第12章 その一枚は母なる海へと繋がる 567話
よしろうはんは畦に立って、田んぼを見渡した。
初夏の陽が水面に散っている。
田植え機がゆっくりと進んでいた。ネパールから来た若者が操縦席に座っとる。初めて乗る機械や。ハンドルを握る手に力が入っとるのが、遠くからでも分かった。
畦で見守る仲間たちが何か声をかける。
言葉は分からん。
けれど笑い声は分かる。
機械が端まで来て、ぎこちなく方向を変えた。また笑い声が上がった。本人も笑うとる。
不二子はんが目を細めた。
「あの人ら、ええなあ」
「ああ」
よしろうはんも頷いた。
「自分の文化を大事にしながら、知らん機械でも怖がらん。昔の日本人が持っとったもんに似とる」
風が田面を渡った。
しばらくして、よしろうはんはぽつりと言うた。
「有明海を再生するにはな、有明海と同じ面積の無農薬圃場が要る。それができたら、どの土地でも証明できる。十年前に決めたことや」
不二子はんは驚かんかった。
この人は昔からそうや。
人が一枚の田んぼを見る時に、この人は海を見とる。
「一人では無理どすやろ」
「無理やな。そやから場を作る」
田植え機がまた端まで来た。
今度は少しうまく曲がれた。
畦から拍手が起きた。
不二子はんも笑うた。
よしろうはんも笑うた。
今日も一枚増えた。
その一枚は川となり、
やがて母なる海へと繋がっていた。