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Diversity

C・W・ニコルが晩年、皆に語り続けた言葉が、Diversity (多様性) であった。 この美しい国の日本人よ何故気づかないのか。Diversityだよ。それは今だよ!今しなければ手遅れになる。多様性をもっともっと考え大事にしなければこの国の自然は崩壊して決して元には戻らないよ。と熱く語る姿をテレビでみた。   彼の事は昔から好きで開高健と釣りをしては酒を飲み、大自然について大いに語る本や雑誌を見たり、小説 風を見た少年という本を買っては読んでいた。  余談だが現在私が乗ってるスバルレガシイも実は彼の影響で、彼が若い頃スバルレオーネのワゴン車と一緒に写ってる雑誌の写真がかっこよく、その記憶がずっと残っていた。車を買う時にレオーネを探したが旧車過ぎてなかったのでこの車を選んだ。現在の車は2台目になる。私は彼のファンであった。   多様性を認める事は人間には非常に難しい。 しかし今の時代に多様性を認める事、そして人間が主体の多様性以外の世界や、強者が容認するような思惑以外の多様性の存在が大切になる。しかし実践するとそれまで気づかなかった事に直面するだろう。支配でも共生や共存でも容認でもない。抑制や淘汰も必要である。 全く価値観や性質の異なる者同士がどのようにして生きられるのだろうか。 例えば弱者を強者が認め同じ環境で共生する事を働きかけるなど、それは弱者にとっては圧力でしかない。また弱者の保護を過剰にすると全体の成り立ちや生態系が損なわれる。   私が思うに変化する事に対応するバランス(均衡)や加減が非常に大事だと常に考えている。 そして彼が最後まで我々に語りかけた Diversity は人の在り方や環境保全にて選ぶべき重要なカードだ。 物質である地球は人間が居ようが居まいが絶えず変化して行く。 人類が地球を蝕んで生物の多様性は消滅したと歴史に記録されない事を祈る。 学士でしかない平凡な私でさえ出来る事はある。 今後も同じ遺志を受け継ぐ一人として働いていく。    

A Song For You - Christina Aguilera & Herbie Hancock

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疲れた時

正直今、私も少々疲れているのだろうか。 世の中は負の要素でざわついてるが、それはさらなる負への要因でしかなく何の価値があるのか?   或る日の昔、私を助けてくれた賢明な女性が私にこう言った。 今の自分はこれまでの自分が作ってきた道。だからこれからの自分は今の自分が作って行くの。 当時そんなこと当たり前すぎてそうなの?と笑った記憶がある。 でも、そういうことなんだな。 背景にある深い意味を思い知る。 人は知らず知らずの内に将来を示唆する啓示を受けているのだ。 感謝する。 何も知らないままとは最も不幸な事だ。 先を見据えて心をリセットし、待ち受ける明るい未来に向かおうか。

白湯

現在位置する日本ではかつて一万年から八千年もの間、人間が狩猟で暮らせる気象的地理に恵まれた縄文時代があった。 それは何も進化しなかった訳ではなく、長い時間が文化や技術を高め更に精査する余裕の時代が芽吹いていたのだ。一例で言うなら磨製石器の精度は世界一であったと言う。狩猟時代が1万年も続く民族や国家は歴史上でも例がないと言われている。日本人の特異性はそこで育まれた。しかし最近の日本人は少々そういう文化の系統を忘れがちのようだ。   それから幾千年もの時がたち、そのような遺伝的文化や教育や伝承を経て行く間にいろいろな知恵を発見していった。 その一つが白湯を飲むと言う習慣であった。 例えば朝飲む白湯が何がいいのか。 要約すれば体温より暖かい白湯を飲むと当然胃に伝わり内臓器官と腸内細菌などが活性化します。体内の体温を温める事の恩恵を人々は知っていました。 効果や原理など、より詳しい事はGoogle先生やBingさんにでも聞いて下さい。 毎朝白湯を飲む。 時に白湯を飲む。 調子が悪いから白湯を飲む。 試してください。 体が即反応するでしょう。   日本人だけではないでしょうが、免疫力を高めるためのとても理にかなった理知的な方法ですよ。  

私日記終

感染日記は終わるつもりであったがその後が怒り奮闘な日々。 感染間もない両親2人も家の中で一人で診ると言うことはそれは危険な状況だ。 本来なら目の前に感染者二人も居るのに防護服もない状況で対応するとは安全管理の常識から外れている。 私はさすがに家の消毒清掃を徹底し手袋とマスクと消毒液は用意した。 ただそれが他人ではなく両親であるから己の感染を承知で看護する。   そんな慌ただしい時に保健所から連絡がくる。  何々様の昨日の夜の体温を教えてください。血中濃度を教えてください、、、、了解しました。穏やかにお過ごしください。 私は何度目かで?が付いた。 あなたは例えば血中濃度が94や80などの数字を聞いて何かアドバイスか病院に連絡してくれるのですか? いいえ。 あなたはただ数字を聞いて記録して報告書を出すだけでしょう? そうですね。 正直こちらは夕食をつくったり薬を与えたり検温や症状を見てと忙しい時にこのような電話は迷惑です。言う事を聞かない感染者が二人も居るような危険な中で防御も出来ず慌ただしいのに、ここは現場です。忙しすぎます。状況は伝えてありますからスマホを使ってる妻に連絡して下さい! さて私の慌てふためくこの未熟な姿をどう思われるだろうか? 明日のニュースには感染者数と重症者数と死者数が数字で並べられ報道されるのみだ。 21世紀のパンデミック。 医療機関だけでは到底対処できない数故、犠牲が伴う危険な療養や看護である事が21世紀の真の姿だったと見た思いだ。 1900年代初頭のインフルエンザ パンデミック時、人々が苦しむ姿と何が違うのか、、。   本当の大流行の原因は何なのか? 私には漠然とではあるが見えてきた。 恐らくそれはウイルスだけが原因ではない。 飛躍解釈ではなくこれは植物や作物の単一品種圃場での病気の広がりと同じではないかと感じている。 (人為的に作られた品種が人によって管理される。そこに病原が発生すると品種の多様性がない単一品種群は抵抗性が低く一斉に病気になる姿。そして農薬を与え、それでも耐性を備えた病原はまた新たな病巣を生む。すると新たな農薬が開発されるという構造。) そうであるならばウイルスだけに対処しても何ら解決にはならない。 人間の免疫力を低下させる構造こそ最大の問題だ。  さらにコロナを亡き者にして次のすり替...

私日記3

さて明日で私も妻も自粛期間が終わる。 二人とも無症状で今日まで過ごせたが、母は今日の検査で陽性が確定。しかし両親に重症化の様子はない。いたって元気だ。また治療薬もあるから心強い。ありがたい事だ。 これまでの経過を見るとやはり感染は密な環境と接触時間の長さが感染率と比例しているようだ。   明日からもこれまでと同じ様に毎日家を清掃し、両親に食事を届ける数日かな。まあ料理や掃除は苦にならないからなんて事はない。キッチンを仮設で私の小屋に移動したのでとても安全になった。 聞き分けのない両親の行動が一番心配だ。なぜだろう。失礼だろうがあの年代はまったく感染の原因を理解せずいつもの生活スタイルを保とうとする。仲がいいのだろうが二人はいつも一緒に食事をして常に行動を共にする。ダメだと言っても全く聞く耳がない。そのまま私達も共に生活していたら感染は防げなかっただろう。母屋を宿泊療養施設に見立てて逆に私達を隔離したのは家庭内感染を防ぐには正解だったのかもしれないが、私の強い意志が病で苦しむ両親には寂しい思いをさせた事だろう。 しかし私は過去に大学病院や空港にてコロナやその他の感染症の特別清掃経験がありその対応方を講習と実践で学んでいる。感染対策の一番の大切さは正しい知識と判断、一刻も早いスピードと最大の警戒で対処する事が必要であることを。 ともかく、このまま何事もなく終わり、両親も重症化せず治癒することを祈るのみだ。

私日記2

感染者が増える。母が発熱と咳、市販の抗原検査キットでも陽性反応。 県の窓口に連絡し明日は病院へ検査に行く事となった。 私は無事だが、どうなるか? いやどうにかする。 まずはリスクを減らす。 私の家の状況で高齢者の宿泊療養施設はないかと県に尋ねるがないとの事。 家族内の看病は基本的に家の中で家族が対応しなければならないという。 上記は大きな社会問題だがここでは省略。 幸い両親は重症化傾向の症状は見られない。   現状は私一人で両親を看病することになるので感染リスクを減らさなければ誰が看病するのか?この問いの解決が優先事項だと考えている。   私の住居は母屋から10m程離れたところにあることが大きなメリット。 問題はここには火や水道がないので料理をつくれない。トイレもない。洗濯もできない。それらは母屋に行く必要がある。両親の検温や血中酸素濃度測定や状態を判断する事も必要だし、清掃もするから必ず母屋での滞在時間が発生する。  それで考えたがより滞在時間を少なくするしかない。 料理も全てが手作りである必要もない。たかだか7日間だ。弁当もありだ。 洗濯についても考え直す必要がある。   痴呆症の父が散歩などをしたいと言い自粛ストレスがあるようだがどのようにすればいいかと県と保健所に確認すると県の職員はあやふやで言葉を濁したが、濃厚接触者は自粛期間中でも症状がなければ感染対策をして買い物等は可能になっている。また感染者も24時間症状がなければ散歩も買い物も最小限の時間で行う事が可能と阿蘇の保健所にて確認した。 https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/196787.pdf     今日を起点に7日間母屋を宿泊療養施設と捉え対応した方が早いと判断。    

私日記

家庭内感染を防ぐためにどうするか。 個人的な方法論なのでエビデンスはございませんが、ウイルスは自己複製が出来ないので生物ではないからどう捉えるかが疑問ですよね。 私は粒子と考えます。 粒子は質量があるので下へ落ちます。また質量はあるが軽いので空中を舞います。また粒子なので物に付着します。ではどこに多く粒子が集まるのか? 当然家で言うなら床ですね。これは試験データでも明らかになっています。 床はアルコール消毒ではワックス層や塗料を変色させるので1000ppmの次亜塩素酸ナトリウムでの拭き掃除がいいです。 1000ppmで十分な不活化 ( 死滅ではなく破壊 ) が出来ます。1000ppmは0.1%です。 ハイターやブリーチなどの家庭用次亜塩素酸ナトリウムは6%の次亜塩素酸ナトリウムが入っています。それを原液として使用し、1リットルに17ミリリットルの次亜塩素酸ナトリウムを入れると1000ppmです。 先ずはその溶液で毎日拭き掃除です。柄のついたものが床から離れるので安全でしょう。 私は最初は1000ppmよりも少しだけ濃い濃度で全ての床を拭き掃除します。理由は不活化するまでの時間が短縮するからです。また小まめにモップを洗う事が大切です。汚れたモップや水気のないモップは粒子を捉えずかえって空中に粒子を拡散するはずです。 トイレだけでなく床全面を拭くことが粒子の量を減らすことが出来ます。  掃除機なんかもっての外です。使いません。フィルターの目よりウイルスの粒子は小さいので空気中に床の粒子を放出するでしょう。 次は触れる箇所を全て拭きます。これは金属類も結構使われてるので70%程のエタノール溶液が適しています。   洗濯は除菌剤を入れても菌ではないので効果があるとは言えませんが使います。感染者は免疫力も低下するので除菌も大切です。尚且つ酸素系漂白剤を使用します。普段は使いませんが感染自粛中には使用したがいいでしょう。( ただ酸素系漂白剤では不活化の効果は期待できないとあります。) 感染者の使用したタオルや服は別に洗う事が大事でしょうが、洗濯機は大概一つなのでバケツにつけ置きになりますね。風呂の水を洗濯に使う事はしません。 お風呂も各々毎回入れ替えるか、シャワーだけにします。 当然食事も各々時間をずらすか別々の部屋で食事します。 日中は家に居るより庭があれば...

ミニトマトソース作り

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この後もっともっと煮込んで柔らかめの味噌の硬さに煮込んだら最後は炒めて焼きます。 ソースというかペースト状にします。 トマトの酸味はクエン酸なので175度で急速に分解しますから〈175度以下の低温でも加熱時間の長さで多少は酸味はとれます〉最後にオリーブ油と塩を入れ焦げ付く手前で焼いて行くと酸味が消え濃厚なトマト味と甘みが引き立つんですね。 これを加えてフレッシュなトマトとミックスして軽く煮込んだら深い味のソースになりますよ。

内証時間

父がコロナに感染する。濃厚接触者となったので私も24日まで自粛とする。世界中を飛び回ったコロナは我が家にさえ来たんだな。家族間感染率は30%というが知る限りもっと高い数字ではないだろうか。 まあ丁度いい。慌ただしかった日々だ。内証する時間が出来たので現在やこれから先の事をゆっくり考え今後のストーリーを描こう。 写真の現像をしたり小屋の暖炉で焚火をしながら過ごしてみたい。

LOVE PSYCHEDELICO - Last Smile (Official Video)

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  今でも鳴り響くこの曲。あれから22年が経ったのか。 Hill of Carnationの作品に熱中していた。 次回作を作る頃の様な空気感を最近感じる。 理論ばかりが私の作品ではない。

最終プラン

私の農業による環境再生プロジェクトは終盤に来た。 生物多様性を核に農業にて農薬化成肥料(または全ての肥料)不使用圃場を作り出し、山から海までの自然環境を再生し改善する。その為には広大な圃場面積が必要になる。現在いる熊本で言えば有明海に流れる川の用水を使う全ての農地を改善すれば有明海の海は本来の姿に近づくと言える。それは一個人では広過ぎるが、今も同じような思いで取り組む同志たちを私は取材で知っている。   さて、甲佐町でのやつだ農園は軌道に乗り始めた。私の方法論で他の地でも農薬化成肥料不使用で慣行農法とさほど変わらない成果を上げた。甲佐の産業文化祭では、やつだ農園のお米が最優秀賞も受賞した。スタッフも無農薬を理解し一所懸命取り組んでくれている。今後やつだ農園は大きく成長するだろう。   次に私はプロジェクトの最終候補地を考えている。もちろん最初からのプランであった有明海に一番近い圃場での田んぼの実現だ。山の西原村、平地の甲佐町、次は海沿いだ。 同じ緑川水系で考えるなら天明町あたりだろうか。ゆっくり見定めて動きたい。   私の農業においての環境再生プロジェクトは構想から7年目を迎え最終段階に来た。これでモデルエリアを完成させれば他と連携し圃場面積を更に拡大する。写真表現では出来ない直接的な環境再生が可能になった。これが写真家の考える農業プロジェクト。 多くの人の賛同と理解、皆のリアルな協力と行動を求む。

冬の手仕事

冬にはいろいろな仕事がある。 干し柿つくりや味噌、醤油つくり。納豆や漬物。 大正生まれの私の祖母は年中何かしら働いていた。 今頃ならあんこを作るために小豆を選別したり、味噌用の麹をつくったりと。 話しかけるとにこにこ笑って作業をしていた。私も真似をして多くのことを教わった。 そんな情景を最近は見かける事が少なくなった。 今の老人は何をするわけでもなく、暇をもてあそぶだけの様だ。 昭和の初めに生まれた父母の姿を見ているが、やり方さえ知らない。   さて、少し早いが今日は塩麹やどぶろく用の麹をつくろうか。 春に切った木を割って薪を準備し、前日に米を24時間水に漬ける。 かまどを用意して火を焚き、1時間ほど蒸して45℃まで冷まし種麹をかけてまぶす。新しい米袋に入れてこたつで保温して時々ほぐす。2、3日程で出来る。 冬には家族のためのいろんな手仕事がある。 豊かで素敵な時間だ。

幸福度

甲佐にてあと4反小麦を播種したら冬は開墾の日々。無農薬無化学肥料の圃場面積を拡大して多様な生物が住める環境を作る事、そして有明海の再生に繋がる事が写真家としての目的だ。幸い来年は甲佐のある地区がまとめて3町をお願いしたいという依頼がある。これは大仕事。耕作放棄地は開墾に近い。背丈の高い雑草が生えそれを切って燃やす。イノシシが壊した畔を治す。痩せて硬い圃場を耕してそれが元の田んぼに戻るには3年ほどかかるのだ。しかしなんだろうこの充実感と幸福度は。有難い日々である。

皆既月食と種

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1580年7月26日安土桃山時代に皆既月食と惑星食が同時に見られたという。それから442年の時を経て皆既月食と天王星食が見れた。なんとも浪漫な時を過ごせた。 私は明日が満月とあり播種時期には最適であったので昨夜に大麦を浸種した。きっとよく育つだろう。この日に生命を吹き返した種を今後も大事に更新しながら育てて行こう。 思い出に残る良いタイミングであった。

冬時間へ

自然に対応しながら生きていける。 日の出が遅く寒い冬は暖かくなってから仕事をしたい。 相変わらず早くから起きてはいるが、家でゆっくり過ごして圃場へ向かう。 そんな冬時間へ体がシフトしていく。 かといって夏は朝5時前からで、冬は8時とサラリーマン並みになっただけだが。 しかし拘束されない心の豊かさは違うかな。

田んぼの二毛作にトライ

冬季乾田の田んぼに大麦を播種して二毛作体系を確立したい。 大麦は小麦よりも育成期間が短いので田んぼでの二毛作に向いている。しかしこの地は気温が低いので難しい故今は誰も行っていない。しかし冬季に裸土のままでは乾燥と風による浸食などで表土流出が起こる。また生態系や炭素吸収などの環境面でも良くはない。  肥料を使わないやり方でどこまで出来るかを実証実験する必要があるので今期から数年をかけて行う。品種は大麦である二条大麦のビューファイバー。

農家の仕事はもっと評価されていい。

正直写真の仕事の収益率とは比較にならない程農業の仕事は低い。 今の量の仕事をしていれば写真では地方でも1000万を超える年収だが僅か5分の1程しかないのは何故だろうと感じる。農業では儲からないと言う仕組みは如何なものだろうか。もちろん補助金を積極的に活用したり圃場面積を更に広げれば1000万以上の収入にはなるのが農業でもあるが、機械購入費用や経費、人件費がかさみ圃場を広げても利益率は低いという農家の意見をよく聞く。 私は一人の作業で1haの面積でいかにして収益を高めようかと試行している。 卸や農協に出さず、買い手に直接販売が最も高値になるので顧客を増やしたり直販店との契約を進めている。また麦は加工食品を開発したり価格の高い嗜好品扱いの商品も手掛けたい。 補助金に関しては農薬化成肥料不使用に支障がないなら積極的に導入したいが、田んぼに冬水を張ること以外は農協が絡んでいるので農協の方針に従わない無農薬商品などは買い取らないなどの制約があるという。 米に関して今の品質を保って何ヘクタールを一人で管理できるかも今後の仕事だ。 今年3haを管理して出来る事がわかったが、せいぜい頑張っても5haではないだろうか。 基本的に食糧や食品なので高くする事は出来ないし、私は無農薬だからと極端に高く売る事もしない。 まだまだ課題は多い。 しかし、安全な食糧を生産したり環境保全まで手掛ける農家ならもっとアート以上に評価されてもいいのではないかと写真家として自問する日々。

大麦を作付け

大麦の一種である二条大麦の種を注文した。 麦ごはんが美味しそうだ。 11月半ばの播種なのでまだ間に合う。 品種は食物繊維であるβ-カロテンの多いビューファイバーにする。  来年は麦みそも作ってみようか。

大地を耕す

甲佐にて田起こしからヘアリーベッチの種を蒔いて来季に備える。麦の播種も始まる。そして新しいエリアの耕作放棄地を田んぼ化へと開墾作業。まだまだ忙しい。 環境保全も楽ではない。でもこれは私が始めた大事な仕事だと自分に言い聞かせる。 6年前に10aの圃場であったが、来季は500aが農薬と化成肥料不使用エリアへと変わる。その内CASA BLANCA圃場200aでは肥料さえ使わない事が可能だと実証出来始めている。 多くの生物たちの姿も見られるようになって来た。 しかし大型機械や化石燃料を使わない不耕起圃場の実現は未だ出来ていない。CASA BLANCA圃場でこれから取り組む大きなテーマである。  

冬期湛水始まる

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  この田んぼでの生物多様性の始まりはここから。  昨年は秋に田起こしして代掻きしたので野鳥にとって格好の採餌場になってしまい、2月に産卵したアカガエルのオタマジャクシは春までに全滅した。 稲株や藁を残す事によって生物には無数の隠れ場が出来、野鳥は群れで泳いで捕食できなくなる。 多くの小さな生物達の生存数が増えることを期待する。

甘さが口に残る

美味しいと言われる米を食べてみた。なるほど甘い。しかしずっと甘さが口に残る。 私の米はしっかりと米の味があって甘さは後からじんわり来てすっと消える。 甘さは唾液で分解されて出来た麦芽糖で米のアミロペクチンとアミロースの比率で決まる。しかし最近の甘い米は分解前から甘い気がする。  また肥料で育てた作物は甘くなる傾向が強い。私が甘い米を好きでないのは甘さが残る口当たりの悪さと、胃もたれするような体に馴染まない違和感を感じるからだ。

やつだ農園数値目標達成

4600kg(328kg/10a)の米の生産をしたやつだ農園。2年目にして目標数値をクリア出来た。これで病院入院患者さんが食べる一年分の米を生産出来たことになる。反あたり6俵弱とまだまだ今後の伸びしろはある。耕作放棄地の田んぼが元に戻るようになるには数年かかるが、無農薬有機栽培米のプロジェクトは年々圃場面積を拡大して行く。  生物多様性を手段であり目的とする農薬肥料不使用のCASA BLANCA圃場では2640kg(冬期湛水田360kg/10a  無施肥冬季乾田235kg/10a)を生産。

こども食堂にお米を寄贈

僅か2俵だが今年は子ども食堂を運営するNPO法人にしはらたんぽぽハウスさんに寄贈できた。 現在はコロナなどの関係で食堂ではなくこども弁当などを作っているという。 米が足りないのでとても欲しいという声を友人から聞いた。 来年は返そうと思っていた市民農園の田んぼで彼らの為に専用の田を作ってみたい。  米を手にした彼らの喜ぶ顔をみた時、私自身が大きなやりがいを頂いた気がした。

夜叉五倍子

ヤシャブシ ( カバノキ科ハンノキ属 日本固有種 ) お歯黒に使われオハグロの木とも呼ばれた。実は染料として使える。 この木の葉っぱを昔は田んぼの肥料として使ったとの記述があった。 根っこには根粒菌が共生し土を豊かにする。葉の養分やタンニン鉄などが稲作にいいという。 これも施肥の一つだろうが田んぼの周りに植えて自然と葉が落ちるように設計したい。 何故か今年の森林組合の苗木注文にあったので25本予約購入した。

無農薬の次は肥料不使用

既に農薬 肥料不使用は米に関しては達成できており、冬期湛水の田んぼでは収穫量も6俵前後で推移している。 肥料不使用は今後の農業のあり方を左右する重大事項だ。 なぜなら現行農業は大型機械や燃料消費量、農薬や化成肥料製造時のエネルギー量を総計すれは、圃場での生産物エネルギーよりも多いのではないかと言われている点だ。 つまり地球規模で考えるなら現行農業はエネルギー生産ではなくエネルギー消費をしているという事。   課題は複雑で無施肥による収量低下や有機肥料過多による環境汚染、外来種雑草、薬品残留などがある。   私の取り組みは問題の要因をシンプルにして、農薬 肥料不使用でいかに収穫量を確保または向上させるかの生産方を今後展開していきたい。

稲刈りも明日まで

連日の稲刈りも明日で終わる。 確かに田植えをして4か月で収穫するのだが、長いなという印象が強い。それだけ充実した時間ではあるが。そしてこの仕事はこの先何十年も続くのだ。まあそれもいい。 頭と腕が日焼けで熱い。ひりひりとした痛み。 もう真っ黒な皮膚だがそれでもまだ焼けるのかとさえ思ってしまう。 そうだな。 農薬も肥料も使わず7俵程の収穫量があった。 生物たちも増えてきた。 トノサマガエルがよく居る田んぼ。アカハライモリも個体数が増えてきた。いろんな生物が増えてきた。 でもね。なんか物足りない。 私が知っている昭和の田んぼはもっと生命力に溢れていたんだ。 違うんだよな。 何がそうさせていたのだろうか? まだまだ先は長い。

120本のブンケツ

昨年の稲株から育った多年草稲は大きな株が多く。最大120本を超えるブンケツであった。 こんなに大きな稲株は見たことがない。これまで最高は80本であったが記録を超えた。ブンケツ期間が長いと稲はこのように育つのかと見ていた。写真を撮るのを忘れていたな。でも目でしっかり焼き付けている。そういう記憶の方が後々まで残る。

稲刈りが続く

小さな田んぼは麦用のコンバインで稲を刈る。格安で買ったコンバインだがなかなか仕事をしてくれる。明日は6反程の稲刈り。刈り取り専門の相方A氏に頼む。 私はライスセンターまで何度も往復する事になるだろう。嬉しい忙しさだ。今年は台風こそあったが概ね天候には恵まれ豊作の勢い。 残る3日で終わる予定。 そう言えば今日夕暮れに笑ったな。私としては珍しい。

5日間の休日

次の稲刈りまで時間が出来る。

人はそんなに強くない

でも弱さを知った人間は相当強い。 私は自分の弱さを知る為の長い長い時間があった。それは現在も続いているが知れば知るほどかつて経験した事には動じなくなり尚且つ対処出来るようになっている。 倒れようが一時的に諦めようが何度でも起き上がる事が大事ですよ。 キツイ時さえ何処かに心の余裕が生まれます。  

ニカメイガの大量発生

甲佐の圃場では稲刈り時に大量のニカメイガを確認。 私が見て確認した所では一平方メートルに数百匹ほどがいた。 これは何らかの対策をしないと来年は被害が大きいだろう。 こんなに大量な数を見たことがないが、かつては稲作で大きな被害を全国で襲ったという。 現代は箱苗時の農薬散布で防除しているが私たちは無農薬であるが故に見落とせない。 圃場の生態系がアンバランスではないのか?という視点でも捉える必要がある。     「ニカメイガとは2化性のメイガ、1年に成虫が2回発生する事から名付けられた小型の蛾で、幼虫は茎の中で成長し稲穂が枯れて実らない。この時期の幼虫は稲の茎で越冬して来春3月にふ化し5月に成虫となって苗にまた産卵を行う。駆除は稲わらを焼いたり土を漉き込む対策が必要。」    

欲 車中にて

歳をとると欲がなくなるという。それは恐らく個人の話だ。 私はそうなりたくないといつも思う。 創業者はそうである。年齢は関係ない。 今行動している仕事を今後どうにかして永続的に価値あるものにしたい。 なぜなら大いに価値があるからだ。 私一代で終わらせられない。

焦ったい

焦ったいってそう思うけど。それはただ静観ではなく真剣で冷静な行動。 物事はそう簡単ではないな。

タコ トマト モッツァレアのカルツォーネ

カルツォーネとはピザ生地で包み焼いたもの。   自家製南部小麦を発酵させて生地を作る。  薄く伸ばして、茹でタコ、トマト、モッツァレラチーズ、大蒜、胡椒、塩、自家製ペッパーオイルを乗せ包む。 オーブン200度前後で20分。

同じ場所に留まると見えなくなる

アスリート達は肉体の限界を迎えた時に脳の意識を変える事でまた己の限界を突破していく。 身体的な限界よりも意識などの脳を変えていく事が大切だという。 私たちはアスリートの様に身体に多大な負荷をかける必要は日常生活ではそうはない。 しかし脳を鍛えて新しい意識を得て生活や仕事に応用できるならそれは素晴らしい日々だろう。 特に最近私はその必要性を考える。   写真で新しいものの見え方を得たい時には比較スケールを変えたりする。 例えば日本の風景を撮るために海外の風景を撮っている写真家は多い。 世界を知ることで日本の風景の特異性に気づくという。 その方法論はよく知っている。 私は少々今の人生に飽き飽きしている。 今より更に大きなスケールや全く違った世界観のスケールが必要だ。

小麦播種

南部小麦とカムット小麦の播種を昨日行う。 昨年の実験では通常10月終わりから11月にかけて行う播種よりも9月後半に播種したものがよく育ち、梅雨前に収穫できて品質が良かったからだ。  九州では小麦は育たないというがそれは田での二毛作が原因で稲刈りが終わってからの播種となり、早くて10月半ばから11月にかけてとなっているからではないだろうか。 気温的にはその頃が適正だが、収穫期は梅雨にあたるので栽培法としては適正ではないと考えている。 さて2年目となる9月播種の小麦は来年もまたよく実るだろうか。  

迎合主義の台頭

自らの考えがなく他人と合わせて行動する。 その様な行動を最近では集団行動での協調性だと勘違いする人が増えてきた。 問題は基本的な考えがないので間違った方向に走る事が多い。 これは ポピュリズム などの政治思想だけの世界ではなく、一般人の生活の中にこそ深く浸透している。特に田舎の観念様式はまさにその考えだ。 さてこれを稲作に置き換えると田植えの早植がそうだ 。 農家に考えはなくあの人がもう苗の準備をしているから私もするという反応が連鎖して今では多くの農家が以前より一月以上早く田植えをしている。 温暖化で本来なら遅くするべきだがその様な事は考えていない。 結果どうなるかと言うと品質が悪い2等米が増える。 挙句には品種がもう古いからヒノヒカリは良くないという思考に走るようだ。   先人の知恵から生まれた「青稲褒めるばかり」という言葉さえ風化した。  しかし現代でこの言葉を皆に伝えても聞く耳はないだろう。 品質の提供や利益を得る事よりも他人と合わせて生きる方が差しさわりが無いのだろうか。 気候に適正でないため指定回数以上の農薬を多用する結果になり経費がかさみ労働が増え安全性の疑われる品質の米を生産する事になる。 迎合主義とはそのような結果しか生まない。

美味しすぎるしば漬け

京都大原出身の女性から教わったしば漬けは2ヶ月目を迎え最高に美味しくなりました。 一月目よりも酸っぱさが増した。新漬けでは一番美味しい頃でしょうね。 ネットでは1週間とか2週間とかで食べてる様だけど、いえいえ2ヶ月目からですよ。 この美味しさをそのまま保つには冷凍です。 乳酸菌は冷凍しても死なず、また梅雨の季節に解凍して食べると食欲が増すとの事。  今日は豚コマで唐揚げ作ったけど、締めはしば漬けと熊本特産こるまめがなんとも旨い。

青稲褒めるばかり

昔の人は言った。 早植えして苗が育ち夏にはどこよりも青い稲が勢いよく繁っている。しかし収穫期には出来の悪い米ばかり。 青稲褒めるばかり。 そんな事してもなにんならんたい。 稲を見ている時に近くの老人から教わった。

米と麦

栽培品目を2種とする。   米の無農薬、無施肥栽培の基本は確立した。あとは独自の多品種混合栽培の為の種の選定に取り組む。 法人化した農園は圃場拡大や人の育成が今後の仕事。 作業効率の為の圃場環境作り、大手の卸先などが課題。   麦の無農薬、無施肥栽培もおおよそ基本はできた。播種月の決定が課題。パスタやうどん麺などの製品化で収益を確保する。

かぼちゃの顔は見たくない

かぼちゃはね食べるのも好きじゃないのが災いするのか、うまく出来ませんね、私には。 かぼちゃ栽培から撤退!

収穫の秋

今日から来月半ばまでかぼちゃや米の収穫が始まる。 田んぼは台風後の手直しが終わり水を入れる事ができた。さほど被害は大きくない様だ。 皆んなとの収穫祭が喜べるよう頑張ろうか。  

ECMWF 9/19日月曜12時 定時予測記録

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 9/15    9/16 9/17 9/18 9/19   18日の深夜に風速35mを超えて過ぎ去った台風はこの地区でも稲が倒伏した。

日曜日の台風

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相変わらず気象庁は予測さえ出していないが日曜日に九州に影響のある台風が来る。 また田んぼの土が緩んでいるので金曜日まで乾かす。 中干しは風対策には必須だな。来年はトノサマガエルの成体への変態に影響がないどこかで徹底的にする事が大事だ。   トノサマガエル生活サイクル  https://www.cgr.mlit.go.jp/ootagawa/Bio/amphi/index420.htm  

かぼちゃは赤字

かぼちゃの収入は赤字に近い。収支より同じ時間をかけるなら稲作の面積を増やしたほうがいいと結論。来年は米と麦の加工品へシフト。

連日甲佐へ

甲佐の山手は深刻な水不足。乾き切った田んぼも見受けられる。 水利を工夫したりポンプを動かしてどうにか水を確保しているが、今週でも雨が降らないなら川から水がなくなるだろう。この地域ではかつて水争いが頻繁にあったという。他人の田んぼの水利に大きな石を投げ込んだり、田んぼの水口に草を入れて水を止めたりと日常茶飯事に今でもある。信じられない事だが水のない地域では良くあることの様だ。その様なことに対処する術はない。聞く耳もないからだ。太刀の悪い動物の仕業と思うしかない。   さて稲とは驚く植物だ。 干上がって乾燥した田んぼの稲は枯れるかと思えばそうでもない。 葉が丸まっても生きている。 わずかな雨でも穂をつけ実がなる。 このような状況は私の住む地では見れないので興味深く観察する。

無農薬のかぼちゃ収穫始め

夏播きかぼちゃで無農薬栽培が可能となった。 放任栽培にして様子を見ていた。うどんこ病も多少発生したが元気なのでそのままにしていたが良いサイズのかぼちゃが出来たので収穫を始める。放任栽培だと収穫時期がばらばらになるのが問題点だがまずは成功。 やはり植物を芽かきや摘芯などして傷つけるのは病気に対しての抵抗性を弱めるようだ。   植物性有機肥料と化成肥料を使用。 理由は動物性肥料を使うと外来種の雑草がものすごく発生する。圃場には何年も前に入れた牛糞堆肥に混じった外来種雑草が未だ発生する。動物性肥料は使えず適正な量の半分以下を化成肥料にして追肥として表土表面に撒く様にしている。この方法なら土に混ぜるやり方より土中環境への変化を和らいでくれないかと期待している。

数字を追う

無農薬緑肥栽培が実現できた昨年から今年甲佐の稲作は収穫量の数を目標にしてきた。 昨年はヒエが繁殖し反平均4俵という結果であった。しかし耕作放棄地からの初年度としては良い結果である。 今年は昨年成績の良かった、つやきらりを全圃場に植えて反7俵を目標数にしている。昨年より1週間の遅植えが災いしたのか分けつ数が足りないが雑草も抑制でき病気もなく育成は順調だ。  私の圃場はにこまる8俵 旭5俵にしている。近い数字は出せそうだ。

60本以上の出穂

少し大きな稲の株を数えると64本程のブンケツを確認。なかなかの出来だ。平均すると45本ほどだろうか。台風が穏やかなら今年は豊作だな。 気候変動にもそれなりに対応しながら管理できるようになって来た。 基本が大事。それも原理を一から知る事が大切だ。何故なら応用が出来る。