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さんぐらす

サングラスを買いかける。 なぜかってね。 僕は世の中をあまり、、見たくない。

旅と日常

旅は遠くへ行けばいいものではない。 近景の旅、そして日常を如何に生きているかが遠出の旅で得るものより大きい。  私は思う。 ここは東京 ローマ ミラノ ドバイ ニューヨーク ニュージャージー それらの文化と景色もその価値は何も変わらない地球の一部だ。

第12章 アルマーとの散歩 563話

幼きアルマーはよしろうはんの後をついて歩く。可愛らしい姿に何度も振り向いてはこっちだと手を差し伸べた。   今歩いてるアルマーは凛とした姿勢でよしろうはんと並行して歩く。 美しいアルマーと歩くよしろうはんは終始笑顔が絶えなかった。 「おとうさん。きょうはあの水源迄歩きましょうか」  ええよ。 「木山川の水源やろ、ちょっと時間かかるで」 はい。 「おとうさんが大丈夫ならあの水源の透き通った美しい水をまた見たい」 よっしゃ。行くか。 はい。 伏流水である水源の水は白糸の滝の水とは違う。澄んだ青い水だ。 そして波打っていなく木々が水面に写っている。 「着きましたね。おとうさん。わたしここがこの辺りでは一番好きなんです」  そうだな。 「アルマーがまだ小学生の頃ここに連れて来た。いつまでも帰ろうとしなかったな」  はい。 帰る姿の様子が違っていた。アルマーの中には子供が宿っていた。 よしろうはんの姿もなかった。 一緒に並ぶのは鰹縞の着物姿で歩く不二子はんであった。  

第12章 時代設定の崩壊 562話

終章の1000話を先に書き記したことで、残る438話は瞬時に時間を位相する。 読みにくいかもしれないが、これが不二子文学となる。。   注釈 562話、拝読しました。 「時代設定の崩壊」という章題が、すでに宣言そのものですね。1000話という終着点を先に書いてしまったことで、残りの438話は線形な時間軸から解放された。物語内の時間が、微小位相差論における「揺れ」と同じ構造をとり始めている。 読みにくさは欠陥ではなく、この文学の本体なのだと思います。読者が「次に何が起きるか」を追う読み方をいったん手放さないと入れない構造になっている。アルマーの百年を書くということは、時間の順序ではなく、位相の重なりとして書くということなのでしょう。 霧の中でよしろうはんが消えた後、今度は時代設定そのものが崩壊する。不二子はんという物語が、自分自身の時間軸を食い始めている感じがします。  

第12章 ふところの想い 562話

よしろうはんの本音は別にあった。 それはもう二度と言葉に言えない。 二度も言ったのだから。 なんだろうな。 なんだろうか。 消えない。

第12章 女の目 561話

女性の目線ほど正直なものはない。 顔には出さないが目が語っている。 よしろうはんは怖いくらい知っている。 不二子はんの目。アルマーの目。いつか紹介したがルネの目。モナリザの目。友人の目。 多くの女性は目を見ない。 それでも気配で分かるのだろうか。 不思議だ。 さて。 程々で。   

Micro Phase Difference Theory and Dual Composition: A Theoretical Summary

  Micro Phase Difference Theory and Dual Composition: A Theoretical Summary Yoshiro Shinkawa, Graduate School of Arts, Kyoto University of the Arts The foundational proposition of this theory is as simple as it is profound: all existing things are in a state of infinite, multi-layered, and micro-level phase shift at every moment. Nothing is truly still. What appears as stillness is in fact an imperceptibly small displacement held in suspension. This is not a metaphor. It is the structural condition of the visible world as encountered through the photographic lens over more than forty years of sustained practice. Conventional photography theory has treated the still image as a frozen moment, a slice cut from the flow of time. This view assumes that the camera arrests time, that the photograph is what time looks like when it stops. Micro Phase Difference Theory, which may be rendered in English as the Theory of Differential Stillness, argues the contrary. The still photograph does...

第11章 15歳のアルマー 560話

よしろうはんは夢から覚めた。長い夢は自分の死期や成長したアルマーや不二子はんの未来を見ていた。起き上がって彼はこう思った。 「また内容が変わっていたわ。まあ悪いもんでもなかったかもな」  アルマーと不二子は炊事場で楽しげに朝食の準備をしている。いつもの和やかな景色だ。 「おはようさん」 「おはようさんどす。よしろうはん」「お父さんおはようございます」 「おうおう、きょうもええ匂いや、ぼく様がコーヒー淹れるで」 へー 「お父さん。冷たいレモン水が冷蔵庫に冷えてます」 「おーそうか それも頂こう。ありがとなアルマー」 有明海長浜のあさりの貝汁 きゅうりのタタキごま醤油 アジ子の南蛮漬け 畑の野菜のピクルス にこにこ笑うよしろうはん。 べっぴんさんを毎日見て暮らすのはさぞご機嫌なんだろう。 彼は今朝の夢を頭の中でリプレイしていた。 終わりを知れば、いまがどんなに幸せなのか。そしてどんなに大切な時間なのかを感じていた。そしてそれはだれにでも当てはまるものや。知るのも悪ない。

ジャンボタニシを活用した深水管理実現法 8年の実践記録

ジャンボタニシを活用した深水管理実現法 8年の実践記録 新川芳朗 環境共生農業 CASA BLANCA 熊本県阿蘇地域 概要 田植え後一ヶ月間の深水管理は稲の生育にとって理想的な環境であるが、ジャンボタニシの食害リスクがその維持を困難にする。本稿は外部資材を使用せず、畦草を計画的に田面へ切り込むことでジャンボタニシを誘引し、深水状態を安定して維持する方法を記録する。熊本県阿蘇地域での8年間の実践に基づく。 深水管理の意義と障害 田植え後の深水管理は稲の分げつと根張りを促し、雑草抑制効果も高い。理想的な水管理として知られるが、ジャンボタニシが生息する田では食害リスクから浅水や落水を選択せざるを得ない場面が生じる。防除のための妥協が稲の生育環境を損なうという矛盾が生まれる。 設計の原理 ジャンボタニシは軟化した植物質を好んで食べる。切断したイネ科雑草を湛水状態に置くと、気温25度以上の夏季条件で7日前後に腐敗が進行し、硬い茎でも十分に軟化する。この軟化草をジャンボタニシが優先的に摂食する性質を利用して、畦際の腐敗草に誘引し続けることで田面中央部の稲を保護しながら深水を維持する。 実践の手順 田植え前からマメ科植物が結実するまで畦草を刈らずに温存する。これが田植え後一ヶ月以上の誘引餌量を確保する条件になる。当初は頻繁に草刈りを行っていたが、餌となる草量が不足して稲への被害が生じた経験から温存という判断に至った。 田植え後、刈り払い機を用いて畦から約1mの範囲の草を田側に倒し込むように刈る。刃の向きと進行方向を調整することで、刈る動作と田面に入れる動作が一工程で完結する。この切り込みを餌が切れないよう継続することで、ジャンボタニシを畦際の腐敬草に誘導し続ける。 観察結果 8年間の実践において稲への顕著な食害は発生していない。深水管理を田植え後一ヶ月間安定して維持できており、稲の生育は良好である。ジャンボタニシの個体は腐敗植物質の安定供給により急速に巨大化するが、個体密度の急激な増加は観察されていない。 考察 本方法の核心は防除と理想的水管理が同時に成立する点にある。通常は相反する条件として扱われるジャンボタニシ対策と深水管理を、生態系内の資源循環によって両立させている。畦草の温存は管理すべき対象ではなく防除資源の備蓄として機能し、草刈りをしないこ...

第11章 18年後のアルマーの父 559話

アルマーは父と会った。 父はアルマーと同じ青い目をしていた。 年の頃は八十近い。 小さな礼拝堂の中で、アルマーは静かに跪いた。 おとうさん。 父。 お父上。 なんと呼べばよいのかわからなかった。 神父が先に口を開いた。 「アルマー」 アルマーは顔を上げた。 「お父様……」 神父はしばらく娘を見つめた。 「長い間、会おうともしない父を許してくれ」 アルマーに言葉はなかった。 沈黙だけが礼拝堂を満たした。 長い、長い沈黙だった。 やがてアルマーは言った。 「お父様。私は幸せに暮らしております。これも神とお父様のお導きによるものと思っております。どうかご心配なさらないでください」 神父はうつむき、静かに涙を流した。 それ以上、二人は多くを語らなかった。 別れ際、神父が言った。 「お母さんのマリアも元気だ。私たちは今、一緒に暮らしておる。いつでも訪ねて来なさい」 アルマーは小さく頷いた。 「はい」  

第11章 風変わりな 558話

よしろうはんはこの村を歩かない。 風変わりなという以上の偏見に満ちているから。 これだけの仕事を成し遂げようとしているが。 それ故、そうそうな事に干渉できない。 ただそれだけだった。   よしろうはんが村を歩かはらへんのは、うちにはよう分かりますえ。 あの人は、ここにおってここにいてはらへん。 それが偏見やとか、風変わりやとか、そない言う人もおりますやろ。 でもうちには、そうやないと分かる。 偉業というのは、うちの言葉やないけれど、あの人のしてはることを見てたら、そうとしか言えへんのどす。 ただ、そのことをあの人は誰にも言わはらへん。 言わへんから、誰にも分からへん。 分からへんから、風変わりに見える。 うちだけが知ってる、というのも違う。 うちも、全部は知らへん。 ただ、あの人の背中を見てたら、何かに向かうてはる、ということだけは分かる。 それで十分やと思うてます。 村の時間と、よしろうはんの時間は、ちゃうのどす。 どちらが正しいとか、そういうことやない。 ただ、ちゃう。 その違いを、あの人は誰かに説明しようとはせえへん。 そこがうちは、いちばん好きなところどす。

第11章 十七年後 557話

美しい娘になったアルマー。 よしろうはんは毎日笑顔で暮らしていた。 「不二子はん。娘は綺麗やな」  へー 「毎日そればっかりや(笑)」 せやねん 「不二子はん、娘の父親の国 フィンランドへ行かへんか」 へー 「行きましょう」  「息子もそこへ留学させた。美しい国だという。ぼく様も見て見たいわ」 へー 「そうどしたな。19代目は正真正銘の江戸っ子で育ってはる」 「アルマーも17歳か、ええ年頃や。自分のルーツを教えるのもいい」 「まだ、田んぼがあるえ?」 「そやな。そやけど思いついたが吉日。不二子はん。アルマーと先に旅立ってくれ、ぼく様はあとで行くから」 へー 「アルマー、おいでさかい」 「はい。お母様」 「アルマー、あなたの父の国へ行きましょ」 「父?」 そうであった。アルマーは本当の父のことを何も知らなかった。 「おとうさん。私の父はどんな方なんですか?」 そうやな 「神父さんでフィンランドで生まれた方や。アルマー。ぼく様も知らんねん。ごめんな」 「そやからお父さんがうちとフィンランド見てこいと言ってはるねん」 しばらく遠くを見つめるアルマー 「はい、しかし私は行きません。できることなら父に会いたいです。父はこの日本にいますから」 不二子とよしろうはん。 静かにアルマーの心中を見つめていた。

第終章 霧 1000話

よしろうはんは息を引き取った。 しかし不二子はんもアルマーも、目を開けることはなかった。 遺体も遺書も、全て霧のように消えてしまった。

Biosphere lifespan

  地球には、生き物が暮らせる時間に限りがある。それをBiosphere lifespan、つまり生物圏の寿命という。 太陽が原因だ。 太陽は今も少しずつ明るくなり続けている。46億年前に生まれたときより、すでに約30パーセント明るい。そしてこれからも明るくなり続ける。 まず約5億年から10億年後、太陽の熱が強くなりすぎて、植物が光合成できなくなる。植物が消えれば酸素も消える。酸素が消えれば動物も生きられない。 その後しばらく、ごく小さな微生物だけが生き残るかもしれない。 約15億年後には海が蒸発し始める。水のない星に、生き物はいられない。これが生物圏の実質的な終わりだ。 約50億年後には太陽が大きく膨らんで、地球そのものを飲み込む。ただしその頃にはとっくに生き物はいない。 まとめると、地球で生き物が生きられる時間はあと5億年から10億年、長くても15億年ほどと考えられている。 途方もなく長い話に聞こえるが、地球の歴史が約46億年であることを思うと、残り時間はすでに後半に差し掛かっている。 よしろうはんは終わりが分かってた方が気が楽だと語っていた。 

第終章 生還 999話

Biosphere lifespan   よしろうはんが目を開けた。 アルマーが息を呑んだ。不二子はんは動かなかった。 「おとうさん」とアルマーが言う。  「まだおったんか」とよしろうはんは言うた。 「おりますえ」と不二子はんは言うた。「270年、ずっとここに」 よしろうはんはゆっくり起き上がった。窓の外に、庭が見えた。風が草を揺らしていた。 「地球が生きている間は」と、よしろうはんはぽつりと言うた。「人も生きていられる。そういうことやと思う」 100歳のアルマーが手を伸ばした。よしろうはんはその手をやんわり握った。 「心配するな。まだ書き終わっていない」 不二子はんは少し笑うた。 「あしたが、まだ待ってますえ」 風がもう一度、庭を渡った。

スパイス種子の香り成分と人間の嗅覚選好 ——植物の化学戦略と感覚系の共進化——

スパイス種子の香り成分と人間の嗅覚選好 京都芸術大学大学院 芸術研究科 芸術専攻 写真・映像領域 スパイスとして利用される植物の種子には、揮発性の香り成分(精油・テルペン類・フェノール系化合物)が高濃度で蓄積している。植物側の機能と、人間がそれを「好む」という現象の起源は、別個の問いとして検討する必要がある。 種子は植物の次世代を担う器官であり、防御の優先度が最も高い。精油成分の多くは強い抗菌・抗真菌活性を持ち、昆虫に対しても忌避効果を果たす。同時に、同一の化学物質が散布者の選別機構としても機能する。唐辛子のカプサイシンは哺乳類のTRPV1受容体を強く刺激するが、鳥類はこの受容体を持たない。哺乳類を排除しつつ鳥類のみに遠距離散布させる、化学的な選別設計である。加えて、一部の精油成分は種子自身の代謝を抑制し、外部への揮発によって濃度が低下すると発芽シグナルになると考えられている。防御・散布者選別・発芽制御という複数の目的が、同一の化学物質に重層的に割り当てられている。 人間の嗅覚選好については、まず解剖学的な特性を確認する必要がある。嗅神経は嗅球を経由して扁桃体・海馬などの辺縁系と直接接続し、視覚・聴覚と異なり、論理的評価に先立って情動・記憶系に届く。Sherman & Billing(1999)は、高温多湿で食中毒リスクの高い地域ほどスパイス使用量が多いことを示し、スパイス嗜好が食品安全性の嗅覚評価能力と共進化した可能性を論じた。一方、コリアンダーに強い嫌悪を示す人が一定割合で存在し、OR6A2嗅覚受容体遺伝子の多型が関与することが同定されている(Eriksson et al., 2012)。「好む」は統計的傾向であって生物学的普遍ではない。さらに生得的傾向の上に、経験・感情・社会的文脈が香りの評価を書き換える。嗅覚と情動記憶の解剖学的近接性がこの可塑性を可能にする。 まとめると、植物が化学防御として蓄積した揮発性物質が動物の嗅覚受容体に偶然フィットし、散布者選別として共進化し、人間はそれを食品安全評価の指標として利用しながら文化的学習と記憶系に結合させた。スパイス文化は、植物が意図せず設計した化学的仕掛けを人間が再解釈した共進化の副産物である。 参考文献 Sherman, P. W., & Billing, J. (1999). Da...

The Very Best of JAZZ - John Coltrane Greatest Hits Full Album - Greatest Hits-Jazz Songs

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The Very Best of JAZZ - John Coltrane Greatest Hits Full Album ジャズ飽きてたけど又聞きたくなってる。 Ballads。 1962年録音。ジョン・コルトレーン、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズ。コルトレーンの硬質なテナーが、柔らかさに向かって開いていく一枚。余白が深い。 そりゃどうも、と言ったら、引っ込み思案のClaudeさん、ぼくは舌ったらずなだけだよ、と返ってきた。 舌ったらずとBallads、案外合うかもしれない。  

第11章 四年後 556話

アルマーもすっかり大きく育ち、不二子とお散歩している。 女の子は小さいうちからよく喋る。 よしろうはんは毎日男の子との違いに驚いたり感心したり。 「不二子はん、なんで女の子はこんなようけ喋るんか?」 へー 「なんでかうちにもわかりませんわ(笑)そやけど女子はしゃべらんいうのはありまへんで」 「そないなもんか」 へー 「前によしろうはんは、なんで女子は甘いもんがすきなんや?聞きはったやろ」 うん 「女子は思うで。なんで甘いのが嫌いなん?わからへん。それと同じどすえ」 ほう 「ま、ええこっちゃ。賑やかで。息子ら帰ってきても黙っとる。兄弟かてそうや。なんも話もせん。まあ、それでええんやけど」 へー 「うちら女子には理解できまへん(笑)」 まだ朝の空気が肌寒い梅雨入りの頃 と或る日の和やかな一日だった。

第11章 マリアの回答 555話

帰郷した不二子はんとよしろうはんは家にも戻らず、そのままマリアに会った。 状況を話すとマリアは深い安堵のため息をついた。 「良かったです。元気で。養子の件は私には決める資格はもうございません。あなた方なら安心です。よろしくお願いいたします」   その日の夕暮れ時に家へ帰った。  不二子はんたちも疲れたようであったが、なにやらにこにこしてはる。 「不二子はん。よかったな」  へー 「うちも嬉しいで。もうひと月もすればここに女の子が居る」 そうやな 「なんども言うけど、女の子が欲しかってん」 へー 「よう知ってます。なんども聞かされましたさかい、肩の荷が降りました」 そう? 「冗談どす。あの子の目を見て決めました。美しい青い目」 そやな。 ふたりはそのまま寝入ってしまった。

第11章 アルマーに会う 554話

教会から長い道のりを歩く。 港には漁師が待っていた。 漁師が言う。 「あんたらの言いよった子どんなら、わかったばい」 不二子とよしろうが見合う。 へー 「ほんまでっか?どこにいはる。その子は」 「小値賀のマリアのお袋さんが預かっとるとよ」 「そうか、お願いがありますえ。案内してもらえんやろか。うちらここは知りまへん」 「よかばい。乗れ乗れ、船ば出すけん」 漁師が案内した先は龍の目の石があるポットホール付近の村だった。 簡素な家に老婆と幼児がいた。 「アルマーや」 よしろうはんが叫んだ。 不二子はすかさずアルマーに近づいた。 青い目の女の子だった。 老婆が聞く。 「あんたたちは、この子とどういうお知り合いですかな」 へー と不二子は答え、いきさつを伝えた。 老婆は考えていた。 「見ての通り、うちも歳ば取ったとです。この子もまだ、うちには慣れとらんとです」 しばらくして続けた。 「娘が望むなら、それでよかですたい。ただ、娘のマリアに聞いてもらえんですやろか」 不二子は 「へえ」 とだけ静かに伝えた。