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冬季発表用 双構図(paired compositions)

 

双構図(paired compositions)— 観測者の時間性における位相差の可視化

1. 手法の定義

双構図とは、二枚の写真(もしくは画像)を並置することで、一枚では見えない情報を観測者の認知過程において生成させる手法である。並置される二枚の間には何らかの位相差が存在し、その差異が観測者において新たな情報を発生させる。今回はその一例として時間差を扱うが、異なる位相と位相、写真と生成画像のような位相差の展開も視野にある。

2. 写真の歴史的位置——引用と非引用

2. 写真の歴史的位置——引用と非引用

写真は19世紀に非引用的記録のメディアとして現れた。それまでの絵画が様式や技法の継承という多層的引用の体系を持っていたのに対し、写真初期は光学的・化学的プロセスによって時間を固定するという全く新しい非引用的表現を獲得していた。しかし絵画と同じく、写真も誕生187年の歴史の中で多層的引用の体系が進んだ。構図、様式、表現技法が蓄積され、参照され、反復されるようになった。

双構図は、この非引用的構造に対する新しい試みである。二枚を並べることで生じる差異が、心的位相差として動的情報を表現する。静止画である写真が並列されたことによって、一枚では得られなかった情報が観測者の中に浮かぶ。

3. 像に存在しない信号の生成

双構図 同じ写真の並列
双構図 同じ写真の並列

一枚の写真に記録されているのは光学的痕跡と物理的配置のみであり、写真A単独にも写真B単独にも特別な情報は存在しない。しかし二枚を時間的に連続して知覚したとき、違う情報が観測者において生まれる。

例えば「干潟の位相」では、満潮から干潮への時間経過を観測者は経験するが、この写真は写真Aにも写真Bにも記録されていない。つまり同じ写真の並列だからだ。しかし2枚の像の差分が、像には存在しない信号を生む。この差分信号は撮影されておらず、記録もされず、測定もできない。にもかかわらず観測者は確実に1枚では見えなかった感覚を2枚の構成で経験する。

4. 観測者の時間性

双構図 一枚の写真から生成された並列画像
双構図 一枚の写真から生成された並列画像

人間の知覚は瞬間ではなく積分である。観測者は把持(過去)・根源印象(現在)・予持(未来)の三層構造で時間を体験する。この構造は、フッサールが『内的時間意識の現象学』(1928)で論じた時間の三層性と符合するのではないか。双構図は観測者の保持時間を刺激し、二枚の写真の間に時間の厚みを発生させる。過去と未来が「今ここ」に共存する経験が生じる。

双構図とは、観測者の時間性の中に、1枚の写真に存在しない動的情報や多様な視覚を発生させる装置である。

次に、アルテミジア・ジェンティレスキ《ホロフェルネスの首を斬るユディト》と、シャルル・マルヴィル《解体する庁舎》を比較し、17世紀初頭から19世紀にかけての美術における表象の変化、すなわち造形的深度から光の表層性への移行について考察する。

アルテミジアの《ホロフェルネスの首を斬るユディト》は、カラヴァッジョの影響を強く受けた作品として知られている。画面は強い明暗対比によって構成され、人物の身体は闇の中から量感をもって浮かび上がる。ここで光は単なる照明効果ではなく、行為の決定的瞬間と精神的緊張を可視化する役割を担っている。首を斬るという暴力的行為は、劇的な光によって彫塑され、観る者に強い心理的圧力を与える。宗教的主題を扱いながらも、神的奇跡より人間の身体と行為そのものが前景化されている点に、バロック美術における表象の深度、そして絵画史における多層的引用の体系が見て取れる。

『ホロフェルネスの首を斬るユディト』

右カラバッショ1599年頃 左アルテミジア1620年

一方、マルヴィルの《解体する庁舎》は、オスマンによるパリ改造の過程で失われゆく建築を記録した写真である。そこでは劇的な演出や物語性は排され、建築は均質な光のもとで淡々と写し取られている。光は対象に意味や感情を付与するものではなく、表面を等価に可視化するための条件として機能している。この作品において重要なのは、建築が象徴として描かれていることではなく、光の作用によって「そこにあったもの」が表層として記録されている点である。

『解体する庁舎』1877年
『解体する庁舎』1877年

シャルル・マルヴィル(Charles Marville, 1813–1879)

写真の発明は、絵画が担ってきた「現実を再現する」という役割を外部化した。マルヴィルの写真に見られるように、対象は人間の解釈や物語を介さず、光によって自動的に像を結ぶ。絵画が先行作品や様式を引用・参照しながら発展してきたのは、師から弟子へ、作品から作品へという有機的な継承のプロセスであった。カラヴァッジョからアルテミジアへと受け継がれた光の技法は、まさにこうした継承の一例である。これに対し、写真は光学的・化学的プロセスによって目の前の現実を直接定着させる無機的な記録である。この意味で、写真初期は本質的に非引用的な記録として成立していたのである。しかし絵画と同じく、写真も誕生187年の歴史の中で多層的引用の体系が進んだ。構図、様式、表現技法が蓄積され、参照され、反復されるようになった。

このように、アルテミジアの作品に見られる意味と物語を内包した深い明暗表現と、マルヴィルの写真における表層としての光の提示を比較すると、近代における美術の大きな転換が浮かび上がる。バロックにおいて光は表象の深度を生み出す装置であったが、19世紀の写真においては、光そのものが表象の主体となる。ここに、荘厳な表現から近代的視覚への移行を見ることができる。

「存在しないが経験される情報」

双構図はそういう特性を持つ。


5. 双構図の自由性:正像と逆像

同じ写真が配置によって異なる見え方を示す古典手法で検証。

反転配置では空間が閉じ、正像配置では空間が開く。

「2枚組」という最小限の制約のみを設け、自由な発想によって『双構図』を構築していく

 

 

 

Author: Yoshiro Shinkawa Written on January 19-21, 2026 (修士論文製作途中)

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