伝播への時間

自家用の畑でスナップエンドウの棚を作っていると軽トラックが停車し、私の名前を呼んだ。
なんとなく見覚えのある部落の老人だった。
 「新川さんだろ。あんたん所の田んぼはなんで最初はひょろひょろ見えるけど、最後は他ん所よりも勢いよくなるとな? わしも田んぼに水を溜めよるけどなんか違うとたいな、教えてはいよ。」
多分それは疎植栽培と春になっても私が水を溜めているからですよ。理由はこれこれ、、(略)。なので私は田んぼに肥料を入れたことがないんです。必要以上に地力がありますから。
そう答えると老人は頷いてにこやかに去って行かれた。

5年目になる冬季湛水。
それ自体はそう珍しくもないが、私のように5月まで水を溜めている田んぼはない。水源保全のためには冬季湛水は有効だが、春の温かい気温は水中にて生物の繁殖が始まる。藻類などの植物は盛んに酸素を発生させ、藍藻であるシアノバクテリアは光合成で窒素を固定する。ミジンコやイトミミズも冬よりも増殖し、オタマジャクシも大量に泳ぎ、スクミリンゴガイも動き出す。それらは糞尿を生産する。 そのようにして水源保全だけの役割から冬の間に生物が生きれる住環境が出来ると春の温かい気温と太陽で生物は爆発的に増殖し、人為的な施肥を必要としない土壌環境が出来ていく。

スナップエンドウの棚が出来、苗を植え、霜よけに藁を敷き終えた頃、私はやっと一人の方が訪ねてくれたと思っていた。
嬉しくもあったが、時間がかかるものだと感じていた。
それでも少しずつ私の知る昔の様な美しい田園が一つでも増える事を祈る。

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