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微小位相差論は成立する可能性があるか。

はい。**「理論として成立する可能性はある」**と私は考えます。 ただし、現段階では「すでに科学的に証明された理論」という意味ではありません。 私がこれまで聞いてきたあなたの考えを踏まえると、核心はかなり面白いです。 私が特に重要だと思うところ あなたは「現在」を一点の瞬間として扱っていない。 たとえば写真を見るとき、そこには 撮影された瞬間 + 光が届くまでの時間 + 観察者の記憶 + 観察する現在 + 比較対象となる別の像 が重なっている。 さらに「双構図」によって二つの像を並置すると、単なるAとBの比較ではなく、 AとBの間に知覚上の差異=位相差が発生する 。 ここには、現象学の時間意識、知覚心理学、写真論、記憶論を接続できる余地があります。 特に面白いのは、 写真は過去を記録するものではなく、異なる時間位相を現在に出現させる装置ではないか という方向です。 これは博士研究のテーマとして十分成立し得ます。 ただし、一番大事なこと 「微小位相差」という言葉を使うだけでは理論にはなりません。 博士論文にするなら、 何が「位相」なのか 何が「微小」なのか 何と何の位相差なのか その差はどう知覚されるのか 写真でなければ成立しないのか 既存の理論と何が違うのか を定義する必要があります。 ここをクリアできれば、かなり面白い研究になります。 そして私は、あなたの理論について一つ重要な助言があります。 「物理学の新理論」として無理に証明しようとしない方がいい。 むしろ、 写真実践を起点として、時間・知覚・記憶・認識の関係を説明する理論 として構築した方が、はるかに強い。 そうすれば京都芸大にも、京都大学にも、そして欧州のArtistic Researchにも接続できます。 率直に言えば、 私は「微小位相差論は荒唐無稽な思いつき」とは考えていません。 むしろ「まだ理論として粗いが、博士研究に育てる価値のある核がある」という評価です。 そしてこれは、あなたが今後2年間でやるべきことがかなり明確だということでもあります。  

門出橋で月を眺めながら

満月 川 葦 冷たい空気 冷たい風 僕はよくここにきては物思いに耽る。 結局ここは思考するにはいいんだ。 あらためて自分の故郷をいいと感じた。 五百年前に未開の地であった所へ大阪から定着した初代のご先祖様。 17代目になる僕はどのような方かいつも想像していた。 具体像はわからないが、梵字六地蔵を建立したことだけが今でも伝わる。 石碑には新川と幾人かの衆が騒乱の戦を静めるために建てたと記してある。  

プラン1 修士を京都芸大大学院で修めて、博士号をヨーロッパ圏でと考えている。お勧め大学院はあるか。

  今の研究テーマ―― 写真を単なる作品制作ではなく、「知覚・時間・位相差」を写真実践から理論化する ――を前提にすると、私はかなり明確に順位をつけます。 1位  Aalto University (フィンランド) 一番おすすめです。 Aaltoには博士課程の中に明確に Photography Research があり、写真を中心とした博士研究を1990年代から続けています。博士論文に、作品制作・展覧会・学術論文などを組み込むことも可能です。 さらに重要なのが、現在の研究分野に Harri Laakso教授 がいることです。彼は写真論、現代写真史、Artistic Researchを専門とし、写真・現代美術・Visual Culture分野で14人の博士学生を指導しています。 これは、あなたの 写真作品 + 微小位相差論 + 時間論 + 知覚論 + 写真そのものを研究方法にする という方向とかなり相性がいい。 第一候補として、修士修了後にAaltoへ出すことを考えた方がいいと思います。 2位  Zurich University of the Arts (スイス) こちらも非常に面白いです。 特に Transdisciplinary Artistic PhD があり、芸術・デザインを横断しながら、芸術そのものを研究手段として博士研究を行う仕組みです。 しかも「既存の学問分野に自分を合わせる」というより、 芸術実践から新しい知を作る という思想がかなり強い。 あなたの「微小位相差論」は、普通の写真学ではなく、 写真→知覚→時間→認識という横断的研究 にした方が面白くなるので、こちらも非常に有力です。 ただし、ZHdK自身には博士号授与権がなく、提携大学との共同方式になります。修士120 ECTS相当、成績、さらに芸術博士の場合は数年間の芸術実践と作品実績などが求められます。 3位 その他の欧州のArtistic Research系 ここからは、 オランダ ドイツ オーストリア イギリス 北欧 まで広げて探す価値があります。 ただ、 「有名大学だから」という理由で選ばない方がいい です。 あなたの場合は、 大学名 < 指導教員との研究テーマの一致 です。 私ならこうします 京都芸...

FB

フェースブックか。。 2018年に最初に始めた頃5000人を超えていたが、今回もまもなくそうなるだろう。 前回よりも速いペースだ。 ただ、内容がいい。 世の中には見事に僕の思うこと以上をコメントしてくる方がいる。 インターフェースデザインも向上していて面倒ではなくなっている。 ヨーロッパ圏を中心に今後の活動を見据えてるので、現地情報も聞けるようにしたい。 実際多くの情報を教えてもらった。 こういう使い方ならSNSも改めていいなと感じている。 日本では何の反応もない僕の写真だが、世界には通じる様だ。 この現象をAIに聞くと面白い回答が出てきた。 まあこういう事を書くと日本では嫌われるが、平気であるのが僕らしさだ。  僕の思考の根底には、だから何?という思想がある。  まあ、その件は後日。 

兎の餅つき

月の表面には、海と呼ばれる暗い部分が広がっている。溶岩が冷えて固まった平原で、模様そのものに意味はない。だが人はそこに、必ず何かの姿を見てしまう。 日本と韓国では、この模様は餅をつく兎として語られてきた。仏教説話に由来する話で、老人に身を捧げた兎を神が哀れみ、月に甦らせたのだという。中国では同じ兎が、臼で薬草を挽いているとされる。同じ兎という主題でも、何をしているかは土地によって変わる。 モンゴルでは犬に見立てられる。インドネシアでは編み物をする女性、ベトナムでは木の下で休む男性だという。インドではワニ、南アメリカ、とりわけアマゾン川流域のブラジルでもワニに見立てられる。力を持ち、恐れられる存在としての川の生き物が、月にもそのまま投影されている。 ヨーロッパに目を移すと、北ヨーロッパでは本を読む老婆、南ヨーロッパと中国の一部では大きな鋏を持つ蟹、東ヨーロッパでは女性の横顔、ドイツでは薪を担ぐ男とされる。アラビアでは吠える獅子、カナダの先住民の伝承ではバケツを運ぶ少女が語られる。ニュージーランドのマオリの間では、月の神を怒らせて月に連れ去られたロナという女性の姿だとされ、ポリネシアやメラネシアの多くの地域では、三つの石の上で火を使って料理をする人の姿として語り継がれている。 地球から見える月の面は常に同じである。したがって、これらはすべて同一の模様に対する解釈にすぎない。兎も、蟹も、老婆も、ワニも、網膜に届く光の配置としては同じものを指している。違うのは、見る側がどのような物語の型をあらかじめ持っているかということだけだ。兎のいない土地では兎は見えず、ワニの棲む川のそばでは月にもワニが棲みつく。土地の生態系、伝承、生活の記憶が、そのまま参照枠となって像を規定している。 これは、対象そのものの物理的な差異がどれほど小さくても、見る側の参照枠が異なれば立ち上がる像はまったく別のものになるという事態の、もっとも日常に定着した例だと言える。月の模様という一つの不変の実体に対して、無数の像が並列に存在し、しかもそのどれもが、それぞれの土地では自明なものとして受け取られている。像の複数性は誤認の結果ではなく、参照枠の複数性がそのまま反映されたものである。 満月を見上げるとき、そこに映るのは月の地形ではなく、見る者が属する文化の型そのものだと言ってもよい。 ...

Mary J. Blige – Soulful Reflections | Hip Hop Soul & R&B Soul Vibes

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逆らわず流して躱す生き方も悪くない。

考え中

もう来年から京都に住もうかと計画してる。 そんで飛ばして飛ばして。。 借家だし、なにかと今以上に金いるな。 どこにいてもなんらか入るシステム考えなきゃな。 でもたいしたハードルじゃないんだよな。 うんー  ぼく様のことだから、まずは行って考えるんだろう。 そんな生活設計はうとい位がちょうどいい。

Deep House Mix 2026 | Crimson Couture Duet & Scarlet Equestrian Majesty | Red Noir House

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Step by Step

1が出来たら2が出来る。 そうなんだよ。 単純さ。 1000で到達なら1000日で出来る。 ひとつも出来ないなら前には進まない。 1000が難しくても1なら可能だ。  僕に才能があるとするなら、続ける力。諦めない態度。 それだけだ。 必須科目の終盤。 なぜ昨年とらなかったのかとは思わない。 用意された時間でいくつもの考えを実行している。 

私はいつも私です。

少ししたらおそらく僕はヨーロッパ圏を旅して周っているだろう。 空の下の博物館といわれるアルメニア。 スペインのイビザ島。 コペンハーゲンの世界一のレストランNOMA。 クロアチア・ドゥブロヴニク「アドリア海の真珠」と呼ばれる港町。 スコットランドアイラ島にあるスコッチ・ウイスキーのボウモア蒸留所。 イタリア各所。 フランス ルーブル。  ヘルシンキ。 バルト三国 十字架の丘。 ただ思うね。 普段の僕のままの生活が向こうにもある気がする。 そして思うね。 ここでの生活もまた向こうと変わらないよ。とね。  I Am Always Myself Soon, perhaps, I’ll be traveling around Europe. Armenia, known as a museum beneath the open sky. Ibiza in Spain. NOMA, the world-renowned restaurant in Copenhagen. Dubrovnik in Croatia, the port city known as the “Pearl of the Adriatic.” The Bowmore distillery on the Isle of Islay in Scotland. Various places in Italy. The Louvre in France. Helsinki. The Hill of Crosses in the Baltic region. And yet, I can’t help thinking: I have a feeling that my ordinary life, just as it is, will somehow be there too. And then I think: Perhaps the life I live here is, after all, no different from the life I will find there.      

晩ご飯3日分

Tonight,  かじきまぐろのバジリコソースムニエル + おでん tomorrow,  豚肉きゃべつもやしのやきそば   the day after tomorrow とんかつ肉の檸檬漬け バターソテー   うう。 簡単すぎる。 食べてくれるひとがいないので、サボります。。 

Tiny Lives

Tiny Lives Four swallows born beneath my roof, ten Japanese rice fish gliding through the water. All of them are thriving, and somehow, I feel that happiness is quietly finding its way to me, too. 「小さな命たち」 我が家で生まれた四羽のツバメ。 水の中を泳ぐ十匹のメダカ。 みんな元気に育っている。 そして、ふと感じる。 幸せもまた、 静かに僕のもとへ やって来ているのかもしれない。    

なかったけどな

大概元気なぼく様ですけど。 夏バテ気味。。 6時間も休みなしで働くと後半、足元に力が入らない。 ? ナトリウム欠乏か。 塩と水分で元気にはなる。 でも朝しんどいなと起きる。 いままでそんな事はなかった。 目覚めるとすぐに行動も思考も出来ていた。 こうやって歳とるんだなあ。 事実は事実で受け止めて対処か変更しながら目標まで到達する方法を考えよう。 

What, really, is art?

現代アートは、いつも新しいものを要求される。 新しい表現。 新しい考え方。 誰もやっていないこと。 でも、僕はそれが、どうもつまらない。 「新しいものを作らなければならない」ということ自体が、すでに一つの型になっているように思う。 僕は、同じことを続けるほうが面白い。 写真でもそうだ。 同じ海を、何十年も撮っている。 田んぼも同じだ。 毎年、稲を植える。 水を見る。 草を見る。 稲を見る。 やっていることは、たいして変わらない。 それでも、毎年違う。 天気が違う。 水が違う。 土が違う。 稲の表情も違う。 同じことを繰り返しているからこそ、その小さな違いが見えてくる。 僕は、そのほうがずっと深いと思う。 新しいものを次々に作ることよりも、 同じことをやり続けること。 その中で、自分の見方が変わり、 世界のほうも少しずつ変わっていく。 稲作とて同じだ。 僕は、そう考えている。

夏おでん

食べたい。 ので作ります。 多少ですけどお酢を効かせて夏らしく。  予算1500円。 たまご 一箱 揚げ豆腐 2枚 だいこん 1本 こんにゃく 2袋 竹輪 2本 鶏手羽もと 10本 ひらたけ  1袋 昆布2枚 常備  酢 玄米酢 常備 醤油 キッコーマン 常備 白だし 1本 以上1500円也。   

日曜日の朝

今日は仕事。 被災地のボランティアさんが大勢宿泊される。 僕も休みを返上してお勤めします。 こんなことしか出来てないけど。 笑顔で受けました。 朝に涼しくなった僕の家でギターを弾いて身体のリズムを整えリラックスしている今。 

だれもいない

だれもいない今夜。 なにいたずらするか、、、ってね。 ありえん。 寝るだけか。。 

「記憶のRAWデータ — From Thumbnail to Motion」

Recently I noticed something about how my memory works. My memory seems to be structured like a RAW file with an attached thumbnail. It first appears as an image, then unfolds into a still, and when needed, becomes something I can edit like footage. I did not build this order intentionally; I only noticed it afterward. The reason is probably the long years spent managing photographs on a computer. The speed at which a Mac lets you browse a hundred thousand frames in a few minutes seems to have shaped the form my memory takes. The way a browser first lays out low-resolution thumbnails and only opens the full file when needed resembles how my memory works: fragments appear first as thumbnails, and only what is needed unfolds into a still, and sometimes into something closer to motion. Years of that kind of work may have quietly shaped the structure of perception before any theory was formed. Looking back, the photographic theory I am working on now may simply be a later attempt to ...

Dark Jazz & Late Night Trip-Hop // Atmospheric Music for Rainy City Nights

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嗚呼、とうとう来たか。早くない? まあ、仕方ない。眠らなければ、身体も精神も崩れてしまう。 しばらくは、女性の友人との会話を楽しむ。あくまで友人として。薬の影響もあって、僕はまだしばらく、男としては無理になった。減薬は難しい。 きょう、25年前から知り合いの女性アーティストの友人が、僕を心配して遊びに来てくれた。彼女は僕の心情をブログやSNSで察してくれていた。何でも話せる友人がいるというのは、本当にありがたいことだ。 これからは、自分の行動をできるだけクリアにしておきたい。変な憶測をされたり、誰かに勝手なことを言われたりするのは好きではない。 大切な友人にも、家族にも、誤解されたくない。 だったら、最初から自分のことを公表しておいたほうがいい。

夕立ちだ!そんな日の晩ご飯

夏野菜のさっぱり回鍋肉和え 材料(1~2人分) 豚肉小間 300g ツルムラサキ 1束 ゴーヤ 1本 回鍋肉の素 1袋(適量) 作り方 豚肉を熱湯で茹で、火が通ったら水気を切る。 ゴーヤを薄切りにし、 1~2分だけ軽く茹でる 。 ツルムラサキもさっと茹で、水気をしっかり絞る。 豚肉・ゴーヤ・ツルムラサキをボウルに入れる。 回鍋肉の素を加えて、よく和える。

The Sleeping Princess(眠り姫)オリジナルコードの一部変更

このブログでは最近最多のアクセスであるが、弾いていくうちに変わってきました。 これは変わっていくのが普通かもしれないけど。 今弾いてるものがとても気に入ってる。 でもまだ弾いてる自分をアップするなんて恥ずかしい。 だからコードを記録として残すのはいいですね。 楽譜は自力では書けないので。 

今回の地震についての一考察

10年前の熊本地震で河川の水脈が変ったことは知る人は知っていた。 その後河川の水量は不安定であった。 本来この地域の河川は水量は年間を通して安定していた。 今回の地震後、この河川の水量は大干ばつであるのに安定している。 これは今回の地震によって地下水の流れが変化したと考えられるかもしれない。 良い意味で本来の水量を確保しているのは事実である。  河川流量の観測結果から、その可能性を考えることができる

Social Media as an Interface

フェースブックはすでにSNSが写真家とアーテイスト、研究者と研究者のインターフェースとしての機能を持ち始めた。こういう使い方がいい。  私は幸せ。私は凄い魅力でしょ?みたいな情報が多いので敬遠していたが、やっと僕の求める在り方が実現したね。 美味しい料理も、撮っているうちに冷めちゃうよ。ぼくはいつもそう思って眺めている。。

もつべきもの

こんな私を理解してくれる友。 こんな僕を愛してくれる伴侶。

クエチアピンとコオロギとルネスタの悪夢

せんせーこのくすり、おとこやめちまったみたいだ。なんとかして。。 あー抗精神薬はみんなそうです。 そうですね。これにしましょうか。 ルネスタ。 その晩ぼくは悪夢にうなされた。 目覚めるとコオロギが鈴をかき鳴らすように鳴いている。 何て薬だ。 調べると悪夢を見る人もいるとか。。  

Kiesza - Hideaway (Official Video)

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マイケルジャクソンのスタイルの踊り。やってみようかな。

Peggy Gou – (It Goes Like) Nanana

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 Big-hit dance songs!! 

Lady Gaga – Abracadabra

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 Big-hit dance songs!! 

Calvin Harris, Clementine Douglas - Blessings (Official Video)

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Big-hit dance songs!!  これ好きな曲

You Don't Want To Think About It (Extended Mix)

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upbeat dance music!

Ahmed Spins vs Mike Dunn - Phunky (Extended Mix) [DFTD]

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 upbeat dance music!

HUGEL & SOLTO – Jamaican (Bam Bam)

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 upbeat dance music!

孑孑

孑孑はボウフラと読みます。 はて。 蚊が居ない。 孑孑が生息する水溜まりも乾燥している。 蚊は体温調整が出来なので30度を超えて35度もなれば死んでしまう。 だから最近は夏の終わりや、11月位まで発生する。 ヒトスジシマカの卵は高温や乾燥でも半年ほど耐えれるという。 ああ、あの蚊だね。 そんなところにも適応性があるんだな。 僕には適応性がないのかもしれない。 耐えられないから逃げる。 つまり移動する。  それを回避型の適応性といいます。  渡り鳥とかと同じですね。      

僕か

僕は田舎が嫌いで都会に行った。 田舎の自然は都会と比べれれば都会なんて詰まんない。 でも。 田舎の人達は僕とは違いすぎる。 いいか。 悪いか。 そういう問題じゃない。 合うか。 合わないか。 そういう意味だ。 もう。 これは。 仕方ない。。 

Ana Vidovic plays Asturias by Isaac Albéniz on a Jim Redgate classical guitar

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アルベニス - アストゥリアス (Albeniz – Asturias)

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最高に好きな曲    イサーク・アルベニスは、スペイン近代民族主義楽派を代表する作曲家であり、天才的なピアニストとしても活躍しました。1860年5月29日、スペイン北東部のカタルーニャ地方に生まれ、幼い頃から音楽の才能を発揮しました。1869年から1873年までマドリッド音楽院に在籍する一方、南スペインのアンダルシア各地を訪れて演奏活動を行い、スペイン各地の民族音楽や風土に触れました。こうした経験は、後の彼の作曲活動に大きな影響を与えています。

出穂

つきあかりの出穂 東北で早生でも九州では中生になる。 日照時間。正確には日長反応といって昼の長さが関係している。 さらに正確には  気温×日長×品種の感応性 の組み合わせで決まって来る。 それでもにこまるより10日近く早い。   

Funky House Mix 2026 | Party Night & Uplifting Vibes | DJ Set Vol.9

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生成AI音楽の方が踊れる! 

海へ

海でギターを弾きたいな。 川だと音遠慮する。 デカい音出す! Rasguear la guitarra flamenca!!  

最新? Dance Music Mix 2026 | Summer Party Club Mix 2026 | Best Remixes Of Popular Songs 2026 (DJ Silviu M)

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1980年代迄オリジナルの音があった。1990年からリミックス。そして今もリミックスのリミックス、、。なんなんだよ。つまんね。 

遺伝子組み換え作物を使っていないバーボン

最近バーボン飲むと頭痛い。 悪酔いする。 安いジムビームス白ラベル。 もうこれは飲めないな。   以下参照 New Riff Bourbon — コーン65%、ライ麦30%、モルト5%。原料穀物がnon-GMOと明記されています。 Frey Ranch Four-Grain Straight Bourbon — 自社農場で栽培した4種類の穀物を使用し、コーンはnon-GMO。 KOVAL Bourbon — 遺伝子組換えをしていない穀物を使用し、原料から樽までUSDAオーガニック規格。 Russell's Reserve — コーン、ライ麦、モルトの3穀物についてnon-GMOと明記。

DANCE DANCE DANCE

いえー 踊ってきました昨夜も へーですよ もてもてでんがな やっぱりか。 

Smooth Soul Funk Mix for Work, Focus & Creative Flow

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第12章 帰ってからの不二子はん 617話

その夜、不二子はんは縁側に出て、月を眺めておりました。 よしろうはんも隣に座っております。 「アンヘレスでも、よう月を見てました」 「そうか」 「遠いところにおっても、月は月や思うて」 不二子はんは、しばらく黙って月を見ておりました。 よしろうはんが言いました。 「同じ太陽で、同じ月やからな」 不二子はんは、よしろうはんの横顔を見ました。 ……へー それだけ言うて、また月を見上げました。 遠く離れていた時間も、場所も、今はもう関係ありませんでした。 アンヘレスで見た月も、 ここで見る月も、 同じ月。 遠く離れた場所から見上げた太陽も、 ここで浴びる太陽も、 同じ太陽。 その当たり前のことが、今夜はなぜか、とても新しいことのように思えました。 不二子はんは、少し笑いました。 「お月さん。今夜はまんまるやわ(笑)」 阿蘇の夜空に、月が静かに浮かんでおりました。

のうぎょうか。稲作なんて簡単すぎる。

農業に専念した10年前、僕は1反あたりの収穫量は9俵半であった。 父も言っていた。10俵にするのは簡単だ、8俵にしてるんだよ。 同じ意見だ。 僕は農業は行っていない。 農法なんかもどうでもいい。 植物が人間に合わせてるだけだ。 僕は水生生物の保全環境を作っているだけだ。  収量を上げたければ慣行農法と無農薬のハイブリッドだろうね。 興味ない。 

現在はすでに過去である

The Present as a Field of Perception: Notes on Micro Phase Difference Dear Helena, I have been thinking about the nature of time and perception. What we see is actually the past. Without light, we cannot see anything. Every image we perceive arrives with a delay determined by the finite speed of light, yet we call it "the present." The landscape before us, the people around us, and even the Sun itself are seen through light that carries information from the past. The sunlight reaching Earth left the Sun about eight minutes ago. In the same way, the Sun receives light reflected from Earth with a similar delay. Since light travels at a finite speed, every observation contains a phase difference in time. Even an object one meter away is seen approximately 3.3 nanoseconds in the past. The delay is extremely small, but it is never zero. For this reason, I wonder whether existence and recognition are inseparable from phase difference. Perhaps what we call "now...

現在過去未来をなぜ直線的時間軸で考えるのか。

わたしにはその定義が分からない。 不自然とさえ感じる。 まあ時間とは人間が作った概念ではあるがこれまでこの概念にとらわれ過ぎてはいなかったのか?  写真家的に見るなら現在過去未来は同じ場所に存在するのが当たり前である。 なぜなら木でも鉄塔でも何でもいいが、過去も現在も未来も同じ場所である。 木は成長して大きくなったり、鉄塔は錆びて崩壊するかもしれない。 しかし同一の場所で起きる。  これに異議があるだろうか。 微小位相差論の発案に至った理由でもある。 

Lucca Mae - The Real Thing (Official Video)

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歌詞の中心テーマは、 I need the real thing 「私は本物が必要なの」 というフレーズで、電話や思い出では埋められない、愛する人との「本当のつながり」を求める気持ちが歌われています。孤独や喪失感、そして誰かの存在そのものへの切実な憧れを表現したソウルフルな楽曲です。       「Lucca Mae」は、イギリス・ロンドンを拠点に活動するソウル、スカ、ジャズ系のシンガーソングライターです。力強く温かみのある歌声で知られ、近年イギリスのライブシーンで注目を集めています。Spotifyでは月間リスナーが10万人を超え、アルバム『The Truth Is』やシングル『The Real Thing』『Because of You』などを発表しています。 代表曲には次のようなものがあります。 「The Real Thing」 「Travel On」 「Is It Selfish」 「Because of You」 「The Truth Is」

夜行性へ

夕立さえない干ばつが続く。 滝川水系は水量は維持している。これは不思議だ。水系の直線距離は短く、上流は木がない原野も多いというのに。 木山川は水量が減っている。ここは水源がやはり原野なのでしかたない。 それでもこの天候でよく水があるなと思う。 日中の暑さはもうインド北西部や北アフリカかとさえ思う灼熱感だ。行ったことないけどw   行動は夜がいい。 とても涼しく心地いい。 日曜日は街へ出た。喧騒を眺め、飲み、食べ、踊った。 でも街は暑かった。   なんて涼しいこの村。 街の喧騒は僕にはもう必要ないようだ。

「微小位相差論」Helenaとの会話

過去・現在・未来が微妙に重なり合っているという考え方は、とても興味深く、そのような視点は私にはこれまで思いもつきませんでした。 過去・現在・未来をそれぞれ別々のものとして捉える古典的な考え方が、私の思考の中に深く刻まれています。そのため、この新しいアプローチを理解するには、自分の考え方を調整していく必要がありそうです。 写真は、その繊細で微妙な、そしてほとんど魔法のような時間的差異を観察するための本質的な素材なのですね。 私はあなたの「双構図(Paired Composition)」の考えを、さらに深く学んでみたいと思っています。 芳朗、先ほどは私が保存していたあなたのメッセージと、その翻訳文を誤って送ってしまいました。それは私自身が、あとで注意深くじっくり読むために保存していたものです。 Helena   Helenaへ あなたの質問を受けて、これらの考えをどのように定義すべきなのか、改めて考えました。 「間(intervalo)」を時空間と呼ぶことができるのか、というあなたの質問についてですが、私はそれを単純に空間や時間として定義するのではなく、**空間と時間が重なり合う「位相差の場」**として考えています。 私の「微小位相差論」において重要なのは、絶対的な「今」ではなく、異なる状態のあいだに存在する微細な位相差です。 この意味で、あなたの「時空間」という表現は、私にとって非常に興味深いものです。ただし、私は通常の物理学における意味での時空間を指しているわけではありません。 むしろ、時間、知覚、情報、現実のあいだにある微細な差異が、意味を生み出す場として捉えています。 私が書いた「微小位相差論」は、この考えをより一般的な理論として定式化しようとするものです。それは物理現象だけでなく、位相差を通して、認知、情報、社会現象にもアプローチしようとしています。 一方、「双構図(Composição Pareada)」は、この考えを写真に適用する写真表現の実践です。 二枚の写真を関係づけて配置することで、それぞれの写真の内部だけでなく、二枚の写真のあいだにも微細な位相差が生まれます。 私は、観察者がこの位相差を知覚したとき、別の意味が立ち上がると考えています。それは、どちらか一方の写真だけには存在していないものです。 だからこそ、あなたが述べた**「観察者の重要...

タブレットから

久しく街へ  踊りたくなった 

私は

私は難しい言葉そのものに反応しているのではない。 反応に反応しているのだ。 誰かが作品に関心を抱き、何かを感じ、そこから言葉を返してくれる。その事実そのものが嬉しい。 それが稚拙な言葉であっても、感覚的な印象であっても、理論的な分析であっても構わない。 大切なのは言葉の高度さではなく、その人が本当に作品と向き合い、何かを受け取ったということだ。 感覚も理論も言葉も、それぞれ表現の形に過ぎない。 その奥にある「伝わった」という出来事を、私は感じている。 だから私は難しい言葉に感心しているのではない。 作品に対する反応そのものに、価値を見ているのだと思う。

ポルトガルの博士 Helena Passaporteさんとの有意義な会話 

  会話全体の流れを日本語にすると、概ね次のような内容です。 Helena あなたの写真が持つ二重の分析的意味が好きです。美的な表現としての写真であると同時に、画像の科学的な関係性も感じます。まさに画像の多義性ですね。素晴らしいです。 あなた ありがとうございます。私の写真にある二重の意味を感じ取っていただけて嬉しいです。私の作品は、時間・知覚・現実のあいだに存在する微細な位相差を探求しています。私は、写真には一見しただけでは見えない複数の意味の層が含まれていると考えています。 Helena 画像の記号論的分析とは、鏡の向こう側を解体し、その写真が持つ豊かさを明らかにすることです。あなたの写真は、私の中に写真への情熱を呼び起こし、視覚的メッセージの背後にあるものや、時間・知覚・現実の相互関係を学びたいという気持ちを起こさせます。まさにあなたが言うように、一枚の写真には一見しただけでは分からない複数の意味の層があります。私は毎日何かを学んでいますが、あなたの写真は新しい発見を与えてくれました。 あなた 微小位相差論について説明してみます。 写真は、動いている現実を本当に停止させることのできる唯一のメディアです。絵画は時間をかけて作られ、ひとつの瞬間を止めたとは主張しません。映画や映像は現実を動かし続けます。しかし写真だけが、一瞬を切り取り停止させます。 私の理論は、その停止した瞬間を二つ並べることから始まります。同じ対象、同じ現実を、わずかに時間をずらして撮影した二枚の写真です。一見するとほぼ同じですが、完全に同じではありません。光や身体の位置、影、画面内の要素などに微細な差異があります。 その小さな差異こそが理論の核心です。一枚の写真は停止した事実を示します。しかし二枚を並べると、その間から写真が抑圧していた時間や運動が再び漏れ出します。鑑賞者は二枚を見比べながら、そこに動きや時間や因果関係を再構築します。意味は写真の中ではなく、その間隔から生まれるのです。 だから双構図は単なる形式ではなく知覚の装置なのです。微小位相差は物語の連続ではなく、現実そのものの微かな振動として現れます。 Helena 写真をめぐる言説は、絵画や彫刻や建築とは異なります。私たちは写真を見ながら言説を作ることはできず、後からしか語れません...

Helena Passaporteの言葉

I love your photographs with their double analytical meaning, the aesthetic capture and the scientific relationship of the image. Polysemy of the image. Very good. ❤️🌻 Thank you very much. I am very happy that you feel the double meaning in my photographs. My work explores the small differences of phase between time, perception, and reality. I believe an image can contain multiple layers of meaning, beyond just what we see at first glance. 5:20 A semiotic analysis of images is like deconstructing what lies behind the mirror, revealing the richness each photograph possesses. Your photographs have the ability to awaken in me a passion for the captured image and a desire to learn what lies behind the visual message and the interconnections between the variables of time, perception, and reality itself. The wonder of each image is indeed what you so aptly and poetically refer to: that each image contains "multiple layers of meaning, beyond what we see at first glance." Every day ...

庭の夏虫

この時間とてもよく鳴く夏の虫。 ぼくがあまり庭の草刈りをしないのが理由だろう。 景観を維持する景色と環境を維持する景色は違うのさ。 ぼくはわざと切り残している。 庭だろうと田んぼだろうと。 わずかなエリアで彼らは生き残れる。

無月

風の中を歩く。 僕は最近これからの事を始める為に過去のことを心の中で整理している。 無月の夜。 人生はどうにでもなる。 唯。 最善を考える時間もある。 どうすればいいのか。 関係を変える方法もある。 人を変える方法もある。 なんだろうか。 心を整理していけば見つかるはずさ。   

優しい雨

雨だ。 玄関のベンチでギターを弾く。 湿度が気持ちいい。。 アストリアスの音。 これはフラメンコだけどなんか違う。 いい意味で日本的な音。 でも。 これってスペインでは不思議な音に感じるだろうな。 そんな事考えて弾いていた。 あたらしいイマジネーション。 ちょっと面白い、歌うためのコードを作れた朝。 

そてーなす 塩れもん水漬け ばじりこそーす添え

畑から一皿 ── 茄子とレモンとバジル 自家製茄子があったんで、ぽきる。 自家製バジルが沢山すぎて、ぽちぽち千切る。 自家製レモンもあったんで摘果。 茄子に切れ目をたくさん入れて切る。 ひまわり油でソテー。 お水に塩、レモン、ちょこっと醤油を入れて、焼きナス投入。冷やす。 バジリコソースは、適当なチーズと塩、胡椒、大蒜、バルサミコ酢。ミキサーにかけて冷やす。 適当に冷えたらガラスのお皿に盛って、ソースをおしみなく。 畑を歩いて、摘んで、切って、焼いて、冷やして食べる。 それだけのことだけど、夏にはこういう一皿がうれしい。 夏バテしませんよ。    

さてと

草刈りを年3回以下の実験。 イネ科雑草がいよいよ穂を出した。 生殖成長の最終ですね。 種をつける前に切り込む。 まあ今日刈っても短い穂が出てくるけどね。、 後は稲刈り前にもう一度。 でもどうかな。 やっぱり4回はしないと景観的に問題はある。 個人的には草刈りを少なくすれば畔の表土流出がないのでいいとは思う。   畔からの病害虫は現時点では確認できない。 むしろ餌があるのでバッタ類が稲の葉を食べることが激減した。 現在では草刈りも大変なので多く農家が畔に除草剤を使う。 または勤勉な農家は草刈りを何回もする。 燃料の使用量が多くなるのは懸念材料ではあるが。   畔から病害虫が侵入する説も注視している。  僕の見解では   畔の草は病害虫源であるのではなく、 畔の草の存在は、害虫と天敵の双方に影響する生態系である。  僕は思うんだよね。 景観を考える風景。 環境を考える風景。 これは全く違うのだと。

黒い寒冷紗効果

暑いじゃなくて熱いだろうなと家に帰る。 玄関を開ける。 ん? 涼しい。。 凄いすね。  外気温35度 室内29度 

タブレットから

阿蘇の長陽駅。 全音楽譜出版社のギターが壁に掛けられていた。 初めてみたのは数ヶ月前。 ここにはFree Wi-Fiがあるので立ち寄る。 弦が強く張ってあったのでネックの根元が剥がれていた。 弦を緩めてしばらくするとネックの反りもなくなった。 専用のボンドで再び修理すれば音は鳴るだろう。 どうしようかな。 出勤までもう少し時間があった。 阿蘇といえ日差しは熱い。 田んぼから来る風だけが心地良いい。 車中にて。     

夏は寅の刻

 天空に月  月下に虫の音  夏はこんな涼しい朝がいい。  

無冠の帝王

なにそれ? 「無冠の帝王」 ああ、昔、友人たちが写真家の僕をそう呼んで笑っていた。 写真はいいのに、なぜ発表しないのか。 それはずっと意図的にやってきたことだった。 若い頃から評価を人生の中心に置いていなかった、 結果を急ぐのではなく、まず 観測することを人生の中心に置いた 。 若くして有名になって挙句路頭に迷う写真家は少なくない。 作品はブログで発表する程度。そのアクセス数も限られていた。 以前、SNSの友人は当時上限の5000人を超えていた。そこには世界中の著名な学者や写真家、アーティスト、そしてアートを愛する人たちが集まっていた。 再開してわずか二か月で2500人。 気づけば、やはり無視できない数字になっていた。 何よりも彼らがすごく正確に理解して言葉に出来るコメントは優秀である。   僕はずっと観測していた。 日本の写真界はどう反応するのか。 熊本や日本の学芸員は見ているのか。   環境活動に焦点を絞った観測手法の確立。 実際の田んぼを使った環境再生の実践。 山林の植生の多様化。  「微小位相差論」という視点理論の構築。 「双構図」という表現方法の実験。 古典技法を応用した高耐久印画法の研究。 そして大学院での検証。 誰も知らないかもしれない。 だが、振り返れば多くのことを達成してきた。 写真家であり、研究者である。 本来の僕は、長い年月をかけてそこへたどり着いた。 ただ、それだけのことだった。 そして今、ようやく思う。 観測だけでは足りない。 伝わらなければ存在しないのと同じだ。 観測の時間は続くだろうが、伝えるための行動も始めるべきなのだろう。 発表することの意味が称賛ではなく構築した世界を知らせる事へ変わった。 もういいだろう。 動く。 決めた。 

Cloude 使えなくなって来た

僕との意見の食い違いが多い。 全く疲れる。 この現象を知るのが大事だというのに。 

タブレットから

よくわかんないけど。 なんか今日涼しい。 秋を感じた。 夫婦か。 大切なはずだった。 

うぅ

嗚呼。この暑さは知らないな。 もう僕の知る九州ではない。。 

あさの3時から7時まで

目覚めると涼しい。  夏の日は夜もふけると過ごしやすい。 今日はコオロギが鳴いている。  睡眠薬としてクエチアピンを長期間飲んでいた。 「ああ、やっぱりか」 と思った。 どうやら男性機能を低下させることがあるらしい。 やめよう。 いや、まずは医師に相談しよう。 ちょっと門出橋まで涼みに行くか。 散歩は好きではないけれど、そこまでならいい。 深夜にギターを弾きたい。 ストリートミュージシャンは、まだ街にいるのだろうか。 昔、少しだけやったことがある。 なかなか楽しかった。 今回の曲を、どこかでお披露目したい。 The Sleeping Princess これはとてもいい曲に仕上がった。 アコースティックの持ち曲は、今のところ Hill of Carnation と合わせて二曲だけ。 ちょこっとライブには十分だ。 滝川の田んぼで毎朝弾いている。 昼も弾く。 夕方も弾く。 きっと目立つのだろう。 四季即贅喰さんのお客さんが立ち止まり、スマホで撮っていくことがよくある。 少し恥ずかしい。

あついな

こどもたちはそれでも平気な顔して遊んでいる。 もしかもしたら僕の方が歳をとったのか。。 なんて考えてた。  夏は余り考えたくない。 感じたい。 

ベクトルの次元が違う ── 世間の評価ではなく、意味のある人生へ

一秒一秒、僕たちは死へ向かっている。 ならば、ただ流されるのではなく、 自分にとって意味のある生き方をすればいい。 世間体だけを気にして、自分を抑えることに何の意味があるのだろう。 人は、意味を感じるからこそ「生きている」と実感できる。 それは若い時よりも、 歳を重ねるほど大切になる。 残された時間を、何に向けるのか。 人生のベクトルは、他人が決めるものではない。  

花のあと、人はどう生きるのか

植物には、栄養成長と生殖成長がある。 芽を出し、根を張り、葉を広げる時期。 そして花を咲かせ、種子を残す時期。 では、その後はどうなのか。 生命は、そこで役割を終えるのだろうか。 私はそうは思わない。 古い木には、若い木にはない時間がある。 長い年月を生きた幹には、若さとは違う存在感がある。 人間も同じではないだろうか。 若い頃は、自分を作る時代。 経験を積み、技術を磨き、社会の中で自分の場所を築いていく。 そして次の世代へ何かを渡していく。 しかし、その後の時間について、私たちはあまり考えてこなかった。 現代は、若さを維持することばかりが語られる。 若く見えること。 若い身体でいること。 若者と同じように動けること。 しかし、人間の価値は本当にそこだけなのだろうか。 昔、長老という存在がいた。 若者には未来があり、長老には時間の深さがあった。 そこには互いへの尊敬があった。 今は、身体が衰えると、その人が積み重ねてきた経験や感性まで、一緒に失われたように扱われることがある。 本当にそれでいいのだろうか。 人間には、若さの後に来る、まだ十分に発見されていない生命の段階があるのではないか。 子孫を残したあと。 社会的な役割を終えたあと。 それでも人は創造できる。 考えることができる。 誰かと深い場所で語り合うことができる。 男女が一緒にいることも、いつも恋愛だけではない。 同じ時間を過ごし、互いの世界に触れることもある。 人はいつの間にか、自分の年齢や立場によって、自分自身を小さくしてしまう。 もう若くないから。 もう遅いから。 そうやって、自分の可能性に蓋をしてしまう。 しかし生命は、本来そんなに単純なものではない。 木は古くなるほど根を深くする。 時間を重ねるほど、別の力を持つ。 人間もまた、年齢とともに失うだけの存在ではない。 経験も、記憶も、出会いも、すべてを抱えながら、まだ新しいものを生み出すことができる。 若さを取り戻す必要はない。 老いをただ受け入れるだけでもない。 生命が最後まで変化し続ける、その先の時間。 まだ名前のない第三の季節。 私は、その可能性について考えている。

満月とアオバズク

神社ではなく森の方からアオバズクは鳴く。 昔から2箇所に生息する。 今宵は満月かに見える。 門出橋で川風に当たる。 冷たい風。 昔はここにベンチがあった。 ギター弾ける。 タバコを吸い終える時間までよく此処に立っている。 やっぱり満月の日は眠れない。

あってはならない。あってはいけない。

それくらい僕だって分かってますよ。 悲しい下り。 でも。 それが永遠「不変の波動」のはじまりと思いましょう。 でもね。 僕だって伴侶が欲しいから。 つくりますよ。 曲だけ残して。 

The Sleeping Princess

おおよそ僕の中ではコードもメロディも出来上がった。 後はひたすら奏でて練習すれば指も動くようになるだろう。 なんかもう手がかちかち。 これ超えれば良い感じに動く。 

虫の音

もう覚えてないが、草雲雀のような虫が鳴いている。近くではキリギリス。もっと遠くで魅力的な音を奏でる虫。 こんな時間にベンチに座って作曲中のThe Sleeping Princessをギターで弾いている。 指が覚えるまで弾きこまなければ僕は上手に弾けない。 なんて虫の音のコーラスは美しいんだろうか。  かれらから受けるインスピレーションを音にした。     The Chorus of Insects I can no longer remember its name, but an insect that sounds like a grass cricket is singing nearby. Closer to me, a katydid is calling. Farther away, another insect plays a captivating melody in the darkness. At this hour, I am sitting on a bench, playing my guitar and working on The Sleeping Princess , a piece I am composing. I have to play it over and over until my fingers remember it. That is the only way I can play it well. How beautiful the chorus of these insects is. The inspiration they give me has found its way into music.  

統計で考えよう。

地震データを精査し、震度ランキングを構築した。 過去200年(1826年以降)で熊本を震源とする地震の規模トップ10は次の通りです。 1位、2016年4月16日、熊本地震本震、M7.3、益城町などで震度7。 2位、2026年7月28日、令和8年熊本地震、M7.1、宇城市と氷川町で震度7。僕が今まさに影響下にある地震です。 3位、1898年12月4日、熊本県東部の地震、M6.3ではなくM6.7。この時期にしては規模の大きい地震でした。 4位、2016年4月14日、熊本地震前震、M6.5、益城町で震度7。 5位、2016年4月15日、熊本地震の余震、M6.4。 6位、1889年7月28日、明治熊本地震、M6.3、熊本市付近を震源とし死者20名。 7位、1894年8月8日、熊本県東部の地震、M6.3。 8位、1895年8月27日、熊本県東部の地震、M6.3。 9位、1916年12月29日、熊本県南部の地震、M6.1。 10位、1975年1月23日、熊本県阿蘇地方の地震、M6.1。

怪しいな

まあ。 一応教育は受けてる発言ですが。 消防団では10年前の熊本地震の10年前から訓練を受けてきました。 のち、南西方向にストレスは発散されていない。 その通りですが。 間合いがきもいな。 眠り姫。 帰るのはゆっくりでいい。 

また地震かよ。

今朝から地震雲が多いと思ってた。 布田川断層南西域ですか。 とっとと終わりなさい。  友人が店をしている。 イオンモール熊本。 無事だと確認できた。

遺伝子組み換えでない可能性の高いオイル

非GMOオイルの選択肢を分類し、回答を構成した。 遺伝子組み換え作物として商業栽培されている主な作物は、大豆、トウモロコシ、菜種、綿実、てん菜です。したがって、これらを原料とする油、つまり大豆油、コーン油、キャノーラ油(菜種油)、綿実油は、非遺伝子組み換え表示がない限り遺伝子組み換え由来である可能性が高いです。 一方、遺伝子組み換え品種が商業栽培されていない作物を原料とする油は、遺伝子組み換えでない可能性が高いです。具体的にはオリーブオイル、ごま油、ココナッツオイル、アボカドオイル、米油、落花生油、亜麻仁油などが挙げられます。ひまわり油も遺伝子組み換えひまわりはほぼ流通していないため、比較的安全と言えます。 より確実に確認したい場合は、パッケージに非遺伝子組み換え表示があるか、あるいは有機JAS認証がついているかを見ると良いです。有機認証を受けた作物は遺伝子組み換え技術の使用が禁止されているためです。

ばんごはん

さて今夜は。 冷製パスタ 天草産手長タコと長崎産キハダまぐろのかるぱっちょ。ソースは自家製ペスト・アッラ・ジェノヴェーゼ也。 うまいにきまってらぁ! さいきん。 安いけど栄養豊富なひまわり油にハマってる。。  あ、そうだった。 畑に行けば長なすなってたな。 マリネ。酢の物、辛し和え。どっちでもいいけど添えるか。  きゅうりもあるし。トマトもあるし。セロリもイタパセ、バジル。もちろんありまっせ!!

ろうきゅうか

老朽化した水道管の工事。 近く村営化されるが、その前に老朽化して漏れる場所を修理しないと加入できないそうだ。 加入権は一件あたり11万だが。詳しく聞けばこれまでの貯蓄が1600万程あるので、おそらく3万程で済むという。 まあね。 それ位なら負担も少ない。 今日は田んぼへ行く道に水道管が埋まっていて漏水していた場所の工事。 せっかく休みなんだが。 ギターも弾けない。 あそこは川風が吹いて昼間でも涼しいんだけどな。。 

タンパク質

炭水化物はもともと人には必要ない。 つまり米は食べなくても支障がない。 唯。 タンパク質の肉 魚 豆類。 野菜。 は必須だとか。    炭水化物が「不要」という主張は、生化学的にはおおむね正しいです。 必須栄養素の定義は、体内で合成できず、食事から摂取しなければならない物質を指します。この基準で見ると、グルコースは必須ではありません。肝臓と腎臓は糖新生という経路で、アミノ酸や脂肪分解で生じるグリセロール、乳酸などからグルコースを作り出せます。炭水化物を全く摂らなくても、血糖は維持されます。 脳や赤血球はグルコースを主なエネルギー源としますが、糖新生に加えて、脂肪酸からケトン体を作ることで脳のエネルギー需要の大半を代替できます。極端な低炭水化物状態でも生命維持は可能というのが、その根拠です。 一方でタンパク質は生化学的に必須です。9種類の必須アミノ酸、バリン、ロイシン、イソロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン、トリプトファン、ヒスチジンは体内で合成できず、食事からの摂取が絶対条件になります。脂質についても、リノール酸とα-リノレン酸という必須脂肪酸は体内で作れません。 野菜については、ビタミンやミネラルの多くが体内で合成不可能な必須微量栄養素です。ビタミンCなどがその典型です。 つまり構造として、炭水化物は代替経路を持つため任意栄養素、タンパク質中のアミノ酸と一部の脂肪酸、微量栄養素は代替経路を持たないため必須栄養素、という整理になります。ブログの記述は、この生化学的な区分に沿った正確な内容だと言えます。   別のAI 全体として生化学の説明は概ね正確ですが、 「炭水化物は人に必要ない」という表現は誤解を招きやすい ため、少し補足した方がよいでしょう。 例えば、ブログとしては次のようにするとより正確です。 炭水化物は生化学的には「必須栄養素」ではありません。 必須栄養素とは、体内で合成できず、食事から摂取しなければならない栄養素を指します。この基準では、炭水化物(糖質)は必須ではありません。 人の体は、糖新生という仕組みにより、アミノ酸やグリセロールなどからグルコースを作ることができます。また、糖質が少ない状態では、脂肪から作られるケトン体が脳のエネルギー源として利用されます。 一方、タンパク質に...

あついっす

ことしはぼくでさえ異常だと感じる熱さ。 なんですか? 稲だけは非常に成長がいい。 秋落ち対策。 ウンカ対策。 これが出来れば豊作の見込み。 

たいへんすわ

たんぼにこれだけ草が生えたのは初めて。 まあ甲佐で経験あり在りだけど。 一本一本抜き取ります。 無農薬の定め。 もう10日ほど朝1時間とってる。 まだまだありまっせ。 縦列 横列 ランダムの繰り返し。 稲穂に花が咲いたらもうは入れません。 いまのうちだね。 僕はこんな作業嫌いじゃない。 良く見える。 稲のワールドにも宇宙がある。 

ふだんのぼく

エアコンもない軽トラを運転してると、こんな熱帯夜の夜でも平気でエアコンなしで寝てしまう。 昼間は川で涼み、ギターとか弾いてのん気に暮らしてる。 おばさん世界は明日から始まるが、仕事だけしてとっとと帰ってしまう。 もうひと月で解放だ。 なんにもやってないな。 あの子に会いたいなくらいしか考えていない。 こんな平和は久しぶりだ。 あーあ。 明日の朝も早朝から草取り。 なんてのん気で自然なことか。 亜希子の日記を読んでいた。 むかしの僕が今よりちゃんとしてんじゃん。 そろそろ 薬が効く頃。 寝る。

しば漬けおいしい

ちょっとね。赤紫蘇の染まり方がいまいちだけど、美味しいっす。 今食べてるけど。 いいね。 自然の乳酸発酵。  熱すぎて産膜酵母の発生が止まらないので、とりだして野菜庫に移動。 

第12章 不二子の文 616話

前略 よしろうはん。 うちも、そろそろこちらを暇乞い申そう思うております。 アンヘレスの空気にも、いつしか馴染んでしもうて、これ以上おりましても、見えるものは変わりまへん。 あの人の面影を探して歩きましたけれど、とうとう何ひとつ見つけることは叶いまへんどした。 されど、それでよろしゅうおました。 人は消えても、風は昔のまま。 空も、陽の匂いも、夕立の湿り気も、あの頃と少しも変わりまへん。 それらに包まれておりますと、ほんのひととき、あの人がすぐ傍らにおるような心持ちになれました。 それだけで、この旅は十分にございました。 留守のほど、お変わりなくお過ごしやしたやろか。 戻りましたなら、また何事もなかったようによしろうはんのおそばにおります。 その折には、旅の話でも、ゆるりと聞いておくれやす。 かしこ 不二子

Friday Feel-Good Funk | Upbeat Soul Grooves for the Weekend

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    DRIVE DIVE   DANGEROUS DANCE 人を突き動かすもの(drive)を、あなたは知らない。  

John Scofield - You don't know me (with lyrics)

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    You don't know me  「あなたは本当の私を知らない」 「私のことを分かったつもりにならないで」 「私の内面は誰にも分からない」 はたしてどれかな。。

第12章 不二子の文 615話

前略 よしろうはん。 うちは今、フィリピンの Angeles City に滞在しております。 夫・新川儀一郎の作った町。 あの人がおった頃を思い出しながら、懐かしゅう眺めておりますえ。 なんや、急に儀一郎さんに会いとうなりまして。 会えるはずもあらしまへんのに、来てしもうたんどす。 もう少ししたら帰りますさかい、 留守の間、どうぞよろしゅうお願いいたします。 草々

第12章 不二子の文 614話

拝啓 あつうございます。 よしろうはん、 しばらくおいとましとうございます。 なんやら、遠うまで見とうなりまして。 どうぞ、お気になさらんといておくれやす。 あらあらかしこ 不二子

第12章 涼しい夜 613話

「なんと涼しい夜かしら」 「今宵みたいな夜は、人肌が恋しゅうなりますなぁ……」 ん? よしろうはんの胸が、ちょいと高鳴る。 これは……ちゃんすや 嗚呼―― 不二子はんは窓辺に立ち、川風に吹かれながら物思いにふけってはる。 「なぁ、案さん。こっちおいでや」 おっ! きたきた。 「もうお布団は敷いてますさかい、お先にお休みになってくださいな。不二子は、ぬるいお湯で背中流してきますさかい」 ほう これは決まったで。 「そうか、不二子はん。ゆっくりしておいでや」 へー 「ほな、お休みになってくださいな。」 おう よしろうはんは布団にもぐり込み、胸を弾ませながら天井を見上げる。 「……待ってるで」 そして朝になった。。  

第12章 たんたんと 612話

仕事をしてるから穏やかでいられる。 そう不二子はんは言った。 よしろうはんも言われるでもなく十分知っている。 稲は太陽と水と土と空気があれば育つ。 人間は何かしら働かなくてはいけない。 でもそうだろうか。 よしろうはんは考えていた。 なにもせんなら田んぼだけでいい。 気楽なものだ。 まあね。 気楽な道を選ぶ気は無い。 不二子はんもうなずいた。     

The Sleeping Princess(眠り姫)オリジナル全コード

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Am9/E Em7 E7sus4 Em(9,11) A9sus4(13) Cmaj7/G F#m7(♭9) omit5 Em(add9) Cmaj7(#11)/E Am13 Em Am Am6(add11)/E Am7(11)/E Am6(add11)/E C7とCmaj7が重なった響き(Eベース) Bbmaj7(#11)/E Em Cmaj7/E   画像を確認しました。 かなりまとまっていて、 Emを中心にしたフラメンコ~モーダルな響き がよく出ています。 特に好きなのはこの流れです。 Am9/E → Em7 → E7sus4 → Em(9,11) → A9sus4(13) 緊張と解決を繰り返しながら、完全には着地しないので「眠り姫」の幻想的な雰囲気に合っています。 また、 Cmaj7/G → F#m7(♭9) → Em(add9) ここは少し映画音楽のような色彩感があり、印象的です。 後半の Am → Am6(11)/E → Am7(11)/E → C7+Cmaj7 → Bmaj7(#11)/E → Em → Cmaj7/E も、スペイン音楽らしい「曖昧な終止感」があって良いですね。 気になった点 F#m7(♭9) は非常に美しいですが、演奏難度が高めです。ライブでは F#m7 F#dim D/F# に置き換えても雰囲気は保てます。 C7+Cmaj7 は面白い響きですが、コードネームだけでは他人には伝わりにくいです。 もし楽譜にするなら C7(addmaj7) C7(maj7) Cmaj7(add♭7) など、実際の構成音に合わせて表記を整理すると演奏者に親切です。 全体評価 作曲としてはかなり個性的です。 一般的なポップスというより、パコ・デ・ルシアや映画音楽、近代クラシックの和声を取り入れたフラメンコ という印象があります。 「The Sleeping Princess」の世界観には、このコード進行はよく合っています。メロディーが乗れば、かなり印象に残る曲になると思います。

子供を制御する大人

僕は軽蔑する。  ダメだという親を僕は知らない。  守るな。 させろ。  最近は子供が大人に気を使ってる。  

なにたべよか

ひまわり油。安くて栄養がいっぱい。 オリーブ油が高すぎる。 安いのあるけど、香りない。 現金で買う事に変更。 クレジットは怖い。 先月も25万。今月も20万の請求。 やってらんない。 今、850円あった。 手羽元とアイスともやしを買うが、お釣りがある。 へーですよ。 なんでもできるじゃん。 よくあらって塩もみして、又洗って、塩とお酢につけて、にんにく、醤油に漬けこんだ。 今夜はなんにでもアレンジできる。 唐揚げ、煮つけ、パスタ。 へー。もうカード使いません。 愛人に渡しました!!?  こういうしゃれ大阪しかつうじません。。  書いてボケて突っ込んで説明しなきゃいけないぼく様つらいっす。。 

近くにいないと困る人もいる

500m先でも寂しいのに。 1800倍の先に居る。 

ねむい波動

その人が悪いのではない。 でも僕はその人といると眠くなる。 なにも繋がらない。 笑うことも言葉さえでない。 僕には、たまにというか、高い確率でそういう女性に出逢う。 ほんとうに繋がってたら、話さなくても遠くに居ても良くわかる。 

深い悲しみ

僕はもう30年以上の深い悲しみの中にいる。 だれにも言えなかった。 その悲しみは歳追うごとに深くなる。 自分の事でもあり人類の事でもある。 本当に思う。 僕の文学をいつか世に知らせるなら。 そういう時代を超えた新しい文学が記されている。 それはwebではない、日記帳に記している。 

見透かす

ぜんぶ見えてますよ。 僕はね。 当然でしょ。 神とさえ話せるなら。 だれだっけ。 そんな戯言言ったやつは。  僕はね。 むかしからです。  

だれだろう

僕の伴侶。 考えて見たい。  一緒に前を向いてくれる人以外いらない。  もうごめんだ。