第12章 夜の帳 593話

「お母様は台風でも踊りそう」

「踊るな」

「踊りますね」

二人はうなずいた。

その時だった。

踊っていた不二子はんが、いつの間にかこちらへ戻ってきていた。

「なんぞ失礼な話してますな」

「聞こえとったんか」

「聞こえてましたえ」

不二子はんは水を飲む。

「うちは台風では踊りまへん」

「ほら見ろ」

よしろうはんが得意そうに言う。

「危ないさかい」

「洪水なら?」

アルマーが聞いた。

不二子はんは少し考えた。

「二階で踊ります」

アルマーが吹き出した。

よしろうはんも笑った。

「やっぱり踊るんやないか」

「踊りますえ」

不二子はんは平然としている。

「どうせ心配しても水は引きませんやろ」

「まあな」

「ほな踊った方が得です」

「得なんですか」

「得どす」

不二子はんはそう言うと、またホールの方を見た。

ちょうど好きな曲が流れ始めていた。

「あ、あれ好きなんや」

そう言って足早に戻っていく。

百三十を過ぎた足取りとは思えない。

アルマーはその背中を見送った。

「お父さん」

ん?

「お母様は昔からああなんですか」

よしろうはんはテキーラを口に運んだ。

「昔はもっとや」

「もっと?」

「三日寝込んでも四日目には踊っとった」

「本当ですか」

「知らん」

「知らんのですか」

「たぶんや」

アルマーは声を上げて笑った。

窓の外では雨が降り続いていた。

ホールの中では不二子はんが回っている。

どちらが先に止むのかは、誰にもわからなかった。

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