第12章 ありふれた、大事なもの 566話
「お母様」
二十歳のアルマー
「ねえ、お母様。朝起きたら、まず何をしますか」
不二子はんは少し考えた。「そうどすなあ、顔、洗いますやろか」
「そうですよね」アルマーは笑った。
しばらく黙って、また言った。
「私、生まれる前のことをよく覚えてます。母のお腹の中は暗くて、静かで、まだ世界がどういうものか知らなくて。でもそのとき、なんとなく分かっていた。いつか終わるということが」
不二子はんは静かに聞いていた。
「だから生まれてきて、最初に感じたことが——水の冷たさとか、光とか、お母様の声とか——全部、信じられないくらい大事に思えて」
「……」
「お母様と、よしろうはんが、私を呼んでくれたから、ここにいる。それを覚えています。ずっと」
不二子はんの目が、少し潤んだ。
アルマーは続けた。
「終わりを知っていると、全部が大事になるんです。ありふれているものほど」
窓の外で、雄鶏が鳴いた。