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第11章 歩きつづく 523話
なんも言わんと、よしろうはんは歩き続けてはる。 嫉妬を嫉妬と思わず、罵声を罵声と思わず、苦労を苦労と思わず。 目の前の障害を障害と思わず、ひたすら歩き続けるよしろうはん。 そんな姿を、不二子はんは素敵やと思っていた。 よしろうはんにとって、それだけが心の拠り所やったのは間違いない。 「きょうもお疲れさまどす(笑)」 「ん?」 「そうか? いつものことや。不二子はんの笑顔見ると、なんでもないように思えるで。ありがとさん」 「へー。やっぱりお疲れどすな」 「今朝は、よしろうはんのお好きなベリージュースと、生ハムとアボカド、レタスのサンドイッチや。いかがや?」 「おー。ありがとな。いただきます」 「ほー。これは旨いわ! よかったら、ダージリンの紅茶か、コナコーヒー淹れてくれんか?」 「へー。両方淹れましょ(笑)」
第11章 雨に 537話
やっと雨が降る。 田んぼに雨が叩く音を聞きながら、よしろうはんは長う息を吐いた。 「まにおうたな」 不二子はんは縁側から田んぼの方を見た。 「苗も喜んではりますやろな。なぁ、よしろうはん」 そや。 少し間があった。 「きっと苗はよしろうはんを見限ってはりますえ」 「はは(笑)そうかもしれんな」 しばらく雨音を聞いていた。 「ぼく様も、いっぱい見限ったわ」 へー 不二子はんは湯呑みを置いた。 「意味深なお言葉どすな」 「そうや。意味深や」 「うちに聞かせてや。何を見限りはったんや (笑) 」 「内緒や」 へー 「そう言うやろ思てましたさかい」 立ち上がって急須に湯を注ぐ。 「お茶でも淹れましょ。お疲れさんどした。今日が試験の締め切り日やったんやろ。終わりましたな」 「そうやねん。せーふや」 「雨にうたれて、苗もせーふどすえ」 よしろうはんは笑う。 へー 「なんて冷たいお方」 「冷たいんやない」 へー 「ほな、なんで水やりはらなんだ?」 「菌根菌を種にまぶしてたんや。あれら好気性やろ。最初から水張ったら働きにくいねん」 不二子はんは黙って聞いている。 「最低七日、できたら十四日。少し乾かし気味の方が根が下へ行く。軽いストレスが苗の力を引き出すこともある」 少し笑う。 「もちろん毎日見とったで。土の湿りも、葉色も」 不二子はんは小さく頷いた。 へー 「よう見てはりましたわ」 「ローファー履いて、田んぼの真ん中まで行って、片手にワイングラス。中身ウイスキーやった」 「……ばれてたか」 「まあ、ええどす。田んぼやさかい」 雨脚が少し強くなる。 遠くの苗が揺れて、乾いていた土が静かに色を変えていく。 よしろうはんは外を見たまま言うた。 「今日は、ようさん降ってほしいな。不二子はん」 不二子はんは雨を見たまま答えた。 へー 「今年もええ年になりそうどす」 そうか? 「ぼく様の推測ではえらい年になるで。気象、害虫すべて起こりうる。そやからならんように対策練ってるで」 そうでしたか 「よしろうはんは世渡りへたちゃうけど、気にもしてへんから、うちははらはらですわ(笑)」 よしろうはんは何も言わなんだ。 唯、事実を事実として受け入れていた。 蛙がケロケロ ...
