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この夏

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長雨

今、稲穂は花が咲き始めこれから登熟を始めるというのに雨が降り続く。 恐らく今年は不作になる。 稲株の成長も遅植えのため数も丈も少ない。 今後晴れてくれるなら味はよくなるが、せめてもの期待はそれだけだろうか。 私は生まれてこのかたこの時期に梅雨のような経験はない。 秋の長雨は西日本にはなく、関東以北の事だからだ。 彼岸花が咲き始めて来た。 記憶では朝晩が涼しくなるが、昼は晴天の様を思い浮かべる。 天候に左右されるのは農家だけでなく、カメラマンもしかり。 私はずっと天気に左右されて来たが、それを悲観したことはなく寧ろ又とない機会と捉える訓練をして来た。 悲観するより見落としを確認して次の行動に移す作業を始めよう。

繋ぐ

大きなイメージでは圃場は常に作物が育っている環境を考えている。 大枠は米作やカボチャの畑の後には大麦のファッロがあるという姿。 規模も大きくなり、ファッロに至っては2町の圃場を全て使い切る事になる。 問題は麦に関してのインフラがこの村にはないことだ。 なのでコンバインから乾燥まで機械を揃える必要がある。 またファッロの売り先も恐らく6000kgの売り先がまだ未定だという事。 これは現実的には、ぼちぼちやるしかない。 今日、雨の合間にファッロの夏播きを1反行う。 昨年手のひらに余るほどの種からようやくここまで来たかと思いながら播種作業を行なった。 今年最大の興味は在来種糯米の様子。 ファッロにしろこの糯米にしろ凄まじい長さの時間と遺伝子の様を見て取れ感慨深い。 私は繋ぐ一人でしかないがこうして尚又この後も続いて行くのだろう。 しかし人が一旦辞めたらもうこの種子は消えると思うと、手にした責任だろうか、続けて行くしかないし誰かに分けることが大切であろう。 この種子もある人から1kg程分けてもらったものだ。 しかし彼は今年更新しなかった。 そういう事だ。 永遠に種を繋ぐ事は本当に奇跡なほど難しい。

ファッロ 夏播きの準備

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8月中に夏播きをし、年内の収穫を試す。 九州では冬播きして梅雨時に収穫するよりいいのではないかと期待する。 今後の作付けは当面、米、かぼちゃをメインにトマトとこの大麦ファッロを生産して流通を開拓していく方針だ。 農業を始め3年になる。 カメラマンほど利益の出る仕事ではない。 しかし利益を確保することは何の仕事でも大事だ。 米の作付け面積は来年また1反増やす。 かぼちゃは1町に拡大し、二期作をする。 しかし何処までも拡大できる訳ではない。 もうこの辺りで収益を確保する農業技術を導入するしかないと常々感じる。

糯の出穂期

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出穂期を14日に迎えた在来種の野稲 この田んぼは父から与えられた最初の田んぼであり新しい事を試すときは丁度1反の面積があるのでこの田んぼを使う。 水稲として育てられたこの野稲のもちの味は美味しそうだ。 少量ならお分け出来ると思います。 収穫は9月の半ば過ぎ。

もう一つの考え

思うに。 私の理想とする世界は今後存在しない。 としよう。 ならば。 私は閉口するしかないが、物質の崩壊するスピードは相当に早まる。 ただ、それだけだ。 私はどうしたらいいのか。

現在の考え

私は無農薬であるが、噴霧器を片手に木酢液やリンゴ酢などを撒いていると農薬を撒いていると勘違いされる。 聞かれれば答えられるが多くは見ながら通り越して行くので農薬と思うだろう。 はてそれはそれとして、いくつか思うことがある。 いろんな農法はあるが、農業の第一命題は食料の提供である。 日本に於いては平成30年で農業人口175.3万人、平均年齢66.6歳とある。 人口は2017年で1.268億人である。 食料自給率は66%なので単純計算では1.268億人÷1750.3万人×66.6%=48.2 農家はおよそ一人当たり50人分の食料を生産しなくてはいけないということになる。 私の知る限り自然農法では優秀な方達以外、不可能だろう。 かと言って慣行農法であり続ける事は環境や人への影響は決して良くは無い事はわかっている。 結論を言えばバランスだと私は最近よく思う。 どちらの立場でも構わないから負荷を掛け過ぎない農業が今後の進むべき道だろう。 農業の事を私は深くは考えたくはないが、それも避けられそうにない。 以前からの考えだが、農法などに囚われる必要はない。 日々そう考えている。

化成肥料

契約栽培出荷用のカボチャを今年は化成肥料で栽培してみることにした。 理由は指定の堆肥の量が相当多く、何年もかけて外来種の雑草を駆除して来たが、外来種の種子を大量にまたばら撒くことを懸念したからだ。 高温で発酵した堆肥ならともかくそのような手間暇かけた堆肥は高い金額を出して買うしかない。 外国の飼料を食べさせない酪農家を探すまでは契約栽培出荷用のカボチャのみ化成肥料にしようと考えている。 なおそれだけでは畑の炭素物がなくなるので裏作に麦を植え藁を漉き込む。

オタマジャクシ

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多くはアマガエルのオタマジャクシ  今年田植えは6月16と18に、在来種の野稲とにこまるを植えた。 イセヒカリは7月半ばとなるようだ。

藻類

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アオミドロだろうか、本当に青い緑色だ。 湛水田は相当な地力があるようだ。 繁殖が多いことに加え、泥濘が気になるレベルになり作業性が落ちるので一旦田んぼを干すことにした。

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The shape of a rice field that will disappear someday.   いつの日か消える水田の形 しかし古代の水田に見る形の様な田が今でも残っている方が不思議なのかもしれない。 阿蘇郡西原村滝地区

コストルート フィオレンティーノの定植

この夏とても期待しているイタリントマト コストルート フィオレンティーノはユニークな形のトマトで味がいい。 サンマルツァーノは市場にぼちぼちあるが、このトマトは見たことがない。 新しい事は先が見えないから楽しい。 100本以上の定植。 売ることも大切だが、個人的に食べて見たい。 トマトソースもまたいい味がする様なので期待してる。 やはり、食べたいものを作ると言う事は大切だと思う。 以前取材で嫌いな作物もまた良しと聞いたが、、私はそうではないらしい。

芽が出て根が出る

私は勘違いをしていた。 米の種子は芽が出て根が出るようだ。 でも、もっと実験したい。 この生活は私には向いてるようだ。

写真について  形なきもの

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写真について  形なきもの Zero Ground Ariake Sea 諫早湾 2016 1983年、大学の夏休みに私は水俣に向かった。 ユージンスミスの水俣は今どうなってるのか。 しかし私の見た水俣は美しすぎた。 海は青く、のどかな景色があった。 埋立地は異様であった。 チッソの工場からだろうか、排水の匂いは独特の悪臭であった。 しかし、スミスの写真集に見る様な景色は無かった。 告発的なドキュメンタリー形式に当時疑問を感じていた。 二十歳そこらの私は幾人かの被害者の方々にあったがシャッターを切る事はなかった。 結局当時は500本のブローニーフィルムを撮ったが今どこにあるかもわからない。 私は頭の中の印象をイメージとしてしか捕らえなかった。 何故なら具体的な形が見えないからだ。 私はあるテーマを大学時代に思いつく。 簡単に言うなら 私は目の前にある風景を見て写真に撮るが、撮りたいものは目の前の風景ではなく、違う思いを写したいと思っていた。 ある壁を写した。 一枚で表現したらそれは壁でしかないが、4枚で構成したら違う情報を見るものに伝えられた。 アンディーウォーホールの手法にも通じるものだが、私は当時満足できなかった。 表現されたのもは私の思いとは別のものになったからだ。 当時 Thinking to Zero として発表した。 私は20数年前にこの九州に再び来て写真を撮っている。 テーマは九州の環境と生態を記録する。 現在は有明海の再生にテーマを絞っている。 https://shinkawayoshirou.blogspot.com/search/label/Zero%20Ground しかし有明海の状態を写そうと思っても見えない現実がある。 まさしく水俣のそれと似ている。 危機的状況が写真に写せない。 形になって見える様になればそれは問題として手遅れだろうが、形なきものを形にしようとするのは写真家的には苦労する。 視点を変え海抜ゼロメートルに近い地点から見る有明海を撮ろうと考えた。 Zero Ground Ariake Sea と言うタイトルでサイト上で発表。 パリのウエブサイトマガジンで表紙と中ページで紹介される。 https://issuu.com/magazinef...

自閉症スペクトラム

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決して全てではないが、私は人に美しさや驚き、そして発見を見出させなくなった。 野の花の方が遥かに美しく愛しくもある。 それは障害ではなく、真実などでもなく、ただ事実であると思わざるを得ない。  Elderflower 美しい人もいることは知っている。 そんな人が教えてくれた花

風物

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桐の花が畑に散る様 初めて見る光景

祖母の花

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芍薬が今年も咲く 祖母が植えた花。 今年は少し背が低い。 大正生まれの静江お祖母さんは名前の通り物静かで優しかった。 亡くなってもその人の思いは花にも宿るのかもしれない。

ファッロや今の畑の姿

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   farro 180cmのファッロは倒伏しても問題ない。翌日には起きあがる。全く逞ましい。  陸稲もち  陸稲もち  陸稲にこまる  陸稲の雑草及び鳥の食害対策で試験的に藁を敷く スズメやハトなどの鳥たちは稲穂に残った米だけ食べ新芽を穿って種を食い荒らすことはなかった。敷き藁は多すぎたようだが雑草の抑制効果は物理的なだけでなく藁に含まれるモミラクトンのアレロパシー効果は大いに期待できる。雑草は全く生えないではないが数量が少なく雑草の成長が著しく遅くなる。夏場の干ばつでは圃場から水分の蒸発も緩やかになるし、雨が降ればまた水が土まで届き、ビニールマルチより手間はかからない。収穫が終われば剥ぐ必要もなく、そのまま漉き込み肥料や炭素資材になる。微生物の住処であり餌となり分解する。藁はとても使い勝手のいい素材であることを改めて実感している。  チコリの董立ち 早く青い花を見たい  アーティチョークの蕾  ビーツの蕾 フローレンスフェンネルの株

ファッロの分蘖と倒伏

ファッロは分蘖数が多いようだ、約25本前後でイメージとしては稲に近い。 麦ふみの必要はあるのだろうか。 分蘖の数としては必要ないようだが、背丈が高くなるので踏み固めた方がいいのかもしれない。 少しの鶏糞をやったところは青々しているが背丈は180cm以上になっている。次に高いのはケイカルを入れたところ、次は無施肥だ。どちらも黄緑色で160cm程。 基本的には無施肥でも育つようなので、ケイ酸補充とカルシウム補充のみで十分であろう。 もちろんその土地の土による。 反当たりの播種量は麦類が8kgから10kgというがこの分蘖数をみるともっと少なくしていいだろう。 風通しを良くしないと所々に赤錆病が見られる。 このように背が高くなったので倒伏しやすい。 この数日の雨風で早くも多くが倒れた。 少しずつ起き上がっては来るが様子を見よう。 本場イタリアのファッロ生産者の圃場は無施肥のように薄い緑で株間の隙間が多く見られた。背丈もそう高くはない。 この辺りの地はとても肥えているので1万年前から続くような種には施肥は無用だろう。 私はこの麦にとても愛着が湧いて来た。 この冬には多くの面積で作付けする予定だ。 商品化というより売り先の開拓を始めなければ。

麦の花

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麦の花 その言葉が浮かんだ時、私は見たことがないことに気づいた。 ファッロの麦は何品種かの麦が混ざっているというが、殆どはエンマー小麦が多いようだ。

稲は多年草であった。

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昨年の稲株から15cmを超える新芽に成長している稲 冬期湛水の稲株は生きていました。 ただ、氷ついた所からの新芽の発生はなかった。

種畑

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植えたものは美味しいかったら種を採るようにする。 花もまた美しい。

陸稲と野稲の播種

陸稲はにこまるを播種 これまでの実績でにこまるは陸稲でも育っている。 今回は1.6反の圃場に蒔いた。 25kgの種を蒔くが予定通り2センチから5センチ間隔になった。 稲の根のアレロパシーを最大に発揮できるだろうか。 その後上から藁を薄く敷き鳥の食害に備える。 上記以外に種を塩選しない事や浸漬温度を2パターンにして発芽時間のタイムラグを試して見た。 野稲は昨年自家採種したヒタチハタモチを5kg程すじまきにする。 深めに播種して鳥の食害に備える。

ルッコラの花

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蓮華 記録

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farro

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ファッロの出穂もうまじか

もうすぐだろう。 ファッロの穂が半分顔を出していた。

陸稲にこまるの水選

塩水選ではなく水選 鳥の食害対策のため発芽を揃えない方法を選択した。 今日から浸漬するので4日程で播種である。 今回は計算上は稲の間隔を2から3センチにして稲のアレロパシーを最大に利用したい。 1.6反は通常の水稲苗では5kgあれば十分だが、5倍の25kgを播種する。 稲作というより稲の群生を作る考えだ。

発芽

塩水選を行うと発芽が揃う。 ただ私には疑問があり発芽が揃う方がいい事だけではないと昨年実感した。 陸稲の話だが、発芽が始まると少なからずスズメの食害がある。 昨年は早い発芽の籾種は全て食べられた。 幸い残った遅い発芽の籾種で収穫に至った経緯がある。 もちろん苗をつくる水稲にはとても有効なやり方だが陸稲ではしない方がいい。 雨の時期も予測が難しいので浸漬日数も考えるところだ。 この辺りの農家は野稲は浸漬もせずただ直播きだ。 私はそれでいいと思うが、木酢液での籾種の消毒をしたいので浸漬はする。 来週初日はにこまる陸稲の試験が始まる。 1.6反の圃場で無事に育って欲しい。

坦々と

暖かくなり昨年からの構想を一つずつ実行していく。 現在とても興味があるのが畔や土手の植生と陸稲だろうか。 土手は外来種を駆除しながら、本来の植生を活性化させたり、土手を有効に利用するために、ハーブの植え付けを行う。 陸稲はもちろん除草剤を使わないので、稲のアレロパシーを使うか人力での除草作業が必要になる。 もちろん私はアレロパシーを最大限に使うつもりだ。 誰もやっていないので情報はないが試行錯誤なのは私の性分に合う。

田んぼの畔切り

切りながら思うことは植生の多様さ。 昨年よりも見たこともない草が生えている。 皆それぞれに美しいが、中には群生してしまうものもあるようなので、種をつける前に刈り取った。 とはいえ必ず生えてくる。 目的は蛇がそろそろ出てくるからだ。 アオダイショウやカラスヘビなどはいいが昨年はマムシもいた。 草むらに潜んでいるので習字塾の小学生たちがこの田んぼによく遊びにくる。 噛まれたら大変だ。 水カマキリも確認、少しだがアカガエルのオタマジャクシもいる。 アメンボも個体数が増えたようだ。

本年の計画

昨年の反省を踏まえて昨年より遅植え(この地での昔からの植える時期に変更)にする。 水稲にこまる塩水選5月15日 田植え予定日6月26日 3.7反 水稲イセヒカリ塩水選5月27日 田植え予定日7月1日 2.3反 水稲在来種糯塩水選5月20日 田植え予定日6月30日 0.3反 陸稲にこまる塩水選5月19日 播種4月20日 1.6反 陸稲にこまる塩水選5月14日 播種5月19日 2.0反 肥料計画 冬期湛水田 ぬか(少量、微生物のえさ)、川の水とシアノバクテリアなどの自然界の力を利用 蓮華田 レンゲ、ぬか、菜種油粕反30kg、ようりん反20kg、ケイカル60kg、苦土石灰20kg 水稲糯田 ぬか、鶏糞 陸稲畑 ぬか、鶏糞反50kg、苦土石灰反20kg ケイカル反40kg

黙って微笑む

この頃常に思うことはその様なことだ。 私の知る偉人たちはその様な微笑みと対象の先を見据える静かな目をしていた。

反省

やはりオタマジャクシに関して防鳥ネットで保護していたのが裏目に出た。 カイツブリやタシギなどの小さな鳥では効果があったが大きなアオサギには無効だった。 一番の反省点はオタマジャクシが防鳥ネットに集まっていたこと。 何もせずにしていたら拡散して生き残る個体もいただろう。 生態系の保護に当たって人間がその生物だけ保護してもいけないのではないかという思いがあったがそのようであった。 何もしなくても全ての生物が生きれる環境を保つ事がこれからの人間の役目でなかろうか。 もちろん人間が何もしないことが最も早いのだろうが、人間もまた生態系の一部なのでなんとか共存する必要がある。 日本では戦前以前の日本の姿が一番共存共栄していたのではなかろうか。 カラスもカエルも蝉も、その生物の圧倒的な多さと季節季節の気配。 人の情の厚さや思いやり、理を知る深い博識や道徳。 昭和の中ごろまで残っていたあの田舎の空気は今は全く感じられない。

深夜の青鷺

夜中の12時頃、田んぼの方からアオサギの鳴き声が聞こえる。

二期作の試験

にこまるを水選だけし、浸漬を省略し、マット苗1枚を作り、冬期湛水の田んぼに浸漬した。

蒼鷺

アオサギが三羽来た。 オタマジャクシは相当食べられたようだ。

カルガモ来鳥

2日ほどカイツブリやタシギを見かけないと思ったら、カルガモが一羽飛来していた。 結構初めて見る鳥が多い。

シアノバクテリアの繁殖

もう少し前からシアノバクテリアが繁殖して剥離が始まっている。 大きな窒素肥料源となる。

風景

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所用で合志へ行く ひなびた風景が続く。 もう使っていないであろう牛舎があった。

カイツブリがオタマジャクシを食べる

やっぱりかの行動 カイツブリ7羽が盛んに捕食していた。 本来はしてはいけないのだろうが、このままでは全滅しそうなのでネットを張りオタマジャクシを保護。

パクチー発芽

2日前の雨で昨日パクチーが発芽した。 双葉の小さな芽が所狭しとしている。 1kgの種だったがそれでも2畝程であった。 モロッコからの輸入なのでどの品種かはわからない。 パクチーは品種による香りの差がはっきりと分かるほど違う。 これはもともとコリアンダーシードとして売られていた品種。 播種から25日目に発芽 気温 19日雨 最高気温 17.2 最低気温 8 20日曇りのち晴れ 最高気温 14 最低気温 10.8

白鷺 鳶 子供達

朝から白鷺の群れが田んぼの上空を通っていく。 昼には2羽の鳶が地上の獲物を狙い低空飛行する。 暫くすると習字を習う子供達がカエルの卵を観察に来ていた。 ps. 鳶はノスリかもしれないので次回確認

ミネストローネ

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 ユニークなお客さま 田んぼのアカガエルの卵を見にきてくれた。 私としてはとても嬉しく思う。 豚ヒレ肉と冬の自家製野菜ミネストローネスープ ヒレ豚肉1.2kg トマト缶4 ニンニク 生姜 玉ねぎ ラディッシュ 白菜 セロリ 塩 胡椒 水 オリーブオイル 付け合わせにパクチー (写真は料理途中にて) 薪ストーブで24時間煮る

ニホンアカガルかヤマアカガエルか

見分けをつけようと思い鳴き声のサンプルを聞く。 どちらもそのようだがヤマアカガエルに近いかなと判断。 おそらくどちらの個体も見たことがあるので両方いるのであろう。 卵の塊はしっかりしているのでニホンアカガエルとも見える。 果たしてどちらなんだろう。 長閑な迷いだ。 昨年ほぼ全ての生物が復活した。 後は特定の種ではなく、全ての種が栄え食物連鎖が可能な環境にまで復元してくれたらいい。 地下水は毎日2センチのスピードで浸透していく。

蟠桃とブラッドオレンジ

普通に温州みかんでもいいけどイタリアのブラッドオレンジ タロッコを植えて見たい。 ブラッドオレンジの中では一番甘いとか。 後は蟠桃 知った時から植えていたらもうなっていただろう。 桃は早いが柑橘系は時間がかかる。 いいなと思ったら即行動しないといけないな。

クルル クウエ

再びアカガエルの産卵が雨の夜中に始まる。 今18時50分 低い音でクルル クウエ と鳴くように聞こえる。 気温10度

乾田

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穴ん前の乾田の田んぼには雑草やレンゲが覆い尽くしている。 人と接していくことは非常に難しい。 人付き合いの好きな妻さえそういう。 ましてや自閉症スペクトラム、アスペルガーの私には相当難しい。 年々その傾向が強くなるので将来は友人以外誰にも会わなくていいようなシステムを作ろらないと生活できなくなる。 人から得ることは損益だけで本質的な気づきを学ぶことはない。  これは幼い頃からの私の考えだ。 残念ながら、今の私にもそのようにしか見えない。 

アカガエルの産卵始まる

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2019/02/04 17:04:31 jst 10ツガイ以上の産卵を確認 deta 2月3日 天気 雨 気温 17.3/3.9 2月4日 天気 晴れ 気温 15.7/9.6

産卵を待つ

雨が降り気温が高い 条件的には今日の夜だ 気の浄化を焚き火しながら吹き消した さてさてそろそろ産むのじゃないのだろうか

今日

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 夕暮れまでギャラリーで薪を焚いて過ごす。

誕生日

明日は次男、28日が妻の誕生日 次男のリクエストでタルトケーキを焼く。 今年はフルーツカスタードタルトの予定。 フルーツは決まってないが、タルト生地とカスタードクリームを先ほどまで仕込んでいた。 やはり美味しさは生地にあると思う。 アメリカのアリス ウォータースのレシピ本を参考にしているが、生地に砂糖を使わない事、塩と水とバターと小麦粉だけだ。 そうすることで、ケーキ特有の甘ったるいくどさが無くなる。

パクチーの種を蒔く

芽が出るのは3月だろうが時間が空いたので蒔いておく。 2月に雑草が出たら芽が出る前にトラクターで浅く耕す。 なんともな方法でしょ。 でも狙いはその種が最適そして最速で発芽すると思うから。 人間がコントロールする工程を少なくしたい。 今回はモロッコ原産のパクチーの種を1kg蒔いた。 世界には300種類以上の品種があるという。 これでうちでも3品種となる。 今ある2品種とも微妙に香りが違うのが面白い。

火を見る

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憂さが溜まるとギャラリーで火を焚く 下手なギターを思いっきり弾く それでも足りないなら強い酒をスカッと飲む 腹が減ったらこの火で肉を焼く この近くには誰もいない 田んぼを見て落ち着き 野鳥を観て微笑み 遠くを見て考え カエルはまだ産卵してないかと見に行く。 さてさて。 疫病神はもうごめんだよ。

初雪

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今年の初雪 ギャラリーで薪を焚いていた。 突然の吹雪 八重咲きのクリスマスローズ なにかしら疲れる日であった。 何かが違う。 これからの人生はもっと深く、ゆっくりと生きるべきだ。

野猫

朝早くに生ゴミをボカシの山に入れに行くと、野猫がボカシの山のそばでうずくまっていた。 暖を取ってるのだろう。 近づいても動かない。 そんなに暖かいのかと手をかざす。 ほんのりと暖かい。 確かにそこだけ霜も降っていない。 野猫はボカシの山を荒らしたりはしない。 さすがに私が1メートルまで近づくと逃げて行った。

相変わらず

相変わらず短命な CASA BLANCA Cafe は1ヶ月で閉店となる。 しかしまた3月から白糸の滝で営業する。

今年の計画

米はいいが野菜生産について学びたいと思う。 生産方式より出荷先などの情報が欲しい。 今通っている有機生産農家の情報でパクチーとクレソン栽培に注目している。 特にパクチーは高値で取引できるようだ。 パクチーについては過去数年栽培実績がある。 大量に出荷できる取引先が必要だった。 モロッコ原産のパクチーの種を1kg購入。 3月の後半から種まきの予定。 トマトはサンマルツァーノとコストルート フィオレンティーノ この納入先はまだ未定。 今年はパクチーとトマト、陸稲、ファッロが畑での柱となるだろう。

タシギ

毎夕軽トラで田んぼに行く。 鳥類はトラクターや軽トラに対して警戒心が薄く近寄っても飛び立たない。 間近に見ることができるのでいい。 何とも可愛い鳥だ。 水中の田んぼの土を長いくちばしで突いている。 おそらくユスリカの幼虫などを食べているのだろう。 冬期湛水の田んぼはここで色々な生命を育んでいるようだ。 私はついぞ心から微笑んでしまう。

温床

発酵熱を利用した温床を作ろうと思う。 一般的には枠を作ってやるが、平たい山を作ってハウスを被せ、その上に苗箱を置く計画。 問題は発酵する時間を長くする事だが、藁や落ち葉などを使いゆっくり分解させていくしかないのだろう。 この夏の新しいトマトの品種でコストルート・フィオレンティーノの苗を作ろうと思う。

カラスと雲

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甘いだけの野菜

最近気になるのは野菜の美味しさが甘さに偏っているという事。 甘いだけで風味が少ないものが多い。 シェフは目隠ししたらどれも同じ味だといい苦笑いしていた。 米も甘さを重視してマグネシウムなどの肥料を撒く。 甘いがくどい甘さにしか感じない米も多々ある。 酸味や苦味も必要だが、ゴーヤにしろトマトにしろ苦味も酸味もないものが多い。 そして何よりも野菜本来の風味が欲しい。 私は新しい品種はそろそろ使わない方向で生産しようと考えている。

世間は大変

私は今の生き方に満足している。 何故なら全く自然な生き方を模索しているからだろう。 生産物を自然にというよりあるがままの姿で生産しているが、そこから得られるものは生産物の収穫以上に植物の成り立ちから学ぶ発見と知識、また気というエネルギーを頂いている気がする。 ケミカルが一切ない土や雑草と景観からも確実にエネルギーを貰っている。 植物の環境を良くしようとする事は、私の仕事場の環境を良くしている事でもある。 ハウス農業や植物生産工場からみればなんと効率の悪い生産方式に見えるだろうが、私が感じている良い循環と連鎖のエネルギーを得る事は先ほどの農業形態では得られる事はない。 農業は生産物を得るためだけではなく、自然環境の一部であることを忘れてはいけない。 日本では国土面積の12.5%が耕地、世界では40%以上がそうである国も多々あり全世界では11.61%が耕地だ。 ようするにそれらが自然環境を忘れ、生産性の効率だけ求めたら公害になるという事。 自然環境だけでなく、人間の健康や、恐ろしい組み替え遺伝子の氾濫など。 効率だけを求めてはいけない。 私は常々そう考えるようになってきた。

タシギ

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初めて見るタシギの群れ その他カイツブリ6羽 カラス2羽 セグロセキレイ数羽

面白いね

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今日の稲 私の目には品種改良された稲が脱粒に向かい重力に対して垂直に首を垂れたように見える。 そして最も大事なことは脱粒する時間や季節を植物が待機して待っているのではないかと 推測している。 脱粒して地表や水中に落ちるとすぐに米は発芽してしまうので冬を越せない。 品種改良されても植物には変わらない。 子孫を残し繁殖しようとする力は失われていない。 普通は見ることの出来ない映像ですね。

イセヒカリ

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京都のうけんより籾種が届いた。 富山県で委託生産された籾種。 熱帯ジャポニカの遺伝子を持つというこの米はいかなるものか楽しみだ。 伊勢神宮の神田で発見された。

次男

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次男を高校まで送る毎日 こんなに暗い早朝に部員たちが集まりこれから早朝訓練でもするのだろうか。 私はそのまま清掃のアルバイトに向かった。

カレーを食べる

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 CAFE カーサ ブランカのチキンと豆のカレーを食べる。 湯気の立つカレーは初めてだ。 さすがだな。 フルコースランチではなくリーズナブルなランチセットの新メニュー でもボリュームは全く変わらず品数が減っただけでフルコースと変わらない。

今日の仕事

たまには羅列してみる。 朝3時・サイト更新や調べ物と計画 朝5時・残飯を圃場のぼかし山に入れる。早朝にするのは動物被害の監視 朝7時半・田んぼの畦修理 朝9時・レストラン用の野菜収穫と納品 午前11時・ネット用にレストランの料理撮影と昼食 午後1時・田んぼの畦修理、終わったら地震で荒れた畑の開墾 今日は葛のツタ切り 午後4時・割といつも早く終わる。 夕方・何も考えないで飲んだり食べたりお風呂だったり 夜8時・就寝        以上だがもう何十年も変わらない。

余り変わりない

地上の生産をエネルギーに変換するなら。 プラスしたもの以下に対してエネルギーの変換率は時間の差だけで人為的に発酵させようが捨てようが、変わらない。

Giant strawberry

最近流行ってるのか巨大野菜が目につく。 興味ないが私に作って欲しいと、とある人から巨大苺の種をもらう事になった。 要は作ってくれと。 りんごと変わらないサイズの苺。 調べたらちゃんとした品種でオランダで作られたらしい。 遺伝子操作かと思いきやそうでもない。 種から苺を育てた事はないが何度も苗から育てた事はある。 まあやってみるか。 そういう趣向も一つ位悪くはないな。 ありがとうございます。k.san

ゆっくり育つ野菜

何もかもがゆっくりだ。 当面出荷出来るのは白菜とパクチーくらいしかない。 取り立てて何かをすることもない。 いちごとトマトの苗用ミニハウスをボチボチ作るくらい。

常々思う事

残飯 いわゆる生ごみを化石燃料を使って焼却している現代の様 生ごみは私の家ではバケツ一杯が平均3日。 全ては畑で好気性菌による堆肥化とし、肥料として使う。 殆どが野菜クズや米でうまく循環している。 週一でこの生ごみバケツ2杯を乾かさず燃料で燃やすなら灯油20リットルで足りるだろうか。 効率を問う以前の話だ。 堆肥、バイオマスエネルギー、家畜の餌など他、使用用途は広がっているがどれも大きな設備投資が必要。 私は好気性菌によるボカシ肥料の山を直接畑に作り私の家以外からも生ごみを持ち込んでもらい処理しようと考えている。 設備投資も必要なくすぐにでも可能だ。 そういうシステムが多くの圃場で広がった方が全体量での生ごみ焼却量は減るだろう。 好気性菌は60℃の高温で発酵し分解が早いので3日もすれば生ごみの原形はわからない程になる。

実に爽快

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思う事があり、そのままに生きている。 全てがうまく行く。 実に爽快だ。 人間はやりたい事が使命だな。 そう思う日々。

紅芯大根のお粥

明日の七草粥の前にお粥が欲しくなる。 紅芯大根は時期が過ぎてゆくとどうも赤みが抜けて行くようだ。 ピンクの紅芯大根をスライサーで薄くカットし、昆布と塩とご飯を水から鍋で炊く。 最後に梅干しを添えて食べる。 桜色のお粥が出来た。 全ての食材が自家製という田舎の生活は現代では贅沢とも言われるが当たり前すぎてよくわからない。 でも贅沢過ぎるのではないが、いいなといつも思う。 食材を買わなくてもいつも有り余っているからご近所にお裾分けをする。 贅沢ではなく豊かだ。 たかがお粥だがこういうものが本当に美味しく感じられる。

ボヘミアン・ラプソディと開墾

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妻がボヘミアン・ラプソディの券を持って来てどうしても見たいから一緒にどうという。 へーと思い、二人だけで行くのは新婚前以来だ。 映画は私には退屈だがこの機会を逃したら妻と映画館に行って観ることもないかと思い快諾した。 午後からの作業は畑の開墾。 葛のツルを草刈機で小さく切断していく。 上から見れる田んぼはなかなか少ないと思う。 下からは見えない中心部を含めて全てが見渡せるのはいい。 3年前のウンカ被害も拡大前に確認できたので大した事もなく収穫できた。 ビジュアルでも雲の表情や写り込みが毎回違い楽しめる、

表情豊かな冬期湛水田

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午後はゆっくりした時間であった。 薪ストーブで暖をとりながら田んぼの表情を見ていた。 カラスやセキレイとカイツブリも来ていた。

雨の冬期湛水田

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熊本地震で荒れた畑の開墾

地震で崩れた畑までの道が住民の申請によってやっと動いてくれた。 多くの農家の畑に行く道であり新興住宅へ行く道でもあったのだが区分が市道であった。 昨年懇願が実る。 さて道はもうすぐ開通するが、荒れた畑は2m以上のセイタカアワダチソウと葛のカズラで埋め尽くされる。 畑に行く横道や土手周りは除草剤を使用。 しかし畑には使いたくない。 冬枯れしたセイタカアワダチソウと葛を草刈機で切るがどうしようもない。 トラクターで耕すとロータリーに葛が巻き込む。 考えた挙句、トラクターでロータリーを回さず、地面すれすれまで下ろしなぎ倒す事にした。 結果はこれで良かった。 あとは春先に枯れた草と葛を耕起するか、燃やし漉き込む。 春から雑草の種子や根っこから芽が出るので暑い夏まで何度も耕す。 3反近い畑で呼称は地のまなこ。 新川の家で地力が一番高い白真土の畑もどうにか今年夏までには復旧出来そうだ。

熊本に帰ってから

まあ確かに熊本の風土はいいものだ。 だから帰ってきた。 もう28年になる。 帰ってすぐに気づいたことは写真の話ができる友がいないという事。 機材の話なんかどうでもいい。 写真の話をしたい。 何を撮ってるか、どう表現してるのか、プロセスは、現像方法、プリント方法。 何のために写真を撮るのか、今後この作品をどうしていくのか。 その後アローチの方法や写真展の企画や媒体への投稿やいろいろある。 その話ができる友がいない。 文化の差なのだろうか、残念だ。 私に能力や才能があるのならいつか写真文化の教育機関を作りたいと常々考えるが、生きてる間に達成できるだろうか。

初の卸

今日はCAFA CASA BLANCAへ新年初めての卸 九州の食卓でも私の米を使った甘酒が振る舞われる。 楽しそうな1日になりそうだ。 年末から昨日まで仕事をしていたので正月気分は全くない。 せめて今日だけでも味わいたい。 これから準備するものは最後の紅芯大根と紫みず菜、新しくはパクチー、セロリ、白菜、ルッコラとサラダ用レタス各種。

農や写真以外の事

世間とは相変わらず煩わしいものだ。 どうスルーしていくかを学ばないといけない。 静観し相手しないだけでもつまらない。 気の利いたジョークでも身につけなくては世間様を振り向かせることは出来ない。 農を追い求めるだけでは本来の目的は達成できないのはわかっている。 私には一番面倒であり苦手な分野ではあるがこの一年間学んでみようと思う。

基本設定の年

おおよそ考えられる農のシステムを実行し検証する年になるだろう。 私が農を農業というまではかなりの時間がかかりそうだ。 長いね。 たぶん。

新年

興味は世間様より田んぼに向かいアカガエルの産卵がいつかいつかと足げに通う。 結構暖かい冬だが、昨年産卵した場所にはまだ薄氷が張っている。 昨年観察したのは1月31日だが、気象データを見ると2018年1月16日に18.9度その前後7日が13度以上だったのでこの辺りではないかと推測している。 なので今年は産卵日を確定したい。

50を過ぎて見えてくる世界

このごろよく思う。 なんて馬鹿なことが世の中には多いかということ。 それで私の反応はもう相手にしていないという心体の変化を感じている。 これは事実ですね。 迷いもしないし誇示もしない。 あと数年世の中を見透かして実体験を積み、知識と経験を蓄積していく。 60代になると全ての知性が最大になると言った哲学者をよく思いだす。 時代に翻弄されながらも結局はしない生き方を今後もしてくのは筋金入り。

今朝の冬期湛水田

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