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米の多品種混合栽培

また新しい実験項目が増えた。 1.稲において複数の品種を混合して育てると多収になる。 2.またカビに対して耐性をもつ。 などなど。 在来種と思った野稲の種だが、実際は3品種が混じっている。 このことから学ぶのは昔の人は経験から知っていて、広く普及していたのではないかと推測。 在来種の3品種混合種を植えて今年痛感したのは、いもちに弱いと言うこと。 確かに収量は単一栽培のヒタチハタモチより多い。 この3品種混合在来種を水稲化するとき一番危惧されるのはやはりいもち病だ。 ヒタチハタモチはいもちに対して強い耐性を持っている。 4品種混合を試してみる価値はある。 理由はまだ未知数だが多様性がカビを一気に広がらせないと聞く。 また交雑すれば遺伝的にそれぞれの特性を獲得するのかもしれない。

大雨のめだか

煙草を外で吸う。 私の目の前にある水槽のめだかを見ていた。 わりと低層にいる。 上層は水温が低いのか。 それとも雨がせわしいのか。 なんだろうな。 私は事実よりファンタジーを伝えたい。 なぜかそう思った。

自由な田んぼ

1反の穴ん前という呼称の田んぼがある。 私が父に初めて任された田んぼだ。 最初は父の言う通りに慣行農法をするが、2年目からは無農薬、冬期湛水をし、メダカを育て、途中で苦情があったりとかで、3年目から今に至る。 来年は多品種を同時に植える水稲糯栽培。 本来は長年陸稲で植えられていた在来種。 私の調べでは3品種が混合していた。 私はそう言うことを面白がる性格。 これまで陸稲で植えられたものが、水稲でどう育つか。 品種は交雑するのか。 などなど興味は尽きない。 この田んぼは今では私の実験田んぼである。 今後私のことだから色んな実験をするのだろう。 さて台風。 今のところ問題なし。

台風

9月30日午前5時32分19秒jst 未だ台風の風も感じないくらいに深としている 小雨が降り続く やはり宮崎回りの台風はそう影響ないのか 出来る事ならこのまま過ぎ去って行って欲しいものだ

統率と多様性

統率するためには思想性はひとつの方がやり易い。 人を支配するためには異端はこまる。 このような理論が現代では憚るばかりか戦略として成り立っている。 多様性はその逆の考え方。 支配するものはその種や類ではない。 天や地であり、可能なものは自らの意思と適正を持ったら生きられる。 現実にある全てを認め、守ろうという考え方。 比較を人間と自然界にしたが、多様性が人間界にも発展し行く時代が次に来る。

稲の特性

ジャポニカ種である稲は多年草の性質を持っている。 この事実が面白い。 今年の観察で得たものは、たとえば陸稲で病気になった稲穂を引き抜いて暫くすると何度も新しい稲穂がでるという現象。 稲は15度以上であるなら、例えば稲を刈ってもひこばえが出る様に、気温が合えばまた実をつける。 ひこばえ二期作は昔から行われてきた。 冬期湛水では春に根っこが生きている事も確認した。 まだ実験はしていないが、他の情報ではそのまますると翌年芽が出て、稲穂がつき収穫まで出来るという。 適正な気温があるまで種子を残そうとする様であるし、年を越してまた実を実らせようとする。 この様な特性をもっと調べてみたい。 人間がコントロールする農業ではない在り方を見、行うのが私の仕事の様な思いが生まれる。

いもち

にこまるは低温でのいもちに弱い。 水口は中山間地域の川の水は15度と水温が低く圃場の水口で20度と、いもちにとって最適の温度になる。 その対策を考えなければ。 水口に多発するので品種を変えるか、水温を上げる対策が必要。 私は個人的な理由で掛け流しを実施しする。 今考えてる対策は水口のエリアを別の品種にすること。 米でもいいし、雑穀でもいい。 これはひとつのアイディアでまだ未定だ。 掛け流しで中干ししない理由は水生生物の生きる環境を長くしたいが為である。 だから私は農家ではないのだが、そのようなやり方があってもいい。 私の初期の農に対する見解はどんな方法でも作物は出来ることは出来る。 これは事実だ。 農家が聞いたら呆れられるだろうが、農業や農から離れればそれも事実だ。 ここにいろんなヒントがある。 国民がすべて農に従事していた時代には色々なやり方があっただろう。 さていもち。 私は面白いと思っている。 来年は違うアイディアで克服したい。

在来種の糯

面白い品種でよく見ると大きく3系統あるようだ。 この種を在来種としていいものかはわからない。 3系統とは、ひげなし 赤ひげ 白ひげとはっきりわかりやすい外観の違いをもっている。 一本髭と名付けた現象はどちらの色のヒゲにもある。 おそらくこれはいくつかの種が混じり合っている。 昔の習慣で種をもらってはまた何かを返すという中で混じり合ったのかもしれない。 でもこれもまた有りではなかろうか。 古い品種であることは間違いなく、今後交雑して在来種として固定するかもしれない。 数年付き合ってみよう。

ナスとトマトのカルトッチョ

イタリアン食堂の新メニュー ナスはイタリア在来種との交配品種の丸茄子。 今年私が作ったもの。 昨日初めて食べたが、相変わらずシェフの料理は旨い。 でもこのナスは後一回くらいの収穫で終わるのでメニューから消えるのは早いでしょう。 カルトッチョはイタリアで紙包みの意味。 ナスとトマトソースとチーズを紙で包んで焼き、ハーブとかぼすで食す。

ファッロの芽がでる

知らぬ間に10cmほどの芽が出ていた。 予定より一ヶ月早くの早期栽培の実験。 麦の早期栽培は最初は育成がいいが、収量が少ないとの報告があった。 私は自分でやらないと信じない。 多くの情報はやった事がないのに、何かの情報を元にやらないがいいという類が多い。 早期栽培で気になるのは雑草が多いという事。 11月頃寒くなれば畑の雑草も枯れていく。 ファッロの栽培で一番のネックは籾摺りだという。 普通のゴムローラーによる圧力での籾摺りでは何度もやる必要がある。 籾がらがとても厚いのだ。 ジェットファン方式なら綺麗にできる。 買う必要があるが。 現在ファッロはレストランの生パスタとパン用に考えているのでそう多くなくてもいい。 収益としてはまだ考えられないので、普通の小麦も植える予定。

来年は二期作

台風を考えながら思っていた。 二期作にしようと。 ひこばえ二期作ならこの地でも可能だろうと踏んでいる。 5反を二期作にするなら、ひこばえ稲も反3から5俵が可能という。 5反が7.5反となる。 1反は水稲糯にするので5反でこれまでのお客様に届けなければならないからこの方法がいいだろう。 同じ水系でも圃場が変わると米の味が変わるのはよく知られたこと。 父がこの田んぼを宝の田だと言っていたのがよくわかる。

障害者との一日

障害者の仕事の指導を頼まれる。 これはこれは、 責任があるので付け焼き刃で知的障害のやる気のなさについて調べた。 今回の仕事はこれである。 自分も障害者ではあるがパターンが違う。 まずは見ることから始める。 確かにやる気のないそぶりをする。 しかしそれはメッセージに見えた。 一通りの作業を無言で見ていた。 いろいろ問題はあるが作業自体は丁寧であった。 これは簡単かもしれない。 そう思った。 まず私は褒めることから始めた。 反応がすぐに変わる。 反抗的な態度は消え、丁寧さが増した。 ゴンゴン ガタガタと音を立てた行動もなくなる。 いいことを一つ一つありのままに褒める。 その後出来ていないことを上から目線ではなく伝えた。 コミュニケーションができる様になると、仕事の動機やなぜサボるのか、どこでサボるのかなど、心を打ち明けてくれる。 仕事は丁寧に進める。 順番は独特だが問題ない。 その日1日完璧な仕事をしてくれた。 なかなかない経験であったが、私の方が得たものが大きかった。

稲刈りの理論値の修正

やはり遅れて出た穂の成熟スピードは早い。 どの様にして早くしているかというと粒が小さいのだ。 なので熟れるまでの時間が短く、同時期とまでは言えないが青米までには追いつくし、しっかりと熟するものもある。 今年は積算温度1200度の5日遅れにしたが、2日遅れくらいで丁度いい。 来年から出穂期から44から45日で刈り取ることに変更。

刈り取りの時期

コンバインのa氏と稲を見ながら刈り取りの時期を考察。 実に経験豊かな方だった。 私の知ってる全ての問いに的確に答えるし、本人も実践している。 私は中干しなしも試して見たが、中干しした方がいいという一言が印象深かった。 まさかメダカがいるからなどとは言えなかったが。 糯も陸稲も麦もお願いできますかといったらいいよの一言。 頼もしい味方ができた。

後三年

あと3年もすれば自分の農の基本ができるだろう。 農業としての生業が成立するかはこの3年で決まる。 本当は米が早い。 儲からないと言っても利益は確実にある日本人の主食という作物だ。 要は面積。 最低でも3町ないと農業としては成立しない。 しかし借りるとなると色々気苦労がある。 私はそういう事が苦手だ。 今ある1.6町で収益を上げた方がいいかなと今は考えている。 基本は3本 田んぼでの米 畑の麦 後はトマトやバジルを中心に その季節の野菜 卸は一般とレストラン、無農薬専門買取店、ネット なんだろう 作物のつくり方はユニークだが、流通を含めて月並みだな。 農業として拡大しすぎないやり方もあるにはある。 レストラン展開も考えてはいる。 一つの財産は、私の田畑は無農薬の期間が非常に長いということ。 一部はこの地に来た500年前の先祖の頃から変わらない畑もある。 畔を歩くだけでわかる。 隣の除草剤を撒く畔にはない多様な植物が生えてくるのだ。 この財産は実はもっとも大切にしている。

変化

何となくテレビを見ていた。 フランスでは17世紀に食への変化が起きたという。 生きるために食べるから、食べるために生きる。 面白い。 実に面白い。 今日本は食べるためだけに生きてはいないが、食べる事はとても大事なことには変わりない。 贅沢な美食志向もあれば健康志向もあり、食については多岐にわたる。 その起源が17世紀から始まったのか。 なんだろうな、少しこのことについて考えてみよう。 なにか閃きそうだ。

台風か。

この地で台風は避けられない。 唯一の方法は早植えと品種の選択 。 早刈りをしようとライスセンターに相談に行くが、やはり今日の刈り取り予定は一杯であった。 こうなったら心配するのはよそう。 いつもの様に見るのみ。 ゆっくり観察するとする。 家の稲が倒れるか倒れないか実は見てみたい。 中干しなしで育てた分蘖数の多い稲の風への耐性を。 それともう一つ。 雨である。 実にタイミングかいい。 落水してからも土中の水分量はある程度は必要。 それを用水路から水を入れてしまうと入れる時間、引く時間が長すぎて土が軟らかくなりすぎる。 雨が一番いい。 台風の雨は過剰だが、植物の稲としては恵みの雨かもしれない。 台風名  台風第24号 (チャーミー) 9月30日九州接近

フローズンワイン

私はいつもビアンコ 凍らせたワインをシェイクして程いい氷の粒になったらワイングラスに注ぐ。 旨いな。

森のくまさん くまさんの力

食べた感想では味がある。 でも食感がボソボソとして、炊き上がりの艶がない。 おそらくタンパク質が多いのだろう。 にこまるはタンパク質が少なく、艶がある。 あっさりしいて、うまい。 ヒノヒカリを基準にこの地での適正を考えて選んだ。 この種を育て方や肥料ではなく、更にうまくしようと考えている。

ヒト ハ バラバラ

それがいい 私などメダカに餌をやることなど、しかも毎日なんて出来はしない。 忘れてるし、やらんとこか? などと考えてしまう。 それでも生きてるから、ほう、などという始末。 精密さとザッとしてるのが、私の中にはある。 全く褒められたものではない。 近くの去年大喧嘩した友人は、愛情を持ってメダカを育ててくれる。 だからなん匹かちょうだい、と言ってもくれるし、その前に生きてる。 人はもっと多様になるべきだ。 まあ、私が心配しなくてもそうなってるようだ。 人類は生き物だから、いずれ滅ぶ。 その終末論を覆して欲しいものではある。 それを認める事が皆が幸せになるという人間しかない 思い、 に繋がる。

ちょっと待って

え、台風。 進路が九州に変わる。

人類の多様性

人類が進歩する力を少し遅らせ、ゆっくり文化を熟成させる機会をつくれないだろうか。 寓話や魔法、そのようなファンタジーが子供達に信じられるような環境ができないだろうか。 そう、たまに考えたりする。 大人の環境と子供の環境が現代では同じになっている。 子供にしか見えない世界があるのに、モニターだけ見ている。 こう書くと批判めいたニュアンスに捉えられるが、そうでもない。 事実を書いている。 批判は私が疲れる。 大きな川の流れは止める事が出来ない事位知っている。 でも流れにまかせると居つくメダカがいないように、違う流れを作らなければ種は滅ぶ。

月の波動を浴びる

太陽の波動は大きなエネルギーだが月の波動は反射光なのでまたリズムが違う。 月の波動を浴びると安らかになる。 今宵は満月 暫し月を見る。 蟋蟀の音が響き、田んぼが見え、山の合間に月が浮いて居る。 電線を五線譜に例えるなら、ラからファへとゆっくり沈むまで。

稲は多年草

今年からの実験で一番興味があるのがこのテーマだ。 昨年の秋の稲刈りが終わると同時に耕起をせず水を入れ冬期湛水し、春の代掻きまで水を入れていた。 気になって稲株を掘り起こすと稲の根が白かった。 つまり生きていたのだ。 稲の原種は多年草だが、品種改良された今の米もその性質を持っているらしく、冬期湛水、不耕起の田んぼでは芽を出し、実をつけ、収穫まで出来ると言う。 http://shin-daikazoku.sakura.ne.jp/hatakekensyukai/?p=1130 種籾も苗作りも田植えもいらない。 どこで実施するかが問題だが、常時水が流れ、水を引く事ができる田んぼはこの辺りでは私の田んぼが最適だ。 5反は川上にあり、独立した田んぼで水を入れても他の田んぼに水が漏れるなどの心配が全くない。 私は最終的にはそれを行うだろう。 スクミリンゴガイによる除草と稲刈りを頼めば80歳の老人になった私でも出来よう。 まあ面白い。 そう考えると老後の不安はないか。 いろんな意味で面白いテーマ。 80迄あと26回の稲作実験ができる。

居た居た

めだかの追跡 流れの急ではない用水路に数匹いた。 これで良し。 数匹は一夏で数千になる。 意外と生き延びるものだな、と暫し見ていた。

なるほど

雑草と同じく手を焼いたものに害虫があります。浮塵子 (うんか) 、螟虫 (めいちゅう) 、二化螟虫 (にかめいちゅう) 、横這 (よこばい) など多くの種類があり、蝗 (いなむし) と総称されてきました。毎年夏には害虫退治の行事である虫追いをしました。 近世後期には油を使用した害虫退治の方法が発明されました。田んぼに鯨油や菜種油などを注ぎ、油が一面に広がるのを待ちます。その後、長い棒や笹で稲の葉を静かに払うと、虫は油に落ちて死にます。 http://www.tanbo-kubota.co.jp/foods/tools/09.html  

群落

もち米の選別をしている時にふと思いつく。 陸稲の密植栽培はどうか? 稲にもアレロパシーはあると最近の研究で報告される。 アレロパシーは特定の植物が他の植物の発芽を抑制する化学物質を出す事による発芽抑制効果をいい。 マメ科が知られる。 今年のばら撒きは10cm平方を目標に蒔いた。 結果は雑草優勢。 しかしこぼれ種による水稲栽培を見た時に非常に雑草が少ないことが気になっていた。 こぼれ種栽培は非常に密植。 除草剤かもしれないが可能性はある。 群落で育つ稲が本来の姿ではないか。 稲の原種とされるオリザ・ルフィポゴン(学名: Oryza rufipogon)はそうである。 来年の陸稲糯ひたちはたもちの種は確保できた。 5kgと少ないが慣行栽培の様式を真似る前に試して見たい。 除草しない陸稲の群落を夢見る。

解決

マイマイガの幼虫の大移動でどこに行くか追跡した。 半円状に広がるが、落ち着く先は稲ではないらしい。 次の餌場はカラムシだった。 そういえばこの草によくいる。 たまたま切り残していたカラムシの土手があった。 そこに集中している。 殺そうと思ったが、稲刈りまであと12日。 よくある光景でさほど大量でもない。 恐らく食い尽くすだろうが様子を見ることにした。 50匹位は踏み潰したが、気分良くない。 殺生はしないに限る。 そうすると相手が寄ってこない。 50匹の幼虫君、 私の寝床に来ないでくれ。

マイマイガの幼虫 大移動

近くに桜の木がある。 マイマイガの幼虫がいる。 気味の悪い毛虫。 こともあろうに私の田んぼへ大移動して稲の茎につかまっている。 この毛虫、稲の葉も食べるらしい。 私は毛虫は大の苦手。 これを駆除する必要があると私が判断したとき、どうすればいいのだろう。。

目標は5町だが

米だけで生活するなら5町は欲しい。 それでやっと年収500万から800万のラインに収まる。 しかし人を雇うならその倍は欲しくなる。 阿蘇で20町やっている会社があるがそれ位は会社単位では必要だろう。 現実的には大津や木山から益城にかけての田んぼを借りなければそのような面積はこの西原村にはない。 無農薬で単価を上げようと考えた時期があったがそれはやめた。 主食としての米を作りたい。 プレミアムとか興味がない。 来年は6反から1町にしたい。 候補の4反はあるにはあるが荒れ方がすごい。 いっそのこと白川水系の大津、菊陽あたりを見てみたい。 広い田んぼが計り知れなく効率がいい。 品種の適性をきっちり選べば熊本の平地でもうまい米が出来ない筈はない。 熊本県産のコシヒカリを取り寄せ食べている。 どれも驚くほどのうまさはない。 気候の変動は日本では高温化に向かっている。 品種の適性が一番理にかなう。 しかし在来種の糯で来年は苦心したい。 今年見ていて高温や干ばつに弱いと見た。 来年は水稲にして温度を下げ水を補給させる。 在来種の野稲とはいえ稲の原種はもともと水辺の植物または水を好む植物。 乾燥した畑で植えだしたのは人間の都合のように思える。 田んぼを作り出した縄文、弥生の人々は素晴らしい発明だが、よくその植物を観察していたのだろう。 話をもどす。 基本的には田んぼの作付け面積は可能な限り拡大したい。 無農薬 無化学肥料 無動物性肥料で水質と環境にいい耕作をしたい。 無論ひとりでは無理だがそのような仲間か組織を考えている。 だめならひとりでやれるだけやればいい。

矢車菊

その種子を植える。 思い出かな。

こりゃ 大丈夫ばいた

84歳の農夫が私の田んぼの畦を歩いていた。 地震で引っ越しされた男性だ。 私が声をかけた。 色々と話す。 なるほどねー、と74年前というこの辺りの情景を話してくれた。 このおじいちゃん結構好きだな。 稲に関して疑問に思うことをいくつか聞いた。 的確な答え。 まあ大丈夫。 窒素が多すぎたかな。 という。 無施肥でも窒素が多ければ窒素過多。 そうそう、そうだそうだ。 さすがだな。 年の功はすごい シャーシャーと話す。 さもありなむ。

臆病

私はかなりの臆病だ。 次男もそう。 でも次男に言ってやったことがある。 臆病だから見える世界がある。 というか臆病でないと見えない。 不安は無知からくる。 それがわかれば知ればいい事。 臆病だからこそ用意周到になる。 色々考えシュミレーションしたらいい。 と、いつか言ったな。

bianco

ワインといえば白 皆んなは赤というが私は白 写真にまつわる理由があってネット上ではとても言えない。 たらたら走る軽自動車がいた。 たら、たら、った。? 止まった。 何このおっさんと思い追い越すと、、寝てる。 なんか飲んでる、酒やないか。

わかりにくい

稲刈りのタイミング 出穂期がバラバラなのでいつにするかを理論値で考える 積算温度や出穂期からの日数、品種の特性 通常だと今年は晴天が続いたので積算温度1200度 42日でいい 出穂の日差はおおよそ1週間 にこまるの刈り遅れによる変質が6日後から リミットは計算上は48日 その時青米は41日 39日以下は青米が20%以上になる なので出穂期から48日で刈り取ると大まか全てがセーフ 次に観測値 稲の穂は出穂期が違っても遅れた穂は先に出た穂に合わせるように熟れていくようにみえる つまり遅れて出た稲穂は熟れるのが早い 次に経験値 昨年は天候の具合で出穂期から50日で刈り取る 大きな問題はなかったが、後半ウンカ被害に見舞われる 落水からの日数が長くなると稲体が弱り害虫被害が出やすい 理論値 観測値 経験値から50日より短く、40日がにこまるの積算温度で最短 安全値は47日前後あたりに思える 後は稲穂の黄化具合を見るしかないな 仮だが10月5日稲刈りに設定 コンバインが欲しいものだ

さもありなん

稲刈りをマツのみ。 心境的には次の作物に興味が移行している。 麦だ。 これまで麦といえばライ麦と燕麦の経歴がある。 至って簡単で蒔くだけで育つ。 ファッロはエンマー小麦とスペルト小麦の種子が混ざってる場合があります。 との表記 イタリア人らしいがそうなるだろうと個人的には了承。 産地化について仲間と話してきた。 万次郎かぼちゃより魅力的なものを作りたかった。 ファッロの種を無料であげた。 話し合いしたいねと言葉のタネを蒔いた。 実現しますように。

ビオトープ

田んぼではなく本当のビオトープが必要。 さて、何処にするか。 幸い地震以降作らないで放棄してある田んぼはあるにはある。 本人が了承してくれるか、 ほぼ期待できないであろう。 そうか、 数十年後私の田んぼをビオトープにすればいい。 その頃はもう田んぼを作る力もないだろう。 でも本来のこのエリアの生態系を子供達に見せる事はできるな。

元も子もない

大雨が降る 水かさが増す 河川の構造が護岸工事で単なる用水路となっているため、一気に水が流れてしまう。 浅瀬や淵、岩、葦、蛇行する川、土や岩の用水路など生物たちが避難する場所が昔はあったが、今はこの村にさえない。 めだかは何処に行ったのか、生きてるのか ただ濁流が轟々と唸りをあげる

ファッロの種が来る

7千年とか9千年前から変わらないスペルト小麦の一種で中粒の麦。 Farro ファッロはイタリアでの呼称。 ドイツではDinkel ディンケル、スイスではSpelz スペルツ FRANCHI社種子 100g 1000円と高い。 在庫が400gあったので全て購入する。 種場で作付けして大量の種を収穫する予定。 一部を粉にして生パスタやパン粉としてシェフに試してもらう。 原種や在来種には単なる農産物として以上の興味がある。 おそらく普及していない理由として日本の気候に合わないのかもしれないが、試す価値は十分にあるだろう。

一本髭

在来種の糯の成り立ちが面白い。 先端の穂先が実をつけたまま一本だけスーッと伸びる。 長さは5センチくらい。 ユニークな稲だな。 見たことがない。 在来種の呼称を考えていたが、形容を優先して 一本髭 にした。

なんかつかれる

訓戒めいたことを書くと疲れる。 訓戒じゃないけどねー やめた。 今日精神科に行った。 先生は頼りにならないのでいつも薬剤師と話をする。 なかなかユニークな薬剤師で気があう。 アスペルガーを薬剤師の立場から聞いていた。 アスペルガーには薬はない。 ただ落ち着かせるためのものを処方したりはされますね。 とか、 聞けば自分の子供も障害を持っていたり、自分もそうだという。 お互い、わははと笑う。 あーあ 黙っとこうと思っても黙っとけない。

若いこと

全てが魅力だ いいんだよ 我が道で こころから思う事は必ず達成する それでいいから 進め 失敗するだけ楽しむ事 その先は、君にしか見えない世界が待っている

なんでも楽しいのだが

いつでも人の観察をする。 癖だ。 でも私は他人に対して、それが悪いと言ったことは余りない。 そこには興味がない。 ただ聞いている。 人がキツイという言葉をよく耳にする。 朝からチオビタ飲んだという。 よくわからないが自分環境の設定が私とは違う、な、。と思う。 たぶん 人間は 環境や境遇や運命?や状況や、、 何だろうな それは自分自身で設定しているだけだと思う。 花が咲いていた。 米の花が、 深水の稲の種は太く大きく大家族で育ち 畔の零れ種は細く一本の実をつけた。 元は同じ種だ。 私は種なのか、それを蒔いた人なのか、それとも観察者なのか。 人は種じゃないけど高度な思考ができるから何にでもなれる。 そう思うと楽しくなります。

可能な作付け

 条件  無農薬 無化学肥料 無動物性肥料  露地栽培  
 4月   陸稲もち    ひたちはたもち              茄子               フィレンツェ 5月   水稲もち    在来種       水稲うるち   にこまる       かぼちゃ       万次郎かぼちゃ(保留)       バジル        スイートバジル                                      黒バジル             トマト            サンマルツァーノ                コストルート・フィオレンティーノ        紫蘇               在来種赤紫蘇             ...

所感

そうだな よく動いてる毎日 年内か来年までには収入の基礎を固めようと動いてるが なにぶんそれだけで動く性分でない 環境なんかに興味が行くのはもう性格だから仕方ない 写真の方もちらほら頭の中で浮かんできている とはいえ収穫はこれからだからさらに忙しくなる 平和といえば平和であり 幸福なんだろうと思う たまに障害を発しているが、大きく狂うこともない あんな時間もうごめんだ まあ必ずやってくるが でもあの時間を知ってるから今動いてるとも言える それくらい苦しいものだった 私は生物や植物に興味をもっていたほうがいい 他人に興味を持つことはやめたがいい 稲作文化圏と麦作文化圏では民族の文化 歴史が大きく違うという 稲作文化圏は忙しくて戦さをやる暇がなく、調和が大切なので平和的であり 麦作文化圏は基本的に撒いたら収穫まで手が入らず個人主義になり好戦的だと 連鎖性があるのだろう そうだな、 所感 私は今精神的には冷静のようで、ものの見方はまだ公平ではないのかもしれない。 主観性と客観性を垣間見るのが写真家の仕事なら、 一度白紙にするか、 違う 立つ位置 角度 切り取り から見る必要がある気がする。

まだ青い

稲刈り予定日まであと二週間と少し。 稲穂はまだ青い。 出穂期からの日数も積算時間もその辺りになるが、まだまだのような気がする。 昨年は天候の関係で出穂期から50日目で稲刈りであった。 約10日以上過ぎて収穫したが青米が多めであった。 やはり稲体が決めた分蘖数なので最初と最後の出穂日が違い、熟れるまでの時間差があるのは仕方ないことだ。 この辺りはベテラン農家は嫌う所だろう。 私のやり方はこれが嫌な人には普及しないと考えられる。 しかし結果は美味い。 青米が混ざらないと米は美味くないということを農家は知っている。 おそらく遅刈りは美味しくない事を言ってるのだろうが、実際青米が多少ある位で稲刈りした方が美味しいのだ。 この青さならやはり今年も出穂期から50日ではないだろうか。 そうすると10月10日前後となる。 経験の浅い私は観察と情報でクリアしていくしかない。

film

何千カットも撮れるデジカメより、36枚しか撮れない35mmや12枚しか撮れないブロニーや2枚しか撮れない4x5の方が生理的にはいい。 私は64GBを1日で撮れるまで撮る癖がある。 終わりがなく疲れるし、使うカットはフィルムと変わらない。 あと12カットで撮らなければならない緊張感がいい。 さてフィルムも富士フィルムはモノクロ関連を生産中止する。 東欧やイギリスのいいフィルムがあるので困りはしないが悲しいものだ。 特にアクロスは相反則不軌が少なく長時間露光の多い私には重宝したものだ。 いずれ早いうちに全てに近くなくなるのだろう。 人類の大きな損失とも言える。

もちの稲刈り終了

家族3人で古代式稲刈りで臨む。 2時間ぐらいで終わってしまった。 結果は笑える量で、来年の種籾4kgと1回分の餅つき位は確保。 まあいいや。 陸稲のもちの味が如何程なのかわかるだろう。 在来種のもちはまだ青々とした穂だ。 交雑させる前にそれだけで食べて見たい。 この種を水稲で育てる方が面白いかもしれないな。 なんだろうな。 私は稲や麦などの穀物に対して非常に興味があるようだ。

無農薬について

若い農家の人は今現在慣行農法をしていても興味があるらしい。 市場には無農薬でなくては売れない、売らないというマーケットがすでに出来上がっている今、無農薬であることはひとつの農法として確立し広まりつつある。 過半数を締め、それが当たり前だという環境になることが目的だ。 しかし全く相手にしない農家は高齢者の農家の人々だ。 聞けば変える気は無いという。 ある意味仕方ないが、どうしたら興味をもたせられるのか見ていた。 冬期湛水に興味はなくても環境保全事業から補助金が出たり、収量が増えるとなると、話は違うようだ。 水源近くの滝部落、小野部落では環境保全型農業直接支払交付金などを活用している。 私は全く申請もしてないが、私としてはどちらでもいいので、環境に良き方向に進めばそれでいい。 高齢者の方が殆どである今、高齢者が動くことがもっとも大切だと考える。 農薬の実態をつぶさに観察できる環境にあるので結果を報告するが、 やはり圧倒的に多いのは除草剤だ。 田んぼの中はもちろんだが、最近は畔の除草剤散布が年間数回行われている。 殺虫剤の使用は殆どなく、殺菌剤がこの谷の圃場面積の内、3割位で実施されている。 年1回位の散布が多い。 なので農薬は殆どが除草剤と考えていい。 この谷には下流域半分はスクミリンゴガイが居ついているので、本来は田んぼの中の除草剤は必要ない。 しかしこれも皆半信半疑だ。 私が実証していても試す気はないらしい。 どうしてだろうかとは私は思わない。 それはそういうことだと受け止める。 長年やってきた経験は農家一人一人の自信でもあるのだろう。 そう安安とは変えるまい。 畔切りについては労力の問題だから跡取りが継ぐかどうかだ。 跡取りである我々が経済的に結果を出せば魅力の一つになるだろう。 最近では一つ飛びして孫の代が継ぐ例もこの村で見るようになった。 あと法人や行政など組織的なことは、私は苦手なので他に任せるとする。 無農薬が当たり前の社会をこの村で実現させるためには色んなハードルがあるが、そう高くも無いと思う。 作物が農薬がないと出来ないなら大きなハードルだが、地理的条件が合えば意外と簡単に出来てしまう。 無農薬 無化学肥料 無動物性肥料でどこまで出来るか実証実験していくのみだ。

秋の作付け

小規模では大根類を植えてはいるが、少し考え方を変えようかと思っている。 秋収穫のトマトやバジルを試してみたい。 ビニールハウス以外の方法で。 畑は冬場は11月から麦を植えるのでそこまで収穫できたらいい。