第12章 忘れ草 589話

「不二子はん」

へー

「六十を過ぎても恋なんぞするもんかね」

不二子はんは湯呑みにお茶を注ぎながら微笑んだ。

「するんやないですやろか」

「そうか」

「春になったら桜が咲くようなもんどす」

よしろうはんは少し笑うた。

「人間は花か」

「そうですやろか」

不二子はんは窓の外へ目をやった。

田んぼの畦では、オレンジ色の忘れ草が雨に濡れて咲いていた。

「綺麗なもんを綺麗やなぁ思うたり、誰かの顔を見たいなぁ思うたり。そんな気持ちは歳と相談して出てくるもんやおへん」

「なるほどね」

「若い頃とは違いますけどね」

「どう違う」

「急がんようになります」

不二子はんは静かに言うた。

「若い頃は手に入れたいと思うもんどす。歳を重ねると、ただ傍にいてくれはったらええと思うたりします」

庭の小さな池で、メダカが水面をかすめた。

「それも恋か」

「恋やと思います」

不二子はんは少し首を傾げた。

「むしろ、そっちの方が本物かもしれまへんな」

よしろうはんは外を眺めた。

燕が巣作りをしている。

梅雨雲は低く垂れ込めていたが、田の水面はどこか明るかった。

「不二子はん」

へー

「人はいつ老いるんかな」

不二子はんはしばらく考えた。

そして穏やかに答えた。

「心が動かんようになった時やないでしょうか」

「心が?」

「ええ」

湯呑みを両手で包みながら続けた。

「田んぼの畦の花を見ても、山を見ても、人を見ても、何も感じんようになったら寂しいですやろ」

よしろうはんは頷いた。

「そうだな」

「恋いうのは、誰かを好きになることだけやありません」

不二子はんは微笑んだ。

「明日も、もう少し生きてみようかと思えることかもしれまへん」

二人はしばらく黙ったまま外を眺めていた。

忘れ草が、雨上がりの風に揺れていた。

 

 
 

「忘れ草(わすれぐさ)」は古くからの呼び名で、万葉集などにも登場します。忘れ草にはいくつかの説がありますが、現在では多くの場合、ヤブカンゾウ を指すと考えられています。「忘れ草」という名は、「憂いを忘れる草」という意味から来ています。万葉集では恋の苦しみや悲しみを忘れたい気持ちと結びつけて詠まれました。

よしろうはんが毎年楽しみにしている美しい花。花の蕾は食べたり薬用効果もあると今年友人から聞きました。 

 

あとがき

不二子はんが畦道で足を止めた。

「よしろうはん、この忘れ草、今年もよう咲きましたなあ」

橙色の花が風に揺れている。

「ほんとだな。きれいだ」

「せやけど、みんな知らんのですわ。花が咲く前に草刈機で刈ってしまわはる。雑草や思うて」

不二子はんは少し残念そうに笑うた。

「田んぼの畦には、この花だけやのうて、きれいな花がようけ咲きますのに」

よしろうはんは花を見ながら言うた。

「そうやな。名前も知らないまま切ってしまうのは、もったいないなあ」

忘れ草が揺れる。

「知らないものは見ることさえできない。人も花も案外同じかもしれんな」

不二子はんは「ほんまですなあ」と頷いた。

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