第12章 愛し合う 598話
その時間が永遠でないことは承知したとしても、人生の中でそのような時間があったことがあるなら。それは偉大なことだ。そして今それがないのなら、それは片肺飛行のそれに似ている。ずっと幸せが続かないのは当然かもしれないが、人は永遠の幸せを求めたがる。有りえないではない。実は存在するのだ。
「よしろうはん。」
不二子はんは縁側で静かに声をかけた。
「永遠なんて、ほんまにあるんやろか。」
ぼく様は笑った。
「時間の中にはない。」
そう答えると、不二子はんも小さく笑う。
風が庭を渡る。稲はまだ若く、葉先だけが光を受けて揺れていた。ツバメが低く飛び、どこからか蛙が鳴き始める。
雨が近い。
「でもな。」
ぼく様は続けた。
「人が誰かを本気で愛した、その事実は消えん。別れても、死んでも、その時間はなかったことにはならん。」
不二子はんは黙って聞いていた。
「だから永遠いうのは、未来へ続く時間やない。消えない出来事なんや。」
不二子はんは静かに微笑み、
「それやったら、十分や。」
とだけ言った。
長く一緒にいることだけが幸せではない。
互いの存在によって、自分の人生そのものが変わってしまう。そんな出会いが一度でもあれば、人はもう以前の自分には戻れない。
それが愛なのだと思う。
夕暮れの光が縁側をゆっくりと横切っていく。
時計は進んでいる。
それでも、この静かな時間だけは、どこにも流れていないように見えた。