ジャン=カルロ・メノッティ(Gian Carlo Menotti)の言葉より
地獄について
私にとって、地獄とは何か。
それは、過去を思い出すことではない。
もし神が、私たちに「自分が成し得たはずのこと」をすべて見せたなら、その日から地獄が始まる。
無駄にしてしまった才能。
やらなかったこと。
選ばなかった道。
そして、ほんの少し勇気があれば生まれていたはずのもの。
詩人は、書かなかった詩を永遠に叫び続ける。
画家は、描かなかった絵の幻影に取り憑かれる。
音楽家は、紙に書き留めなかった音を、もう一度思い出そうとして苦しむ。
それらは失敗した作品ではない。
存在しなかった作品なのだ。
だからこそ、取り戻すことができない。
人間にとって最も恐ろしい言葉は、「できなかった」ではない。
「できたかもしれない」
という言葉なのだ。
そして、さらに恐ろしいのは、
「遅すぎた」
ということだ。
地獄とは、失った過去そのものではない。
かつて自分の前に開かれていた可能性が、いまになってあまりにも鮮明に見えてしまうことなのだ。
もし私たちが、自分の人生において実現しなかったすべての可能性を見ることができるなら、そこには無数の人生がある。
しかし、それらの人生には、もう戻ることができない。
だから私は思う。
人間が生きていくためには、すべてを見ないことも必要なのだ。
忘れること。
見えなくなること。
過去との間に距離が生まれること。
それは欠陥ではない。
もしかすると、それこそが人間に与えられた救いなのだ。
私にとって、地獄は二つの言葉に尽きる。
Too late.
遅すぎた。

