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目箒

バジル(英語: Basil、学名: Ocimum basilicum)は、シソ科メボウキ属の多年草。 和名では「めぼうき(目箒)」ですが、これは種子を水に浸し、表面にできたゼリー状のもので、目のごみを取るのに使ったことによります。 へー。 ということだ。 バジルシードはそんな使い方あるんだな。 あれを見て食べるは分かるけど目に入れて掃除か、、。 昔の人の方が知恵も勇気もあるな。 なんだかな。 言わんと思ったが、リトルアメリカンな現代の日本人を見ていると、、 マジで ヤバ ウッソー そればかり 今の時代、許可の有無限らずバジルシードを目に入れたら犯罪になるだろうか。(笑、えん空気を感じた。) 最近世の中せわしいからノ。 与える方が医療行為でも。 受け取る側が無知であるか関わらず訴えられたら、ハラスメントになる。 目箒か。 たまに目が霞むから今度やってみよう。 どうやって使うのか興味深い。

休息

なんとなくからだがきつい。 それはそうだろう、休みなどずっとなかった。 少しは写真の事も考えようか。 その前に休もうか。

バジル

バジルを自家用に育てて20年以上になる。 半日陰がいいと言われているが、香り高く育てるなら日当たりのいい畑で水も枯れない限りやらない方がいい。 昨年から20株ほど育てている。 シェフはそのバジルをいたく気に入っており、もっとないかと注文するが、ないものはない。 なのでこの季節まで売り残ってた古い株の弱々しい徒長した苗を買ってみる。 猛暑の中では育たないだろうと、桜の木の下に少しばかりの畑があるので植える。 好きな作物はやはり気にかかるもので、足しげく通う。

蟠桃

flat peach 食べたらわかるが、とても甘くておいしい。 まだ果物屋さんにはあるんじゃないかな。 これを植えようと2年前に思い、果実を通販で予約して買い、種を植えてがどこに植えただろうか。 今年は苗木を購入したい。 普通の品種の大久保や白桃は昨年苗木を植えたが、今年初めて一つだけ実がなった。

白雨

白雨は明るい夏の夕刻に山が白く見えはじめ、ゆっくりでもなく一気にでもなく。 やがて激しい雨が降る夕立。 日はそそぎ、雨もそそぐ。 反射する雲は白く輝き、反する積乱雲は黒く立ちはだかり、隙間には頭上高く青空が広がり、雨は白く輝く。 村は美しい光景をいつも垣間見れる。

酔っ払う

酒を少しはやめようかと思っていたが。 美味しいから飲む。 そうだな そうだな そうであるかな。 そうだ そう思う そうね そのように そうなんだ そうか そう なんだろう。 見えすぎて困る。 答えより何をしたかで悪いも良いも無い。 たぶん伝わらないだろうけどそう思う。 こんな感情。 酔いもまだまだ、 なんだろう。 なんだろう。

深夜に

朝というか2時半に目覚める。 頼まれもしない仕事だが、会社の経営理念を英語に訳し、タガログ語に変換していた。 この手の日本語を英語に訳すのも難しい。一度google翻訳で変換し、それから詳細を詰めていく作業をする。 例えば心、技、体、Spirit and technique body, となってしまうがニュアンスが違う。 Mentally, technically and physically,の方がいいかな。などなど。 タガログ語は会社のフィリピン人の為に訳している。 これが目的であった。 彼女らは英語も理解できるが、タガログ語を話している。 音階や巻き舌多用の発音がやはりスペイン語に似ている。 彼女たちの名前もアレクサンドラやマリア、イザベルなどスペイン人の女性名を使っている。 フィリピンの女性たちは本当に明るく、仕事は割と適当に見えるがそれは日本人から見た場合で本人たちは一生懸仕事をしている。 女性同士で話す時はガヤガヤだが男性に話す時は少しアジア特有のウエットさを漂わせる。 もう日本人にはない気配だ。 さてさて4時になった。 コンビニに行ってタバコを買う。

Destiny

和やかな時間が続く。 私の運命は、とか今は考えていない。 そう言う事はもう通り過ぎた。 正確には、運命は分かっているのでそう言う詰まらない悩みはないし考えない。 これから来る怒涛の忙しさの間の少しばかりの休息だ。 汗水垂らして働くことくらいなんてことはない。 有意義だし幸せだ。 茅蜩

いもち対策

条件  中山間地域で8センチ位の深水掛け流しをし、中干しなしで収穫14日前まで同じ環境を保つ。 今年の対策 無農薬 無化学肥料 無動物性有機肥料 籾種の時は60度の温水洗。 葉いもちは患部の葉のカット、木酢液での胞子除染、有機資材の苦土石灰による稲体の強化。 穂いもち、、 まだなった事がないな。 わからない。 土作りでは有機資材のケイ酸カルシウムまたは籾殻薫炭が功を成すという。

螽斯ガ五月蠅イ

蟻ト螽斯 伊曽保カナ。 忘レタガ、私ハズット螽斯属ダト思ッテ居タ、 デモ違ウナ。 結構蟻サンダ。 夜ニ煩イ螽斯。 蟋蟀ヤ其ノ他ノ虫達ノ大合唱ダ。 人間ノ耳ハ良ク出来テ居テ煩イ周波数ハ其ノ内聞コエ無ク成ル。 部屋ニ入ルト心地イ蟋蟀ノ音シカ聞コエ無ク成ッタ。 未ダ未ダ酷暑ガ続ク。 皆様御身体御気ヲ付ケ候。

稲穂の確認

私の悪い癖は田んぼの見回りで水面や水中ばかり見ていることだ。 実に楽しい。 久しく稲穂をじっくり見て見た。 細い株でも41本少し大きくて54本大きなものは81本ある。 この地区の通常の株数は25本前後なので平均の1.6倍だと思われる。 しかし良く精査したら稲穂が10cm位のものも多いことがわかった。 おそらく5分の1位は小さな稲穂だ。 昨年の実績は反9俵であった。 今年は感触としては去年より多く反9表から10俵の収穫ではないかと見込んでいる。 後は台風とウンカ被害がないことを祈る。

どうしようか

俺としたことが珍しく、職場の仲間と仲良くなりすぎた。 居心地がいい。 どーすっかなあ。

アメンボの交尾

初めて見た。 ダンスします。 直立にちょんちょんちょんと狂ったようにダンス。 そんなにうれしいか。

除草剤を撒くことについて。

友人が口走った。 みんな除草剤だ。 確かに高齢者に草刈り機での除草はきついだろう。 しかし友人が言うようにあまりにも手軽に扱っている実態がある。 それに高齢者でもない50代60代が平気で使っている。 私は54歳だ。 変わるまい。 農業において農薬とは大きく分けると殺菌剤と殺虫剤、そして除草剤だ。 通常殺菌剤と殺虫剤は症状が出て使う薬品であり、発生しない限り使わない方が多い。 しかし除草剤は必ず使われる。 農家の人には農薬は使わないと言う人が多い。 では除草剤は?と聞くと使ってると言う。 除草剤が農薬であると言う認識が低い。 、、、、、。 さーて、これは大変な問題だ。 到底私には解決できないが、疑問に思った方は興味を持ってください。

放流めだかの追跡

どこに行ったのか? ずっと気になっていた。 田んぼで見かけためだかは田んぼの水が出る所だった。 炎天下の中30分間ずっと観察していた。 すると2匹のめだかが現る。 あぶなっかしいな、。 そう思うとすーっと水口に吸い込まれた。 なるほど。 1メートル下の用水路に行くといたいた。 数百のめだかを確認。 以前はいたと言うめだか。 私は野生を54年間見たことがない。 すぐ下流の木山では去年確認しているが。 遺伝子的には同じ有明型めだかではある。 さりとて同じではないが。 このことは誰も知らないだろう。 私が犯人です。 されどないものは生まれてこない。 見られない水生生物はタイコウチとシマドジョウ。 絶滅と思われるのはメダカと方言でケンフリという魚。

ミズカマキリとめだか

ミズカマキリを2匹確認した。 穴ん前の田にいた。 珍しい種ではないが、自分の田んぼで確認したのは初めてだ。 全く見なかっためだかの群れを確認。 体型が小さかったのでこの田んぼで生まれたものだろう。 色が白いので茂った田んぼの中で群れているな。 見かけない訳だ。

稲体測定

止葉までの全長110〜140cm 稈長50〜100cm 多くは80から90cm 穂長150〜230mm

エンドファイト

内生菌 化学肥料や農薬が生物多様性環境を破壊することに対して科学者たちがエンドファイトに注目。 菌やバクテリアが植物と共生して耐病性や多収を獲得している例をみて研究を始めている。 人間が化学薬品や化学肥料の時代から一歩進むのではないかと期待する。 しかし私は結論から言うと導入はしない。 菌やバクテリアを使ってそれが良い菌だとして多量に放てばバランスは崩れるだろうと容易に想像がつく。稲には良いかもしれないが、環境全体ではどうかという疑問がある。 まあ、なんでもさじ加減ではあるが。 遺伝子操作も考えられる。 それが本流だろう。 だとするなら私は完全否定だ。 私の稲を見ていて疑問に思うことが一つある。 冬期湛水田は有機物を含んだ川の水と微生物を施肥と考えるしかないが(私の田んぼではイトミミズは発生していない)、この田んぼが一番元気がいい。 レンゲをすき込んだ田んぼよりも背丈も株数も多い。 おそらく土中に施肥をすると理論的には土中の養分は多くなるが、分解の過程で腐敗とメタンガスの発生などで成長が抑制され、養分がゆっくり上積みする冬期湛水の田んぼより成長が遅くなると現段階では解釈している。 これにエンドファイトの稲に対する時間の長さも加味されるだろう。 腐食からガスそして養分の整った土に変化するまでの時間は防御で使われ、栄養成長や生植成長時の有益時間は短くなる。 これもまた、私的な仮定だが。

夏祭り

夏の終わりに村の祭りが山の上の観光牧場で行われる。 カチョカヴァッロを作っている。 もちろん買うことも。 高校生の次男はそこまで自転車で行くという。 そうか。と言ってあえて送ろうかとは言わなかった。 日差しは夏真っ盛りだが、夕刻や朝方は秋の気配そのものになっている。 模様ガラスに反射する光はいつか見れなくなるのだろうか。 もみじ柄が光で咲いていた。 私は他人にパフォーマンスする時間が長すぎた。 これからはおそらく eccentric である意味 amazing だろうが実直に生きたい。 私が二十歳の夏祭りの頃、 そうだな。 モディリアーニの描いた美しいルネがいた。

ルールは守らない。

写真や農に関しては当てはまる。 指南書など毛嫌いする性格だからね。 基本は大切。 基本とルールは違う。 基本と節度と言ったらわかりやすい。 節度は嗜(たしなみ)みであり、真理や変革を求めるには意味がないより害である。 そうではないことをやってみて分かる世界がある。 多くの人には言わないが、それは真理である。 ルールを破ると結構楽しい発見がある。

紺瑠璃色のハイヒール

高めのハイヒールは座った時、膝下から足先のシルエットが美しい。 金曜日はイタリアン食堂に集金を兼ねて食べに行く。 すると後ろ姿からでも美しい人とわかる都会的な女性が一人で食べていた。 長い髪をまとめ上げ、最近見ないスカーフを頭に巻く。 足は紺瑠璃色の深い色のハイヒール。 深めのスリットスカート。 席に座って顔を見ると派手なオレンジと緑のアクセントカラーのアイシャドー 。 なんだろうなこの香り。 香水は付けてきてない、正解。 ファンデか、レストランでも邪魔しない良い香りだ。 と何を食べてるのか見ていたらサラダかぼちゃのバーニャカウダとパンだった。 へー、うれしいな。 それだけ残さずにゆっくり食べ終えると新型の赤いBMW3シリースで去っていった。

秋のたねまき

まだイタリア野菜の種を仕入れてないので、お皿の彩りが良いように、赤や紫の大根やビーツ、葉物の種を蒔く。 いつものようにこれらの種をボールに入れて混ぜてしまう。 成る可く等間隔になるよう散蒔く。 薄く土を被せれば出来上がり。 作物のなる頃にはあちこちに色々な野菜たちが共生している。 共生させると香りが強くて味も濃くなるようにいつも感じる。 人に例えるならわからん話でもない。

つまらんはなし。俺本気。

いやー。 今日は美人がいた、いた、いた。 なんでやろういうくらいいた。 一日が喜びからハンターに変わった。

数の優勢

人口抑制についてあまり語られない。 アフリカ インド 東南アジアで増え続ける人口。 私も抑制についてはまだ語るまい。 ただ、数が増えた時。 例えば日本で多くの外国人が我々以上にそのエリアにいたとする。 私は戸惑い、大きな変化を見ずにはいられないだろう。 支配も文化も時代も変わる。 paradigm shift

種子

これから先は種子は買えないな。 研究者らが依頼があるんだろうから勝手にとまでは言わないが、コシヒカリの名をつかって遺伝子操作で倒れやすいから茎を太くしたものを作っていたりする。 コシヒカリ〇〇という名で売るのか? 遺伝子操作の品種はもう何種類も市場にでている。 今後そのようなものが怒涛のように出てくるだろう。 自家採種も3年毎の更新がいいというが。 私は種の素性が変わってもずっと自家採種をしよう。

よく出来ている。

風速10m位の風 稲穂は出穂するが開花していない。 水面に落ちる雄しべの花も極僅か。 稲も考えている。 穏也

細川ガラシャ

散りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花なれ 人も人なれ いろいろな解釈がある。 私訳 散る。 その時こそ知る。 花は花として。 人も人として。

握る力 指の力

最近測った私の握力は右が55kg、左が65kg 30代の平均握力は50.3kgというから、まあまあだが、おかしな事に例えば菓子袋などを開ける事ができない。 指の力がないな、、といつも思いハサミで切る。 細くはないけど農家の手ではない。 ずんぐりと太い指。 よく写真に収めてきた。 私の指はこの先もそうはならないだろう。 キツイことを続けるとすぐに効率を考えて色々楽な事をする。

ふなぐち菊水一番しぼり

コンビニにはどこでもある。 安いしうまい。 甘いかな。 飲みかけを一晩おくともう蟻が寄ってくる。 覗くとすでに泳いでいる。 そんなに旨いのか。 テレビを見ながら台風の進路を見てる。 立て続けの台風よ。 あんまり暴れないでくれ。 生囲い。 個人的には広島の賀茂鶴酒造の酒が好きだ。 ダブルの台風。 なんとも意味深、

伊太利亜づくし

元々やりたかったことはイタリア野菜の畑だった。 いろんな畑の取材をしたが福岡のイタリア人シルビオが作る畑が一番印象的だった。 アーティーチョークの咲く畑だ。 もうそれは美しい。 さて。 儲かるための畑はどのようなものか。 正攻法では経費がかかる。 ハウスだ。 私はそんなことをしたいのかと問うと。 NO 本来多年草であるバジル用のミニハウスなら作るけど。 楽しくないとやらない性格。 私にとって楽しいとは新しい発見だ。 見たこともない野菜を作ろう。 手始めは伊太利亜野菜。

台風が心配。

稲にとって風速15mから風による稲体の振動で稲穂に影響する。 すでに出穂期で4割近くが出穂している。 小さな雄しべの花が咲いているが、強風で飛ぶだろう。 最悪実が付かなくなるか減る。 一番タイミングの悪い時期に見えるが、はて、どうだろう。

朝晩が寒く。

早朝に田んぼの見回りに行く。 ひやっとするくらい寒いので一枚シャツを羽織る。 冬期湛水田はもう出穂期。 これから42日後が収穫だ。 予定通り10月1日前後だろう。 これからバイトか。 来年には月々の収入がある作物を自分の畑で構築する。

サンマルツァーノ

イタリアントマトは流通してないので重宝がられる。 しかも味が優しく、情報で聞くより酸味がないので生でもいい。 イタリアン食堂では大人気だとシェフが笑う。 大盛況。 バジルは香りが高くなるように水を与えないで育てている。 もう花が咲くので次の新しい苗を植える予定だ。 そうすると11月近くまで収穫できる。 イタリアナス系統の茄子も植えた。 丸茄子だ。 旨いと思う。 来年はバジル トマト 茄子とハーブを展開していく。 かぼちゃの面積は少なくしよう。 米 トマト 茄子 バジルなどのハーブと、ちょこっとかぼちゃ。 これが来年からのスタイル。 好きなものだらけだ。

冷酒を飲みながら

冷酒が旨いようにとまだ日が照る夕刻に草刈りをした。 5反ほど畔を切る。 タンポポの数はかなり減った、グランドカバーの雑草も増え草刈りは相当楽になった。 台風の影響かわからないが風も強く、おかげで余り汗をかかなかった。 少し更年期障害かな?足元がふらつくのを最近気づいた。 まあなんとかなおそう。 と言っても至って健康で元気だ。 父は元気だが物忘れが激しくなってきた、しかしパターンが読めてきた。 母はなんてことなく元気に過ごしている。 長男は、彼女と同棲中でボーナス12ヶ月分の上場企業に勤めている。 相変わらず手がかからないやつ。 世間は結婚できないとかよく話は聞くが、うちの長男は許されまい、歓迎。 次男は今日もpsのステアリングを握ってるし。 妻は相変わらず朝から夕方のメニューを聞く。 料理上手だからなんでもいいのだが。 、と何不自由ない。

才能とは

才能とは、閃きと継続する時間の長さに比例する。 センスとは、個人の知識と経験値から生まれるが理論でカバーできる。

涼しい風が吹く

台風がまた来ている。 22日の予定。 あと4日5日。 稲が出穂をじっとこらえてるように見える。 一割くらいしか出穂していない。 秋に似た風が吹く。

写真の基本

盆に甥っ子が来ていた。 写真が好きらしく何か聞きたいようだ。 賢い子なので理論を教えた。 写真画像の構成要素は、 distance、 angle、 framingの3つの要素から成り立つ。 その可能性は球体になる。 あとはそれについての説明  projectを決めたら最速で仕上げるためには標準レンズで撮れる傑作をまず納め、それからワイドや望遠を使うという作業が効率がいい。 などを教えた。 さすがに覚えが早くすぐに理解できたようだ。  体得するには時間がかかるけどね。

無農薬だから美味しい米ではない

無農薬と米の美味しさは関係はない。 農薬と米の美味しさも関係ない。 安全性と環境への問題だ。 化学肥料だから美味しくないわけでなく、化学肥料は植物には害ではない。土を痩せさせ微生物や小動物がいなくなるということが問題である。 有機肥料だから安全ではない。やりすぎは美味しくないばかりか硝酸体窒素は農薬より害がある。また河川や海に魚などが住めないほど環境を破壊する。 自然農とかいうが美味しさとは関係ない。 無農薬 無施肥の米は大抵ボソボソした食感で美味しくはない。 本当の自然農は土が出来て環境が整うまで相当の時間が必要のようだが土に栄養素があるから美味しい。 手法の問題だといえる。

ひとつのアイディア

過剰な化学肥料や有機肥料は川へと流れ出していく。 清流は植物プランクトンによって中流域から濃い鶯色、そして下流域では黒い川となる。 生活排水や産業排水でもなく農業排水が主な原因だろう。 河川は無数のコンクリート3面用水路となり川自体も2面コンクリートなので生物や植物による濾過機能の能力は高くない。 結果、チッソ リン酸 カリウムなどの富栄養の水が海へと注がれる。 仮説だが 私は下流域の水田は肥料なしでも育ちはしないかと考えている。 深水 掛け流しによる栽培だけで水耕栽培のような結果が出るのではないか。 必要なら冬期湛水や中干しをしない方法も取り入れる。 上流域の澄んだ水をいれている冬期湛水、無施肥の私の田んぼはどの田んぼより育成がいい。 目的 地球規模でのチッソ リン酸放出減少への一環 河川の水の富栄養化を稲によって吸収させ、海への流出を減らすこと。 農家の経費負担を減少させる。

熊本は100万都市を地下水で潤す都。 それは世界でも珍しいと聞く。 ただそれだけでも恵まれている。 人々は農や水にそして環境や、水生動植物にもっと関心をもってもらいたい。 それは自分の為でもある。 日本がこれから先の90億人の住む世界のモデルを可能にすることを実現する研究を実践しなければならない。 しかも負荷の少ない低エントロピーが望ましいいが。 はてはて。 写真以上に実践し考えることが多い。

新代継橋から

休みに一服 橋から白川をぼんやり見ていた 黒い水 この水は私のやり方で稲をつくれば無施肥でも豊作だな  と思いつく

カラスへの恩返し

私はカラスに助けられた。 1973年11月、熊本県の大洋デパート火災の当日の朝、私たち一家は畑にいた。 その日は昼から大洋デパートに行く予定だった。 畑に立つ私たちに暗雲が立ち込めた。 見れば頭上にカラスの大群が渦巻いていた。 数千か数万かの数。 昔はそれくらい当たり前にいた。 父が言う。 不吉だな。 今日は出かけるのを止めるばい。 その日の午後に火災が起きた。 中学になりコンラート ローレンツ博士の動物行動学入門が愛読書となった。 カラスのくだりがある。 師はカラス語を解読していた。 私も真似たが。まだわからない。 カラスには愛情がある。 ツガイのカラスが私の田んぼにいる。 オスだろうか、メスだろうか、私が生ごみを田んぼにやると近寄ってくる。 ある日。 そうすると、一羽のカラスが来て食べもせずに見ている。 そして飛び立ち、連れのカラスを呼んだ。 しばらくして。一緒に食べた。 献立はアジの骨と鶏肉だ。 説明はつかないが。 因果応酬でもないし。 、、、、。 そうなんだ。 虫の音レベルで人は福を積むと叶えられないものはない。 そう思うよ。

密度効果

ジャンボタニシの個体数が増えていくとある密度を越すと卵を産まなくなるようだ。 人間以外の動物は個体数が増えると死亡率も高くなり、一定の個体数以上増えなくなる。 またヤゴの数も増え稚貝を捕食している。 よく出来ている。 生ごみ処理は発酵や腐敗臭もなくタニシの糞となる。 そのエリアは確かに窒素が多いのか稲が青い。 またメタンガスの発生量は陸上で好気性の菌で発酵させるより少ないのではないかと見ている。 すこし経過を見てみよう。

感触が違う。

ジャンボタニシによる生ゴミ処理が注目が高い。 汚いイメージではなく。 いい印象だ。 むしろ食べ物に食いついているタニシを見て可愛いという。 現場を見ていただけたらわかるだろうが非常にクリーンだ。 それを見て利用価値があるという感覚がうれしい。 生ゴミは現在化石燃料を使って処理されている。 その事は本当に無駄であり大きなロスとしか言いようがない。 田んぼのジャンボタニシによる生ゴミ処理は将来可能性がないではない。 しかし増えすぎるし他の場所へ移動するので田んぼではなく専用の処理場を考えている。 私は若い人のそういう感覚は大いに歓迎するし応援し促進したい。

日本美人図

狭い額に切れ長の目、薄い唇。鼻筋はすっきり、決して福耳ではない細い耳。 頬は少しふくよかに長い黒髪の美しさ。 いろんな美人図を見たが私の好みはそのようなもの。 江戸期の美人が好みのようだ。 今日まさしく日本古典の美人を見た。 現代では美しさを理解し難いだろう。 このような方は時折見かける。 しかし、この方の切れ長の目には参った。 俯き加減でものを察しているのがわかる。 見ずして物を見ている。 少し目頭が離れた古典的な日本美人だった。 もっと美人は賞賛されるべきだ。 つんくや秋元が日本の美人の地位を下げた。 挙げ句の果てはキャバクラ下りだ。 まあかようはどうでもいい。 さてさて。

中干しは悪じゃないだろうか。

植物学までは言わないが、分蘖時に必要分蘖で止める。が正解で。 出穂期にはしどろもどろの稲体である。 それからの水の管理が非常に手間取る。 としか言えない。 誰が考えたのだろうか。 理解できない。 そうしなかった場合。 それまでの常識が嘘になる。

凝視

私はカメラを据えて集中すると音が聞こえなくなる。 師匠の有野永霧氏は当時ニューヨークタイムズ誌にも掲載されたストリートフォトグラファー。 彼もよく道路で集中すると車の音が聞こえないから危ないと言ってた。 人間の言葉は嘘や虚構が多い。 私は見抜く。 まあ いいや。 そういうこと。 聞こえないよ。 見えるけど。 アイロニーを感じるな。 私は不満なの?

カンカン帽

もう20年前だろうか。 旧盆に球磨郡坂本村を車で走っていた。 夕暮れになりお堂には明かりが灯されていた。 すると坂を下る行列がいた。 家の長老が手にろうそく明かりの提灯を持ち、紋付袴でカンカン帽を被っていた。 後ろには子供たちがはしゃいでいる、その後ろには親らしき方と親戚だろうか。 はーこんな風景がまだあるのか。 と思ったものだ。 昭和というより明治大正だ。 あれからもう一度見に出かけたが見ることは出来なかった。 八代の植柳の盆踊りもいい。 私が見た頃は独特の衣装で真っ暗な中で踊っていた。 カメラマンがいないなら見に行きたい。 当時撮影してた私は申し訳なかったと思う。 いろいろと消えてゆく風景がある。 形や風習が消えると人は心も変わるようだ。 いいとか悪いではありません。 ただ見ているだけですから。 でも残したいと思う時だけ写真にしています。

蟋蟀が鳴く

早朝に畔を歩くとコオロギの鳴く音が響く。 私の田んぼは畔をいつも切っているので余りいないが、手入れをしてない田んぼの畦からはよく聞こえる。 すっと冷えきった空気と露がついた草の下から深々と響くその様は遥か昔から変わらないのだろうと思い巡らす。 作業としての見回りでなく、楽しみな時間だ。

ここは美人が多い

昔小学生くらいの子供が19 二十歳になったら時折びっくりするくらいいい女になっている。 危ない発言ぎりぎりですけどそうなんです。 ここは美人の産地でもある。 米がうまいのか? ひっかけるのはやめよう。 夕暮れになんだっけ? そうそう。 いもち病のために木酢液をかける。