第3章 時空の移動 261話

「実はな、時空の移動は簡単なんや」

「不二子知ってるどす」

「あ、そうか。不二子はんこそ、いつもやっとったな」

「どうするんや?」

「意識はどこへでも行ける。行けんのは、肉体があるからや」

「簡単な方法は眠ることやで、意識はどこでも行けるんや」

「ぼく様も、今まさにそれ言おうしてたわ(笑)」

「でも、眠ってしまうと忘れてまう。目をつむるだけでも練習したらできるで、よしろうはん」

よしろうは半信半疑の表情を浮かべた。

「ほんまにそんなことできるんか?」

「できるで。意識と肉体は別もんや。意識は時間にも空間にも縛られへん」不二子が静かに言った。

「でも、どうやって練習するんや?最初は何も見えへんのとちゃうか?」

「最初はな、ぼんやりした感じや。でも、毎日続けとったら、だんだんはっきりしてくる。大事なんは、戻ってくる道を忘れんことや」

「戻ってくる道?」

「そや。意識が遠くへ行きすぎたら、肉体に戻れんようになることもある。やから、最初は近いとこから始めるんや」

よしろうは深く息を吸い込んだ。

「わかった。やってみるわ」

 

不二子はよしろうの肩に優しく手を置いた。

「焦らんでええよ。最初は5分だけでもええんや」

「5分で、どこまで行けるんや?」

「距離やないねん。時間でもないねん。意識の世界では、すべてが"今ここ"にあるんや」

ぼく様が横から口を挟んだ。

「そうそう。ぼく様なんか、昨日の朝ごはん食べながら、来週の自分と話しとったで」

「それ、ただの妄想やないか?」よしろうが疑いの目を向けた。

「妄想と現実の境目なんて、最初からないんやで」不二子が微笑んだ。「大事なんは、体験したことを信じることや」

よしろうは目を閉じた。暗闇の中で、自分の呼吸の音だけが聞こえる。

「力を抜いて。体が重たなっていくのを感じるんや」不二子の声が遠くから聞こえてくる。

「意識だけが軽うなって、ふわっと浮かぶ感じや」

よしろうの体から、何か温かいものが抜けていく感覚があった。

「見えるか?自分の体が下に見えるか?」

「いや...まだ何も...あ、待てよ」

よしろうの意識に、ぼんやりと光が見えはじめた。

 

その光は、最初は小さな点だった。しかし、よしろうが意識を向けると、徐々に大きくなっていく。

「焦らんと、ゆっくりや」不二子の声が、どこか遠くから響いてくる。

光の中に、何かの形が浮かび上がってきた。それは...自分の部屋だった。でも、少し違う。いつもと角度が違う。まるで天井近くから見下ろしているような...

「あ...見える。自分の体が...下に」

よしろうは驚きで声を震わせた。そこには、目を閉じて座っている自分の姿があった。不二子とぼく様も、じっと自分を見守っている。

「よしろうはん、よう頑張ったな。初めてでここまでできるんは、すごいで」

不二子の声が、今度は二重に聞こえた。耳からと、意識に直接響いてくる声と。

「不二子はん、これ...ほんまに俺なんか? 夢やないんか?」

「夢と現実の違いは何や? どっちも意識が体験しとることには変わりないやろ」

ぼく様が笑いながら言った。「ぼく様から見たら、よしろうはんの体から、キラキラした光が出とるで。綺麗やなあ」

「光?」

「そや。意識が肉体から離れるとき、こういう光を放つんや。人によって色が違うねん。よしろうはんのは、青白い光や」

よしろうは、自分の意識がふわふわと漂っているのを感じた。不思議なことに、恐怖はなかった。むしろ、自由で心地よい感覚だった。

「もうちょっと遠くまで行ってみるか?」不二子が尋ねた。

「え? まだ行けるんか?」

「行けるで。でも、戻る道を忘れんようにな。自分の体を見失わんようにするんや」

よしろうは意識を少し動かしてみた。すると、視界がするすると移動していく。壁を通り抜け、廊下に出た。

「うわ...壁を通り抜けた!」

「意識には壁もへったくれもないからな」ぼく様の声が聞こえる。

廊下を進んでいくと、台所が見えた。そこには...

「あれ? すでに他界したはずの母がいた」

台所では、よしろうの母親が一人でお茶を飲んでいた。しかし母は息子に気づかなかった。

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