スズメか。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 6/08/2023 12:12:00 午後 雨の中、庭先でスズメが庭に散らかった麦種子を食べていた。スズメか。 なんて小さな生き物か。しかも空さえ飛べる。スズメさえ害鳥と思うなら何ぞや。スズメさえ生きれない世の中はさぞ何ぞや。私は傘をさして離れに向かいそんな事を思っていた。無論スズメだけの話ではない リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
フレスコ紙の酸化実験 サイアノタイプ支持体を考える。 - 5/09/2025 07:26:00 午前 テーマ サイアノタイプをフレスコ支持体に定着 実験 フレスコ紙 フレスコジグレーは強アルカリ性なので希塩酸を薄めて数分浸し中性化もしくは強アルカリを低下しpH補正。乾燥後サイアノタイプ感光液を塗布。乾燥。3分日光で照射。 結果 フレスコ紙のpH補正をしたものは感光で青ではなくブルーグレーの反応を示す。 一方pH補正していないフレスコ紙は感光液の黄色のままで画像も現れない。 しかし感光したであろうpH補正したフレスコ紙は水洗工程にて画像のブルーグレーの画像は流てしまい定着しなかった。 考察 露光して現れた画像はサイアノタイプのプルシアンブルーであるのは確かだが、ブルーグレーになったのはやはり何かしらの反応をしたからであると思われる。水洗工程で画像が流れてしまったと言う事は、希塩酸によるpH補正にてフレスコ紙が変性し、感光して出来たプルシアンブルーの顔料を保持する事が出来なくなったのではないかと思われる。これはまだ2回目の実験なので今後さらに考察したい。 展望 最終的に炭酸カルシム内に顔料を封じ込めるフレスコ画の耐久年数は数千年という歴史的事実がある。これは支持体として非常に優れている。他の方法では数百年が限界である。この魅力が私を引き付ける。 Read more »
絵画の基本 支持体を学ぼう - 5/07/2025 06:59:00 午前 全てでは広範囲だから耐久性が数千年というフレスコ画から研究したい。 最古のフレスコ画は紀元前2000年前のクノッソス宮殿や、ローマのカタコンベ(地下の共同墓所)の壁画が現存する。実に4000年も色褪せることなく、画像も残っているのは驚嘆である。さらに古代の2万年前はフランス ラスコー壁画が有名だ。材料は赤土・木炭を獣脂・血・樹液で溶かして混ぜ、黒・赤・黄・茶・褐色の顔料を使ったという。その後フレスコ画へと展開する基本とも考えられた。 クノッソス宮殿の壁画 紀元前16世紀頃から紀元前1450年頃 クレタ島ミノア文明 写真でフレスコである漆喰を支持体に選択したときに問題は強アルカリの性質だ。原料は消石灰と砂。消石灰のアルカリが化学物質の写真感光材料に影響して画像形成が難しくなる。難しいとは画像が僅かは残ると言う事だ。前回の実験で一番不可思議な現象は、光の影響が少ない暗室にて、フレスコボードに硝酸銀を塗った時の事だった。2%塩水を吸収させたフレスコ紙に硝酸銀を塗布すると光が無いのに露光した時と同じ様、暗褐色に変化した。この現象は何なのかを調べる必要はある。光の作用では無く、感光した(化学変化した)と捉えられるなら非常に面白い現象であった。 Read more »
そういう運命や 104話 - 4/30/2025 05:49:00 午前 むかし誰からか言われたな。しんかわさんはなんでも持ってるくせに何をそれ以上要るんですか?・・・ひとつ欠落してるけどな、今は。煙草をふかしながらそんな事を考えていた。 それで論文をそぎ落として内容だけをShinkawa Photographic Instituteにアップ。 思考は宙に浮いて、先ほどのことばかり考えている。で、、、これは結論は出ないと判断。それで結論出した。おれには縁無い話なんやとね。もうあきらめるわ普通の幸せ。それでええわ。つんつん、ん?なんや不二子はん。何か忘れてませんか?なにを?わ・た・し・(微笑) Read more »
弥生時代の田んぼの遺跡に関する考察 - 5/24/2025 08:35:00 午後 弥生時代の田んぼの遺跡に関する考察 ― 京都盆地の先史・古代の田んぼ遺跡と現代の田んぼの共通項 私は写真家として風景をはじめ、人々を40年間撮影して来た。私の写真テーマは私が立った位置から見える生態と環境を視点に展開している。講義の中で弥生時代の田んぼの遺跡の写真があり、その田んぼの形やサイズそして遺跡として保存された事に興味を抱く。 現代の棚田事情 ある写真家の言葉を思い出す。彼が言うには、最近棚田の風景を撮りに行くが、撮れなくなった。もう作っていない田んぼが多くて絵にならない。と。私はそれまで棚田を写真に撮ることはなかったので近くの棚田を視察に行った。確かに田んぼは耕作放棄地が多くあり、風景写真を撮るには難しくなってきているのだと実感した。 弥生時代の田んぼ さてここで3、1講時「モノからみる先史・古代の京都」3.弥生時代の京都盆地の講義をみて、とても興味のあった弥生時代の田んぼを見る事が出来た。 一畝ほどの田んぼが数多くあるのは現代とは違うが、山間奥深くの田んぼには時折見る事の出来る形だ。しかし人力だけで耕す時代であるということはこういう形になるのかと思わせた。現代において何反、何町もある大きな圃場は機械で行えるからという見方もあるが、実は産業であり出荷用であるからだ。逆に昔からある小さな田んぼや、山間部のより小さな田んぼの棚田などは、自家用で食べる為の田んぼである。1反の田んぼで家族5人を1年間食べる米を生産できる。農業技術がない時代、例えば平安時代の収量は現代の半分という。田んぼは出荷してお金を得る流通がなければ、家族が食べるお米を作るのが目的になる。 そう考えると、講義で見た極小面積の田んぼの写真はまさしく各々が食べる分の田んぼの形だ。一人あたり3畝程で一年分を賄えたと考えられる。黎明期の弥生時代の田んぼの形は人丈サイズの理にかなった形態だと思わせまる。 古代の田の遺跡が何故残るのか。 また、遺跡として発掘されたことも興味深い。現代は大きな圃場に変える時は重機で現存する田んぼを跡形もなく平地にして再度形成する。なので遺跡として残る事は出来ない。 弥生時代の田んぼがどのようにして遺跡として埋没したか。放棄され草木が茂り埋没したのか。 現代でも棚田などで石... Read more »
ある時女性はこう言った。 105話 - 5/02/2025 08:26:00 午後 あなたも私をぞんざいに扱うんですか?男性って最初は優しいけどだんだんそういう扱いしますよね。私はそれが嫌いなんです。えーとそんなつもりはないんですけど。そう思いますか?はい。ってな事を言われたことがある。とても賢い女子であった。そういう防御線は有効だと思う。でしょ?不二子もそう思うわ。よしろうさんは最近わたしに触れもしませんわ。どうしてでしょうか?ええ。そうだっけの。。そういえばそうかもな。祝言上げた後なんもなかったのー。ですわよ。えーと。どうしよか?する?馬鹿!このおバカ!あなたも私をぞんざいに扱うんですね!ちょっと実家へ帰らせて頂きます。じっか?実家てどこよ。長崎どす。あーそうか。長崎か。一緒に行こか?なんでや?ちゃんぽん食べとーなった。もう!このおたんこなす。わてを食べなはれ。このばぁっかーん。あんばー。あんばー。 Read more »