宮崎安貞『農業全書』から学ぶ

 

尾形光琳筆 「燕子花図屏風」(1688年〜1704年頃)

時は元禄時代、『農業全書』(のうぎょうぜんしょ)は、元禄10年(1697年)刊行された農書。宮崎安貞著(付録は貝原楽軒著)。出版されたものとしては日本最古の農書である。しかし江戸文化の開花がもたらしたこの書。商人文化が花開き米もまた産業として栄えた。学問が生まれた背景にはそう言った理由がある。 

宮崎安貞『農業全書』原文

巻之一・鋤耘


よき物ハ生立がたく,

悪き物の栄へやすきハ,

世上の常の事なれバ,

草のさかへて五穀等を害するハ

甚だ速かなる物なり。

此のゆへに,

上の農人ハ, 草のいまだ目に見えざるに中うち芸り,

中の農人ハ 見えて後芸る也。

みえて後も芸らざるを 下の農人とす。

是土地の咎人なり。


巻之二・五穀之類・稲


さて芸る事ハ,

苗をうへ付けて十日バかり過ぐれば

よくあり付く物なり。

其時ハ草ハいまだ目にハ見えねども,

早く草の根は土中にはびこるなり。

上の農人ハ 見えざるに芸り,

中ハ 見えて後芸り,

見えても又とらざるハ, 是を下の農人と云うなり。

 

現代訳

巻之一・鋤耘

良い作物ほど育ちにくく、
悪いものほど繁栄しやすいのは、世の常というものだ。

雑草がはびこって五穀などの作物を害するのは、実に早い。
だからこそ、上手な農夫は草がまだ目に見えないうちから鍬を入れて耕す。

並みの農夫は、草が見えてから取り除く。
見えても取らないのは下の農夫である。
これは土地を粗末に扱う者だ。
 

巻之二・五穀之類・稲

さて、稲の栽培について。
苗を植えて十日ほど経つと、よく根付くものである。

そのころ、草はまだ目に見えないが、
すでに地下では根を張り広げている。

上手な農夫は草が見えないうちから耕し、
並みの農夫は見えてから取り除く。
見えても取らないのを下の農夫という。

 

以下 Claude

元禄時代の概観

時代背景と政治

元禄時代(1688-1704年)は江戸時代中期を代表する文化的黄金期であり、第五代将軍徳川綱吉の治世と重なる。この時代は、戦国時代から続く武断政治から文治政治への本格的な転換期にあたり、幕府の統治基盤が確固たるものとなった時期でもある。綱吉は学問を奨励し、儒学を重視した政治を展開することで、武力よりも文化的教養を重んじる社会風潮を醸成した。

経済的繁栄

17世紀後半の日本は、長期にわたる平和と農業技術の向上により、かつてない経済的繁栄を謳歌していた。特に上方地域(京都・大阪・兵庫)は商業の中心地として発達し、豪商たちが巨万の富を蓄積した。米をはじめとする商品流通網の整備、貨幣経済の浸透、手工業の発達などにより、都市部では消費文化が花開いた。この経済的余裕が、後の華やかな元禄文化の土台となった。

元禄文化の特色

元禄文化は、従来の公家や武家中心の文化から脱却し、町人階級が主役となった画期的な文化現象である。この文化の特徴は、現世的で享楽的な傾向にあり、「浮世」という概念に象徴される刹那的な美意識が色濃く反映されている。文学、演劇、美術、学問など多岐にわたる分野で独創的な作品が生み出され、後の日本文化の基盤を形成した。

代表的文化人とその業績

井原西鶴(1642-1693)

町人文学の祖と称される西鶴は、『好色一代男』『世間胸算用』『日本永代蔵』などの作品を通じて、町人社会の人間模様を生き生きと描写した。特に商人の生活や恋愛関係を題材とした浮世草子は、当時の庶民文化を理解する上で貴重な史料となっている。

松尾芭蕉(1644-1694)

俳諧を文学的に昇華させた芭蕉は、『奥の細道』をはじめとする紀行文学や数多くの俳句により、日本文学史上不朽の地位を築いた。「古池や蛙飛び込む水の音」に代表される簡潔で深遠な表現は、後の文学に大きな影響を与えた。

近松門左衛門(1653-1725)

人形浄瑠璃と歌舞伎の脚本家として活躍した近松は、『曽根崎心中』『国性爺合戦』などの名作を生み出した。特に世話物と呼ばれる町人を主人公とした作品では、愛と義理の板挟みに苦悩する人間の心理を巧みに描き、演劇文学の新境地を開拓した。

学問・思想の発展

この時代には朱子学が官学として定着する一方で、古学派や国学といった新しい学問分野も萌芽した。また、和算(日本独自の数学)や蘭学(オランダを通じた西洋学問)なども発達し、知的な多様性が社会に広がった。

元禄時代の意義

元禄時代は、日本文化史上において町人文化が初めて社会の主流となった時代として重要な意味を持つ。この時代に確立された美意識や価値観は、その後の江戸文化の基調となり、現代日本文化の源流の一つとなっている。武士道精神と並んで、町人的な合理主義や現実主義が日本人の精神構造に組み込まれたのも、この時代の大きな遺産である。

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