MEMO.  芸術文化論特論II 近現代日本の芸術・デザイン制作環境

写真映像領域における制作環境と、私が目指す研究者・制作者像

写真映像というジャンルは、単一の目的によって発展してきたのではない。近代以降、日本では芸術教育制度や出版制度、美術館制度、広告産業などの整備とともに、写真の役割も変化してきた。報道、出版、美術、記録保存といった複数の需要が、それぞれ異なる制作環境を形成し、写真家はその制度や社会的要請のなかで制作活動を行ってきた。本講義を通して、作品だけではなく、それを支える制度や環境そのものを意識することが、制作研究を考える上で重要であると理解した。

私自身は長年、新聞や雑誌を中心とする出版媒体で契約写真家として活動してきた。特に雑誌媒体での仕事が多く、速報性だけではなく、ある主題を継続して取材し、読者へ深く伝えることが求められた。一方で、有明海の干潟を四十年以上にわたり定点観測的に撮影し続けてきた。この活動は報道とは異なり、環境や地域の変化を長い時間軸で記録し、未来へ残すことを目的としている。

この二つの活動は、一見すると異なる需要に応じたもののように見える。しかし私には、いずれも「時間を記録する」という共通した営みであった。新聞や雑誌は現在を未来へ伝え、長期記録は未来から現在を振り返るための資料となる。時間の尺度は異なるが、写真は失われていく現実を持続させるという役割を担っている。この考えは理論から導いたものではなく、四十年以上に及ぶ実践のなかから帰納的に得られた結論である。

現在、私は大学院という研究制度のなかで、その経験を理論として整理している。実践を言語化し、他者と共有可能な知として提示することは、大学院という制度だからこそ可能になる研究である。制作と研究を分けるのではなく、制作によって得られた経験を理論化し、その理論を再び制作へ還元する往還を重視している。

その具体的な試みが、「微小位相差論」と、その実践方法である「双構図」の研究である。私は、写真の意味は被写体だけに存在するのではなく、わずかな視点や構図の差異のなかに時間や存在の変化が現れると考えている。この理論は、長年の報道経験と定点観測という実践の積み重ねから生まれたものであり、今後さらに検証を重ねていきたい。

また、私は写真の内容だけではなく、その物質的な持続性にも関心を持っている。デジタル化が進む現代においても、木材や漆、柿渋など日本の伝統素材を用いた写真の保存方法を研究し、千年単位で残る写真表現を模索している。これは、記録という行為を人間一代の時間ではなく、文化の継承という長い時間軸のなかで考えようとする試みでもある。

今後、私が目指すのは、報道写真家や美術作家という既存の枠組みにとどまることではない。出版制度、大学院、美術、地域社会といった複数の制作環境を横断しながら、実践から理論を生み、その理論を再び制作へ還元する研究者兼制作者でありたい。そのことによって、写真という媒体が社会のなかで果たす役割を新たな視点から提示し、写真映像領域における制作研究の一つの方向性を示していきたいと考えている。

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