第13章 マリアとアルマー 602話
帰ってからも、アルマーはあの日のことを何度も思い返した。 なぜ何も感じなかったのだろう。 本当は泣くべきだったのか。 怒るべきだったのか。 しかし、その場では何もなかった。 何もなかったことだけが、いつまでも心に残った。 数日が過ぎ、一週間が過ぎても、あの静かな部屋が頭から離れなかった。 そして、ある夜、ふと気づいた。 空っぽだったのではない。 空っぽになるほど、失っていたのだ。 自分には母親との思い出が一つもない。 抱かれた記憶も。 叱られた記憶も。 笑い合った記憶も。 何一つ残されていなかった。 その事実が、遅れて胸に落ちてきた。 その日からだった。 心の底に、小さな黒い塊が生まれた。 最初は名前も分からなかった。 だが日を追うごとに、それは少しずつ大きくなっていく。 やがてアルマーは、その塊の名を知った。 憎しみだった。 マリアを憎んでいるのか。 神を憎んでいるのか。 運命を憎んでいるのか。 それすら分からない。 ただ、自分から奪われたものだけは、もう二度と戻らない。 そのことだけは、誰よりもよく分かっていた。