あかむらさきの肥後菊 Replay
昨日と同じ時の繰り返し。わずかな違い。答えは同じ。。誰も気づかない。ーー微小位相差
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庭に昨年植えた肥後菊が咲いていた。
同じ品種であるから同じ花である事は当然かもしれない。
はて?
ただ2つを見比べると僅かに違う。
サイズも形も。
その違うそれぞれが花開き重なって群生している。
或る意味重層的だ。
さて何を言いたいかというとこの現実はどのようにでも捉えられる。
見えてるものはひとつの層としても、別の層がある。
例えば人がそう見えても昆虫は違う見方をしている。スケール感も違う。
私は知っているが、これを伝えるのは難しい。
あなたはどう思うだろうか?
「花の写真撮ったらどうですか?」
その時、肥後菊の花を差し上げた方の左手の薬指に輝く金の指輪に、思わず目を奪われた私は戸惑う。
はて?
その後、脳内に記録されたその景色を再生して俯瞰から見ながら考えていた。
幾層ものズレがある。
ふと「花」かと考えて見た。
確かにそうかもしれない。
同一の様でそうでは無い。。
花こそ微小位相論の被写体として最適かもしれないと。。
誠実な彼女の意見は私に気づきを与える。いつも。
人は偉大なメッセージを聞き逃す。
それは相手への信頼や、なにげない日常の中に実は存在している。
僕は脳内で何度でも位相を変えてはリプレイしていた。
ふと思う。
答えって?
必要ですか。。
幾層もの姿はどれも輝いていた。