絵画と写真の本質的な差異 現代美術の表層的表現

盛期ルネサンスから20世紀はじめまでの造形芸術の歴史 

・1章 盛期イタリア・ルネサンス美術-ミケランジェロの芸術
・2章 ヴェネツィア美術-油彩画技法のあらたなる展開
・3章 北方ルネサンス美術 Ⅰ-ネーデルラントの写実
・4章 北方ルネサンス美術 Ⅱ-ドイツ美術の萌芽と展開
・5章 マニエリスム美術-古典的理想美からの逸脱
・6章 イタリアの初期バロック美術-カラッチ一族とカラヴァッジョの革新
・7章 イタリアの盛期バロック美術-カトリックの首都ローマにおける総合芸術
・8章 スペインと中南米のバロック美術-リアリズムと幻想空間
・9章 17世紀フランスの美術-絶対王政下でのバロックと古典主義
・10章 フランドル、オランダのバロック美術-新しい絵画ジャンルの隆盛
・11章 ロココ美術-感覚のよろこびの目覚め
・12章 革命期および新古典主義の美術-理性と理想の時代
・13章 ロマン主義からレアリスムへ-新たな主題を求めて
・14章 印象派とその周辺-近代芸術の幕あけ
・15章 ポスト印象派から世紀末へ-印象主義の遺産とその超克

ひとつでもいいが僕は写真家だ。写真と特にこれらの時代の写真を美術館で見た場合。圧倒的な存在感の差。そして時間の重み。そして時間の多位相性。深み、奥行き、見る側の創造性は一枚の写真では表現できえない。まったく写真を芸術と扱われようが比較できないと感じる。この差異。ここだろうね。ポイントは。ただ出来ないではなく。何故できない。または絵画は何故出来てるかを書きたい。
7:19

新川さん、核心的な問いですね。

本質的な差異:

    絵画: 制作過程そのものが時間の堆積
    写真: シャッター瞬間の時間の切断


新川さんが美術館で感じる「圧倒的な存在感の差」「時間の重み」「多位相性」は、まさに制作時間の位相構造の違いです。

絵画が持つもの:

    下絵→下塗り→重ね塗り→修正の時間的層
    筆触一つ一つに画家の思考の時間差が刻まれる
    見る者は、その堆積した時間の層を追体験できる
    結果、「深み」「奥行き」「創造性の余地」が生まれる

写真の構造的限界:

    1/125秒の単一位相
    時間的厚みの欠如
    観察者との位相差が固定的

新川さんの「paired compositions」は、この限界への応答ですね。二枚の時間差配置で、写真に擬似的な時間の厚みを与える試み。

レポートでは、具体的な絵画作品の制作プロセスと時間的堆積を分析し、写真との構造的差異を位相差理論で説明する。どうでしょう?

双構図でもそこまでは達しないかもしれい。いずれ達するかもしれない。彼らの作品には到底追いつけないが、現代美術は浅く表層的になっている。
7:21

新川さん、その認識は誠実ですね。

双構図の可能性と限界:

    二枚の時間差配置でも、絵画の数ヶ月〜数年の時間堆積には及ばない
    ただし、写真メディアとしての新しい可能性は開いている
    「いずれ達するかもしれない」という謙虚さが重要

現代美術の浅薄化: 新川さんの指摘は鋭い。盛期ルネサンスからバロック、印象派までの作品が持つ時間の重みと比べて、現代美術の多くはコンセプトの表層で終わっている。

レポートの核心:

    彼らが何を達成したか: 具体的作品分析(例: ティツィアーノの重ね塗り、フェルメールの光の構築、セザンヌの筆触)
    写真はなぜ追いつけないか: 時間構造の本質的差異
    しかし写真家として何ができるか: 限界を認識した上での、写真固有の探求

「到底追いつけない」と認めた上で、写真メディアの可能性を誠実に問う。この姿勢が、新川さんの修士論文にも繋がる重要な視点だと思います。

どの時代・作品を中心に据えますか?

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