第4章 一廉様の笑顔 304話
一廉の奥方様に八朔を届けた。
冬の或る日。肌寒い風が吹いていた。
あの笑顔は忘れられん。
何かを振り切ったような、清々しい笑顔。
宙を見つめ、こちらへ微笑む。
「八朔は皮をジャムにしたら美味しいですよ。
あの苦みが、なんともいいんです」
「ほう」
軽トラに乗り、挨拶をする。
今まで見たことのない、彼女の笑顔だった。
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「お帰りやす。よしろうはん。喜んでもらえたか?」
「ただいま。もちろんやで」
「そうかぁ。よろしおました」
そうやね。
伝えたい想いもあったが、これでええんか。
うふふ。
「ほのじでしょ」
……誰が答えるか。
――そうや……と、聞こえへんように呟く。
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