第4章 温泉へ 314話

「不二子はん、温泉いくでぇ」

「へー、待ってましたさかい!」

「仕事場の天然かけ流し温泉や。ただなんや」

「不二子は?」

「不二子は千円や」

「行きましょ、行きましょ。お金は、よしろうはんが出してくれはるんやろ?」

「そら当たり前や(笑)」

「ええ温泉でな。イオン量が半端ないんで、鬱に効くって有名なんや」

「ほう。なんでやろ?」

「ちょっと難しい話になるけどな」

よしろうは湯気の向こうを見ながら、ぽつりと言うた。

「心の病いうんはな、脳が壊れたとか、何かが足りんようになったとか、そない単純な話やないんや。脳の中では、神経がぎょうさん会話しとって、その話し方の癖が乱れると、気分が上がりすぎたり、沈みすぎたりする」

「話し方?」

不二子はんが首をかしげる。

「せや。声が大きすぎたり、小さすぎたり、間が合わんかったりな。信号の出し方と止め方、そのバランスが狂うんや」

よしろうは自分の胸を軽く叩いた。

「ぼく様が飲んどる薬もな、足らんもんを足すんやのうて、暴れすぎる信号を落ち着かせる役目や。せやから急に元気になるわけでもない。ただ、揺れを小さくしてくれる」

少し間を置いて、湯船を見渡す。

「温泉も似たようなもんやな。何か特別な成分が効くいうより、体が温もって、呼吸がゆっくりになって、考えごとが静まる。その結果、心も休まる」

不二子はんは湯をすくいながら、ふっと笑った。

「難しい話やのに、不思議と分かるわ」

「それでええねん」

よしろうはそう言うて、湯に肩まで沈んだ。

「分からんもんを、無理に分かった気にならんでええ。ただ、少し楽になる。それだけで、十分や」

「ええ湯やな」

「そうどすなぁ。気分が落ち着きますな、この温泉」

「そうかもな……」

「混浴か家族湯、ないんかな?」

「あるかいな。変なことしはるやろ?。ここ、よしろうはんの仕事場でっしゃろ」

「そやったな(笑)」

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