ちらちら ちらちら リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 8/03/2018 08:21:00 午前 田の水面はいつもそのように動いている。 見えるのは、 アメンボ マツモムシ ユスリカ ヤゴ マメコガネ クモ クロカメムシ ガムシ コオロギ ショウリョウバッタ イトトンボ ウスバキトンボ シオカラトンボ オニヤンマ イネゾウムシ ゲンゴロウ メダカ サカマキガイ スクミリンゴガイ アマガエル アカガエル オタマジャクシ ヒル ホウネンエビ カゲロウ ブヨ ウンカ カラス シロサギ アオサギ スズメ ツバメ カワセミ アカハライモリ リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
Pantera - Vulgar Display of Power (Full Album) [Official Video] - 1/26/2026 05:43:00 午前 いいね。 Read more »
第七章 あめめ 三八八話 - 1/16/2026 04:52:00 午前 妙に暖かい朝。外は雨。 アカガエルの産卵があるかと期待していたが、まだ鳴く気配はない。 ぼく様が未だ生かされているのは、どうも多くの生命を守っているからだそうだ――と、不二子が閻魔様から聞いたという。 また閻魔の話かと苦笑する。 ぼく様は他人様の評価を評価しない人間だった。良いも悪いも。 あー。そんなことより、ケミカルフリーの土壌を、どうやって広げるかだ。 「不二子はん、どうも甲佐の圃場が良くないらしいで」 「良くないとわ?」 昨日、出勤の途中、たばこを買いに普段行かないヒライの弁当屋で、懐かしい甲佐圃場の農家さんに声をかけられた。 「最近見ないが、どうした?」 院に行っていることやら、四の五の説明をする。 今年は甲佐の圃場が管理されておらず、草も切られていないらしい。困っている、という話だった。 状況は読めた。 それより心配なのは、ぼく様が五年を費やして作ったケミカルフリーの田んぼだ。 会社の存続さえ、頭をよぎる。 「そうなんですね。今度見に行ってきます。申し訳ございません」 ぼく様の行くところは栄え、去ると衰退する。 これは、よくあるパターンだった。 ぼく様と付き合うと〇×▽、別れると一様にその女性の運気が開眼する。 ……これも同じ構図なのか? ほんとの話だ。 ぼく様の不思議なオーラなのか。 「なに寝言いってますえ?」 不二子が言う。 「よしろうはんの寝言はリアルやでぇ。なんでも分かってまいますぇ」 へーへー。 分かったところで、最近、大したことはしてないわ。 そう、つぶやく。 「不二子はん、近いうち甲佐へ行ってくるわ。呼んでる気がする」 「へー。うちも行きたいでぇ」 「よっしゃ。一緒に行くで」 ※ここ滅茶勘違いされるので補足、 〇×▽(よかったりわるかったりそうでもなかったりの意) Read more »
冬季発表用 双構図(paired compositions) - 1/21/2026 03:09:00 午後 双構図(paired compositions)— 観測者の時間性における位相差の可視化 1. 手法の定義 双構図とは、二枚の写真(もしくは画像)を並置することで、一枚では見えない情報を観測者の認知過程において生成させる手法である。並置される二枚の間には何らかの位相差が存在し、その差異が観測者において新たな情報を発生させる。今回はその一例として時間差を扱うが、異なる位相と位相、写真と生成画像のような位相差の展開も視野にある。 2. 写真の歴史的位置——引用と非引用 2. 写真の歴史的位置——引用と非引用 写真は19世紀に非引用的記録のメディアとして現れた。それまでの絵画が様式や技法の継承という多層的引用の体系を持っていたのに対し、写真初期は光学的・化学的プロセスによって時間を固定するという全く新しい非引用的表現を獲得していた。しかし絵画と同じく、写真も誕生187年の歴史の中で多層的引用の体系が進んだ。構図、様式、表現技法が蓄積され、参照され、反復されるようになった。 双構図は、この非引用的構造に対する新しい試みである。二枚を並べることで生じる差異が、心的位相差として動的情報を表現する。静止画である写真が並列されたことによって、一枚では得られなかった情報が観測者の中に浮かぶ。 3. 像に存在しない信号の生成 双構図 同じ写真の並列 一枚の写真に記録されているのは光学的痕跡と物理的配置のみであり、写真A単独にも写真B単独にも特別な情報は存在しない。しかし二枚を時間的に連続して知覚したとき、違う情報が観測者において生まれる。 例えば「干潟の位相」では、満潮から干潮への時間経過を観測者は経験するが、この写真は写真Aにも写真Bにも記録されていない。つまり同じ写真の並列だからだ。しかし2枚の像の差分が、像には存在しない信号を生む。この差分信号は撮影されておらず、記録もされず、測定もできない。にもかかわらず 観測者は確実に1枚では見えなかった感覚を2枚の構成で経験する。 4. 観測者の時間性 双構図 一枚の写真から生成された並列画像 人間の知覚は瞬間ではなく積分である。観測者は把持(過去)・根源印象... Read more »
第7章 撃沈黙 四一四話 - 2/03/2026 05:59:00 午前 眼を刺すような光に僕は沈黙す。 はて? この手の詩は実は得意である。 若き頃よくよく試しては書き記した。 なるしすとの雄たけび破壊。 「きらいちゃいますえ、おなごは」 虚ろに紅を刺す殺し屋、 へー 時高高に舞うグレーの飛行体。標的を定め滑空し一点へ激突、 ぼく様の蛙ちゃんとねずみちゃんを 拉致す。 Read more »
第七章 可視化という学習法 三九〇話 - 1/19/2026 06:30:00 午前 記憶や表現は、脳内シナプスと神経系が離れているという構造が決めている。 つまり、離れている両者を結ぶイオンやマイナス電子、または複数の物質が伝達の役割をしているから、記憶や表現が出来ている――と、強引だがそう考えてもおかしくない。 さて、通常の人間は、秀才クラスの人間を理解できるが、秀才にはなれない理由。 これは、平均以上なら秀才とほぼ同じ情報量を記憶している、またはキャパがあると思えばいい。だから理解できる。 しかし、秀才になれないのは伝達に問題がある。記憶を表現できないだけだ。 ここで一つの学習法。AIは、まさしくそれだ。 このような表現や単語や、文脈や文章ができない。それをやってのけるAI。 これを繰り返すと、自分でも書けてしまう。つまり、表現できてしまう。 文章という文字が視覚化されているのが大事だ。 AIの文章は文章ではない。視覚化された情報だ。 面白いですね。 ついでに、天才にはなれない理由。おーまいごっど、構造が違う。 だいじょうぶだ。ぼく様も、あいかわらずの天災だ。 またいうた。 さいごの七個の蜜柑とその木の話 「ぼく様は、ただ見てるだけです」 一廉の奥方様が、微笑んだ。 守るものを 守り でも、暖かく、聡明な微笑み。。 まさしくカノンであった。。 Read more »