ゲニウス・ロキ(Genius Loci)―阿蘇という聖地―

 

ゲニウス・ロキ(Genius Loci)―阿蘇という聖地―

ゲニウス・ロキとは、ラテン語で「土地の精霊」や「場所の守護神」を意味する言葉である。古代ローマ人は、あらゆる場所には固有の精霊が宿ると信じ、その土地特有の雰囲気や性格を尊重してきた。現代の建築や都市計画においても、この概念は土地固有の特性や文化的文脈を尊重する思想として重要視されている。

私の地元である阿蘇は、まさにこのゲニウス・ロキを体現する場所である。約9万年前、阿蘇は日本最大級、世界でも屈指の大爆発を起こした。その噴火は想像を絶する規模であり、火砕流は九州全土を覆い、火山灰は遠く北海道まで降り注いだという。この破壊的な出来事の後、約3万年前になってようやく人類はこの地に住み始めた。以来、現在に至るまで幾度もの小噴火を繰り返しながらも、人々はこの地を離れることなく生活を営んできた。

阿蘇の景観は圧倒的である。世界第二位の規模を誇るカルデラと、その中央にそびえる阿蘇五岳の姿は、何度見ても雄大で神秘的だ。どんな人工的な遺跡よりも強いオーラを放ち、訪れる者を圧倒する。それは単なる自然の風景ではなく、地球の息吹そのものを感じさせる聖地である。

興味深いのは、このカルデラ内に広大な田園風景が広がり、人々の生活が営まれていることだ。活火山という常に危険と隣り合わせの環境でありながら、人々はここに住み続けることを選択している。2016年の熊本地震では、山が崩れ、橋が崩落し、大地は引き裂かれた。しかし、人々は復興を成し遂げ、今もなおこの地に暮らしている。

なぜ人々は阿蘇を離れないのか。それは、阿蘇に住むことへの誇りがあるからだ。暑い九州にあって阿蘇は涼しく、豊富な水資源に恵まれ、広い平地が広がる。火山がもたらす恵みは、リスクを上回る価値を人々に提供してきた。3万年前から現在まで、住む人々の人種や文化は変わったかもしれない。しかし、この地に人が住み続けてきたという事実自体が、阿蘇がゲニウス・ロキを持つ聖地であることの証明である。

阿蘇のゲニウス・ロキは、自然の脅威と恵みの両面を併せ持つ。それは人間を拒絶するのではなく、畏敬の念を持って共生することを求める精霊である。この土地の守護神は、3万年にわたって人々を見守り続け、同時に自然の力の偉大さを忘れぬよう警告し続けている。私たちがこの地に住み続けることができるのは、この土地の精霊を敬い、その声に耳を傾けてきたからに他ならない。


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