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第14章 不二子はんの「八天狗の呉汁どす」 635話 まちがえてましたどす。。訂正版

「よしろうはん、今朝は自家製大豆で呉汁を作りますえ」 不二子はんは、前の晩から水に浸しておいた大豆をざるに上げた。 「今日は余計な野菜は入れまへん。ネギだけでよろし。せっかくの自家製大豆どすもの、大豆の味をしっかり楽しみましょ。せやけど、この大豆、綺麗やわ」 「ぼく様が育てたんやけど、なんやったっけ? あ、八天狗という在来種やった」 へー 「それなら、うちに任せてくださいな」 不二子はんは、大豆をすり鉢に入れ、水を少し加えながら丁寧にすりつぶしていく。 「これが呉どす。全部を滑らかにせんでもよろし。少し粒が残るくらいが、おいしいんどすえ」 鍋にだし汁を入れて火にかけ、温まったところへ、すりつぶした大豆を加える。 焦がさないように、ゆっくりとかき混ぜながら、弱火でしっかり火を通す。 大豆に火が通ったら味噌を溶き入れ、最後に刻んだネギを加える。 八天狗の呉汁、出来上がり。 よしろうはんは、ひと口すすった。 「うん、これはうまい。大豆の味が濃いな」 「そやろ。自分で育てた大豆を自分でいただく。贅沢どすなぁ」 よしろうはんは、黙っておかわりを差し出した。 「あら、よしろうはん。大豆の名前は忘れても、おかわりは忘れはらへんのやねぇ(笑)」   Note  八天狗大豆(はってんぐだいず)は、熊本県に伝わる日本古来の「幻の在来種大豆」

第14章 不二子はんの「里芋はんが主役どす」 634話

「あん様、今日は手羽元の骨で出汁を取って、里芋を炊きますえ」 不二子はんは、手羽元を圧力鍋に入れる。 「まず低圧で10分。圧が下がったら里芋を入れて、もう10分。これで鶏の旨みを里芋に移すんどす」 里芋は皮をむき、大きければ半分に切る。醤油、白だし、赤酒で味を整え、ほんだしは必要なら少々。お酢も使うなら、後味を引き締める程度に控えめに。 「ええか、調味料は足し算ばっかりしたらあきまへん。里芋そのもののおいしさが消えてしもたら、何のために炊いたんかわからしまへんやろ?」 不二子はんは、煮汁をひと口味見した。 「うん、よろし。あとは火を止めて、味がなじむのを待つだけどす」 煮物は冷める過程でも味がなじむ。翌日、温め直していただくのも楽しみのひとつ。保存するときは、粗熱が取れたら冷蔵庫へ入れることも忘れたらあきまへん。 さて、翌日の昼下がり。 よしろうはんが鍋の蓋を開け、里芋をひとつ口に運んだ。 「……これは、うまいな」 「そやろ?  手羽元はええ仕事をしてくれましたけど、今日の主役は里芋はんどすえ」 よしろうはんは返事もせず、もうひとつ。 不二子はんは、にこにこしながら眺めていたけれど、ふと鍋をのぞき込んだ。 「あら。あん様、味見いうのは一個で済ませるもんと違いますの?」 「いや、味がしみてるかどうか……」 「二個目でわからへんかったん?」 三個目に箸を伸ばした。 不二子はんは、すっと鍋を引き寄せた。 「はい、そこまで。残りは夕飯どす」 「ええやないか、里芋くらい」 「あら、里芋くらい言わはるんやったら、夕飯のおかずが減っても文句はおへんな?」 箸を置いたよしろうはん。 不二子はんは、里芋を鍋に戻しながら、涼しい顔でひと言。 「おいしいもんほど、分け合うて食べるんがよろしおす。……まあ、誰と分け合うかは、別の話どすけどなぁ?」

第13章 不二子はんの「みそ汁のだし論」 633話

「よしろうはん、みそ汁のおだしいうもんは、濃ければええっちゅうもんでもないんどすえ。 写真でいうたら、森山大道はんみたいに、コントラストが強うなると、黒と白が際立ちますやろ。せやけど、そのあいだにある微妙な諧調が、ちょっと見えにくうなることもありますの。 おだしも、よう似てますねぇ。 風味が強すぎると、お豆腐はお豆腐、大根は大根、それぞれが持ってる味が隠れてしまうことがありますやろ。せっかくの持ち味やのに、ちょっと惜しいことどす。 おだしは、自分の味を知ってもらうことばかり考えんと、素材のおいしさを引き立ててくれたら、それでええんと違いますやろか。 お豆腐にはお豆腐の味があって、大根には大根の味がある。無理にひとつにしてしまわんでも、同じお椀のなかで、それぞれがおいしく調和する。うちは、そんなみそ汁が好きなんどす。 それに、おだしいうもんは、素材と素材のあいだに、ええ『間』をつくってくれるんかもしれませんねぇ。 ……あら、いけませんわ。 みそ汁のお話をしていたはずやのに、いつの間にか写真の話になって、今度は人生のお話どす。よしろうはんとおしゃべりしてると、話の寄り道が多うなりますなぁ。 「ぼく様のせいかい?」 まあ、そう急いで結論を出さんといておくれやす。お話にも、煮えるまでの時間が必要ですやろ。 人と人とのお付き合いも、みそ汁のおだしと似たところがありますねぇ。 自分の思いを強う出しすぎたら、お相手の声が聞こえにくうなる。かといって、遠慮ばかりしていたら、今度は自分の味まで伝わりません。 大切なんは、どちらかが我慢して相手に合わせることやのうて、お互いの持ち味を残しながら、心地よい間合いを見つけることやと思いますの。 近すぎず、遠すぎず。それでいて、気持ちはちゃんと届いている。 そんな関係がええどすなぁ。 まあ、口で言うほど簡単やないから、人間いうもんはおもしろいんやけど。 さて、今夜はおいしいみそ汁でもいただきまひょか。 誰かと一緒やったら、同じお椀のお味も、ひとりのときとは少し違うかもしれませんねぇ。お料理いうもんは不思議どす。同じ材料で、同じように作っても、誰といただくかで、なんや気持ちまで変わりますやろ。 そうお話ししていたら、よしろうはんが、妙に真剣なお顔で尋ねはりました。 「不二子はん。ほな、ぼく様の味はどないなん?」 「まあ、よしろうはん。ご自分のお...

第13章 研究者の自己パロディどすえ♡ 632話

  「あら、よしろうはん。彼女でも探さはるの?」 「せやねん。不思議なことに、モテへんわけやないのに、お声がかからへんのよ。なんでやろ?」 「そら、研究せなあきまへんなぁ。仮説は?」 「怖い。不安定。気難しそう……とか?」 「あらまぁ。ずいぶん物騒な研究対象どすなぁ(笑)」 「そやけど、料理は上手やし、掃除もそこそこするし。片付けは苦手やけど、やるときは徹底するし。運転は上手、気前もええ。米もつくるし、写真も論文も楽器もやるで」 「まぁまぁ、履歴書に書いたら、なかなかのもんどすえ」 「せやろ? 顔はあかんけど、服装もそれなりにちゃんとしてるしな」 「……よしろうはん。ひとつ聞いてもよろしおすか?」 「ん?」 「それだけご自分の長所を並べはって、肝心の女性の気持ちは、どこで研究しはったん?」 「……あ」 「ほほほ。研究者いうもんは、自分の専門分野やと難しい理論も組み立てはるのに、恋愛になると急に自分ひとりで結論を出さはるんやねぇ」 「昔はお声がいっぱいかかったんやけどなぁ」 「昔は?」 「昔はよう笑ろてた。最近は目が据わってるんやて」 「あら、それは大変。お米の出来具合を見てるときも、写真の構図を考えてるときも、女性を見てるときも、同じ目ぇしてはるんとちゃいます?」 「そうかもしれんなぁ……」 「ほな、ちょっと笑ろてみなはれ」 「こうか?」 「いややわぁ。そないに真剣に笑わんでも(笑)」 「なんでや!」 「ほら、今の顔どすえ。ええお顔やないの」 「ほんまか?」 「ほんまどすとも。けどねぇ、よしろうはん」 「なん?」 「女性に声をかけてもらう方法を研究するより、気になる女性にご自分から声をかける研究を始めはったら、どないどす?」 「……それは、研究費が要りそうやな」 「あら、そこは気前がええんとちゃいますの?」 「うーん……」 「論文は書けても、恋文は書けへん。写真は撮れても、女性の心は撮れへん。ほんま、研究者も難儀な商売どすなぁ」 「ちぇっ! もうええ歳やしなぁ」 「あら、よしろうはん。歳のせいにしたらあきまへんえ。恋愛に定年はおへんのやから」 「ほな、まだ可能性はあるんか?」 「さぁて。それを確かめるんが、これからの研究やおへんか」 不二子はん、にっこり。 人間いうもんは、自分のことがいちばんわかってるようで、案外わかってへんもんどす。 せやけどねぇ。 研究...

第13章 トマト缶と秋ナス、どないなりますのん? 第631話 

あかんたれさんが帰って来はった。。 昨日の煮大豆とあさりと豆苗のスープ。 あれだけでも、なかなか滋味深いお味やったんどすけど、よしろうはん、何や思いつかはったようどす。 トマト缶を追加して、さらに「秋ナス」まで入れるんやて。 あらまぁ、そらまた一気に洋風になりそうどすなぁ。 トマトの酸味に、あさりのお出汁。 煮大豆のほっこりした甘みが加わって、そこへ秋ナスがじゅわっとお出汁を吸い込みますのえ。 「秋ナスは嫁に食わすな」なんて申しますけど、よしろうはんとこでは、誰が食べてもよろしおす。 お嫁はんに隠して食べるほどのもんやおへん。 むしろ、ようけ食べてもろたらよろしおすなぁ。 ……ところで、よしろうはん。 昨日は博多へ行く言うてはりましたなぁ。 それが今日は、トマト缶に秋ナスどすか。 お料理の話やのうて、何や別の話を隠してはるんとちゃいますやろか。 不二子はん、ちょっと気になりますのえ。 【不二子はんのひと言】 あらまぁ、男はんの行動いうもんは、スープのお出汁よりも奥が深いんどすなぁ。 トマトの赤みに、秋ナスの紫。 さて、よしろうはんの胸の内は、何色どすやろ。 ……聞かんほうが、よろしおすか? うふふ♡

第13章 今夜の晩ごはん 煮大豆とあさりと豆苗のスープどすえ♡ 630話

今夜は、煮大豆にあさり、豆苗を合わせたスープどす。 あさりのお出汁がじんわり出て、煮大豆のほっこりした甘みとよう合いますのえ。 豆苗は最後に入れて、さっと火を通しますの。 味付けはお塩とお醤油をちょっぴり。あさりのお出汁がええ仕事をしてくれますさかい、余計なことはせんでもよろしおす。 大豆のたんぱく質に、あさりの鉄分やビタミンB12。豆苗のビタミンもいただける、身体にもうれしい晩ごはんどすなぁ。 豪華なお料理やのうても、素材のおいしさを生かしたら、それだけでご馳走になりますのえ。 さて、今夜もおいしゅういただきまひょ。 【不二子はんのひと言】 あらまぁ、あさりのお出汁に大豆の甘みやなんて、なんとも滋味深いお味になりそうどすなぁ。 お腹も心も、ほっこり温めておくれやす。 うふふ♡   不二子はん! どないしましたよしろうはん。 明日にしてくれへんか。 なんでどす? ちょっと用事で出かけんねん。 へー 聞いてまへん? どちらへ。 博多や。。 それ一昨日の話やで??  怪しおすなぁ 。。 

第13章 不二子はんの豚こま包み焼き 629話

不二子はんの豚こま包み焼き 〜ネギとえのき、生姜をたっぷり巻いて〜 あらまぁ、奥さん。豚こまがあるんやったら、こないなおいしいもんが作れますえ。 お安い豚こまも、ひと手間かけたら立派なお料理になりますのやわ。しかも、生姜をたっぷり使うんどすえ。 ほな、不二子はんのお料理教室、始めさせてもらいますわなぁ。 【材料】2人分 豚こま切れ肉 適量 ネギ 適量 えのき 適量 生姜 たっぷり 塩・胡椒 少々 ごま油 適量 【作り方】 ① 具材を用意しますえ。 ネギは食べやすい長さに切って、えのきは石づきを落としてほぐしとくんどす。生姜は千切りにして、これでもかいうくらいたっぷり用意しとくれやす。 生姜をケチったらあきまへんえ。ここが肝心どすさかい。 ② 豚こまで巻きますのや。 豚こまを一枚広げて、ネギ、えのき、生姜をのせます。塩・胡椒をパラパラッと振って、くるくる巻いておくれやす。 形がちょっと不揃いでも、かましまへん。おいしかったら、それでよろしおす。 ③ ごま油でこんがり焼きますえ。 フライパンにごま油をひいて、巻き終わりを下にして焼きますのや。転がしながら全体に焼き色をつけて、ふたをして弱めの中火で蒸し焼きにします。 豚肉の中まで、しっかり火を通しとくれやす。 最後にふたを取って、表面をこんがり仕上げたら、もう出来上がりどす。 【不二子はんのひと言】 あらまぁ、ええ香りやこと! 豚肉の旨み、ネギの甘み、えのきの食感。そこへ生姜の香りが、ぎょうさん広がりますのやわ。 余計な味付けなんぞ、いりまへん。 さぁさ、熱いうちに召し上がっとくれやす。 ……あら、奥さん。これでご飯をおかわりせぇへんて? そら、あきまへんなぁ。 おいしいもんを前にして遠慮するやなんて、人生、損してまっせ。 ほな、わたくしも一口いただきますわ。 うふふ。 よしろうはんお好きやろか(笑)  え?俺か。 すきに決まってまんがな。  point!! ネギは一皮むく、巻いたら一度レンチン! 

第13章 不二子はんの、りべんじお好み焼き 628話

ほんま前回は、卵はないわ、ウスターソースもかつお節も青のりもなかってんで。。 不二子が豚こまの包み焼してさしあげようかしら。 へー 全日食さんの豚こまでっせ。これで包みましょ。 卵もあるし、ソースもあるし。 かつお節は枕崎産がありまへん。白だし上等どすえ。 青のりもアオサがあるまではいらへんか。 で、きゃべつありますえ。 薄力粉もありますえ。 まあ上出来! レシピは言わへんでもわかりますやろ?(笑) 

第13章 ゴーヤチャンプルー 627話

  ゴーヤチャンプルー ゴーヤがあるんやけど、どないしましょ。 豚こまに木綿豆腐、しいたけ。 にんにくと生姜もあるし、豆板醤も入れたろ。 豆腐は先に焼いとくんがよろしいらしい。 にんにくと生姜を炒めて、豚こまを投入。 豆板醤も入れて、しいたけとゴーヤを炒めますねん。 豆腐を戻したら、最後に薄力粉を水で溶いて加える。 ちょっととろみをつけるんやね。 ゴーヤの苦味にピリッとした辛さ。 しいたけの旨味も加わって、なかなかよろしいんとちゃいますか。 ……あら、ご飯が足りるかしら。 材料(2人分) ゴーヤ 1本 木綿豆腐 300〜350g 豚こま肉 150〜200g しいたけ 3〜4枚 にんにく 1片 生姜 1片 豆板醤 小さじ1/2〜1 塩・胡椒 適量 オリーブ油 大さじ1〜1.5 胡麻油の代わり。。   白だし。。鰹節は枕崎産しかありえないので代用 とろみ用 薄力粉 小さじ1 水 大さじ2 作り方 ゴーヤは縦半分に切り、種とワタを取って薄切りに。しいたけは薄切り、にんにくと生姜はみじん切りにしますえ。豆腐は水切りしておきますねん。 フライパンに油を少量入れ、豆腐の表面に焼き色をつけて取り出しますえ。 残りの油でにんにくと生姜を炒め、豚こま肉を加えて塩胡椒を振り、白だし、十分に火を通しますやろ。 豆板醤を加えて軽く炒め、しいたけ、ゴーヤの順に入れて2〜4分炒めますんや。 豆腐を戻して、崩さないように全体を混ぜ合わせまやろ。 薄力粉小さじ1を水大さじ2でよく溶き、少しずつ回し入れますねん。 全体を混ぜながら中火で1〜2分加熱し、とろみがついたら完成でっしゃろ。 ※薄力粉はダマにならんよう、入れる直前にもよう混ぜてくださいな。 醤油入れたら台無しやで。。 

第13章 ばんごはん イカゲソのお好み焼き 626話

あらまあ、よしろうはんめちゃ歯が痛いんやて。あした歯医者さん予約したんやねぇ。 でも、お腹は減るんや。歯が痛いなら、お好み焼き……って、まあ柔らかいからええんかな。 そうしましょ。  豚こま高いわ、なんでやねん。特売のイカゲソあったからこれでええわ。ゲソ切って、切れ目入れて、味醂ちょっと、あじ酢もちょっと。はい、寝かせとこ。 キャベツはひと玉。ざくざく切って、全粒粉あったから入れて……あら、足らへん。薄力粉も足して。混ぜて、卵……あれ、卵ないやん。まあ、ええわ。かつお節?ないし、白だしあるわ。ゲソ焼いて、具材入れて、焼いて……あら、ちょっと崩れた。でも、ひっくり返したら分からへんわ。ほら、できましたでぇ。 からしつけて、ケチャップかけて、ウスターソース……ないやん! 今日はないもんばっかりやねぇ。醤油でええわ。マヨネーズかけて、青のり……あら、これアオサや。まあ、青いしええか。 ちゅちゅんがちゅん。電線に雀が三羽とまってた...... へーいただきます。……あら、ちゃんと美味しいわ。 「どないどす?よしろうはん」  「最高やで、不二子のお好み焼きは旨いし、歯も痛ない」  うふふ 「よござんした(笑)」  粉が多いとあきまへん。卵も入れすぎたら重たいし、キャベツはうちの顔位でちょうどええ。 全粒粉は重たかったわね...薄力粉が一番やわ。   

第13章 不二子はんの、ちょっと先の人との話 その弐 625話

過去も未来も繋がってる編  縁側で、不二子はんが月を見ながら言わはりました。 「よしろうはん、さっきの話、もうちょっと先まで行ってみまひょか」 「まだ先があるんか」 へー  「実はな、あの『ちょっと先の人』と話ができるいうことは、時間がずれてても、お互いの存在がわかるいうことなんどす」 「存在がわかる?」 「そうどす。うちが『明日は雨なん?』と聞いて、向こうが『雨やで』と答えはる。ほな、時間はちょっとずれてても、うちらはお互いのことを認め合うてますやろ」 「まあ、そうやな」 「ところが、その人が、うちらより何十年も何百年も先の人やったら、どないなります?」 「そら、話にならんやろ」 「そうどす。なんぼ大声で呼んでも、向こうからしたら、うちらの声そのものが届かへんかもしれまへん。こちらからも、その人がそこにおることを確かめようがない」 不二子はんは湯呑みを持ち上げはりました。 「おもろいことに、時間の差いうのは、いきなり『ある』『ない』になるんやのうて、差が小さいうちは関係ができて、差が大きうなるにつれて関係が難しゅうなっていくんどす」 「つまり、ちょっとずれとるくらいなら話せるけど、ずれすぎたら話せんいうことか」 へー  「ほんでな、ここが大事なんどす」 不二子はんは、指を一本立てはりました。 「話せるいうことは、そこに何か共通する場所があるいうことどす。時間が完全に同じやから話せるんやのうて、ちょっと違うても、まだ相手に届く余地が残ってるから話せるんどす」 「余地?」 「そうどす。言い残しどすな」 「また出てきたな」 「出てきますえ。うちらが一言しゃべったら、相手にはまだ返す余地がある。相手が一言返したら、こっちにもまた返す余地がある。せやから、ちょっとずつ時間がずれてても、会話が続きますのや」 よしろうはんは、しばらく黙って月を見ました。 「ほんなら、過去と現在も同じようなもんか」 へー 「過去はもう終わっとる。現在は今や。でも、写真を見たら過去のものが、いまの自分に見える」 「その通りどす」 「過去の人間は、もうここにはおらん。でも写真を通して、何かがこっちに届く」 「そうどす。せやから、過去と現在は完全に切れてるわけやないんどす」 不二子はんは、縁側の柱に手を置かはりました。 「ただし、何でも繋がるいうことやおへん。差が大きゅうな...

第13章 不二子はんの、ちょっと先の人との話 624話

今日の話は、時間が少しずれた人とでも、話が通じるのはなぜか、というお話どす。答えを先に言うてしまいますと、言い残しが橋になる、ということどす。  縁側で、不二子はんが湯呑みを置かはりました。 「よしろうはん、むずかしい言葉は抜きにしますえ。こんな話どす。ここに、うちらより少しだけ先の時間に生きてはる人がおる、と思うておくれやす。姿は同じ縁側に座ってはります。けど、その人には、うちらのちょっと先が、もう済んだことなんどす」 「未来から来た人みたいなもんか」 「そんなとこどす。その人と、おしゃべりするとしますやろ。うちが『明日は――』と言いかけたところで、その人が『雨やで』と言わはる。うちにしたら、まだ聞いてもおらんのに答えだけ来たさかい、当てずっぽうの予言みたいに聞こえますのや」 「けったいな話やな」 「けど、そのあとがおもろいんどす。うちが『え、明日雨なん』と聞き返す。その人が『さっきあんさんがそない聞かはったさかい』と言わはる。ほな、さっきの予言みたいな一言は、うちへの返事やったんやと、あとから分かりますやろ。最初は噛み合わへんかったもんが、やりとりするうちに、噛み合うもんに変わりますのや」 不二子はんは、扇子を膝に置きました。 「ところがどす。その人が、うちの言いたいことを全部先回りして、『傘持って行き、駅で転ぶで』まで言うてしまわはったら、どないなります」 「あんたの言うことがのうなるな」 「そうどす。話す余地がのうなって、噛み合わせる元手もなくなります。反対に、その人がひとことだけ言うて、うちの言いたいことがまだ山ほど残っとったら、まだ話は続けられますやろ。この、言い残したまんまの分を、新川はんは『残余』と呼んではりますのや。ふつうの言葉なら、『言い残し』どすな」 「言い残しがあるうちは、話が続くわけか」 「へえ。ちょうどええ具合の言い残しが、ずれた時間のあいだをつなぐ橋になりますのや。これが微小位相差論のいちばんの中身どす」 よしろうはんは、うなずきました。 「ほんで、新川はんが気づかはったことがありますのや。話に割って入るのが早いか遅いかで、言い残しの多い少ないを決めよう、と最初は考えてはりました。けど、割って入るのが早うても、中身は何も先回りせん人がおります。遅うても、中身を全部言い当てる人がおります。せやから、入る時...

第12章 青いレモンの茄子の塩もみ 二段酢醤油 623話

茄子の辛し和えばかりでは飽きますけど、これもええどす うちが茄子をまず縦に一回切り落として、それぞれをもう一回縦に切って四つに割るんどす。塩をぱらぱら振って揉み込むんどす。二パーセントくらいの塩加減が一番ええ塩梅どすえ。 五分か十分くらい置いといたら水気が出てきよるさかい、ぎゅっと絞りますねん。青臭いのも余計な水気も、これでうまい具合に抜けますわ。 絞った茄子に酢と醤油を同じくらい入れて、レモンの汁も足しますねん。皮もちょっとすりおろして混ぜたら、香りがふわっと二段になって、なかなかようできてますやろ。茄子二百グラムやったら酢大さじ一、醤油大さじ一、レモン汁小さじ二くらいが目安どすけど、そこはお好みで加減してくれてかまへんえ。 冷蔵庫で十分ほど寝かせたら味が馴染みますよって、そこで召し上がっとくれやす。大葉か生姜を添えたら、それだけでもう十分な一皿どす。  

第12章 あかんたれ 622話

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お勉強に、ぎたーに、田んぼ。 なんか、たらへんな。。 どないしまた、よしろうはん。 なにがたらへんどす? (いえるか。。) ははーん、わかりましたどすえ。 なんやの? これでっしゃろ。 と、小指をたてる。 ずぼしやな。 (いえるか。) ちゃうちゃう。 ほな、なにや? なんでもええやないか。 そなん事言われたら、余計気になりますやん。 もうええて。   見返り姿の不二子はん。 半分横顔で。 今宵どなんどす? お風呂沸かして、お銚子一本、冷酒にしときましたさかい。 どなんどす?? あら、よしろうはん、おらへんどす。 どこ行ったやさかい。 お風呂から鼻歌が聞こえてきた♪♪

第12章 ガラガラ不二子 621話

不二子はんの写真を飾ってる棚近くの引き戸を開けるとガラガラと音たて不二子はんの写真が落ちた。。 どなんしてまんの不二子はん。 なにやらきょろきょろしてはる。 ん? 怒ってまんの? ははーん。 物語が進まないからアピールしたのね ? まだきょろきょろしてる。 はいはい。 忘れてはいませんて。 今は論文のための理論構築で忙しいねん。 不二子はやっときょとんとした目で、 相分かったと申した。 

第12章 鳴く虫の館 620話

屋敷へ入ると虫の音が響き渡る。 よしろうはんの家に入ると鈴虫やらコオロギやらなんともまあようさん虫が鳴いとる。 草もようけ生えとるけど、それで居るんやろか。 今どきは鈴虫がよう聞こえる。 雨の中でもようさん鳴らしとるわ。 あ、それか? なんもせんといたらこうなったんや。 親父の時は除草剤ばかりやったから草も生えんかった。 見かけはええけどぼく様からみたら砂漠やったな。 これでええんよ。 風雅やで。  へー うちもこのほうがよろしいでぇ。 

第12章 神丹穂 619話

かんにほ 今年も咲いたなよしろうはん。 そやな。手ーかかったわ。  今頃はな。水3回あげんと吸い上げてしまうねん。 ご苦労さんどす。 へへ でもこれみて何も思わんか? へー。綺麗な稲や事。 他には? へー りっぱな事。 他は? そうどすな。なにかありますやろか? そや!美味しそう。 そうやな。それはそうやけど、このバケツの直径と同じくらい実ってるやろ? はー。そう言えばそうどすなぁ。 せやねん。 直播き密植でも慣行農法以上に実るんや。 でかしたで。 へー ほんまや。でかしたでかした(笑)   

第12章 くつわむし 618話

ちょっとうるさいくつわむし。 それでも夏の終わりを告げてるようや。 そう感じた不二子はん。 お月さんは今日見えへんな。 気温も湿度も高い朝方、お天道様の出る前にお散歩しとった。 よしろうはん、、、最近えろう調子がええ。 なんかおましたのかしら。 女子なら許しまへんで。。 時折涼しげな風が吹く。 きりぎりすも盛んに鳴いている。 こおろぎもようさん鳴いている。   

第12章 帰ってからの不二子はん 617話

その夜、不二子はんは縁側に出て、月を眺めておりました。 よしろうはんも隣に座っております。 「アンヘレスでも、よう月を見てました」 「そうか」 「遠いところにおっても、月は月や思うて」 不二子はんは、しばらく黙って月を見ておりました。 よしろうはんが言いました。 「同じ太陽で、同じ月やからな」 不二子はんは、よしろうはんの横顔を見ました。 ……へー それだけ言うて、また月を見上げました。 遠く離れていた時間も、場所も、今はもう関係ありませんでした。 アンヘレスで見た月も、 ここで見る月も、 同じ月。 遠く離れた場所から見上げた太陽も、 ここで浴びる太陽も、 同じ太陽。 その当たり前のことが、今夜はなぜか、とても新しいことのように思えました。 不二子はんは、少し笑いました。 「お月さん。今夜はまんまるやわ(笑)」 阿蘇の夜空に、月が静かに浮かんでおりました。

第12章 不二子の文 616話

前略 よしろうはん。 うちも、そろそろこちらを暇乞い申そう思うております。 アンヘレスの空気にも、いつしか馴染んでしもうて、これ以上おりましても、見えるものは変わりまへん。 あの人の面影を探して歩きましたけれど、とうとう何ひとつ見つけることは叶いまへんどした。 されど、それでよろしゅうおました。 人は消えても、風は昔のまま。 空も、陽の匂いも、夕立の湿り気も、あの頃と少しも変わりまへん。 それらに包まれておりますと、ほんのひととき、あの人がすぐ傍らにおるような心持ちになれました。 それだけで、この旅は十分にございました。 留守のほど、お変わりなくお過ごしやしたやろか。 戻りましたなら、また何事もなかったようによしろうはんのおそばにおります。 その折には、旅の話でも、ゆるりと聞いておくれやす。 かしこ 不二子