投稿

農業は人為的な群生的生産

農業の農作物の理想的な形態は群生に他ならない。 そのように私には見える。 一面に広がる稲田、麦畑、トマト畑 それらは視覚的には群生の形態を示す。 しかしそうならないから除草や多くの農業の技術が必要になる。 その結果の形態であるから群生ではない。 私は群生を圃場に作りだしたいと考えている。 草が生えるから除草をするではなく、草が生えないようにする。 収量や品質の前にこの件に取り組む。 できるだろうか。

他人にはわからない個人の人生

おもしろいね。 このテーマ。 わかるはずがない。 でもね。 いろんな人がいるから成り立っている。 その事実を忘れてはいけない。

陸稲への思考

おそらく私が向かってるイメージは、群生としての稲の姿。 それを陸稲でやろうというもの。 本来の稲の群生を作る。 具体的な方法は群生の条件を畑で再現する。 籾を蒔き耕し、レンゲで肥料を補い、多量の種を蒔き、籾殻と稲藁を推積する。 稲を雑草と考えるならこれだけで好条件は揃う。 稲の自然栽培をよく森の木に例える方がいるが条件も植生も全く違い話にならない。 私は写真家としてイネ科雑草のセイバンモロコシにスポットを当てた。 条件は変わらない。 さてと やるか。

セイバンモロコシの群生

川沿いに生えるセイバンモロコシの群生の一本を引き抜いて見る。 根は浅い。 この形状は陸稲の密植栽培と同じだと気付いた。 おそらく1町近くの目の前の群生は、同じイネ科の仲間である。 私の脳裏にはこの群生の姿が陸稲のそれと同じに見える。 密植した所には雑草はわずかしか生えていない。 これが自然な姿であるなら、稲もきっとこのような形態になるだろう。 たとえ品種改良した現代の稲でもそういう素性はあるはずだ。 無除草栽培であるためには群生がキーワードだろう。

透き通る米

にこまるの米は透き通る。 事実だけ伝えたい。

止まらない

止まろうと思ったがそういう性格ではない。 ただ、一年を通して検証する時期ではある。 米に関しては食味の課題が残る。 旨いがあっさりだ。 これはこれで有りだが。 後は残り1町の畑の有効利用だろう。 まだ麦に踏み切れない。 理由は麦を脱穀乾燥などのインフラ環境がここにはないからだ。 コンバインは何とかお願いできたが、それから先は大津町まで行く必要があり、効率が悪すぎる。 やればわかるが、一時的に家に保管したとして、1トンある麦のコンテナをどうやって運ぶことが出来ようか。 それが幾つもあるのだ。 米に関するインフラは当然整っている。 陸稲が効率がいい。 諸問題を解決したい。 1.6町の圃場を二期作もしくは二毛作にすれば3.2町の圃場になる。 私は今このことに集中している。 借りることは容易いが、人間関係が発生し、私は対応できない。 3.2町あれば私の目的は達成する。

観点

私の農は近代以前の農の在り方の再現と現代の品種と現代の機械を用いて、現代の環境や気温、天候を考え順応、発展させようというもの。 無農薬、無化学肥料、無施肥などの観点から農を見ているわけではない。

今年最後のカボチャの収穫

親子3人での収穫。 子供が10代のうちに体験できることが大切だと常日頃思っていた。 10代のうちに一度経験しておくと、将来始める時になんの躊躇もなく取り組める。 次男はよく手伝うが、カボチャの収穫は初めてだ。 間に合ってよかった。

新代継橋からの眺め03

季節は秋 イネ科雑草のセイバンモロコシの群生が見える。 セイバンモロコシの実を食べるスズメの行動が楽しい。 川の水は夏とは変わり柳茶色に変わる。 田んぼから水がなくなると同時に植物性プランクトンが減少している。 観察からいろんな想像が私の中で膨らんでいた。

疲れたかな

かぼちゃの出荷があと1回で終わる。 来年用の土作りとして耕し、レンゲを蒔いたり、麦を植えたりと少しずつやる毎日。 何気に疲れが出てきた。 韓国でも行こうかな。

満月を見ていて引力の何が万物に力を与えているのだろうと考えていた。 有明海においては佐賀県住之江の六角川の河口付近で潮位差6メートルで月と太陽の引力。 植物も人間にも何らかの影響がある。 何の力だろうか。 引力がどう作用するのか。 まさか満月と三日月や新月などといった見え方の形の差でもあるまい。 月の秤動の動画を見ていた。 秤動自体の揺れ動きよりも月の大きさの変化が気になった。 月の軌道は楕円形で地球までの距離が変わる。 遠地点が406400km  近地点が357000km  差が49400km これかなとぼんやり思ったが根拠はない。 天体は好きだがあの数式は理解できない。 農業にも月の満ち欠けから判断した農法が古来からある。 なかなか魅力的で面白い。 月か。 無視はできない力だな。 https://www.youtube.com/watch?v=3f_21N3wcX8&fbclid=IwAR3xqfXTecv-4_f6JHtiHMxWYNVTUIsF0tZgD2Y-SUiQkcaL_ifZuE7Iybo

かぼちゃの出荷

万次郎かぼちゃの出荷が始まる。 カミさんが手伝ってくれるので助かる。 昨日は1100kgを納める。 圃場での収穫は今度の日曜日で終える予定。 かぼちゃには相変わらず興味をもてないが、まあこれもいいかなと思うようにはなった。 カミさんは次男の大学の学費にと 米と、かぼちゃの売り上げは貯金するらしい。 研究や実験で楽しんでるからかまわないけど、小遣い欲しいな。 密かに小遣い畑を作ろう。

韓国語が心地いい

なんでかな。 いいんだよ。 隣国でしょ。 仲良くしようよ。

最悪の耕作地の改良

宮ん上の圃場は盛り土をして出来た畑で何もよく育たない。 実験材料には最適でここで収量を確保できたら理論は正しい事になる。 こういう事に私は意欲を掻き立てられる。 無理が好き。 土の構造変化にえん麦を3作し、漉き込み。 籾殻を軽トラック5台投入。 耕し、レンゲを蒔く。 来季はにこまるを密植栽培。 レンゲを漉き込み、種を10倍蒔き、籾殻と稲藁をマルチに覆う。 さーてどうなるか。

観察からの楽しい実験

圃場を耕した後しばらくすると雑草が生える。 それは群落の時もあるが、大概は一種類の群生が多い。 圃場の中には季節季節の雑草の種が大量に埋蔵されている。 この中で私が興味があるのは群生だ。 このシステムを上手く使えば耕すだけで野菜が作れるのではないかと考えている。 群落や群生のメカニズムを学び実験してみよう。

パクチー

イタリアン食堂のシェフとオーナーがジョギングで家まで遊びにきた。 香草が欲しいという。 何も植えてないなと思ったがパクチーがあるかもと思い浮かぶ。 夏に一度耕しただけのヤンバル地区の小さな畑。 昨年コリアンダーの種を蒔きそのままにしておいた。 軽トラに乗って3人で出かける。 二人はいつも荷台に乗って子供のように笑っている。 ラリーのごとき私の軽トラは山道を駆け上がる。 あった。 ちょうど良いサイズのパクチーが群生していた。 ひと握り引き抜いてシェフに渡すと香りを嗅ぎニコッと笑う。 これで行くと決めたらしい。 美味しいパクチーの香りはカメムシではない。 もっと爽やかで清々しい。

ボンベイサファイア

当時モデルだったまりちゃんが作る酒はストロングでヘビー 本人はバーテンダーが本職だ。 たまにふらっと街に出かける。 大概バーに行く。 ジン頂戴というと、冷凍庫に冷やしたボンベイサファイアを取り出し、ライムを添えてスカッと出す。 旨い。 彼女の酒は本当に効く。 何故かわからないが、その辺のカールズバーみたいなチャラチャラした物とはレベルが違う。 絶賛はドライマティーニ 幾人かのスタッフはいるが、このオーダーに関しては必ず本人がつくる。 まーた。 行って見るか。 頭の中のノイズが限界だ。

百鬼夜行

亡くなってしまったが、相棒だったライターが私の写真集を作るときはそのタイトルにしなさいと言った事を思い出した。 当の本人は当時私が乗っていたボルボのリアでいきなり琵琶を弾いたり、大分県杵築の城跡で深夜に琵琶をジャランと鳴らしていたな。 どっちが百鬼夜行かと思ったが、仲の良い相棒を失った事は本当に残念だった。 百鬼夜行か、そんなタイトルつける事はないだろうが ( āmēn ) rest in peace

基本を知る

考え方の順序は 今の圃場の地力がどのようなものかを知ることから。 次に無施肥で作物を作ったらどうなるか。 肥料を入れる前に地力窒素を最大限活かす工夫をする。 どうしても必要な成分があったらそれを補う有機肥料を追加。 最初に肥料ありきではない。 肥料を入れればいいと言う考え方では病害虫の発生や植物の生理障害、窒素過多による食味の低下や安全性の低下に繋がり、農薬の使用が不可欠となる。 肥料は最低必要量で抑える。 幾人かのプロの農家は秋のひこばえで判断する。 ひこばえの出る田んぼは窒素が多すぎるという。 私は懐疑的だが一理はある。 写真の最初の上達は足し算引き算で始まるが、多くは引き算だ。 必要ないものを消去する。 すると見えるものが画像に浮かぶ。 農に関しても同じことが言える。 焼畑、輪作、家畜糞、人糞、 化学肥料へと肥料の歴史は変わる。 その歴史を知らない我々現代人は何も足さない自分の圃場で作物が育つかを知ると学ぶことが多い。 全ての面積で実施する必要はなく、圃場の一角を使えばいい。 私は今体験を通して、農の基本を探すために古代へと歴史を遡り農がどのように発展してきたのかを調べだしている。 色々な歴史を積んだ農の技術は多く、当たり前にやっている事が何のためにやっているのかを知らないままに慣習でやることが多い。 私はひとつひとつの意味を知りたい。 写真では全部を撮りたいと常に考え。 農では全てを知りたいと常に考える。

何も変わらない

妻が笑っていう。 あんた私が若い頃に言ってた事と何も変わらんたい。 私は? 変わるはずもない。 わけわからん事言うなと思ったけど。 なにげに嬉しかった。

乾田馬耕から学ぶ

明治期の画期的な農法 それまでの田んぼは湿田が多く、場所によっては稲刈りの時まで水が入っていたという。 秋の収穫後に田んぼを乾かし春に馬で耕し肥料を入れる。 そのことによって収量が倍近くになったと記してある。 麦の裏作も可能。 以上は馬がトラクターに変わっただけで、今でも見る農の風景だ。 冬季湛水はこの逆とも言える。 一度土を乾かす乾土効果は乾くことにより藁などの有機物が微生物によって分解される速度が早まるという。 水中の嫌気性細菌でも分解するが、好気性細菌の方が分解速度が速いのだろうか。 現代の冬期湛水は一般的には2回乾かす。 秋と春に乾かし春に肥料を入れる方が多い。 昨年私は稲刈り終了と同時に水を入れ、そのまま代掻き、田植をした。 なので春のシアノバクテリアの繁殖は相当であった。 いろいろと複雑に見えるが、今後この件を紐解いてみたい。 どちらの方法も田んぼに肥料成分を増やすことを焦点にあてている。 なおかつ、大切なことはそれが一度きりではなく、繰り返しても環境が安定していることだろう。 私のぼんやりとした直感だが、秋と冬は乾田化し、なるべく速いうちに耕す。 春に水を入れ春期湛水とし、シアノバクテリアが繁殖する暖かい時期を過ぎ 、代掻きまで水を溜め、田植をするというのが肥料値は最大になる気がする。 1月にはアカガエルが産卵するので12月一杯は乾田としてみようか。 あんまり肥料があっても困るが。。

色彩判別

標的を探す時や、無くしたものを見つける時に有効。 映像は情報が多すぎるので情報を単純化して色彩だけに変換する。 やり方は割と簡単で、目の焦点を少しぼやけるようにしてものを見る。 探したいものの色を見つける、そうするといろんな色の中からそれを探せばいいので割と簡単に見つかる。 楽しいでしょ。

大型の米倉庫を作る

米の注文が多くなってきた。 来期は更に2反から4反追加し、1町の田んぼに拡大予定。 米を保存する温度は14度位が最適と考える。 この辺りでは夏場を除いては土蔵の中の温度でそう問題はない。 それで、2.5m四方、2面土壁の部屋があったので残り2面を断熱材を貼り、床を剥がして低床にし、換気扇を複数つけて通気ができるように大工さんに頼んだ。 来週から工事が始まる。 これで100体は楽に入る。 夏場用には冷蔵庫と20体入りの保冷庫があるが、殆どは新年を迎えるまでにはなくなってしまう。 この倉庫ができると5月までの保存は可能になり、敷地内もすっきりするだろう。 あはは。 いい暗室ができる。 ソルトプリントやサイアノタイプをする時にここから野外への動線は最適だな。

拡散

この集落で2ヶ所の田んぼに新しく水が張られてあった。 冬期湛水が広がる。 私の田んぼや滝地区、小野地区、大津町を見て実施されたのだろう。 私は毎朝息子を軽トラに乗せて送る時ここを通るが、笑みがこぼれてしまう。

日和見

そんな声が聞こえる。 ほっとくか。 私は先に進む。

いい加減なことを言ってみる。

無施肥で多収はそう難しいことではない。 収穫後に藁を漉き込み乾土効果で藁を分解させ窒素を蓄える。 冬から春まで冬期湛水を行い、春終わりのシアノバクテリアによる窒素固定を盛んに行う。 微生物の餌に米ぬかを撒く。 それで十分な肥料は賄える。 これはいい加減なことではなく私が今年実施した諸例のひとつ。 むしろ問題は冬期湛水の時期を長くすると肥料分が多すぎる。 これは注意したほうがいい。

父の作ったとべこずみと父

イメージ

とべこずみの再現

イメージ
左から私、父、私、史也、私、史也

とべこずみ

この地方での方言で藁を積み上げる事。 地方ではすすきと言ったり藁ぐろという言い方がある。 稲藁の利用は来年のかぼちゃとトマト、バジルのマルチに使う予定。 ビニールのマルチは私には扱いづらく、干ばつ時の水補給が出来なく、使用後の剥ぎ取り作業や処分に困る。 藁なら水も直接株下に与えることができ、使用後は漉き込み肥料になる。 作業労力はとべこずみを含めてもさほど変わることはなく、作業の応用の広い藁マルチの方が扱いやすく、収穫後もただトラクターで耕起するだけでいいし、尚且つ肥料になるなら藁マルチが断然いい。 また稲藁でやりたいことが、祖母が作っていた稲藁納豆。 それと鰹のタタキ用の焼き藁。 藁を使った文化は今では一部を除いてほとんどない。 確かに藁は田んぼの肥料や土の構造改良としても有効だが、余りに多いとメタンガスの多発生につながる。 そこそこの稲藁を田んぼに残し、レンゲなどの種を蒔こうと思う。 とべこずみ 80近くの父を呼び、作り方を教わった。 先に作った記憶のとべこずみと比べると、父の作ったとべこずみは形がすこし違う。 九州地方は雨が多いが、それは理にかなった形で、こずみかたが平面ではなく傾斜が私より急であった。 作り方をずっと私の目に焼き付けながら記録する。 父の何気ない動作は私にとってかけがえのない記録以上の心情を私に伝える。

シアノバクテリアとスクミリンゴガイ

8.416俵の分析 無施肥に近い冬期湛水田の収量はおそらく9俵以上で圧倒的に多かった。 全くの無施肥は6俵、レンゲが8俵ほどであった。 無施肥に近い(2.7反に米ぬか40kgと微量投入)冬期湛水田の春からの特徴は藍藻のシアノバクテリアの発生が多かったこと。 シアノバクテリアは窒素固定をする。 スクミリンゴガイの除草能力が高く雑草は全く生えないのでシアノバクテリアの光合成は最大になり繁殖し窒素固定をする。 いろいろ調べていくと今年の多収の要因は以上が一番大きな要因と考えられる。 生物多様性は稲作に利のある環境を産出する。

2018

2018は面白い年だった。 とりあえず自分が思ったことを実行できた。 課題はかなりあるが、そんなものだ。 だから次がある。 農は理だ。 私の得意分野。 今日は効率を無視して、藁こずみをする。 記憶に従って作ったがどうも違う。 周りからなんしよっと? と聞かれるが、被写体を作ってるとは答えなかった。 めんどい。 でも思ったな。 非効率の世界には文化がある。

仕事の仕方

1日の与えられたノルマをこなす為にだらだらと働くより。 計画を立て、仕事のケツを決めて、可能な限り早く上手く仕上げる工夫をし、後はゆっくり過ごしながら行動と観察から得た情報でシミュレートし次の計画を立てる。 自営も月給も変わりはしない。

speed

頭痛い。 人と共同作業するとスピードが違いすぎる。 超頭痛い。

答えを聞いて作業をするのか、答えを探す為に働くのか

同じ答えにたどり着いたとしてもプロセスが違う。 試行錯誤のプロセスとその間の観察が大切でその過程で多くのものを得る。 答えなんてネットに転がってるけどそれは本当に答えかというと疑問だらけの論理が多い。 多くのプロセスを経て答えを出していく者から見たら殆どは短絡的であって、体系的でも理論的でもなく、生産者の指向性も思想性も見えない。 自分は何がしたいのから思考が始まり、何をすると決めてから行動が始まる。 後は一般的には、 Plan-Do-Check-Adjust 計画 実行 チェック 修正の繰り返し。 私は、 Plan-Do-View-Adjust 計画 実行 観察 修正 の変則の組み合わせ。 意味があって変則にするが、速さと正確性を求めるなら基本通りにした方が結果は早い。 CheckをViewにすると時短出来るが映像の記憶力の訓練(膨大な映像情報から重要事項をピックアップする能力)は必要。

ヒノヒカリ

この米は非常に美味しい。 さっぱりしたにこまるもいいが、来年はこの品種を復活させたい。

写真の深度

単に画素数やフィルムサイズの話ではない。 それらの条件は大切なファクター であることは間違いないがそれだけでは深度は得られない。 写し手の知識や経験と被写体の歴史性や魅力、価値が問われる。 プロジェクトや連続したシリーズの反復でも観念的な深度が更に深まる。 また主たる被写体の背景やそれ以外に何が写っていたか、いつ撮ったかの時間性も非常に大切でそれで歴史的な時間が記録される。 最も大切なことはそれらの要素を写す前からどれだけ写し手が読めているかが問われる。 いいなと思いシャッターを切ることが多いだろうが、いいなという思いはセンスで、センスはその人の経験と知識の中で得られる。 価値が分からなければ写真になることはない。 更には歴史の文化的な色彩や画質やエフェクトによって時代色や個人のセンスを加味し、情報量を少なくすることでも効果は得られる。 私の農のシリーズはいずれ生まれるだろう。 深度は相当深いものになる。

青米の利用

無施肥の田んぼに青米を試しに投入して見る。 多収の場合施肥を施さなければ翌年は収穫量は減る。 それは今年思い知った。 施肥で何が一番いいかを考えた時、その圃場で採れたものを返すのがいいのではないかと推測。 試しに一反の田んぼに青米を300kg投入予定。 収穫された米の量とほぼ同量。 結果は来年しかわからないが面白い実験だ。 スズメ達がその田んぼに群がることだろう。

農に牧歌的な興味はない

カミさんと収穫していた時の会話の一齣 私は理論派だから叙情性に余り浸らない。 むしろ毛嫌いする。 見えなくなるからだ。 音楽を聴きながら写真を撮るようなもの。 写し手の勝手な情感はノイズにはなるが、真意は写真に写らない。 思い込みに他ならない。 そんなことを考えていたのだろう。 全くわからない様な馬鹿ではないが。

米の味

にこまるは低タンパクの米なので炊き上がりに艶がある。 どちらかといえばもっちり系で低アミロース。 低タンパク、底アミロースは旨い米の条件を満たしている。 食べた感想はいい甘みが感じられる。 しかし全体的にはあっさりだ。 昨年からこのあっさりした味に疑問を持っていた。 あっさりした米は食べ飽きない条件の1つなので悪くはないが、ヒノヒカリの様な旨味が強く感じられるものも作ってみたい。 私の米は肥料による調整を一切していない。 例えば旨味を上げるには、一般的にはマグネシウムを肥料として撒けばいい。 しかし私はそういうことをあまりしたくない。 肥料で味が変るのならある意味食品添加物と変わりはないのではないかと疑問が残る。 むしろ遺伝的に旨味の強い品種を選択した方がいいと考える。 来年は一部二期作を考えている。 にこまるは九州に適作の品種なので続けていくが二期作には向かない。 むしろ2年間の実験でわかっているが、にこまるは陸稲として優秀である。 陸稲にこまるを来年は展開したい。 二期作の品種は早生のコシヒカリと思ったが、九州でのコシヒカリを食べてみて然程美味しくない。 これも遺伝的に九州に適作の早生品種を選ぶことにするが、まだ決めていない。 食べてみてみたいのは一期作目の米ではなく二期作目のひこばえだ。 この辺りの民間の間でひこばえは旨いという伝えがあり、おそらく登熟期がこれからの時期で九州でも寒くなるから旨味が増すのだろう。 ひこばえを食べてみたい。

101

今年の米の収量は6反で101体と青米が10体 正米全量3030kg  1反あたりの収量は8.416俵 レンゲ、冬期湛水、無施肥と3つの田んぼが混在するが、納得できる収量だった。 青米が10体で 反当たり1.66体 この数字からわかるのは昨年は反あたり2体で出穂期から50日で稲刈りしたが今年は55日だったたので、5日伸ばしただけで青米率が下がっている。 コンバインのa氏が言うには後1週間遅くてもいい。 と言っていた言葉を記録しておこう。

農を見る写真家

農にたずさわる一年だった。 長年イメージしてきたことを具現化でき自分らしい農への考え方の骨子が出来た。 作物は環境で育てる。 同じ種子が水田に苗として移植された稲。零れ種が水田で育つ稲。零れ種が陸の畔で育った稲。同じ種子が乾燥した畑で育つ稲。 その形態は同じ種子にあるにも関わらず全く違う。 私は写真家としてここに着目し、非常に興味を抱いている。 初期の農に対する見解は どのように育てても作物は出来る。 環境を変えれば作物は全長や分蘖数、稲穂の長さなど植物の身体を変化させ適応し、なんとか種子を残そうとする。 植物体が健全であるなら品質と収量は適正になる。 肥料だけで多収を求めるのではなく圃場環境を考え直し環境に負荷のない在り方で適正量を永続的に収穫できる方が利が高い。 まだまだ多くの物事を見続け環境と人へ何かしらの役に立てれば幸いと想う。

休日

月から木バイトしてそれ以外で圃場を1.6町を管理するのはなかなかハードなスポーツだ。 どちらも興味のある対象なのでやめる気がしないが、さほど大変とも思わない。 私は作業や労働という観念をもって仕事したことがない。 いじょうおわり。

non title2

EDMを家族が煩がるのでイヤホンで聴いている。 iphoneの付属イヤホンでも音が良く。 音源のバスブーストがスピーカーで聴くよりいい音だ。 個人的にはもう少し音圧が欲しい。 重低音を再生するヘッドホン買おうかな。 でもマックの出力が小さいのでアンプもいるか。 .. 自分の趣味を広げないことが肝心。 必ず私は深みにはまる。 米の収穫が終わり一安心。 今日はカミさんとかぼちゃの収穫。 あと2日ほどで終わるだろう。 出荷をしたら、後は麦の播種か。 どうしようかな。 麦の可能性を今はそう感じないから、1反と少量ならともかく1町の畑に蒔く気にはなれない。

作物を作るということ

私が今年得たものは多くあるが、一番確信したことは作物は肥料で育てるのではなく環境で育てるとこれに尽きる。 この思考へ考え方をシフトすると農への在り方も取り組み方も全て変わる。

米の収穫

圃場での結果は6反で、1000kg入りのコンテナ6.3台 おおよそ800kgx6.3で5040kg これから約3割は減るというので3528kg 60kgで割ると58.8俵で1反あたり9.8俵の計算 乾燥されるのでおそらく8から9俵の間だだろう 施肥という施肥をしていない冬期湛水の田んぼが一番収量があったのは特筆 次がレンゲ草の圃場で冬期湛水より若干低く、次の無施肥で株間30から40cmの田んぼは背丈も低く収量も低かった 明後日は乾燥が終わるとのこと 待ちどうしい

私の研究

陸稲の可能性を研究することが、私の圃場では一番効率がいい。 水田並みに収量があり、尚且つ無除草栽培できることがこの目的の終着点。 水田の種籾は1反3kgで反10俵なら600kgの収穫になり200倍。 陸稲はその半分とよく聞く。 収穫をしながら思うことは、収量の条件は平面的な見方と立体的な見方が必要のようだ。 田んぼを平面で見た時、稲穂の占める面積がどれぐらいであるか。 つまり稲穂の占める面積が多いほど多収である。 次に立体的な見方としては、稲穂の長さと数、そして稲穂の階層をみる。 当然稲穂が長く数が多い方が多収、また中干しをしないと次々に分蘖し、高さの違う稲穂の階層が生じる。 中心が一番高く、後の分蘖程低い。 面の収穫と立体的な階層の層の厚さの収穫が多収を産む。 と、これは机上の空論ではなく観察の結果だ。 平面での多収は植え付け間隔で、多くの農家に聞くがここは(熊本県阿蘇郡西原村)27cmが一番いい。30cmは広すぎる。という意見が多い。 立体での多収は品種と中干しをしない事である。 この事は農家は知っている。 中干しない方が多収である、なぜなら分蘖数が多いからとはっきり答える。 なぜしないかは収穫時に田面が硬くならない事と熟れ具合に時間差が発生するからだ。 実際に私が今年思い知らされた事はこれである。 積算時間での収穫は無意味で観測による熟れ具合による判断が要求される。 私の空想では陸稲の多収、無除草栽培は密植栽培がキーワードと考えている。 籾種の数を数倍蒔き、分蘖は期待できないので、平面での収穫がどこまで可能かを来年実施したい。

生態系の多様性

お前はおたまじゃくしがそんなに大切か? 生物多様性で最も大事なのはその種が生きる環境があるということ。 このことを農業は考え直し実行して行く必要がある。 「私の知識の中では生物多様性の一般的知識から現在1日に1種絶滅している事実や、環境保全を取り組めば田畑と森林のもつ多面的機能の貨幣評価は48兆円規模になるということを情報として知っている。」 そうするとこの方に私は何と答えていいかである。 大事ですよ。 そう答え、それ以上は伝えない方が今の私には賢明。 中干しをしないとカエルの数が多くなる。 おたまじゃくしの発生数は冬と春が多いが、夏と落水する秋にも生存する個体がある。 7月に中干しをするとそれ以降は生息できないので、5月に水を入れ7月までの3ヶ月しかなく、その間に変態できる種や個体が成体になる。 中干しなしは6ヶ月と期間が長く、遅れて産んだ個体や幼生期間の長い別の種(トノサマガエル)も育つ。 アカガエルは1月から3月に産卵し、2月から6月に幼生となり、5月から10月に成体となる。 農業生物多様性は今から事業としてメリットのある、より積極的な国策になるだろう。 個人農家も考えて欲しい。 私は人と共同で取り組む事が正直本当に出来ない。 なので1人で実践して行くだけしか能力がない。 残念ながら。

うさばらし

目下の憂さ晴らしはEDMを聞いて酒を飲むくらい。 音楽は多ジャンルで好きだが何故か最近こういう系統の音が気分がいい。 お陰で家族からは煙たがれる。 どうも明日の稲刈りは延期のようだ。 なるようになれ。 稲は最後の水を得て全てが熟れる事だろう。 私はあえて崩すが完璧主義の父の血をやはり受け継いでいる。 個人的には完璧主義では創造する事は限界があると考える。 失敗の中に次の創造はある。 失敗のない仕事は面白くない。 在り来たりをこなしていても芸術の世界や創造の世界では全く通用しない。 うさばらし 憂さを晴らして頭の中のシナプスを一度引き離し、意のままに組み替えたい。

non title

深夜に雨の音で目が醒める。 大きな雨音。 ことしの稲刈りはどうなるやら。 うとうとしながら20分位でやがて起きた。 薬の成分がまだ半減期を迎えてないので多少ふらつくが、パソコンのある母屋まで来る。 考えようにも思考がまとまらない。 ラジオクロックの時計がぐるぐる回る。 やっぱりダメだわ。 もう一度寝よう。 どうやら雨は止んだようだ。

陸稲観察01

a, 籾殻を捨てていた。 中には立派な米粒も混ざっている。 暫くすると捨てた籾殻の中から陸稲の芽が多数出ている。 a, の観察から陸稲を密植に蒔き、上から籾殻を被せるとマルチになり雑草の発芽が遅れるか発芽しなくなる。 稲は発芽に光は必要ないから発芽する。 b, 収穫後耕起した畑を見ると零れ種の発芽が見られる。 かなりの密植状態だが、雑草も多数見られる。 b, から、雑草は耕起した後に生き残った雑草で、発芽した陸稲とは時間差がある。 経験では陸稲を播種して暫くは雑草は発生しない。 しかし今回期待する稲のアレロパシーが雑草抑制に効果がないなら、2018年と同じ結果になる。