第12章 距離 597話
人は老いる。そのとき人は疲れた。気力がない。欲がなくなった。歳をとったと言う。ぼく様は思う。まだ元気だが、そんなふうに思うことも度々ある。でもぼく様は見方を変えている。そう言う日記。 朝の田んぼは静かやった。 風もまだ目を覚ましてへん。 「よしろうはん。」 不二子はんは田んぼの畦に腰を下ろした。 「最近、前みたいにあちこち行かへんな。」 よしろうはんは笑うた。 「行こう思たら行けるよ。」 「ほな、なんで行かへんの。」 「行った先で何が起こるか、大体わかるようになったんや。」 不二子はんは少し考えてから頷いた。 「なるほどな。それは諦めとは違うんやな。」 「違う。」 よしろうはんは水面に映る空を見ていた。 「興味が変わっただけや。」 「若い頃は、人の中へ入って確かめたかった。でも今は、その人らがどう動くんか、少し離れたところから見ていたい。」 ツバメが一羽、水面すれすれを横切った。 「写真も同じや。」 「前は追いかける写真が多かった。でも今は、光が来るのを待つ時間のほうが面白い。」 不二子はんは、その言葉を聞いて微笑んだ。 「世界との距離が変わったんやね。」 よしろうはんは黙って頷いた。 近づかな見えへんものがある。 離れな見えへんものもある。 歳がそれを教えてくれたというより、時間が少しずつ、見る場所を変えてくれたのかもしれへん。 田んぼの水は、何も言わず空を映していた。 Where You Stand Changes Everything. どこに立つかで、すべてが変わる。