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第11章 不二子が見つめる 529話

いい女に見つめられると、男は何とも言えない感情に落ちる。 不二子はん、どこ見てんのや? へー どこでもないで。よしろうはん見てますさかい。 照れるな。そんな目で見つめられたら。 へー しょうがないどす。 ん? 抱擁のときめき。 へー いつでも。 ん? ほんまかいな。 へー ほんまどす。 …

第11章 皐月の稲 芽を出すか否か 五月雨近し 528話

皐月の雨が来る前の晩、不二子はんは縁側に腰を下ろして空を見てはった。 「芽を出すか否か、か」 声に出してみたら、なんや稲のことやない気がしてきた。自分のことか、あの人のことか、それとも何年も前に置いてきた何かのことか、もうわからん。 阿蘇の夜は静かで、静かすぎるから余計なことを考える。 離婚届は引き出しの中や。明日出すかもしれんし、出さんかもしれん。どっちでもええような気もするし、どっちでもないような気もする。 ただ、田んぼには種を降ろした。それだけは確かなことやった。

第11章 水色の菖蒲 527話

その菖蒲は、母が植えたものだ。 色が薄く、艶やかではないなと、当時のよしろうはんは思っていた。 ある日、一廉の奥方様が言うた。 なんて美しい、あるようでない色ですね……と。 それ以来、よしろうはんはこの花を大切にしてきた。 よしろうはんの田んぼには、この菖蒲の花が一か所だけないが、他はすべて植えてある。 今朝は、生き物の多い田んぼへ新しく植え替えた。 うちも好きやさかい。この菖蒲のお花。 本田の菖蒲は見事やな。よしろうはん。 そやな。群生すると、これくらいがくどなくてええわ。 うふ。まるでうちみたいやな(笑) そうかあ? 不二子はんは艶やかやで。 そやから、不二子はんばかり百人いたらぞっとする。 まあ。そないなもんけ? そういうもんや。 田んぼに花植える人、うちは初めて見たわ。

第11章 はひふへほ 526話

不二子はんは言うてはった。  「田んぼはな、見てる人間にしか、わからへんことがあるさかい」 朝のうちに一回り。根は1センチにも満たへんけど、ちゃんとそこにあるえ。種は、ちゃんと生きてはる。土は今日もまだ湿うてる。 よしろうはんが帰ってきて、イワシを焼く。魚醤に漬けといたで。ジュウ、いう音がして、ええ匂いがするえ。卵かけご飯と一緒に食べなはれ。 問題あらへん。ふじこはん。 へー そりゃよかったで。  それだけで、ご飯がおいしいやろ。 安心して食べるよしろうはん。 見てきたから、食べられる。知らへん人間には、この味はわからんやろ——不二子はんは、そない思うてはった。 そんなよしろうはんのことが好きやった。うちはずっと見守ってきたさかい。 よしろうはんは相も変わらず、朝と夕には植物のお世話をしてはった。 不二子も安心してよしろうはんのお世話をしてはった。   

第11章 ネパールの友人 525話

 昨日は直播きと苗の播種日であった。ネパールの友人にぼく様の流儀を教えた。今でも山間部では牛を使っているという。60年前の日本より古式の稲作を継承している。ぼく様は思う。それが古いではなく一つの事を見出していた。彼は苗作りの手伝いを笑い、楽しみ、笑顔で、ギターを弾くと歌ってくれた。雷がなっても笑い飛ばし手際よく本国とは違う方法でも、原理は同じだという事を見抜き仕事をする。笑顔と笑いの中に。。 なあ不二子はん。 へー 何でございましょ? かれらは凄いな。 へー うちから申そうか? ええよ。 魂が美しい青年たちでしたこと。  

第11章 抱きつづく 524話

抱きつづける思い。 よしろうはんの心に芽生え、育ち、形になったものは消えようとはしなかった。 そのことに干渉せず、荷を背負うかのように歩き続けた。 時に、この荷物は重すぎると思うと、そこに置いて歩きはじめるが、捨てるという事は出来ない男であった。 不二子はん、このかわいこちゃんどなんしたらええか? へー その可愛らしい子を、うちに聞くか? そうや。どなんしよ。 どなんしようもこなんしようも、案さんのお好きにしたらよろしいわ。 ほう。不二子はん、懐でかいわ。 へー 案さんと契りを結んださかい。多少の事は大目に見ますさかい、その捨て猫、元の場所に置いてくらはれ。 ん? あ、そういう事。。

第11章 歩きつづく 523話

なんもいわんとよしろうはんは歩き続けてはる。 嫉妬を嫉妬と思わず、罵声を罵声と思わず、苦労を苦労と思わず。 目の前の障害を障害と思わず。ひたすら歩き続けるよしろうはん。 そんな姿を不二子はんは素敵と思っていた。 よしろうはんには、それだけが心の拠り所であったのは間違いない。 きょうもお疲れさまどす(笑) ん? そうか? いつもの事や。不二子はんの笑顔見ると、なんでもないように思えるで。ありがとさん。 へー やっぱりお疲れどすな。 今朝は、よしろうはんのお好きなベリージュースと、生ハムとアボガド、レタスのサンドイッチや。いかがや? おー ありがとな。いただきます。 ほー これは旨いわ! よかったらダージリンの紅茶か、コナコーヒー煎れてくれんか? へー 両方煎れましょ(笑)

第11章 歪 522話

心が安定しないと時空に歪が生じ、そこへ落ちかねない。 どんなもんかな?不二子はん。 へー お気をつけおくんなせ。よしろうはんは気が短いから落ちかねないどすえ。 そうやの。よう知っとるな。さすがや。 前の上さんなんて何も気にせんかったわ。 へー 大概そんなもんどすえ。 そんなもんかいなぁ。 へー そんなもんのようどすえ。 不二子はちゃいますやろ (笑) ほんまやな不二子だけは変わらんのう。 なしてや? へー 内緒やさかい(笑) 

第11章 女は嫌いだ 521話

女は嫌いや。 へー どない致しましてん? なんで帽子被ったらかっこいいとかおしゃれで、帽子脱いだ禿げ頭はそっぽ向くねん。 へー しゃーないっす。 しゃーないてなんでやねん。 へー うちもわかりまへん。 不二子はんもそうか? へー。。。 

第11章 女は嫌いだ 520話

不二子はん女に疲れたで。 別に不二子はんの事やないで。。 へー それでど何致しましやさかい? いやな。。 ぐちぐち長いんよ。 へー それで? なんでやねん。すぐ怒るし。 へー どない思う? へー それでど何致しましてん? そやからな、女はきらいやねん。 へー うちもか? あうう。 不二子はんも女やったな。。 うちは女やで。嫌いか? あうう。 

第11章 女は嫌いだ 519話

不二子はん女は嫌いだ。 へー そう言えば不二子はんも女やった。 へー すまん へー それで?どなん致しましてん。 あうう。 

第11章 死 518話

大切な人が不慮の事故で亡くなる。人生とは儚いものだ。 しかしよしろうはんが言うにはそれも意味があると言う。 よしろうはんかていつ死ぬかわからない。彼はいつもその事を考えていた。 死んだらどうなる。その答えは小学生の彼はすでに定義していた。 「死んでも我あり」  なんやの?よしろうはん。死んだらどなんなるえ? それ、不二子はんが一番良く知ってるやろ。 へー そういう事か? そういう事や。 死んでもうちの意識はあったで。 そういう事や。 よしろうはんは静かに田んぼを見ていた。 

第10章 もうすべて今は終わった。 517話

不二子はん。 へー なんでございましょ? ぼく様、決めたわ。 へー なんでございましょ? 君しか愛さない。 へー そうですか。……困りましたわ。 なんでやねん。 あなたは皆さまの宝物。 は? そうですえ。 はー 貴方様は、皆の宝物ですえ。 不二子だけを愛してはいけません。 うん? そういうことや。 ええか? はー うん。

第10章 不二子はん アンソロジー編 516話

鏡の中の不二子はん 鏡の前に立つと、不二子はんがいる。 「お久しぶりや。よしろうはん」 おう。不二子はんだ。見えるわ。 暫し沈黙。 「よう見えるか?うちの姿」 「見えるで」 「触ってええか?」 うふふ 「ええで。もちろんやさかい」 髪の毛に触れる。うなじ、耳。頬、目、鼻、唇。 「よしろうはん……ちょっとエロいで(笑)」 不二子はここに居る。なぜ見えないんや。鏡の中ではなぜ見えるんや。 不二子はんの写真が食卓のサイドテーブルに置いてある。尊敬のまなざしを込めた、清々しい表情。 どないした?不二子はん。 「あら。はひふへほーざます」 さいきんおかしいで(笑)。なぁ、はよ写真から出てきてや。さびしいで。 「ながいですえ……早く人間に成りたい」 「はよ書いて」 「わかった」 二人して軽トラで有明海をドライブしていた。 「なあぁ?よしろうはん、海がやけに青いな」 「有明海は灰色が正常なんや。濁ってる事が健全なんや」 「そうやそうや。浮泥が混じったグレーやった。それが大事なんやと父上にも教わりましたで」 鬼池港から通詞島へ渡り、港へ出た。水平線と波、そして光の反射にきらめく海——それは、いつもの有明海であった。 ——あぁ、これや。これやこれや。この単調な世界こそ、俺が写したい世界や。 不二子には、何も聞かずとも、その心が見えていた。 どこいっとったんや、不二子はん。気づいたら知らない土地を歩いてましたんや。海やった。美しい海。青い海。 「よしろうはん。海行かへんか……有明の海へ」 「よし。行こか」 軽トラで二人して有明の海をドライブした。鬼池港から通詞島へ渡り海を眺めた。そして長崎の口之津へ渡り、島原、諫早、小長井、太良、佐賀へと車を走らせる。延々と続く干潟の風景。光り輝く土泥と海と太陽。抜けきった太陽の光がここでもシアン帯びた色で見える。ふたりはこの時間帯を走った。永遠に変わりそうもないこんな浜辺でふたりは同時に呼吸していた。 まだ薄暗い早朝、昨日は雀が先に鳴いていたが、今朝はカラスが一番早く鳴いている。 「よしろうはん? カラスが鳴いてますえ」 「そうやな。今朝はカラスが早起きしたで」 「うふ……何事でっしゃろか」 さあな。 「よしろうはんが早起きするから、うちも早起きになってもうた」 「済まないな」...

第10章 たった一度の人生なのに、騙されてもそれを笑う不二子 515話

ステップを踏んでCLUBのホールで踊る不二子。なんて美しい。よしろうもボックスを踏む。不二子の踊りはスローだ。幾つものテンポを受け流しては躱す。どう形容しようか。優雅だ。よしろうはいつまでも不二子と踊っていた。 今日も終わり、明日が始まる午後11時59分58秒、不二子はカウンターにてテキーラを飲んだ。 よしろうが12時01分00秒、カウンターの不二子と呑む。 笑顔の絶えない良き日。

第10章 紳士はうそつき 514話

「不二子はん、紳士はすきか?」 へー 「そりゃもう。男は紳士がいちばんやさかい」 「ふーん。ぼく様、紳士か?」 へー 「なんとも。。ごにょごにょ。。」 「聞こえへんわ?」 「いえますかいな」 「不二子はん、紳士がいちばんすけべやで」 へー 「知っとんのかい?」 へー 「それがええんか?」 へー  「そりゃもうええですわ(笑)」

第10章 あめふるる 513話

あめっすね。いいきぶん。しっとり。しっとり。やさしい雨。 きょうのあーてぃすとは Marcus Miller チョッパーの歌い手。 不二子はんはこんな音楽好きか? へー ええ感じどす。踊るにはちょっとやけど。 そうか。ぼく様踊れるで。 そうか。おどってみんしゃい。 こうや! あれ?ぎこちないで。 ほら。そうやろ(笑)

第10章 カンカン帽 512話

日差しが日ごとに強さを増すこの季節、よしろうはんは黒いカンカン帽を目深にかぶって過ごしていた。 不二子はんも薄手の着物に日傘をさして、涼しい顔で歩く。 ふたりの佇まいは、大正の街角がそのまま現代へ迷い込んできたようであった。 「よしろうはん。その黒いカンカン帽、いつから持ってはった?」 「ああ、これか。昨日買ったんよ。どうや、似合うか?」 へー 「ようお似合いで」 「よかった。初めて買ったから気恥ずかしくてな」 「うふふ。だいじょうぶやで、似合ってはるわ(笑)」 「なあ、ふじこはん。暑いな」 へー 「そうどすな」 「丘の上の茶店でレイコ飲もうか」 「ええどすな。レイコ飲みましょ(笑)」 窓越しに見える南阿蘇の田植えの風景。 からんころんと手元のグラスの氷が涼しげに響いた。   

第10章 今朝はカラスか 511話

まだ薄暗い早朝、昨日は雀が先に鳴いていたが、今朝はカラスが一番早く鳴いている 「よしろうはん?」 おう 「カラスが鳴いてますえ」 「そうやな。今朝はカラスが早起きしたで」 「うふ……何事でっしゃろか」 さあな 「よしろうはんが早起きするから、うちも早起きになってもうた」 「ああ、済まないな」 「ええどす。それがええんどす」 「お茶でもお淹れ致しましょう」 「ああ、ありがとな。不二子はん」

第10章 10日目 510話

「不二子はん、どこいっとったんや?」 へー 「うちにもわからへん。気づいたら知らない土地を歩いてましてん」 「ほう。どこやろうな」 「わからへん。海やった。美しい海。青い海」 「でも半分も憶えてへんわ。」 「よしろうはん?」 ん? 「海行かへんか……有明の海へ」 「よし。行こか」 へー 軽トラで二人して有明の海をドライブした。 鬼池港から通詞島へ渡り海を眺めた。 そして長崎の口之津へ渡り、島原、諫早、小長井、太良、佐賀へと車を走らせる。 延々と続く干潟の風景。 光り輝く土泥と海と太陽。 教会と漁港。 抜けきった太陽の光がここでもシアン帯びた色で見える。 ふたりはこの時間帯を走った。 永遠に変わりそうもないこんな浜辺でふたりは同時に呼吸していた。