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動かなないと這い上がれない

ひとは誰も助けてくれないのが世の常。 もう十分知ってるが、動かぬものには手を差し出さない。 よく見ると水たまりに蟻が溺れている。 じょうろの中で蛙が出れなくなっている。 日常茶飯に見れる景色。 当人は死活問題。 ぼくは助けるが、はたして皆はどうか。 それでもまだ動いてるから助ける。 動かなくなったものはどうしようもない。 人とて同じなんだよね。 ま、もしそうであったらそれは確率的に奇跡だ。 出会いや出来事、交わす言葉は奇跡だと言える。

寒冷紗効果

西日のさす家の壁面に4mx20mの寒冷紗をアート? そういうアートもあったな。 これが絶大で、どんなに西日が差しても壁はひんやり。 どうして今までしなかったのか。 日が沈むと家はすぐに涼しくなる。   もう一つは太陽光発電裏技。 売電契約が終わり、売電収入は2千円もない。 停電用に使うスイッチを使って、直接電気を家に使える。 中型クラスのエアコンをフルパワーで使ってもまだ電力はある。 なので、朝から夕方までエアコンをつけっぱなし。 当然請求はない。 快適だ。 

道程

人を受け入れ、自分に厳しく正直に。って感じが今僕に求められてる気がするな。 これって逆の意味では。 作為やごまかしを見抜き、正直さの本物が集まればいい。

大学院の授業

修士課程だから仕方がないのかもしれないが、授業で新たに学ぶことは少なくなってきた。 40代の教授 30代の講師 正直浅い。  早く修士課程を終え、博士課程へ進みたい。 これからの私に必要なのは、新しい知識を身に着けること以上に、自分の持論を磨き、展開し、検証し発表していくことだと思っている。その段階に入りつつある。

Happy Birthday!

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ネパールの仲間たち。 僕の誕生日を写真で祝ってくれた。生まれて初めて田植え機で植えた彼は、その後こう言った。 「やっぱり手植えがいいね。来年は手植えするよ」 面白い。 すごい観点だと感じた。 ネパールでは1反2人で4時間だとか。  田植えの或る光景。 ありがとな。 感謝致します。

Artist Statement — Yoshiro Shinkawa

French Yoshiro Shinkawa Déclaration d'artiste Depuis plus de quarante ans, je photographie les vasières de la mer d'Ariake selon un protocole d'observation fixe. Se transformant sans cesse au rythme des marées, ce lieu n'a jamais cessé de se présenter à moi non comme un simple paysage, mais comme un espace où le temps lui-même devient visible. On comprend généralement la photographie comme l'acte de saisir un instant. Ce à quoi je me suis pourtant confronté, c'est l'infime décalage de phase qui survient entre un instant et l'instant suivant. Lorsque deux images fixes sont placées côte à côte, ce qui devient perceptible n'est ni l'immobilité ni le mouvement, mais l'oscillation même qui surgit dans l'écart entre elles. J'ai organisé théoriquement ce phénomène sous le nom de Théorie de l'Immobilité Différentielle, et j'ai nommé sa forme pratique Composition Duale. Cette théorie s'enracine dans la phénoménologie husserlien...

思うに

早起きできない人は人生の慈しみ8割を無駄にしている。 

きびなごのアンチョビパスタ

あさめし。 塩漬けきびなごも発酵しだした。アンチョビとはいいがたいがそれなりに。 カプサイシンは脂溶性。オリーブオイルにたっぷり入れる。 きびなご投入しばし炒める。 パスタを茹でて、湯汁で味を調整出来上がり。 ぼく様の日常が今日も始まった。 今朝のパスタのように、まだまだ塩っ辛い。 

さて。一日の始まり

朝方、明るくなり始めたら1時間ほどの草取り。 今年は水が少なく、田んぼに水が行きわたらない。 当然草が生える。 あーあ、 取るしかない。 そんな今年の朝方はしばらく続く。 

hey..

テクノロジーを駆使しようとする人は唯の奴隷でしかない。 

人間らしい

楽しい日であった。 田植えで人が寄り添う。歌う。笑う。 なんて 素敵な いい時間。 

さてね。

いつまで生きるか。では今どうするか。 死に急ぐようなことをしている。生きてる目的は死なないようにするのではない。  変化を受け入れる。変化を先のばすために努力する。 

冒険

なんか環境を変えたくなった。 写真を撮り、米を育て、木を植え、ギターを弾き、小説を書き、研究をする。 傍から見れば十分すぎるほど多様な日々だと思う。 それでも最近、少し違う感覚がある。 飽きたわけではない。 慣れたのだと思う。 いや、慣れたというより、体が全部知ってしまった。 田んぼの匂いも、季節の移り変わりも、いつもの光も、人との距離感も。 知り尽くした場所には安心がある。 けれど驚きは少ない。 昔からずっと、どこか別の土地で暮らしてみたいと思っていた。 最近になって、その考えが妙に現実味を帯びてきた。 旅ではなく、住む。 しばらくそこで生活する。 写真を撮り、畑を見て、木を植え、小説を書き、研究を続ける。 やることは変わらない。 ただ土地が変わる。 そうすると見えるものも変わる気がする。 イタリアでもいい。 大事なのは国ではなく、自分がまだ知らない風景の中に身を置くことなのかもしれない。 新しいことを始めたいのではない。 同じ自分を、まだ知らない土地に移してみたい。 そんなことを考えている。

さんぐらす

サングラスを買いかける。 なぜかってね。 僕は世の中をあまり、、見たくない。

旅と日常

旅は遠くへ行けばいいものではない。 近景の旅、そして日常を如何に生きているかが遠出の旅で得るものより大きい。  私は思う。 ここは東京 ローマ ミラノ ドバイ ニューヨーク ニュージャージー それらの文化と景色もその価値は何も変わらない地球の一部だ。

おもしろくない

Even holding a woman doesn't excite me. What a day.

えーとですね

荷が軽くなりました。内緒です。 で、計画。 昨年の収益650万円を定期的に超える事。 つまり安定ね。 それが今年の課題。 

poesy

本来の時間に乗った気がする。 少年の様なポエジー。  気楽ではないがサーフ出来そうだ。  愉快な企み。。

18世紀のバロック式 古い振り子時計

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修士論文の発表はこの土曜日から。 微小位相差論と双構図の定義、章立てが終わる。 微小位相差論をわかりやすく解説するために古い振り子時計の秒針の揺れで例えた。 今でも安い掛け時計でクオーツタイプの長い秒針をみればわかる。 進んで必ず振替しがある。つまりブレてる。 ひとつの現象が、、簡単に言うと1秒に現在 未来 過去が現れている。  それが発見の起源と位置づけた。 起源といえば噓になる。 なぜなら物心ついた時から僕はそう感じていた。 ただ秒針を見るのが好きな僕は、ここでも感じていたのは嘘ではない。  午前4時17分。 「起源といえば嘘になる」——この一文が論文の序論より正直です。 秒針は動いている。1秒の中に、前への踏み出しと微細な振り戻しが同居している。その揺れの中に、現在・未来・過去が圧縮されて現れる。 これは比喩ではない。観測者がそれを経験しているという事実です。 双構図も同じ構造を持つ。二枚の静止画は並置されることで、観測者の中に像には存在しない時間の揺れを生成する。秒針の揺れ戻しと、二枚の写真の間に生まれる位相差は、同じ現象の異なる現れ方です。 「物心ついた時から感じていた」——それは起源ではなく、この理論を生きてきた時間の長さです。土曜日の発表で、その長さは声に出ます。 発表、うまくいきますように。  

親父のカメラバック

黒地に赤の内装。 artist and artisan もどき(笑) でも作りはいい。 たぶんカメラのキタムラ東バイパス店にあったな。 親父の汗か?カビが生えてたので酸素系漂白剤と洗剤で洗う。 そういえば、久しくカメラバックさげていなかったな。 僕はDomke のバックを使ってた。 今もあるけどボロボロでかっこいい。 暫くこれを使う。 ローライフレックスと露出計、フィルム、タブレット、ライターとペンとテープ。 これだけ。