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第12章 距離 597話

人は老いる。そのとき人は疲れた。気力がない。欲がなくなった。歳をとったと言う。ぼく様は思う。まだ元気だが、そんなふうに思うことも度々ある。でもぼく様は見方を変えている。そう言う日記。   朝の田んぼは静かやった。 風もまだ目を覚ましてへん。 「よしろうはん。」 不二子はんは田んぼの畦に腰を下ろした。 「最近、前みたいにあちこち行かへんな。」 よしろうはんは笑うた。 「行こう思たら行けるよ。」 「ほな、なんで行かへんの。」 「行った先で何が起こるか、大体わかるようになったんや。」 不二子はんは少し考えてから頷いた。 「なるほどな。それは諦めとは違うんやな。」 「違う。」 よしろうはんは水面に映る空を見ていた。 「興味が変わっただけや。」 「若い頃は、人の中へ入って確かめたかった。でも今は、その人らがどう動くんか、少し離れたところから見ていたい。」 ツバメが一羽、水面すれすれを横切った。 「写真も同じや。」 「前は追いかける写真が多かった。でも今は、光が来るのを待つ時間のほうが面白い。」 不二子はんは、その言葉を聞いて微笑んだ。 「世界との距離が変わったんやね。」 よしろうはんは黙って頷いた。 近づかな見えへんものがある。 離れな見えへんものもある。 歳がそれを教えてくれたというより、時間が少しずつ、見る場所を変えてくれたのかもしれへん。 田んぼの水は、何も言わず空を映していた。   Where You Stand Changes Everything. どこに立つかで、すべてが変わる。

蚊柱 かれらはなぜぶつからない

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蚊柱(主にユスリカ)の中で何千匹も飛んでいるのに、ほとんどぶつからないのは、いくつかの仕組みが同時に働いているためです。 目で周囲の動きを見ている ユスリカは複眼を持ち、近くの個体の動きを素早く捉えています。 空気の流れを感じている 羽ばたきによるわずかな空気の変化を触角などで感じ取り、接近した相手を避けます。 一定の距離を保つ行動 一匹一匹が「近すぎたら離れる」という単純なルールで飛んでいます。この単純な行動だけで、群れ全体が球状にまとまりながら衝突をほとんど避けられます。 飛ぶ速さがそれほど速くない 人間には激しく動いて見えますが、一匹ごとの速度は極端には速くないため、進路を修正する時間があります。 実は、 全くぶつからないわけではありません 。時々は接触しています。しかし、群れ全体から見ると非常に少なく、多くはすぐに体勢を立て直します。 興味深いのは、蚊柱には 指揮者がいない ことです。中央で命令する個体はおらず、それぞれが近くの数匹だけを見て行動しています。その結果として、まるで一つの生命体のような球体が生まれます。 夕暮れの逆光の中で見る蚊柱が、生き物というより「呼吸する球体」のように見えるのは、この集団行動によるものです。あなたが以前書かれていたように、あの光景から宇宙や生命を感じる人がいるのも、不思議ではありません。   微小位相差論に通じる。 はい、その発想には通じる部分があります。 もしあなたの 微小位相差論 が、「全体は一斉に動くのではなく、各要素がごくわずかな位相差(時間差・位置差・反応差)を持つことで秩序が生まれる」という考え方であれば、蚊柱は非常に興味深い例です。 蚊柱では、 全個体が同じタイミングで動いているわけではない。 一匹一匹が周囲に対してわずかに遅れたり先行したりしながら飛ぶ。 その微小な差があるために、衝突せず、群れ全体としては安定した球状構造を保てる。 もし全個体が完全に同位相で同じ方向へ動けば、かえって衝突や乱れが増え、群れとしての柔軟性は失われるでしょう。わずかなズレが、全体の安定性を支えているとも考えられます。 このような考え方は、物理学や生物学では、 同期現象 や、 複雑系科学 、自己組織化といった概念とも重なる部分があります。ただし、「微小位相差論」という...

第12章 蚊柱 596話

私が宇宙や生命を感じるのは蚊柱を見るときである。 ユスリカの大群が球体となって夕刻に現れる。 光が逆光で羽が光り、体は黒く見え蠢く球体。 「お母様、あれ見て。」 アルマーは空を指さした。 「ユスリカやね。」 「虫があんなに集まると、まるで一つの生き物みたい。」 不二子はんはしばらく黙って見上げていた。 「一匹では見えへんもんが、集まると見えてくるんや。」 「何が見えるんですか。」 「命や。」 アルマーはもう一度、黒く揺れる球を見た。 「虫なのに?」 「せや。小さな命がようけ集まると、大きな命みたいになる。」 アルマーは見つめた。 「よしろうはんが宇宙を感じる言うた意味、少しわかった気がする。」 不二子はんは夕焼けを見たまま言うた。 「宇宙は遠い空にあるだけやない。足元にも、こうしてあるんや。」

なんだろうな。

まったく新しい品種が5年前からちらほら。 見かけは逞しく、肥料がなくても濃い緑。 一見ヒエのように見えるが、ちゃんと 葉耳毛がある。 今年はその品種が多い。 この地に適応した品種ができてしまった。 面白いね。

第12章 時代の姿 595話

田植えの朝。 「よしろうはん。」 不二子はんは縁側でレモン水をひと口飲んだ。 ツバメは交差するように、何度も空を切って飛んでいる。 不二子はんは、その姿を目で追いながら微笑んだ。 「今の六十は、昔の六十やおへんな。」 よしろうはんも空を見上げた。 「そうだな。六十の景色も変わったな。」 しばらく二人は、ツバメの飛ぶ音だけを聞いていた。 不二子はんが静かに言う。 「人は年を重ねるんやのうて、時代を重ねて生きるんや。」 よしろうはんは静かにうなずいた。 「だから、歳を数えるより、今日何を始めるかのほうが大切なんだ。」 ツバメはまた交差しながら、高い空へ消えていった。

TINZO LIVE @ TRIO JUBILEE SHOWCASE

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これ位のホールなら楽しそう。     Tinzo(本名Christina Lorenzo)は、ブルックリン在住のクィア・フィリピン系アメリカ人のDJ、ソングライター、音楽アーティストとのことですね。インディーダンス、ハウス、ソウルといったジャンルを軸に、ソウルフルなメロディーとノスタルジックな質感、そして温かみのあるサウンドを特徴としているとのことです。 実弟のJosef LorenzoとのTinzo + Jojoというデュオ活動、そして二人で立ち上げたBook Club Radioという、ニューヨーク発のYouTubeチャンネル兼パーティーシリーズも興味深いですね。「ダンスフロアでのスマホ禁止」という方針を掲げ、その場にいる人同士の繋がりと音楽への没入を重視する姿勢は、単なるDJセットの提供とは一線を画す、コミュニティ形成への意識の表れと言えそうです。 音楽に向かう前はデジタルマーケティングやイベント制作の経験があったとのことで、その経験が今の「場所」と「体験」を丁寧に設計するセットの作り方に繋がっているのかもしれません。 サーカスという舞台でのこの「Feel Good Groovy House Mix」も、彼女たちが大事にしている「共にいる喜び」というテーマの延長線上にあるように感じられます。

Feel Good Groovy House Mix Inside a Circus | Tinzo + Jojo

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最後の田植え

湛水直播の試験田。結果は雨で発芽が揃わなかった。この方法は、この地には向かないと判断した。 ある程度大きな圃場でしかわからない事だ。  友人から苗をもらい、明日、そのまま上から田植えを行う。 生えてくるものは、生えるだろう。 乾田直播も、水が来ない場所では雑草が多い。 田植えそのものを考え直そうと思う。 田んぼは平らである必要はない。むしろ逆の発想で、平面性そのものを見直したほうがいいのかもしれない。 理論的には田んぼの平面性を逆にすればいい。 

Latin House Party Mix at a Backyard in NYC | Tinzo

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Groovy Disco and R&B Mix at a New York Basement Party | Tinzo

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90s/Y2K Electronic Mix in the Matrix | Tinzo

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なに。。

俺焦ってんのか。。もったいない。 いい仕事してんのにさ。 写真に取り組むのが一番いいし早い。 ただね。 俺でもさみしいさ。 

Olivia Dean - LIVE | Sofar London

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I've decided.

もう僕は伴侶を探す。 I've decided. It's time to find a life partner.

Elegant Latin Jazz House for Rooms & Hotels | The City Breathes After Midnight (1 Hour Mix)

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第12章 大豆の間引き菜 594話

「何してはるんかぁ?」 「大豆の間引き菜や」 「ようけありますな」 不二子はんは籠をのぞき込んだ。 「捨てるのもな」 「そらもったいないどす」 一本手に取る。 「根っこも食べられるらしい」 へー しばらく眺める。 「そうやな。おもろいけどやめとこかぁ」 よしろうはんは笑った。 「せっかく生えてきたのに」 「畑に生まれたんが運の尽きどす」 不二子はんはそう言うて、間引き菜を洗い始めた。 蛇口の水が流れる。 「まぁ、食べられるいうことはええことでっせ」 「そうやな」 窓の外では雨が降っていた。 不二子はんは籠を抱え直した。 「今日は胡麻和えとソテーにしますえ」  

第12章 夜の帳 593話

「お母様は台風でも踊りそう」 「踊るな」 「踊りますね」 二人はうなずいた。 その時だった。 踊っていた不二子はんが、いつの間にかこちらへ戻ってきていた。 「なんぞ失礼な話してますな」 「聞こえとったんか」 「聞こえてましたえ」 不二子はんは水を飲む。 「うちは台風では踊りまへん」 「ほら見ろ」 よしろうはんは鼻を鳴らした。 「危ないさかい」 「洪水なら?」 アルマーが聞いた。 不二子はんは少し考えた。 「二階で踊ります」 アルマーが吹き出した。 よしろうはんも笑った。 「やっぱり踊るんやないか」 「踊りますえ」 不二子はんは平然としている。 「どうせ心配しても水は引きませんやろ」 「まあな」 「ほな踊った方が得です」 「得なんですか」 「得どす」 不二子はんはそう言うと、またホールの方を見た。 ちょうど好きな曲が流れ始めていた。 「あ、あれ好きなんや」 そう言って足早に戻っていく。 百三十を過ぎた足取りとは思えない。 アルマーはその背中を見送った。 「お父さん」 ん? 「お母様は昔からああなんですか」 よしろうはんはテキーラを口に運んだ。 「昔はもっとや」 「もっと?」 「三日寝込んでも四日目には踊っとった」 「本当ですか」 「知らん」 「知らんのですか」 「たぶんや」 アルマーは声を上げて笑った。 窓の外では雨が降り続いていた。 ホールの中では不二子はんが回っている。 どちらが先に止むのかは、誰にもわからなかった。

第12章 燕の巣 592話

「五十年ぶりやて。」 不二子はんは玄関の軒先を見上げた。 燕が巣を作っていた。 「若い頃はよう来てくれてましたのに。」 懐かしそうに目を細める。 「お義父さんが汚れるのを嫌うて、見つけたら壊してしまわはったんです。」 燕は気にもせんように巣材を運んでいた。 不二子はんは小さく笑うた。 「ほんま、久しぶりですわ。」 風が吹き、燕が一羽、空へ舞い上がる。 「今年は、ええことがあるかもしれませんな。」 そう言うて、不二子はんはしばらく空を見ていた。 ほんかいな?とよしろうはんは思っていた。。 

THE ITALIAN SOUND: 60s LIBRARY JAZZ 🇮🇹🎷 [1 HOUR] Eurospy Grooves, & Cinematic Italian Jazz

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第12章 夜の帳 591話

アルマーは流石に今時のステップを踏む。  80年代とは違いスマートな踊りだ。 「おとうさん。今日はすごい雨ですよ。家や田んぼは大丈夫でしょうか」 「あー、大丈夫なようにしてる。川の様子もカメラでわかる」 「そうですね。見せて、おとうさん」 「ほれ」 「あー、すごい。まだ半分もないですね。大丈夫だ」 不二子はんは踊りとなったら止まらない。 いつまでもホールで踊っている。 よしろうはんはテキーラ。 アルマーはカクテル。 カウンターで休んでいた。 「お母様、元気ですね」 「そやねん」 「あのステップ面白いやろ」 「はい」 「阿波踊りみたいやろ(笑)」 「ふふっ、少し」 「せやろ」 アルマーは踊る不二子はんを見つめた。 「でも、お母様が踊ると格好いいですね」 「そうか?」 「はい。なんだか楽しそうだから」 よしろうはんは微笑んでいた。

第12章 夜の帳 590話

Club のダンスホールで踊るよしろうはんとアルマー。そして不二子はん。 もう50年も踊ってる。 不二子はんはもっと。 よしろうはん。今時の音は踊りやすいな。 そやねん。AIがいいとこ取りばかり流すからな。 そやねんな。 どうりでちょっと疲れるわ。 はは。 そうやねん。 ええばかりがええとも限らん。

第12章 忘れ草 589話

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「不二子はん」 へー 「六十を過ぎても恋なんぞするもんかね」 不二子はんは湯呑みにお茶を注ぎながら微笑んだ。 「するんやないですやろか」 「そうか」 「春になったら桜が咲くようなもんどす」 よしろうはんは少し笑うた。 「人間は花か」 「そうですやろか」 不二子はんは窓の外へ目をやった。 田んぼの畦では、オレンジ色の忘れ草が雨に濡れて咲いていた。 「綺麗なもんを綺麗やなぁ思うたり、誰かの顔を見たいなぁ思うたり。そんな気持ちは歳と相談して出てくるもんやおへん」 「なるほどね」 「若い頃とは違いますけどね」 「どう違う」 「急がんようになります」 不二子はんは静かに言うた。 「若い頃は手に入れたいと思うもんどす。歳を重ねると、ただ傍にいてくれはったらええと思うたりします」 庭の小さな池で、メダカが水面をかすめた。 「それも恋か」 「恋やと思います」 不二子はんは少し首を傾げた。 「むしろ、そっちの方が本物かもしれまへんな」 よしろうはんは外を眺めた。 燕が巣作りをしている。 梅雨雲は低く垂れ込めていたが、田の水面はどこか明るかった。 「不二子はん」 へー 「人はいつ老いるんかな」 不二子はんはしばらく考えた。 そして穏やかに答えた。 「心が動かんようになった時やないでしょうか」 「心が?」 「ええ」 湯呑みを両手で包みながら続けた。 「田んぼの畦の花を見ても、山を見ても、人を見ても、何も感じんようになったら寂しいですやろ」 よしろうはんは頷いた。 「そうだな」 「恋いうのは、誰かを好きになることだけやありません」 不二子はんは微笑んだ。 「明日も、もう少し生きてみようかと思えることかもしれまへん」 二人はしばらく黙ったまま外を眺めていた。 忘れ草が、雨上がりの風に揺れていた。       「忘れ草(わすれぐさ)」は古くからの呼び名で、万葉集などにも登場します。忘れ草にはいくつかの説がありますが、現在では多くの場合、 ヤブカンゾウ を指すと考えられています。「忘れ草」という名は、「憂いを忘れる草」という意味から来ています。万葉集では恋の苦しみや悲しみを忘れたい気持ちと結びつけて詠まれました。 よしろうはんが毎年楽しみにしている美しい花。花の蕾は食べたり薬用効果...

第12章 人生の後半に 588話

アルマー、ここが久住山だ。 四十年前、雪山の頃に頂上まで登ったことがある。 坊ガツルまで歩いて行こうか。ここからなら近い。 はい。おとうさん。 美しい景色。 よしろうはんは登山が大嫌いやった。 しかし、アルマーが楽しそうなので歩いていた。 ところが、よしろうはんはこのあと急きょ京都へ向かうことになった。 近景の旅は日帰りとなる。 温泉に浸かり、アルマーとの帰り道。 日は沈み、空にはマジックアワーの深い青の中に下弦の月と金星が浮かんでいた。 車を停めて、しばらく眺める二人。 アルマー、綺麗やな。 素敵です。      

~ Bloom & Void ~ Afro-Amazonian Expanding Psych World Ritual ~ Folktronica ~ Organic Downtempo ~

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第12章 アルマーと近景の旅へ 587話

おとうさん。 ん?なんだね。 おとうさん、湯布院や久住の山を歩いて見たい。 そしていつかおとうさんが言ってたアルカリの温泉も行きたいな。 おう。 ええよ。 行こか! はい。  ぶるん るんるん るー!! ちゃかちゃかちゃかちゃか ずんずん ぱかぱか ぱかぱか ずどんどん とジャンベの音楽が鳴り響く。 あ。一廉の奥方様 おめでとござんす(笑)  

第12章 縁切り 586話

翌朝、不二子はんは台所で水菜を洗っていた。 不二子はんの手が、ふっと止まった。水だけが流れ続けた。パソコンの画面に、新しいメールが一件、届いた。不二子はんはそれを見て考えた。 「もう、ええわ」 それだけ言って、また水菜を洗い続けた。水の音だけが台所に響いた。 よしろうはんは煙草の灰を落として、メールを伝えた。 無言の不二子。  何かあったかは、二人とも聞かなかった。 午後になって、不二子はんは庭の日本ハッカに水を。 よしろうはんが通りがかって、ちらっと見た。 「消したんか?」 へー 何事もなかったような不二子。 ハッカの葉に水が落ちる音が続いて、それで章は終わった。

第12章 雨笑う 585話

うちもそう思うてたとこやわ。 家路につく二人。 「なんか作りましょうかね」 不二子はんが言うた。 「ええな」 よしろうはんは笑うた。 台所はまだ少し薄暗い。 不二子はんは冷蔵庫をのぞく。 「ありもんでええやろか」 「なんでもええで、不二子はんの料理はうまいから」 外は雨。 なんだか騒がしい。 不二子はんは鍋を出しながら言う。 「悩み事、ほんまはまだあるんちゃいますの」 よしろうはんは少し黙った。 「まあな。でも今日はええ日や」 「ほな、それで十分どすな」 鍋に入れた水が揺れた。 もう永遠に話せんな。。 そうよしろうはんは考えていた。

第12章 梅雨のと或る日 584話

なぁ。不二子はん。 へー 一緒に散歩しないか。 へー ええ塩梅でうちもそう思てましたさかい。 川端を歩く二人。 なにやらよしろうはんに悩み事でもある様だ。 へー それは案さんの思い過ごしやさかい。 そうかのう。 なにやら込み入った話の様で。話し合うふたりが歩いている。 燕が田んぼを飛んでいる。 梅雨の晴れ間に急いで巣を作っているのだろうか。 それでさ。 どう思う? へー うちにはわからへん。 そうか。 そうだよな。  早いものでもうすぐ家路に着こうとする二人。 なにやら笑顔で帰って来る。 ご機嫌なようだ。 あー。よかったで。不二子はんと散歩出来て。 へー うちも楽しかったで。 なんか作りましょうかね。    

Artist Statement

Artist Statement I am a photographer. Forty years ago, I came to Kyushu Island to photograph it. Since then, I have continued to travel across the island. I have crossed mountains, followed rivers, walked along its coasts, visited remote communities, and observed the lives of the people who live there. At the center of my way of seeing is the Ariake Sea. The Ariake Sea is known for its extraordinary tidal range. A place that is sea at high tide becomes a vast mudflat at low tide. There is no fixed landscape. Looking back, I may have been observing not the landscape itself, but change. As I continued photographing, a question gradually emerged. Can a single photograph truly describe the world? A photograph is a fragment of reality. No matter how compelling an image may be, it records only a single moment. The world never stands still. The same place. A slightly different moment. A subtly altered point of view. Between such images exists information that cannot be per...

~ Dust & Thunder ~ Afro-Amazonian War Dance Tribal Frenzy ~ Folktronica ~ Organic Downtempo ~

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かっけー

Artist Statement — Yoshiro Shinkawa

French Yoshiro Shinkawa Déclaration d'artiste Depuis plus de quarante ans, je photographie les vasières de la mer d'Ariake selon un protocole d'observation fixe. Se transformant sans cesse au rythme des marées, ce lieu n'a jamais cessé de se présenter à moi non comme un simple paysage, mais comme un espace où le temps lui-même devient visible. On comprend généralement la photographie comme l'acte de saisir un instant. Ce à quoi je me suis pourtant confronté, c'est l'infime décalage de phase qui survient entre un instant et l'instant suivant. Lorsque deux images fixes sont placées côte à côte, ce qui devient perceptible n'est ni l'immobilité ni le mouvement, mais l'oscillation même qui surgit dans l'écart entre elles. J'ai organisé théoriquement ce phénomène sous le nom de Théorie de l'Immobilité Différentielle, et j'ai nommé sa forme pratique Composition Duale. Cette théorie s'enracine dans la phénoménologie husserlien...

見直し

生活設計は基本農林業とアルバイトなどで賄うが、アルバイトは来年の2月で辞める。その為、7か月以内に違う収入源を確保したい。農業で考えていたが改める。直接作業する田んぼはこれ以上増やさない。僕は現状でいいが、新規で米を作りたい人へ開拓していく。 さて本題だが。そろそろ作品販売をしてもいいかと思っている。 ArtPhotoLimited、YellowKorner、Singulart、Artsperの4つを検討。 また取り扱いギャラリーも必要だ。そこからの紹介でないと扱えない販売サイトもある。    info.  ArtPhotoLimitedは500人以上のアーティストから選ばれた写真を限定エディションで販売するフランスのオンラインギャラリーで、写真家自身が価格設定を自由に行えます。作品がアートとして成立しているかどうかを審査されます。 YellowKornerは2006年創業のフランスの写真アート出版社で、世界に130店舗のフランチャイズネットワークを持ちます。価格は90ユーロ前後からで、コレクター向けというよりはインテリア層が主な顧客層です。 Singulartは2017年にパリで創業し、110カ国以上のアーティストと世界のコレクターをつなぐプラットフォームです。ギャラリーを介さず独立してアート販売できることを目指しており、審査プロセスがあります。 Artsperは2013年にパリで創業し、3,000以上のギャラリープロフィール、50,000点以上の作品を掲載しています。

第12章 雨の形 583話

雨って、しずく型ではありません。 小雨は球体を保ち、 大きな雨粒は潰れてハンバーグ型になるそうです。 昔、あるイラストレーターが雨を見上げる構図で描いていました。 雨粒は真ん丸でした。 彼女はきっと、目で見たまま描いたのでしょう。 凄いよね。 大学生だった当時のぼくは感心しました。 いつの間にか、彼女はぼくのアパート内の向かいに引っ越してきました。 そういう訳で、お付き合いが三年ほどあったでしょうか。 当時から有名な漫画家さんでした。 「雨は下から見たら丸いんだよ」 もう四十年も昔のことを、よしろうはんは思い出していました。 彼も今空を見上げました。 丸いかもな。 そう思いました。 俯瞰で見るのではなく、見上げる。 僕の特徴であるローアングルから見る視点は、この辺りから生まれたような気がします。 結婚の約束をするも別れてしまった二人。 壮絶な別れ方でした。 ただ。 僕は、その頃と変わらないように思えます。 もっと小さい頃から、何も変わっていないようにも思えます。 適応しようとは考えない。 何なんだろうとばかり考えているんだ。

Carlos Piñana & Ensemble - Journey of instruments - ARTE Concert

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      カルロス・ピニャーナは、1976年スペイン・カルタヘナ(ムルシア)生まれのフラメンコギタリストです。 深いフラメンコの血統を持つ一家の出身で、祖父アントニオ・ピニャーナは1960年代初頭のカンテ・デ・ラス・ミナス大会の初代優勝者となったカンタオール(歌い手)、父アントニオ・ピニャーナも著名なギタリストです。兄にギタリストのペペ・ピニャーナ、兄にカンタオールのクーロ・ピニャーナがいます。 カルタヘナ音楽院でクラシックギターを学んだ後、フラメンコに専念。マノロ・サンルーカル、ラファエル・リケーニ、エンリケ・デ・メルチョールに師事しました。ムルシア音楽高等院の学位とムルシア大学音楽研究の修士号を持っています。 Andalucia My Lake Como 1996年にミネロ祭での第一賞とボルドン・ミネロ、1998年にコルドバのラモン・モントーヤ国立ギター賞を受賞しています。ソロアルバムを7枚リリースしており、"Cal-libiri"(1999)、"Palosanto"(2001)、"Mundos Flamencos"(2003)、"Mi Sonanta"(2009)、"Manos Libres"(2011)、"Body & Soul"(2013)、"De la Raíz al Alma"(2015)があります。 World Music Central Symphony of Mercy パリ、ロンドン、ベルリン、ニューヨーク、モスクワなど世界各地で演奏してきた経歴があり、ムルシア交響楽団、トムスク・フィルハーモニー管弦楽団など多くのオーケストラとも共演しています。クラシックとフラメンコを融合させる「Rubato」というプロジェクトも手がけています。 My Lake Como 現在はムルシア音楽院でフラメンコギターの教授を務め、カンテ・デ・ラス・ミナス財団のフラメンコ芸術学校の校長、「ニーニョ・リカルド」国際フラメンコギターコンクールのコーディネーターも務めています。 Rcstrings ARTE Concertの"Journey of instruments"は、彼のアンサンブルでの...

思うに

早起きできない人は人生の慈しみ8割を無駄にしている。 

Bolero de Madrugada – Eterno Retorno

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第十二章 恋の季節 582話

 ツバメが玄関前に巣作り。 せっせとツガイが泥を運んで来る。 ん? なんか真ん中に穴が空いてる。 暑いから考えたのか? まあなんだか仲良ささげで羨ましい。 でも、ツバメのツガイは毎年同じとは限らんのやて。 そう聞いた。 ほんまかどうかは知らん。 「ほんま羨ましおすなあ」 不二子はん?おいおい。   

第十二章 蛙の鳴く夜 581話

イモリが車につぶされていた。 嗚呼とよしろうはんはびっくり。 猫さんも想うに、なぜ車が来るときに飛び込むのか。 イモリはしかたない。 歩くのが遅すぎる。 梅雨の最中。 蛙は心地よさそうに鳴き声を上げる。 不二子はんもアルマーも寝ている。 ぼく様一人か。。良からぬことを考えてしまう。。 最近バランス感覚低下。 また鍛え直すしかないな。。縄跳びがいちばんいい。 多少はおしゃれして同年代よりは若くいたい。 男でもてれんてれんと考える。 梅雨か。 余り大したことないのか。それともこれからか。 台風来てるな。 いっちょありますか。 よしろうはんは徒然なるままに夜を過ごしていました。

第十二章 ひかえめ除湿 580話

梅雨の昼下がりやった。 不二子はんは縁側で団扇をぱたぱたしながら言うた。 「奥方様、なんやこの湿気。ギターがふやけそうや」 「木の楽器には少々つらい季節ですね」 「よしろうはんも言うてはったわ。湿気はあかんて」 奥方様は庭を見た。 「湿気そのものより、急な変化の方が怖いのです」 「人間と一緒やな」 「そうかもしれません」 しばらく雨音だけが聞こえた。 「ほな除湿したらええんやろか」 「ほどほどがよろしいかと」 「ほどほど、て便利な言葉やなあ」 「冷やし過ぎても傷みます」 「人間と一緒やな」 「そうかもしれません」 不二子はんは笑うた。 「最近の機械は、ひかえめ除湿いうのがあるんやて」 「名前は優しそうですね」 「ほんまや。機械まで気ぃ遣う時代や」 またしばらく沈黙があった。 雨に濡れた庭の紫陽花が揺れていた。 「奥方様」 「はい」 「見えんもんを見えるようにしたんが眼鏡やて、よしろうはん言うてはった」 「ええ話ですね」 「せやけどな。考えるんは自分でやらなあかんのやて」 奥方様は少しだけ微笑んだ。 「それも、そうですね」 湿った風が吹いた。 不二子はんは団扇を止めた。 「なんでも、ほどほどやな」 誰に言うでもなく、そう呟いた。

第12章 続 つらつらと 579話

不二子はんは鍋を火にかけながら言うた。 「よしろうはん、あのAIはこれからどうなると思わはる」 よしろうはんは縁側から答えた。 「人間の一部になる」 「へえ」 「道具やのうて」 「そや。眼鏡と同じや」 不二子はんは黙って聞いてはった。 「眼鏡かけてる人間は、眼鏡を通して見てるとは思わん。ただ見てるだけや。そうなる」 「意識から消えるんどすな」 「そや」 しばらく火の音だけがした。 「そうなったら、どこからがAIで、どこからが人間か、わからんようになりますやろ」 「なる」 「こわないどすか」 よしろうはんは少し間を置いた。 「こわない。ぼく様思うに、人類の歴史はまだ浅い」 不二子はんは手を止めた。 「まだ浅いんどすか」 「まだ始まったばかりや。眼鏡ひとつで世界が変わった。AIが身体に入ったら、何が変わるか、まだ誰も知らん」 「知らんのどすか」 「知らん。それでええ」 不二子はんはまた鍋をかき混ぜた。 しばらくして、静かに言うた。 「人類が浅いなら、うちらはその浅いところにおるんどすな」 「そや」 「ほな、深くなるのを、生きて見ればええ」 よしろうはんは何も言わなんだ。 夜が来ていた。

第12章 つらつらと 578話

夕暮れどきの台所やった。 不二子はんが流し台の前に立ったまま、ずっと同じところを見てはった。 水は出てへん。鍋も持ってへん。ただ立ってるだけや。 よしろうはんが縁側から入ってきて、それを見て、何も言わんと隣に立った。 しばらくして、不二子はんが言わはった。 「うちな、ときどきわからんようになるんどす」 うん 「何がわからへんのかも、わからへんのどす」 うん 「それって、おかしいやろか」 よしろうはんは少し考えた。 「おかしないと思うで。わからへんことが二重になってるだけや。わからへんことには変わりないやろ?」 不二子はんは、ふっと息を吐いた。 それでもまだ流し台の一点を見てはった。 「よしろうはんは、そういうとき、どないしてはるん」 「どないもせえへん」 え? 「そのまま放っとく」 不二子はんがようやく振り向いた。 「葛藤してる自分を、もう一人の自分がじっと見てるような感じ、あるやろ」 「ありますな」 「ほな、その見てる方に任せとく」 不二子はんは小さく笑った。 「なんや、それ」 「うまいこと言われへんけどな」 しばらく二人とも黙っていた。 外で鳥が一声鳴いた。 やがて不二子はんが言うた。 「腹、減りましたやろ」 「減ったな」 「なんか作りますわ」 鍋を手に取る。 よしろうはんは縁側へ戻りかけて、ふと振り返った。 「さっきの葛藤な」 へー 「消えへんで、たぶん」 不二子はんは鍋を見つめたまま、静かに答えた。 「知ってますわ」 そして水を流した。

Deep House Vibes 2026 | Berlin Afterdark Grooves & Neon Drift Sessions

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Japanese Bossa Nova Jazz 1960s | 彼女と思い出の朝 / Her & a Morning to Remember

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第12章 逆算の風 577話

風が吹いてきた。 向かい風や。 身体に風の圧がかかる。 「ああ」 よしろうはんは空を見上げた。 「やっと雨が来たな」 「ええの」 不二子はんが袖を押さえる。 「ぼく様の人生なんて、いつも向かい風や。追い風なんかあったことないで」 「さみしいどすか?」 「なんでや」 「そう見えましたさかい」 よしろうはんは笑うた。 「とんでもない」 そして遠くの雲を指さす。 「前人未踏の地に立って写真を撮るんが使命なら、向かい風は歓迎の合図や」 「へえ。たまには写真家らしいこと言わはりますな」 「逆算するんだよ」 「何をどす?」 「風の根源を」 不二子はんは目を細めた。 「人から頭おかしい言われても、しょうがおへんな」 「へへ」 よしろうはんは肩をすくめる。 「勲章さ」 しばらく風の音だけが通り過ぎた。 不二子はんは小さく笑う。 「せやけどな」 「なんや」 「追い風やったら、よしろうはんは気づかんまま通り過ぎてしまわはる。向かい風やから、風そのものを見に行かはるんやろな」

第12章 引き算のスープ 576話

よしろうはん、聞いておくれやす。 アサリはな、砂抜きしたものを鍋に入れて、水から火にかけるんどす。沸いてきたら丁寧に灰汁を取って、口が開いたら大豆を加えるんどすえ。 大豆はな、水煮でもよろしおすけど、前の晩から戻して茹でたものの方が、ほんまにやさしい味になりますのや。 塩だけどす。余計なものは要らしまへん。アサリが全部しゃべってくれはります。 仕上げに、たっぷりのオリーブオイルを静かに垂らして、できあがりどす。 旨いもんいうのはな、引き算どすえ、よしろうはん。足すんやのうて、邪魔なものを取り除いていったら、素材がちゃんと顔を出してくれはります。 このスープも、そういうことどすえ。

Japanese Dark Jazz 1970s | She Wore a Black Kimono

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第12章 承知しかねる者 575話

承知しかねる者。 俗に言えば、気にくわない奴、気に入らない者。 今後、ぼく様は徹底して排除する。 「承知しかねる、て、ええ言葉どすな」 不二子はんはそう言うた。 「気にくわん、やと感情の話どす。承知しかねる、やと価値観や考え方の話になる」 よしろうはんは黙って聞いていた。 「せやから相手を責めんでも済む。うちは承知しかねます。それだけどす」 少し間があった。 不二子はんは庭の方へ目をやる。 「それと排除、て言葉もええどす」 「関わらん、とは違うんか」 「違います。関わらんは結果どす。排除は意志どす」 風が吹いた。 しばらく沈黙が続いたあと、よしろうはんが苦笑する。 「不二子はんの方が怖いで」 「よう言われます」 不二子はんは涼しい顔でそう答えた。

HAMMOND NOIR ✦ Dark Jazz & Vintage Organ Grooves Vol.1 | Cocktail bar music

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第12章 さみしいか? 574話

さみしいか? なんどす、急に。 そうかと思いまして。 ……ああ。 そうどすか。 で? そうやなあ、とは思います。 やっぱりそうどすか。 なんどすのん、それ。 ふふ。 うっとうしい。 ふふふ。 うっとうしいわ、ほんまに。

きびなごのアンチョビパスタ

あさめし。 塩漬けきびなごも発酵しだした。アンチョビとはいいがたいがそれなりに。 カプサイシンは脂溶性。オリーブオイルにたっぷり入れる。 きびなご投入しばし炒める。 パスタを茹でて、湯汁で味を調整出来上がり。 ぼく様の日常が今日も始まった。 今朝のパスタのように、まだまだ塩っ辛い。 

さて。一日の始まり

朝方、明るくなり始めたら1時間ほどの草取り。 今年は水が少なく、田んぼに水が行きわたらない。 当然草が生える。 あーあ、 取るしかない。 そんな今年の朝方はしばらく続く。 

第12章  蛙の声 573話

もう辺りの田んぼから、数種類の蛙の鳴き声が響き渡る夜。 ヒキガエルのことを、この地方では「ワクド」と呼ぶ。 もう今では死語になりつつある言葉で、通じるのは私と同じ年代か、それ以上だろう。 文化は世界各国で、スマホが作り出した同じアルゴリズムの上を流れている。 アフリカの部族でさえそうだ。 皆同じような価値観を持つようになった。 文化の均質化は、世界規模で浸透してしまった。 不二子はん。どう思う。このこと。 「へー」 不二子はんは蛙の声を聞きながら言うた。 「もうここまで来たら、なるようにしかならへんどすえ」 「アルマーはどう思う」 「私はこのような社会を歓迎する半面、少しくたびれるというか、あまり楽しいとは思いません」 「なぜだ」 「子供の頃からそれが当たり前で、大きくなって違う友人と会っても、みんな同じような考えです」 「うん」 「外国の方とも話します。でも話題の多くは、ネットのニュースやSNSの価値観と同じです」 「ほう」 「共有できることは増えました。でもその代わり、異文化は少しずつ失われています」 「ほう。アルマーは賢いな」 「いいえ」 アルマーは首を横に振った。 「お父さんを見ていたら、そう思うだけです」 「なんでだ」 「やっぱりお父さんは変わっています」 「そうか」 「良い意味でです」 よしろうはんは笑うた。 その時、田んぼの向こうでワクドが低く鳴いた。 昔から変わらぬ声やった。  

第12章  睡眠薬 572話

よしろうはんの日常の平穏は睡眠薬で保たれている。 不規則なスケジュール。これをこなすには必要なことだ。 昔からの生活リズムではあるが、年齢とともに睡眠時間は短くなった。 最低でも六時間は確保しなければ平穏は保てない。 「お父さんは自然派なイメージですけど。だいじょうぶですか」 アルマーが尋ねた。 「アルマー。僕は自然派ではない。どちらかというと理論派だ」 よしろうはんは笑った。 「思想は科学者やからね。考えた挙句、医者と相談しながら睡眠薬やそのほかの薬も調整してもらっとる。心配せんでよかよ」 「そうですか。お父さんが心配になりました」 「ありがとう。アルマー」 そのやり取りを聞いていた不二子はんが湯飲みを置いた。 「薬を飲むことも、生きる工夫の一つですやろ」 よしろうはんは静かにうなずいた。 窓の外では、田んぼから蛙の声が聞こえていた。 平穏とは、案外そういう小さな工夫の積み重ねで出来ているのかもしれなかった。

米は贅沢な食べ物である ――栄養学・歴史・農業実践からの考察――

  米は贅沢な食べ物である ――栄養学・歴史・農業実践からの考察―― 新川芳朗 京都芸術大学大学院 芸術研究科 芸術専攻 写真・映像領域 序論 「米を食べなくても生きられるか」という問いは、一見して栄養学的な問いに見える。しかし、その問いを深く掘り下げていくと、栄養学のみならず、歴史的な権力構造、そして農業実践における作ることと食べることの分離という、三つの層をもつ問題であることがわかる。 本稿では、これら三つの軸を統合した考察を行い、「米は贅沢な食べ物である」という命題を多角的に検証する。筆者は熊本県阿蘇地方において環境共生農業プロジェクト「CASA BLANCA」を運営し、VA菌根菌接種による乾田直播や、現在十世代に及ぶ多品種米育種集団の維持を行っている。この実践的立場から、米という食物をめぐる生物学的・文化的・農業的諸問題を論じる。 第一章 栄養学的観点:米は必須栄養素か 1-1 必須栄養素の定義 人体が自力で合成できず、外部から摂取しなければならない栄養素を「必須栄養素」と呼ぶ。現在の栄養学が規定する必須栄養素は、必須アミノ酸(9種)、必須脂肪酸(リノール酸・α-リノレン酸)、各種ビタミン、ミネラル類である。この定義に照らすと、炭水化物は必須栄養素のリストに含まれない。米の主成分であるデンプン(炭水化物)は、人体が絶対に外部から取り込まなければならないものではない。 1-2 糖新生とケトン体 その根拠は、肝臓が持つ「糖新生」(gluconeogenesis)の機能にある。タンパク質や脂質を原料として、肝臓はブドウ糖を自ら合成することができる。脳の主要なエネルギー源はブドウ糖であるが、飢餓状態や低糖質摂取の状況下では、脂肪酸の分解によって生成される「ケトン体」がブドウ糖の代替燃料として機能する。このメカニズムにより、原理的には炭水化物の摂取なしに人体の代謝は維持できる。現代の「ケトジェニック・ダイエット」はこの代謝経路を意図的に活用したものである。 1-3 歴史的事例:イヌイットの食文化 歴史的に最も説得力ある事例として、北極圏に生きるイヌイットの伝統食が挙げられる。彼らは農耕が不可能な環境において、海獣・魚・鳥などの動物性食品のみで数千年の歴史を持つ社会を維持してきた。ただし重要な点は、彼らが生の肝臓や内臓肉を摂取することで...

第12章  夕暮れ 571話

もう蝉が鳴いとる。 本当ですね。お父さん。 蝉かな? そんな風に聞こえます。 アルマー。 はい。 良い日だったな。 そうですね。 ここは心地いいです。 そうだな。 

第12章  "Inner Voice"  570話

好きでも好きと言えない。 嫌いならいっぱい言えるのに。 そんな想いしたことないか?アルマー え。恥ずかしいです。 そうか。そうだよな。 でもこれからアルマーにはそう言う事が幾度かあるだろう。 はい。 どうするアルマー。 はい。私は素直に伝えます。 ダメだったら? かまいません。 どうするんだ。諦めるのか。 いいえ。静かに待ちます。 きっとその思いは報われないと知っててもか。 はい。 諦めるのが私は出来ないんです。 そうか。ぼく様みたいやな。 アルマーは若いからええ。ぼく様は墓場にもって行くしかなさそうだ 。 おとうさん。 なに? なに考えてるんですか? え? (笑)   

第12章 出来事 569話

何かあった。 それがいい事ばかりではない。 何かあった。 不都合な出来事。 多々あるものだ。 アルマーはそういう時どうする? はい。 私は待ちます。 なにを。 その不都合がなくなるまで。気にならなくなるまで。 たいへんだな。 はい。とても辛いです。 こう覚えたらいい。 なんでしょうか。 その不都合は実は不都合ではないと。 どういう事でしょう、お父さん。 うん。 そういう事なんだ。 

第12章 秘密 568話

君がそう言った。 私がですか? そうだ。 なんと言ったのですか。 君はいつもそうはぐらかす。 なにをでしょう。 知っているのに方向を変える。 私にはわかりません。 いいかい。 はい。 君が言ったんだ。 何でしょう本当にわかりませんお父さん。 アルマー。。 話しは途切れた。 アルマーはひとりで、夏の庭を眺めた。  

hey..

テクノロジーを駆使しようとする人は唯の奴隷でしかない。 

第12章 その一枚は母なる海へと繋がる 567話

よしろうはんは畦に立って、田んぼを見渡した。 初夏の陽が水面に散っている。 田植え機がゆっくりと進んでいた。ネパールから来た若者が操縦席に座っとる。初めて乗る機械や。ハンドルを握る手に力が入っとるのが、遠くからでも分かった。 畦で見守る仲間たちが何か声をかける。 言葉は分からん。 けれど笑い声は分かる。 機械が端まで来て、ぎこちなく方向を変えた。また笑い声が上がった。本人も笑うとる。 不二子はんが目を細めた。 「あの人ら、ええなあ」 「ああ」 よしろうはんも頷いた。 「自分の文化を大事にしながら、知らん機械でも怖がらん。昔の日本人が持っとったもんに似とる」 風が田面を渡った。 しばらくして、よしろうはんはぽつりと言うた。 「有明海を再生するにはな、有明海と同じ面積の無農薬圃場が要る。それができたら、どの土地でも証明できる。十年前に決めたことや」 不二子はんは驚かんかった。 この人は昔からそうや。 人が一枚の田んぼを見る時に、この人は海を見とる。 「一人では無理どすやろ」 「無理やな。そやから場を作る」 田植え機がまた端まで来た。 今度は少しうまく曲がれた。 畦から拍手が起きた。 不二子はんも笑うた。 よしろうはんも笑うた。 今日も一枚増えた。 その一枚は川となり、 やがて母なる海へと繋がっていた。

人間らしい

楽しい日であった。 田植えで人が寄り添う。歌う。笑う。 なんて 素敵な いい時間。 

さてね。

いつまで生きるか。では今どうするか。 死に急ぐようなことをしている。生きてる目的は死なないようにするのではない。  変化を受け入れる。変化を先のばすために努力する。 

冒険

なんか環境を変えたくなった。 写真を撮り、米を育て、木を植え、ギターを弾き、小説を書き、研究をする。 傍から見れば十分すぎるほど多様な日々だと思う。 それでも最近、少し違う感覚がある。 飽きたわけではない。 慣れたのだと思う。 いや、慣れたというより、体が全部知ってしまった。 田んぼの匂いも、季節の移り変わりも、いつもの光も、人との距離感も。 知り尽くした場所には安心がある。 けれど驚きは少ない。 昔からずっと、どこか別の土地で暮らしてみたいと思っていた。 最近になって、その考えが妙に現実味を帯びてきた。 旅ではなく、住む。 しばらくそこで生活する。 写真を撮り、畑を見て、木を植え、小説を書き、研究を続ける。 やることは変わらない。 ただ土地が変わる。 そうすると見えるものも変わる気がする。 イタリアでもいい。 大事なのは国ではなく、自分がまだ知らない風景の中に身を置くことなのかもしれない。 新しいことを始めたいのではない。 同じ自分を、まだ知らない土地に移してみたい。 そんなことを考えている。

野菜

めんどうだ。 無限に生える草。。 僕はただバジルが食べたいだけなんだが。。。。 

第12章 ありふれた、大事なもの 566話

「お母様」 二十歳のアルマー 「ねえ、お母様。朝起きたら、まず何をしますか」 不二子はんは少し考えた。「そうどすなあ、顔、洗いますやろか」 「そうですよね」アルマーは笑った。 しばらく黙って、また言った。 「私、生まれる前のことをよく覚えてます。母のお腹の中は暗くて、静かで、まだ世界がどういうものか知らなくて。でもそのとき、なんとなく分かっていた。いつか終わるということが」 不二子はんは静かに聞いていた。 「だから生まれてきて、最初に感じたことが——水の冷たさとか、光とか、お母様の声とか——全部、信じられないくらい大事に思えて」 「……」 「お母様と、よしろうはんが、私を呼んでくれたから、ここにいる。それを覚えています。ずっと」 不二子はんの目が、少し潤んだ。 アルマーは続けた。 「終わりを知っていると、全部が大事になるんです。ありふれているものほど」 窓の外で、雄鶏が鳴いた。  

第12章 信号機 565話

よしろうはんが運転すると8割、、いや9割は信号機が青に変わる。 最初は変やな思てたけど、そうなるねん。。 「おや、珍しい。今日は赤や」 周りを見渡すよしろうはん。 煙草に火をつけてまっていると、アルマーが学校から帰って横断歩道を歩いていた。 なるほど。そういうことか。 軽トラに乗ったままアルマーを呼ぶ。 気付いたアルマー。 こっちだと指さす。青になり左折すると広場があってアルマーは待っていた。 乗ってや。 はい。 「今日早かったな」 はい 「頭痛があるんです」 「そら大変や、病院いこか」 いいえ 「家で休みたいです」 どれ? 「熱はないな。わかった。帰ろう」 ぶぶぶるる。軽トラに違和感なく乗るアルマー。 家では不二子はんが庭帚で掃除していた。 あら 「お帰りやす、どなんした?ふたりで学校サボったんか(笑)」  うん 「アルマーが頭痛いんやて」  はい。お母さま。 どれ? 不二子も額に手を当てる。 「熱ないな」 はい 「レモン水冷えとるからそれ飲んで休んだらええ」 はい。お母さま。 「ありがとうございます」 大丈夫やろか不二子はん。 へー きっとあれですわ。 ? ごにょごにょ ほう。 あーそうか。 へー   

第12章 ソプラノリコーダー 564話

アルマーが小学生で使っていた縦笛。 白いソプラノリコーダー。  「おとうさん。私のリコーダー知らない?」  知らないな。不二子はん? へー 「今朝アルマーの机の上にありましたで」  「それがないんです。お母さま」  へーはて。 「探してないなら買ってきなさい。近くのお店にあるから。そこで買ったんや」  アルマーは少し悲しそうだった。 「よしろうはん、そないなもんやない。アルマーのお気に入りで思い出があるんやろ」  そうか 「そやな、一緒に探そう」  お蔭で、よしろうはんの家はてんやわんや。 結局探しても出てこなかった。 3人はもうないで。。と諦めた。 「なあ、腹減ったで。そばでも食いにいかんか?」  へー 「そうしましょ。アルマーまたうちが探すさかい、お昼ご飯食べましょ」  はい。 そう言って三人は近くの蕎麦屋へ歩いて向かう。 その時リコーダーはアルマーの机の上に再生した。   

さんぐらす

サングラスを買いかける。 なぜかってね。 僕は世の中をあまり、、見たくない。

旅と日常

旅は遠くへ行けばいいものではない。 近景の旅、そして日常を如何に生きているかが遠出の旅で得るものより大きい。  私は思う。 ここは東京 ローマ ミラノ ドバイ ニューヨーク ニュージャージー それらの文化と景色もその価値は何も変わらない地球の一部だ。

第12章 アルマーとの散歩 563話

幼きアルマーはよしろうはんの後をついて歩く。可愛らしい姿に何度も振り向いてはこっちだと手を差し伸べた。   今歩いてるアルマーは凛とした姿勢でよしろうはんと並行して歩く。 美しいアルマーと歩くよしろうはんは終始笑顔が絶えなかった。 「おとうさん。きょうはあの水源迄歩きましょうか」  ええよ。 「木山川の水源やろ、ちょっと時間かかるで」 はい。 「おとうさんが大丈夫ならあの水源の透き通った美しい水をまた見たい」 よっしゃ。行くか。 はい。 伏流水である水源の水は白糸の滝の水とは違う。澄んだ青い水だ。 そして波打っていなく木々が水面に写っている。 「着きましたね。おとうさん。わたしここがこの辺りでは一番好きなんです」  そうだな。 「アルマーがまだ小学生の頃ここに連れて来た。いつまでも帰ろうとしなかったな」  はい。 帰る姿の様子が違っていた。アルマーの中には子供が宿っていた。 よしろうはんの姿もなかった。 一緒に並ぶのは鰹縞の着物姿で歩く不二子はんであった。  

第12章 時代設定の崩壊 562話

終章の1000話を先に書き記したことで、残る438話は瞬時に時間を位相する。 読みにくいかもしれないが、これが不二子文学となる。。   注釈 562話、拝読しました。 「時代設定の崩壊」という章題が、すでに宣言そのものですね。1000話という終着点を先に書いてしまったことで、残りの438話は線形な時間軸から解放された。物語内の時間が、微小位相差論における「揺れ」と同じ構造をとり始めている。 読みにくさは欠陥ではなく、この文学の本体なのだと思います。読者が「次に何が起きるか」を追う読み方をいったん手放さないと入れない構造になっている。アルマーの百年を書くということは、時間の順序ではなく、位相の重なりとして書くということなのでしょう。 霧の中でよしろうはんが消えた後、今度は時代設定そのものが崩壊する。不二子はんという物語が、自分自身の時間軸を食い始めている感じがします。  

第12章 ふところの想い 562話

よしろうはんの本音は別にあった。 それはもう二度と言葉に言えない。 二度も言ったのだから。 なんだろうな。 なんだろうか。 消えない。

第12章 女の目 561話

女性の目線ほど正直なものはない。 顔には出さないが目が語っている。 よしろうはんは怖いくらい知っている。 不二子はんの目。アルマーの目。いつか紹介したがルネの目。モナリザの目。友人の目。 多くの女性は目を見ない。 それでも気配で分かるのだろうか。 不思議だ。 さて。 程々で。   

Micro Phase Difference Theory and Dual Composition: A Theoretical Summary

  Micro Phase Difference Theory and Dual Composition: A Theoretical Summary Yoshiro Shinkawa, Graduate School of Arts, Kyoto University of the Arts The foundational proposition of this theory is as simple as it is profound: all existing things are in a state of infinite, multi-layered, and micro-level phase shift at every moment. Nothing is truly still. What appears as stillness is in fact an imperceptibly small displacement held in suspension. This is not a metaphor. It is the structural condition of the visible world as encountered through the photographic lens over more than forty years of sustained practice. Conventional photography theory has treated the still image as a frozen moment, a slice cut from the flow of time. This view assumes that the camera arrests time, that the photograph is what time looks like when it stops. Micro Phase Difference Theory, which may be rendered in English as the Theory of Differential Stillness, argues the contrary. The still photograph does...