第13章 不二子はんの、ちょっと先の人との話 624話
今日の話は、時間が少しずれた人とでも、話が通じるのはなぜか、というお話どす。答えを先に言うてしまいますと、言い残しが橋になる、ということどす。
縁側で、不二子はんが湯呑みを置かはりました。
「よしろうはん、むずかしい言葉は抜きにしますえ。こんな話どす。ここに、うちらより少しだけ先の時間に生きてはる人がおる、と思うておくれやす。姿は同じ縁側に座ってはります。けど、その人には、うちらのちょっと先が、もう済んだことなんどす」
「未来から来た人みたいなもんか」
「そんなとこどす。その人と、おしゃべりするとしますやろ。うちが『明日は――』と言いかけたところで、その人が『雨やで』と言わはる。うちにしたら、まだ聞いてもおらんのに答えだけ来たさかい、当てずっぽうの予言みたいに聞こえますのや」
「けったいな話やな」
「けど、そのあとがおもろいんどす。うちが『え、明日雨なん』と聞き返す。その人が『さっきあんさんがそない聞かはったさかい』と言わはる。ほな、さっきの予言みたいな一言は、うちへの返事やったんやと、あとから分かりますやろ。最初は噛み合わへんかったもんが、やりとりするうちに、噛み合うもんに変わりますのや」
不二子はんは、扇子を膝に置きました。
「ところがどす。その人が、うちの言いたいことを全部先回りして、『傘持って行き、駅で転ぶで』まで言うてしまわはったら、どないなります」
「あんたの言うことがのうなるな」
「そうどす。話す余地がのうなって、噛み合わせる元手もなくなります。反対に、その人がひとことだけ言うて、うちの言いたいことがまだ山ほど残っとったら、まだ話は続けられますやろ。この、言い残したまんまの分を、新川はんは『残余』と呼んではりますのや。ふつうの言葉なら、『言い残し』どすな」
「言い残しがあるうちは、話が続くわけか」
「へえ。ちょうどええ具合の言い残しが、ずれた時間のあいだをつなぐ橋になりますのや。これが微小位相差論のいちばんの中身どす」
よしろうはんは、うなずきました。
「ほんで、新川はんが気づかはったことがありますのや。話に割って入るのが早いか遅いかで、言い残しの多い少ないを決めよう、と最初は考えてはりました。けど、割って入るのが早うても、中身は何も先回りせん人がおります。遅うても、中身を全部言い当てる人がおります。せやから、入る時を見るだけでは足らへん。中身をどれだけ言い当てたか、そっちも別に見んとあきまへん」
「時と中身、二つ見るんやな」
「へえ。そうすれば、うまいこと当てはまらへん時にも、どっちで外れたか、はっきり言えますのや」
不二子はんは、月を見上げはりました。
「写真も、おんなじどす。二枚並べたら、一枚ずつでは見えへんもんが、そのあいだに見えてきます。言い残しの橋は、話にも写真にも、ちゃんとあるんどすな」
よしろうはんは笑いました。不二子はんも、少し笑いました。