の捕食者や冬眠期の摂食停止、餌の偏りなどを考慮すると、安定して定着できる個体数は 20〜35匹程度 が現実的な上限とされる。繁殖期にはオタマジャクシの数が一時的に増えても、最終的な成体数は餌資源の量、隠れ場所の有無、越冬環境に強く依存する。 人工的にオタマジャクシを保護して変態率を上げても、田んぼ単体では餌量や縄張りの限界から、最終的に抱えられる成体数は大幅には増えない。隣接する田んぼや森に分散させることで初めて個体数を増やせるが、遺伝子や病気の管理には注意が必要で、県をまたぐ移動や遠距離放流は推奨されない。理想環境では、ヒキガエルは自然に周囲に拡散して生活圏を広げるため、人工保護は主に局所個体群の安定化や成長率の補助として有効である。 結果として、1反の良好な田んぼ+森環境では、ヒキガエルは 20〜40匹前後が安定して生息可能 。繁殖池や湿地を複数配置し、無農薬と越冬場所を確保することで、地域の個体群を長期的に維持できる。ヒキガエルの個体数は、産卵数ではなく餌量・隠れ家・越冬環境によって決まるというのが生態的な本質である。   日本に生息するヒキガエルは、在来種4種と外来種1種です。 在来種 アズマヒキガエル(Bufo japonicus formosus) 東日本全域、本州東部から中部以東の関東・東北などに広く分布する。茨城県や筑波山周辺にも自然個体が生息。北海道や伊豆諸島、佐渡島などでは人為的に移入された個体もいる。 ニホンヒキガエル(Bufo japonicus japonicus) 西日本、本州西部から四国・九州に自然分布。東京や仙台などの例は移入個体である可能性が高...

産卵か。

昨夜は産卵するアカガエルの求愛の声が聞こえていた。 ただ、それが実際産卵するのは翌日だったりする。 冬眠から覚めて、様子を見てるのだろうか。 暖かくもあるが、朝の田んぼは凍結する。 カエルも考えているのだろう。 微笑ましい。  梅の花は昨日一輪咲いていた。 だまし絵の様な春。 かえるくん、、まだ無理だ。 

ビジネス考 インスタ 未来の無農薬圃場拡大へと

無農薬圃場拡大のためには多くの資金が必要になる。 僕は企業にいつも提案するが、直接的に提案しても受け入れる要素が相手にはない。 現状の売り上げ増を企画する事で発言権を勝ち取る。 今はその段階だ。 この様な試行錯誤を常に行う僕。 清掃ばかりしているわけではない。  リンクやサブスクリプション。行政との連携や、同業種間連携、異業種間連携のネットワーク構想の案を構想中。最初の切り札としてインスタなどのSNSをさらに深堀してみたい。 今回は現状を観測したのみの記述。    個人的な観測結果。 誰もがスマホばかり見る。誰もが米は食べる。どこでも米は提供している。 Casa Blanca の無農薬米は現状では慣行農法の米と金額は同じ価格かそれ以下。  それならば可能だ。 勝機あり。   1. 現状認識のビジネス的整理 課題 ゴルフ場・リゾート施設の差別化は従来の「価格・立地・設備」では困難。 行政が発信する「風景・物語」は無料で質が高いが、施設の集客につながっていない。 チャンス SNS(特にインスタ)はスマホを使う消費者に直結。 米や観光は誰もが接する日常・体験であり、普遍的需要がある。 2. 行政×施設 インスタ戦略の骨子 役割 行政 施設 目的 地域の世界観・物語の創出 今日行ける理由、一日の体験提供 メッセージ 「夢」を語る 「現実」を提供 コンテンツ例 高品質風景写真、歴史物語 施設内体験、プレイスポット、当日予約リンク SNS施策 投稿・ハッシュタグ・物語 行政投稿の引用、予約誘導、ストーリーズで反応 キーワード・タグ・キャッチコピーを共通化 「前編(夢) → 本編(体験)」のストーリー設計 宣伝ではなく“接続・翻訳”として機能 3. 施設側メリットの明確化(営業に効く視点) 広告費ゼロで集客導線を作れる 平日・直前予約の増加による収益向上 価格競争から距離を置いた選ばれ方が可能 地域全体の文脈で施設が選ばれる → ブランド価値向上 これらを 数字・KPIに落とし込むとさらに営業提案力が増す : 「行政連携インスタ投稿で直近3ヶ月の予約率が◯%増加」 「平日利用率+◯%」 「広告費0円で新規顧客獲得」 4. 次のステップ(無農薬...

なんとなく

まだ先がありそうだ。僕が唯一さけていた不耕起。でも実は多年草栽培で8年間の実績がある。多年草の稲だから耕すはずもない。問題は時期である。それを克服する術は何だろうか。凄まじい程の多収が無施肥で実現できる。秋落ちの観測そのものが根底から覆させる。知ってるさ。しかしどうすれば?稲の自然発芽に任せれば4月1日に10cmの成長をする。確実にウンカにやられる。初年度がそうだった。そこなんだ。どうするか。。考えるのが楽しみだ。

CASA BLANCA 無人販売所

今月は土日休みに加えて、撮影時間確保のため水曜日(またはいずれかの曜日)も休みとなり、客室清掃の仕事は週4になった。 当然、収入は減るため、その分を補う目的でいろいろなことに取り組みたい。 無人販売は価格を改定した。 あのような陳列では、客が求める価格帯は100円だという認識がやはり強い。さすがにかぼちゃはその限りではないが、在庫を減らさないと腐ってしまうため、早めに量をさばく必要がある。そこで価格を500円から300円に下げた。 また、12月22日は冬至なので、表記を「冬至くりかぼちゃ」に変更した。 昨日は日曜日だったこともあり、相当量が売れた。やはり、あの場所には商機がある。 この無人販売の充実だけで、週4勤務にしたことで減った1日分以上の給与はカバーできそうだ。もう少し拡大してもいい。野菜の作付けも始めたい。 何より良いのは、拘束時間が30分ほどと短いことだ。 置いておくだけで商売になる。 次は山の収入 8反の檜山はもう既に伐採は半分以上終えている。 来年は6反の杉山間伐と続く。

WILD LIFE ーRecreating the Natural World

WILD LIFE ーRegenerating the Natural World I've come to think lately that my life is wild life itself. It's not an academic graduate student life, of course. Far from the quiet research life spent grappling with literature in the library from morning on. Nor is it the wild life of adventurers, travelers, or those who live in untamed environments. Not the style of traveling uncharted lands with a backpack on your shoulders. I've been expanding pesticide-free rice farming environments to construct photography. The total area I've worked on amounts to 7 chō. In the rice fields I've gradually expanded from one tan, I observe biodiversity practically while working on environmental restoration. A remarkable diversity of life returns to rice fields without pesticides. This is agriculture and simultaneously a verification site for photographic theory and the Theory of Micro-Phase Differences. From my house, I hear the sounds of wild birds—ducks, geese, snipes—frogs and ...

2025/11統合版 博士論文草稿 2025筆 微小位相差理論と現代写真表現:存在・運動・意図の統合的理解

博士論文草稿 2025筆 微小位相差理論と現代写真表現:存在・運動・ 意図の統合的理解 新川 芳朗 所属:京都芸術大学大学院 芸術研究科 芸術専攻 写真映像領域 2025年11月 目次 序論:写真の定義の揺らぎとパラダイム転換 第1章:微小位相差理論の構築 1.1 理論の起源:個人史的背景 1.2 理論の数学的展開 数学的定式化への動機 U(1)ゲージ理論による表現 存在の不変性原理 5層構造への展開 2枚組写真による証明方法論 理論の社会的機能 1.3 理論の基本原理 (1)エネルギー保存の原理 (2)時間の重層性 (3)エントロピーと視点の相対性 (4)差異と運動の必然性 1.4 理論の実践的適用 第2章:写真史的文脈における微小位相差理論 2.1 ドキュメンタリー写真の系譜と限界 2.2 New Topographicsと客観性の探求 2.3 写真家から実践者へ:役割の拡張 第3章:Altered Landscape──変容する風景の記録 3.1 現代日本における風景の急速な変化 3.2 写真技法:古典技法による現代の記録 3.3 写真の認識論的機能 第4章:AI時代における写真の再定義 4.1 写真の定義の歴史的変遷 4.2 真正性(Authenticity)をめぐる議論 4.3 新しい定義:意図の記録としての写真 第5章:理論と実践の統合──持続可能な創造へ 5.1 写真実践と環境実践の接続 5.2 地域社会との協働 5.3 批判的省察と理論の限界 検証可能性の問題 普遍性の問題 還元主義への警戒 実践の持続可能性 結論:写真の未来へ──記録から創造、観察から実践へ 参考文献 謝辞 図版リスト   序論:写真の定義の揺らぎとパラダイム転換 写真は1839年にダゲールによって発明されて以来、「光を記録する技術」として認識されてきた。カメラのレンズを通して捉えた光をフィルムやセンサーに焼き付けることによって、一瞬の現実を固定化することが可能となり、それが絵画や他の視覚表現と明確に異なる本質的特徴となった(Sontag, 1977)。ロラン・バルトは『明るい部屋』において、写真の本質を「それは=かつて=あった」(ça-a-été)という過去の実在性の証明に見出した(Barthes, 1980)。この...

第3章 あぶらな..かたぶら...献身的な不二子 266話

  「よしろうはん、なんか届いてますえ。宅配便かしら。」 「お、やっときたか。アブラナの種や。田んぼに撒くんや。」 「今や蓮華もあかんし、ベッチも湿気を嫌う。ちょっとアブラナで緑肥をしよう思てな。」 「おや?無施肥ではなかったんどすか?」 「もうその実験は終わりや。」 「収穫量という農業分野に無農薬と緑肥で取り組むのが次の実験や。」 「これを達成せんと農家がなっとくせんのよ。するとどでかい面積の無農薬圃場ができんのや............それでこの種まいて花咲かせようか思っとる。」 「ええどすな!実験うまいこといくとよろしおますな!」 「不二子は来年から農婦になってよしろはん支えますえ!」 「はーちゃうな。どこの誰とはえらいちゃうわ。おおきにな。 無理せんでよかよか、ばってん たいぎゃ うれしかばい、不二子 。」

Your future will be shaped by the choices you make today.

あなたの未来は、今日の選択によって形作られます。 無理しないでいい。でも自分には正直に。。理性も計画も野望も欲望も。 全てはバランス。 バランスとは必死に生きて生まれた結果。  か弱そうな稲だって最後は見事に実る。 俺は幾千万も見てきた。  そうなんだ、それが君の選択。  よければいいなんて思想、どうかしてるぜ。  世界はそうして共生している。 

驚くべき人間の発想。

驚くべき人間の発想。 今日はね、ちょっと酔うてます。 課題、多すぎや。 寝る前に――ひとつだけ、言わせて。 理知的とか論理的とか、そんなんとは無縁の話やけど。 稲である米、そして麦、、、そば。 よう考えたら、どれも似たようなもんやろ? だいたい、これ食うか? こんなちっこい種、誰が最初に食おうと思ったんや? ――そう。 小さな種を「食べよう」と思ったその瞬間、 第一次農業革命が始まったんや。 ほんま、信じられへん。 人間って、変態の領域や! 稲作を父から託されたあの頃、 最初のインプレッションは、まさにそれやった。

この10年で私が成し得た事

この10年、私の行動は結果的に―― 「大規模圃場でも通用する、効率的な無農薬稲作システム」を築き上げることにあった。 おそらく、稲作において慣行農法の生産者と比較すれば、 時間も経費も――半分どころか、十分の一以下で済んでいる。 この一点に尽きる。 なぜそれが成し得たのか。 その理由は、これまでの記録にすでに十分示してきた。 表現者として、そして生産者としての両立を図るために、 私は「時間」と「効率」を徹底的に追求した。 その視点は間違っていなかった。 多くの農業者が「無農薬は手間がかかる」という常識に縛られる中で、 私はその真逆の地点に到達した。 それは偶然ではない。 生物多様性を核に稲作へ取り組み、 科学的な根拠に基づく試行を重ね、 時間と効率を極限まで突き詰めた結果として―― 私は「環境共生」という必然にたどり着いたのだ。 自家採取を重ねた種を用い、 圃場環境を整え、苗の成長に合わせて湛水し、 あとは稲刈り二週間前まで水を流し 環境を変化させずに見守る だけで、 良質な米ができる。 この小さな二次的自然――田んぼの中で、 生態系のバランスは静かに保たれている。

米の起源 日本において、人類において。

米をたべるようになったのはいつから 日本で米を食べるようになった歴史についてお答えします。 稲作の伝来 日本に稲作が伝わったのは 縄文時代後期から晩期 (約3000年前頃)と考えられています。中国大陸や朝鮮半島から伝わってきました。 本格的な普及 弥生時代 (紀元前10世紀〜紀元後3世紀頃)になると、水田稲作が本格的に広まりました。この時期に: 水田による組織的な稲作が始まる 米が主要な食料として定着 稲作を中心とした社会が形成される 主食としての確立 古墳時代以降、米は日本人の主食として完全に定着しました。ただし、時代や地域、身分によって米の消費量には大きな差がありました: 貴族や武士階級は白米を日常的に食べる 庶民は米に雑穀を混ぜたり、米以外の穀物も食べることが多かった 江戸時代には都市部で白米食が普及 現代 明治時代以降、経済発展とともに一般庶民にも白米が広く行き渡るようになり、現代の「米を主食とする食文化」が確立しました。 つまり、米を食べ始めたのは約3000年前からですが、本格的に普及したのは弥生時代以降ということになります。 日本ではない。人類が。 失礼しました!人類全体の米食の歴史についてお答えします。 稲作の起源 人類が米を栽培し始めたのは、 約1万年前から1万3000年前 と考えられています。 主な起源地 中国の長江流域 (揚子江中下流域)が最も古い稲作の起源地の一つとされています。考古学的な証拠では: 約1万年前〜8000年前の遺跡から栽培イネの痕跡が発見されている 浙江省の上山遺跡などで古い稲作の証拠が見つかっている インド・東南アジア も独立した栽培化の中心地だった可能性があります。 野生の米の利用 栽培が始まる前から、人類は 野生のイネを採集して食べていた と考えられています。これはさらに数千年遡る可能性があります。 世界への広がり 中国から東アジア、東南アジアへ(紀元前3000年頃〜) インドから南アジアへ 地中海地域へ(アレクサンドロス大王の遠征後) アメリカ大陸へ(15世紀以降、ヨーロッパ人によって) つまり、人類が米を食べ始めたのは 約1万年前 からで、新石器時代の農耕革命の一環として始まったということになります。

ぼく様を分析 言語化

観察者としての生 僕は、世界を見つめる者だ。 カメラを構えるとき、僕は単なる記録者ではない。光の変化を読み、風の気配を感じ、次の瞬間に何が起こるかを予測する。シャッターを切る行為は、時間の流れから一瞬を「選び取る」ことだ。それは受動的な記録ではなく、能動的な関与である。 写真を通して、僕は学んだ。 すべては関係性のなかにあるということを。 光と影、動と静、生と死——それらは対立するのではなく、互いを生かし合っている。 実践者としての身体 そして僕は、その学びを土に還す。 田んぼという舞台で、僕は農薬も肥料も使わずに米を育てる。それは「自然を支配する」農業ではない。稲と雑草と微生物と水が織りなす生態系に、そっと加わる行為だ。 ここでも僕は観察者であり続ける。   稲とはどんな植物か、害虫や病気にならない安定した圃場環境維持。 すべてを見て、感じて、最小限の介入で生命の循環を促す。 田んぼは、共生という思想の実験場だ。 統合された存在として 僕は、観る人であり、創る人であり、生かす人だ。 写真家としての眼差しは、農業実践者としての手に宿る。 観察から得た洞察は、土のなかで具現化される。 そして育った米は、共に生きることの証となる。 僕という存在は、分断されていない。 観察と実践、思考と身体、芸術と農業——それらはひとつの循環として、僕のなかで回り続けている。 世界を見つめ、世界に触れ、世界と共に在る。 それが、僕という人間の生き方だ。

大きなエビとイカのパスタ

無類のパスタ好きのぼく様。 王道の具材にパルメザンチーズ、ニンニク、鷹の爪、オリーブオイル、塩、無農薬セロリ。 と青いレモン。 たったそれだけで王道の味。 うまいわ。 トルコ産1kg190円パスタ。    あのね。 米は九州がうまいんよ。 東北産もええけど、うまいんよ。  適正と適応の違いを学べ。  まあそういうなら東北はストレスフルやからうまいんかな。 いやんばかんが甘く燃える時もある。  でも適正の気候や風土である九州産はうまいで。  よかよかしかいわん米は旨かばい? 

父の言葉

子供の頃父は頻繁にぼくを田んぼに連れていった。 そしていつもなにか教えてくれた。 青年に成り、また父は田んぼへいくぞと言う。  田んぼ1反で10俵とるのは難しいの?お父さん。 笑いながら。10俵とるのは簡単たい。 「わざと8俵にしとっとたい」 へー。なんで? そんほうがいろいろよかったい。 と笑っていた。 父の言葉 この短い記憶の中に、深い知恵が詰まっていますね。 子供の頃から田んぼに連れていってくれたお父さん。それは単なる農作業の手伝いではなく、人生の教えを授ける場所だったのでしょう。 青年になって初めて聞いた言葉—「わざと8俵にしとっとたい」。 10俵採れる技術と知識がありながら、あえて8俵に抑える。その理由を「そんほうがいろいろよかったい」と笑って言うお父さん。 おそらく: 土地を疲弊させない持続可能な農業 補助金や税制の兼ね合い 品質と収量のバランス 地域の中での協調 様々な理由があったのでしょう。 でも、それ以上に印象的なのは、お父さんが青年になったあなたを再び田んぼに連れていき、この話をしたタイミングです。子供の頃には理解できなかった「本当の賢さ」を、大人になったあなたに伝えようとしたのだと思います。 最高を目指すことと、最適を選ぶこと は違う—そんな人生の機微を、田んぼという教室で教えてくれた。笑いながら話すお父さんの姿が目に浮かびます。