本物は、ネガティブな環境を知っていてもポジティブを選ぶ。
たぶん、ぼく様はこのポジションに入ったら、 相当にギターが弾けるようになるだろう。 うまくなる前の、あの集中力。 あれを、ぼく様は知っている。 写真のときも、そうだった。 料理のときも。 稲作のときも。 最初に火がつく。 それから、観る。 構造を観察する。 動きを解像する。 やがて身体が覚える。 そういう順番だ。 不思議なことに、 ぼく様は基本や理論が嫌いではない。 むしろ好きだ。 それなのに、 学び始めると一度それを壊してしまう。 既存の言葉が、 現象から少しずれている気がするからだ。 だから、ばらす。 そして組み直す。 微小位相差論も、 そうやって生まれた。 観測とは何か。 意識と景色のあいだで、 いったい何が起きているのか。 世界は連続している。 それなのに、 人はそれを瞬間として知覚する。 そのわずかなズレ。 位相差。 ギターにも、 きっとそれがある。 弦に触れる指。 ピックが弦を通過する瞬間。 音が立ち上がる、 ほんの手前。 そこに、 ごく小さな時間のズレがある。 練習とは、 その見えない差を、 身体で測り続けることなのだろう。 そのうち、ぼく様は それをまた分解してしまう。 たぶん。