無冠の帝王
「無冠の帝王」
ああ、昔、友人たちが写真家の僕をそう呼んで笑っていた。
写真はいいのに、なぜ発表しないのか。
それはずっと意図的にやってきたことだった。
若い頃から評価を人生の中心に置いていなかった、
結果を急ぐのではなく、まず観測することを人生の中心に置いた。
若くして有名になって挙句路頭に迷う写真家は少なくない。
作品はブログで発表する程度。そのアクセス数も限られていた。
以前、SNSの友人は当時上限の5000人を超えていた。そこには世界中の著名な学者や写真家、アーティスト、そしてアートを愛する人たちが集まっていた。
再開してわずか二か月で2500人。
気づけば、やはり無視できない数字になっていた。
何よりも彼らがすごく正確に理解して言葉に出来るコメントは優秀である。
僕はずっと観測していた。
日本の写真界はどう反応するのか。
熊本や日本の学芸員は見ているのか。
環境活動に焦点を絞った観測手法の確立。
実際の田んぼを使った環境再生の実践。
山林の植生の多様化。
「微小位相差論」という視点理論の構築。
「双構図」という表現方法の実験。
古典技法を応用した高耐久印画法の研究。
そして大学院での検証。
誰も知らないかもしれない。
だが、振り返れば多くのことを達成してきた。
写真家であり、研究者である。
本来の僕は、長い年月をかけてそこへたどり着いた。
ただ、それだけのことだった。
そして今、ようやく思う。
観測だけでは足りない。
伝わらなければ存在しないのと同じだ。
観測の時間は続くだろうが、伝えるための行動も始めるべきなのだろう。
発表することの意味が称賛ではなく構築した世界を知らせる事へ変わった。
もういいだろう。
動く。
決めた。